非正規英雄(アルバイトヒーロー)
第三十一話 隠者マン(混じるバジル)
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堅悟と翼が新宿の歌舞伎町劇場通りの門をくぐり抜けた同時刻、東京都庁舎前では天神救世教の兵士長である今鐘キョータが逃げ惑う市民に銃口を向けていた。
ここへ来る前に従えていた信徒達の大部分は新宿駅の反対側に向かわせており、キョータ自身は最小限の護衛を敷き、教祖リザの指示通りに部下を動かし人間達を市内から排除していった。
疑念は特にない。幼少期から周りに言われてきた『先輩のいう事は聞け』という服従の中、生きてきた十六年の歳月。英雄という規格外のチカラを手に入れた今でもその信念はくすぶることなくキョータの胸の奥で火の粉を放っている。
「でもよ、あまりにも強引すぎるぜ」英雄として活動するかたわらで生まれた『デビルバスターズ』という繋がり。人間的にも成長できたその数ヶ月の時間は指揮を執るリザの手によってあっさりと切り落とされた。
名義こそ兵士長という役職を与えられてはいるが所詮は大義の為の使い捨て。どうしてこんな事になっちまったんだよ。強引過ぎる現実に雨煙るビル群を眺めながら鼠色の雲に舌打ちを浮かべてみる。
自分の悩みを断ち切るようにアサルトライフルを構え、背広姿の男の背中に鉛玉を打ち込むと顔から外れた銀縁の眼鏡がアスファルトの上を勢いよく転がった。
「ひぃ、ひい!助けてくれ!」地面に伏した気の弱そうなその男は頭の七三分けを崩し、歩み寄ってくるキョータに後ずさりしながら命乞いをした。きっちりとネクタイの巻かれた襟首をむんずと掴みあげる。
「あんたリーマンだな?この場に及んで勤めとはこの国の労働環境はよほど黒いんだな」「逃げ遅れた妻と娘がまだ近くにいるんだ!見逃してくれ!」
「あんた、疎開組の人間か?」キョータが訊ねると血走った目でその男は頷いた。悪魔たちは都内を中心に活動領域を広げているため防衛省は損害の分散化へ向けて住民達の地方への避難を推し進めている。
「…教祖様のお導きだ。そのまま逝けや」キョータが男の顎に銃口を押し当てる。すると右腕が下から当てられた拳で梃子の原理のように持ち上げられた。ライフルが音を立てて転がると突然現れたその人物はキョータの腕を握り締めてこう呟いた。
「やれやれ。闘いに民間人を争うに巻き込むとは。都会の英雄はガラが悪いな」
「なんだテメェは!」キョータが掴まれた腕を振り解くとその人物はグローブをはめた腕を大きく回して奇抜な決めポーズを取って言った。
「我が名はインドマン!多種多様の民族、言語、宗教を法輪によってひとつに束ねるペルシアからの使者である!」
「は、はぁ?ふざけてんのかこらぁ!」キョータの目の前に姿を現したその男は目の痛むような配色のコスチュームを身に纏い、腰に円輪が描かれたベルトを巻いた特撮ヒーローのような風貌をして口元に不敵な笑みを浮かべていた。
キョータは子供の頃にテレビで観たソン・ゴハンのコスプレを思い出して噴出すように顔から唾を飛ばす。突如として超常現象が日常を奪い去り、悪魔が街を闊歩する時代。その中で生き抜く内にアタマがイカれてしまっても無理はない。
「ヒーロー気取りかよ。すぐに楽にしてやるからよ!」名乗りを挙げた男を笑い飛ばすように『コモン・アンコモン』の手甲を実現化するキョータ。
「せっかく都心に来たんだ。場所を替えよう…とぅ!」「なっ!?」インドマンと名乗ったその男がキョータの両腕を掴むと地面を跳ねたブーツが勢いよく飛び上がり、真上にある地上48階の都庁ビルの屋上にふたりは着地した。
インドマンはキョータを床に転がすと余裕の表情でガルーダのポーズを取りながら前口上を浮かべている。「我が名はインドマン!釈迦に代わって正義の炎で悪を討つ!全てはガンジス河の流れのままに…」
「…こいつ、新手の英雄か?」「何をとぼけている?おまえが持っているカードを私に渡すんだ。さすれば手荒な真似はしない」
「上等だこらぁ!」起き上がるとキョータは腕輪を輝かせてその身体が岩肌に硬質化させ始めた。
「む、相手はパワー型か。それならこいつでどうだ?」大きく膨れ上がった『シーシュポス』を身に纏うキョータの姿を見てインドマンはヨガのポーズを取りやめてベルト横のケースからドライバーのような道具を取り出してそれをベルトに差し込んだ。
『魔人モード:ガネーシャ』ベルトから機械的なアナウンスが流れるとキョータの目の前に3メートル近い体躯の象がイボの付いた足で直立し、ゆったりとした間合いで3本指の腕を構えている。顔の中心から長く伸びた鼻から息を飛ばすとその異形の魔物は圧し静めた声を向けた。
「この姿は古代ペルシアが産み落とした奇跡。仏陀の導きによって貴様の野望を打ち砕く」「なんじゃそりゃ!」キョータが間合いをつめて太い腕で殴りかかる。ガネーシャはそれに鼻を巻きつけて動きを止めるとキョータの身体に腕を抱きつけてそのまま電車道で走り出した。
「インド、インドインドインド、インドインドインドインドインドインド、インドインドインドインドインドインドぉぉおお!!!」
「こいつ、このままオレを突き落とす気か!?」大きな象の瞳がいやらしく歪むとキョータを抱きかかえてガネーシャは屋上から飛び降りた。高さ243.4mからの超重量級フライングボディプレス。周囲が地盤沈下するほどの衝撃に変型を解いて地に伏したキョータの姿を見下ろすとガネーシャも元のインドマンの姿に戻っていた。
「あれ?おかしいな。いつもならここでアナウンスが流れるはずなのに」歩み寄ってくるインドマンを目に捉えるとキョータは呆れたように口から血溜りを吐く。
「メチャクチャだ、コイツ。なにもかも…」「あ、カード持ってないの?じゃ、これでいいや」「ちょ、返せ。オレのポンタカード…!」キョータの薄サイフからカードを引き抜くとインドマンはその場を立ち去っていく。
「人の心をたぶらかす偽神に魂を売り渡すなど言語道断!迷える悪の魂に熱きインドの火を灯せ!」…通り魔にも似た謎の英雄による活動妨害。これでリザに人殺しをしなかった言い訳が出来たかな。遠ざかる勝ち名乗りを聞きながらキョータはゆっくりとその瞳を閉じた。
「見つけた。あの場所だ」
天神救世教の真相を明かしに東京湾に浮かぶ人工島に忍び込んだ間遠和宮。マイク越しに連絡を取り合う自身の担当天使ミカに報告すると和宮は物陰から開けた空き地に簡易的に設けられた野外ステージに目を向けた。
先の尖がった怪しいフードを被った信者達が列を成しており彼らの頭上のステージには真っ白いスーツを着た女性――共にデビルバスターズとして過ごした秋風天音が壇上で信者達に向けて《新時代を切り開く神についての講談》を始めた。その声を聞いてミカが呟く。
『アレは洗脳されてるねー。クスリを飲まされてる』
「解るのか?」段ボールを脱いだ和宮がマイク越しにミカに訊ねる。
『うん。声の抑揚としゃくりとビブラート。僕も人間の音楽を聴くようになって結構経つからね』イヤフォンの向こう側から響くデスメタルに耳を澄ませて和宮は深い溜息をつく。
テレビやネットニュースの報道が伝える天音の役職はリザに次ぐ救世教の第二教主。天音が自らの意思でその職に就いていないとすればリザ以外によるなんらかの武力、または政治的介入があると考えてみていいだろう。これだけの短期間に救世教が勢力を伸ばした事実を受け入れればヤクザや国の官僚を手の内に引き込んでいてもおかしくはない。
『ちょっと待って。回線の調子が悪い』イヤフォンに不快なノイズが混じり、和宮は片耳からそのひとつを外す。天音の演説が熱をまとい信者達の相槌を沸かせていく。
「皆さん!荒れ果てたこの世界を救うものは愛!愛なのです!愛さえ持てばどんな苦境でも人としてたくましく生きられるのです!私がこの神聖武具を手に入れた時、これまでの日々を脱ぎ去り悪魔に怯える者たちを救うため神の御心のままに戦うことを誓いました。
弱者を思いやるその心こそが愛。愛あれば救われる!皆さんも我が天神救世教へのより一層の信仰を!」
大きく両手を広げ信者達の敬愛の拍手を受け止める壇上の天音。「くだらん。とんだ猿芝居だ」和宮が視線を落とすと『間遠さん、間遠さん、聞いてる?』とミカが喚いてる。片一方のイヤフォンを拾い上げるとその担当天使は言った。
『どうやらこの電波がハッキングされちゃったみたい』「この駄目天使が!」数十メートル先の天音と視線が合う。『ちょ、場所バレちゃってるよ?』陰から広場へ姿を現してアンスウェラーの鞘に指が掛かる。天音は歳相応のぱっと花が咲いたような笑顔を見せた後、表情を戻して魔力を滾らせた指先を和宮に向けた。
「かねてからずっと、お慕い申しておりました。間遠和宮サマ」
天音の指から糸のように伸ばされた魔力が信者達の背中に繋がれている。かつての修行でみた『戦闘舞曲、-コッペリア』。あの頃よりもはるかに魔力が増している。操り人形と化した信者達がひとつの生き物のように和宮目がけて走り寄ってくる。
神が導き出した答えは如何なるものか。和宮を取り囲む信者達を頭上から見下ろす天音の真っ赤な唇から二本の歯が伸びた。
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私、御守佐奈は恋焦がれる。
子供の頃に夢見た魔法少女になってこの町を守りたい!
もうオトナだから恥ずかしくて人には言えないけどその気持ちは消えないまま胸の奥でくすぶっている。
誰かに守ってばかりの私も堅悟くんのように凄い力を秘めているハズなんだから!
健康的な昼食を済ませたその日の午後、私は手に取った菓子袋の口を開けて白のキュロットスカートを揺らしながら縁側に座り、周りに聞こえるようにそっと声を出した。
「ハンニャさん、おじいちゃんからおせんべ貰ってきたよ」
「これは佐奈殿、かたじけない。ほう、ホタテ風味でござるか。この国の食は様々な味があって趣が深い」
私がきっ、と眉間に皺をよせるように魔力を強めると隣にカタルゴの鎧を身に纏ってハンニバルのような兜を被った青年が隣に座っておせんべを手で摘まんでいた。
――彼の名前はハンニャバルことジェームズ吉田さん。私が悪い二人組みに絡まれた現場に居た非正規英雄と呼ばれるヒーローのひとりだ。彼は日本生まれのアメリカ育ちで日本のカルチャーに少しズレた憧れを抱いている。
神聖武具と呼ばれる英雄達が独自に持つ特殊能力をこの人も持っていて彼の場合は姿や気配をそのまますっぽりと消す『スニーク』。アメリカでは主に傭兵の英雄たちとアライアンスを組んで情報収集を担当していたという。
「あ、そういえばお醤油が無いんだった。買ってこなきゃ」私が縁側を立とうとすると兜越しのくぐもった声が私を引きとめた。
「今、外に出るのは危険でござる。町のいたるところに屍骸となった人たちが転がっているでござる。私が透明になって町を見て周っているから安全になるまで結界の張られたこの家を出ては駄目でござるよ」
「ござる…」私は彼の言葉に相槌を打ってとっくに痴呆症が始まっているお茶の間のおじいちゃんのごま塩頭を眺めた。
――私が商店街の猫をモフっている間に外の世界は天神救世教という名のアヤシイ宗教団体が現れて町を悪魔が闊歩するサツバツとした空気になっていてあの件以来、ボディガード代わりに付けられたハンニャさんと田舎の祖父の家に疎開してしばらく生活の面倒をみてもらう事になっている。
本当は仕事があるし、堅悟くんの手助けもしたかったんだけどそれを彼に伝えるといつものように「馬鹿野郎」という返事が返ってきた。そうだよね。家族や恋人でもない私が彼にこれ以上迷惑をかけちゃいけないんだ。
さいたまを出る日、出迎えにあの元祖ハンニャのカイザーさんがやってきた。皺の無い清潔なシャツを着たカイザーさんは私の両親に深々とお辞儀をして名刺を渡して海座弓彦と名乗り(おそらく仮名だよね。海座だからカイザーと名乗るなんてそんな安直な事はないハズ)、車に乗る直前の私に玉砂利のひとつのような丸い宝石を手渡した。
「これは?」私が聞くとカイザーさんは深刻な目をして私に言った。
「お守りだ。悪い奴に取られないよう大事な所にしまっておきたまえ」
私は「はい」と言って頷くとカイザーさんはぎゅっと私の手を握ってくれた。「いいかい佐奈ちゃん。これからどんな苦しい現実が待っていたとしてもそこから目を背けちゃいけない。どんな絶望にも必ず乗り越える解決策があるはずさ」彼のまっすぐな瞳を受けて私はもう一度深く頷いた。
そして私はこの一軒家でおじいちゃんとでふたりで暮らしている(正確にはハンニャさん入れて3人)。もうさいたまを出て一週間になる。はぁ、と大きな溜息をつくとハンニャさんが兜の面部を開いて掘りの深い顔を歪めるように笑って私をからかった。
「佐奈殿は堅悟の事が気になるのでござるな?」
「そ、そんな事ないよ!」慌てて言い返すけど、少し気持ちを落ち着けて自分の気持ちに向き合ってみた。
「始めは、バイト先でも孤立してて、変なヤツだな、って思ってた。どちらかと言えば社交的なタイプでもないし、仕事の帰りにみんなでゲーセン行ってもひとりでアニメの人形景品をクレーンゲームで上げ下げして喜んでて。でも、一緒に居る内に何を考えてるんだろうって気になった。そして」
ふっと周りに優しい風が吹いた。ああそうか。そういう事だったんだ。自然と顔から笑みがこぼれている。
「気がついたら好きになってた」呆然とした顔のハンニャさんを見て我に返って慌てて弁解する。
「は、恥ずかしいから、本人には言わないでよっ!」
「ははっ、理解ってるでござる。その想い、あの無鉄砲な彼に届くといいでござるな」
その時だった。不自然に風が止んで庭の枯れた紫陽花の葉にいたカタツムリがふっと宙に浮いた。次に敷かれたプラスティック板が音を立てて割れて、長い指が猫柳を撫でた。そして最後に目の前に真っ白なフードマントを被った老人の仮面をつけた人が立っていた。
「はじめまして。キミが御守佐奈ちゃんだね?キミに用事があるんだ。僕と一緒に来てもらおうか」
「おぬしはっ!」ハンニャさんが立ち上がって脇差しに手を掛ける。突然現れたその人は宙に浮かんでいるような軽い足取りで数歩後ろに下がると私たちに丁寧にお辞儀をした。
「一応自己紹介しておこう。僕は装甲三柱の一角、マーリン。趣味は快楽殺人と死体弄りでーす。なんかぁ、邪神を復活させるとぉ、面白い景色が見れるって聞いたんでぇ、そこの場所に連れてってくれる人を探しに来ましたぁ」
なにこの人、気持ち悪い。生理的嫌悪感からその場を動こうにも身体が硬直して動かない。「キミの家だろう。何も逃げることはないじゃないか。今から僕がここに来た経緯を説明するからちゃんと理解して僕を受け入れて欲しい」
「マーリン…聞いた事のある名でござるな。何しに来たのでござる!」ハンニャさんが声を荒げると仮面の下の晒されている口が愉快そうに言葉を紡ぎ始めた。
「前述の通り。錠に鍵が要るように誕生日にはケーキが必要だ。悪魔と天使の戦いもいよいよ最終局面。皆様お待ちかねの邪神を復活させに来たのさ。そのためには御守佐奈、キミのチカラが要る」
「この卑怯者!敵対関係の堅悟との戦いを見通して佐奈殿を人質に取るつもりでござるな!」
「最後まで話を聞けってー」けだるそうに声を伸ばすとマーリンと名乗った魔法使い風の男は空中で見えない椅子に座るように足を組み替えて私への説明を再開し始めた。
「けしかけた悪魔たちが人間を殺しまくってもう充分に、それはもう必要以上に復活に必要な魔力は溜まっている。なのになぜ邪神は復活せずに姿さえも現さないのか」
そこまで言ってマーリンはぴんと指を弾く。すると私の頭の中に天国と地獄のような映像が上下に浮かんだ。マーリンの句は続く。
「邪神はこの世にも天界にも魔界にも居ない。その実体を持っていないんだ。僕もそれを知って驚いたよ。邪神の居る世界、冥府に行くための封印されし大扉。そいつを開くために『ある』キーが要る」
そこまで言うとマーリンは私を見て顎をしゃくった。――この人の話を要約するとどうやら彼は悪いことを企んでいてジャシンという最終兵器を復活させる為に私の能力が必要なのだという。そんなのとても信じられないけど。
「戦いの地は東京湾に造成された巨大人工島のようだ。壮大なクライマックスには強大なラスボスが必要だろう?」
「…思い出したでござる。装甲三柱のマーリン。お主は荒立った戦いを好まぬ穏健派であったはずでござろう?なぜこの場に及んでそのような狼藉をっ?」
「そう呼ばれているし僕も言ってるけど自分が穏健派だなんて思ったことは一度もないよ。常に快楽の呼ぶ方へ足を進めている。そして、少なくとも、もうアイツは必要ない」
ハンニャさんをちらりと見るとマーリンはローブに通した腕を組んだ。アイツが誰を指し示すのか。私には解らなかったけど彼の意思は固い。「御守佐奈」名前を呼ばれて私はマーリンの仮面を見上げる。
「何故二十年間魔力が現れなかったキミに突然魔力が目覚めたのか。そして何故キミが石動堅悟に惹かれるのか。実はこっそり商店街の戦いを見てたんだ。キミはわずかな魔力の切れ端を拾い上げてあの場所に辿り着いた。どうしてなんだろうと思ってね。あの後、手下にキミの生い立ちを調べさせた。
そしてやっと解ったよ。その答えは……キミが石動堅悟と同じ、『絶対切断』を持つ血族の末裔だったからさ!」
私の頭の中でがしゃん、と価値観が割れる音がした。私が堅悟くんと同じ能力を持っている?思い当たる節が無いわけじゃない。でも、
「あ、あなたの言ってることがわからない。私のお父さんとお母さんは普通の」
「そうさ、キミの御両親はごく普通の一般人。しかし魔の子が生まれるのは単純な遺伝子配列じゃない。血族という呼び名も便宜上の記号に過ぎないのさ。生を受けた幼子にアトランダムに魔力が与えられる、気まぐれにも似たひとひらの悪魔と天使の悪戯さ」
「そんな。私が堅悟くんと同じ?馬鹿言わないでよ。私を混乱させて丸め込もうとしてるんでしょ?」
熱が篭もる吐息。握り締める両手。こみ上げる気持ちの正体が何なのか。後で振り返って身震いがする。
「貴様、それ以上佐奈殿に…」「さっきからちょいちょい煩いよお前」剣を抜いて飛び掛ったハンニャさんにマーリンが細く長い指を開いた手をかざす。辺りを閃光が包んでそれが消えるとハンニャさんの気配がしなくなった。
肉が焼ける臭いがしてうずくまる私の上にマーリンの言葉が降り注ぐ。
「繰り返しの説明になるが冥府の大扉に取り付けられた錠を破るにはあらゆる呪いや封印を断ち切る『鍵』が要る。キミはまだ気付いていないかも知れないがその『鍵』のチカラはとてつもないポテンシャルを秘めているよ。同じ能力を持つ石動堅悟に触れてその能力が開眼した。そう考えて良いだろう」
話し終えるマーリンの足元に魔方陣が描かれて辺りを妖しい光が取り囲んだ。
「さあ、来るんだ」強引に手を引かれて魔方陣の輪の中に身体を収められる。ダンスのペアのような体制になりマーリンが愉快そうに高笑いを浮かべている。
「はははっ、今日からキミの担当天使は僕だ!キミの英雄としての新たな門出を祝ってダンスでも踊ろうか。楽しいね。世界を救う英雄ごっこはさ!」
私が英雄?心の奥で夢見ていた、憧れていたシチュエーション。攫われても抵抗する気になれないのはきっとどこかでこの日を求めてたから。
魔方陣が閉じて身体がどこかへ飛ばされる。途切れる前の意識で私は自分の胸に問い掛けてみる。
堅悟くん、カイザーさん。
誰も行けないような世界を切り開く魔法、私持っていますか?
第三十一話 完
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