第一階層 一 古跡ノ樹海
雲一つなく晴れ渡り、まさに冒険日和。
借金返済のためにと息込んでいたアルフは、そのことを少し後悔し始めていた。
目の前にそびえ立つ世界樹は、太陽も飲み込むほど高く、誰もが足を踏み入れることを躊躇するほど、圧巻的だ。そして彼らも、いざ目の前にした世界樹を前に足を止めていた。
「遠くから見ても思いましたが、本当に大きいですね」
サラが呟く。その囁きに反応するものはいない。それぞれがそれぞれの想いを胸に、世界樹を睨みつけるように見つめている。
世界樹の足元は、太陽も当たらず鬱蒼としている。時おり吹く風はやけに爽やかで――まるで目の前の穴に誘うかのように――穴に向かって吹いている。
仄暗い穴から、目には見えない透明な手が、ひらひらとこちらに向かって手招きをしている。そんな錯覚さえ感じるほどだ。
一際強い風が吹く。腰にぶら下げたダガーや身につけている装備品が、ガチャガチャと騒ぎ始める。
臆病者と笑われてもいい、今すぐここから逃げだそう。
アルフはそんな考えに頭を支配されていた。
そんな彼の考えを拭いさるように、アニタが歓声を上げる。
「これが世界樹! でっかいなあ。わくわくしてきたぞ!」
呑気だ、彼女は呑気だ。
しかし――アルフは考える――その呑気さに救われたのは、確かだ。
臆病風を吐きだすように小さくため息を吐く。そして、大きく息を吸い、胸を張り、顔をあげる。世界樹をこの目で真っ直ぐに見据えるために。
「そうだね、行こうか。アニタ、サラ、アルフ、チャーリー」
ギルドマスター、アルが名前を呼ぶ。
振り返り、その顔を見たとき、アルフの心臓は氷の手で鷲掴みされた。
何かに取りつかれたとしか思えないような、陰鬱とした笑みをアルは顔に張り付けていた。目は虚ろで、口角はゆるりと上がっている。確かに笑っているのに、どこか不安を増幅させる。
昨日顔を合わせた時はこんな笑い方をする人ではなかった。
アルが腰に携えた剣を引き抜いた。
そしてゆっくりと天にかざし、朗々と口上を述べる。
「我らはダンダン。この世界樹を踏破するためにここに来た。今日、この一歩はとても小さいが、未来への大きな一歩へと繋がるだろう。共に行こうぞ」
「共に生き伸びましょう」サラが剣を掲げて、続く。
「共に強く」アニタは勢いよく
「共に、力を」チャーリーは静かに
「……共に、笑おう」そして戸惑っていたアルフも、剣を高く真っ直ぐ掲げた。
「いざっ」
一斉に剣を下ろし、世界樹が待つ穴へと足を進める。
アルフはアルの顔を一瞥する。
いつもと同じだ。それどころか、昨日よりも幾分か逞しくさえ見える。
先ほど見た顔は、鬱々と茂る世界樹の雰囲気に当てられて見た、幻覚だったのだ。
アルフはそう考えた。否、そう思いたかった。
ぽっかりと空いた世界樹の入口。
その先は暗く、終わりの見えない迷宮への誘い。
待ち受けるものを誰も知る由もない。