「おはよう」
「…………」
僕が朝起きるとしっかり戸締りしたはずの部屋に、明らかに日本人では無いと分かる女の子がいた。
ちなみに僕は一人暮らしだ、家族や同居している人はいない。
「ねぇ、聞いてる?」
「…………」
青色の瞳にショートカットの金髪、ひらひらしていて光っているように見える白いワンピース。足にはハイヒールを履いていた。どことなく超常的な雰囲気を纏っていた。下手すると、人間にさえ見えなかった。
しかし、僕はそんなことに気を取られる前に、一つの事で思考がいっぱいになった。
その一つの事とはつまり
こいつ、誰だ。
「私は天使」
「え?」
「天使だから心が読めるの」
「テレパシーか?」
「何言ってんの、超能力者なんかこの世にいるはずないでしょ。」
超能力者よりいなさそうなやつが答えると無駄に説得力があった。
僕は混乱しながらも、質問を続ける。
「で、どうやって入ってきた?」
「扉を開けて」
「窓からじゃないのか?」
「だって羽無いもん、目立つじゃん。私は引っ込み思案で人見知りだもん」
「むっちゃフレンドリーじゃないか」
「まぁ、気にしないでよ。そんなこと気にしてると老けて白髪が増えるよ」
やめてくれ、最近白髪が増えてるのが悩みなんだ。
「で、どうやって入ってきた」
「ドアを蹴破って」
今まで気が付かなかったが、確かに扉が壊れていた。
「おい、器物破損じゃないのかよ?」
「天使だからね、人間の法律なんて守る気が無いわ。」
「それもそうか、天使だからか」
「あんた、適応が早いのね」
「そうか?ここまで来たら信じるほかないだろ。」
僕はそういうと、起き上がると寝巻のまま部屋から出て、下の階まで下りると、顔を洗って朝ごはんの支度を始めた。
ちなみに天使は、音も無く後から追って来て、僕のやること一部始終を見て、何やらしきりに感心していた。
何が面白いんだろう?
「それはね、人間ってめんどくさいなって」
「ごめん、意味が分からない」
「一回でも天界に来てみなよ、意味がよく分かるよ、とっても面白いから退屈しないだろうし。」
「なんで?」
「毎日起こる、絶対神ゼウスと奥さんのヘラの世界を股にかけた夫婦喧嘩があるんだけどね、見てて面白いよ。」
「あー、何か納得。」
ゼウスは浮気ばっかりしているのだ。
そして奥さんのヘラは、嫉妬深い。
この二人のせいで、何人もの女神が不幸な目に合っているのだ。
「それでね、ヘラが怒って物投げつけるでしょ、それが雷になるの。」
「え?雷ってゼウスが落とすんじゃ……」
「ううん、災害としての雷はヘラが落とすの」
「初耳だよ、そんな説」
「説じゃなくて事実。」
「そうか」
僕は食パンを取り出すと、話を聞きながら用意しておいた皿の上に載せると、牛乳をコップに注いで、食べ始めた。
「後ね、たまにある、私たち天使のストライキとかね、面白いよ。」
「え?何で?」
「だってさ、時給九百円で毎日毎日皆に幸せ届けたり、天国に行く人の魂抜いたり、忙しいのよ」
「時給良いじゃん」
ちなみに僕のバイトは、時給八百円、文字通り最低の賃金だ。
しかし文句はそれだけではないらしい、天使は言葉を続けた。
「しかも一日十時間、労働基準法違反しるのに、上は何も言わないの、理不尽でしょ、そう思わない?」
「天界にも労働基準法があるんだな」
なんか世知辛い
「で、そんな天使が何の用だ?」
「あれ? もう食べ終わったの?」
「ん? なんか不都合でも?」
「ううん、せっかく最後の晩餐なんだからね、もっとゆっくり食べても良かったんじゃないかなー、って思っただけ?」
「え?」
僕は明らかにおかしい言葉を聞いた気がしたので、後ろにいる天使の方を見て問いただそうとする、が、そうはいかなかった。
天使が包丁を片手に、こっちに突っ込んできたからだ。
「じゃあね」
「ちょっ、タイム……………」
ザク、ザク、ザク、ザク、ザク、ザク、ザク、ザク、ぐっちゃぐっちゃぐっちゃ、ザンザン、グサグサ
僕は惨殺された。
―――――――――――――――
「やほー、死神、元気?」
「あぁ、ずいぶんと早かったな、収穫はどうだ?」
「上々」
天使は笑って応える。
死神も髑髏の下の顔を歪ませると、笑った。
そして天使は無言で、手にしていた大きな袋を死神に差し出した。
何やら大きく膨らんだその袋は、ときおり蠢き、淡く発光していた。しかし大きさの割には重くないようで、天使は片手で袋をぶら下げていた。
「はい、どうぞ」
「どれどれ…………」
死神は袋を受け取ると、中の物が外に出ないように気を付けながら、ごそごそと中身を確認し始めた。
「うん、良いやつだ。とれたてだろ」
「まぁね、さっき殺して、急いで輪廻の畑からもぎ取ってきたのよ」
「『リインカーネーション』か、一度は行ってみたいな」
「無理よ、あそこには天国行きの魂しかないもの、だからこそ無理に持ってくるには、私が肉体を殺して、魂をこうして取って来るしかないのよ、感謝しなさい」
恩着せがましく言う天使を無視して、死神は言葉を続けた。
「かわいそうだな、この男も、賭けに負けた天使の金の代わりなんてな」
死神はそう言うと、ふくれっ面な天使を横目に大笑いをした。天使は少し気に障ったが黙っていた。
「それじゃ、こいつはいただくぜ」
「明日は負けないからね!!」
「フフフ、ポーカーでも何でもいいぞ」
「今度こそあんたに何の罪も無い人を殺させて、その魂をもらうんだから!!」
「フフフ、頑張れよ、俺はこれで上司からボーナスがもらえるんだ、今日は飲み明かすさ。」
そう、死神が業務以外で魂を取って、地獄へ送るとボーナスが貰えるのだ。だからこそ死神は人間の魂を賭けているのだ。
「フフフ、良い案だぜ」
一方その頃ゼウスはそんな死神の姿を、水晶から覗いて見ていた。傍らにはヘラが座っていて、一緒に覗いていた。
暫くして、ヘラが口を開く。
「いいのですか、あなた」
「何がだい?」
「犯罪でしょ、あれ。」
「んー、まぁ良いんじゃない?人間が一人二人死んだって、わしらに迷惑ないんだし」
「そうね、そう言われればそうね」
そう言って、二人は微笑みあう。
温かい日差しが照りつけ、色とりどりの花が咲き、見事な宮殿立ち並ぶ。ここは天界、いつまでもいつまでも平和なところ。
下界の混乱をよそに、神様たちは今日も人間を弄ぶのだった。