私がこの街に来てから、早いものでもう三週間の時が経っていた。
この頃になると、クラスメートの私への関心も大分薄れたようで、ブームを過ぎたお笑い芸人のような心境だ。
そんなことより、最近巷では、テストというものが流行っている。
麻疹とどっちが怖いのだろう?
そのテストの関係で、今は部活動もなく、教室は彼と私以外誰もおらず静まりかえっていた
ポツ…ポツ…。
「あ…、雨。」
「げ!ホントだ、降ってきやがった!」
ポツポツポツポツ、ザー
「やべ、本格的に降ってきた!今日傘持ってきてないんだよな…。」
「あーあ、帰れないね…。」
そう言いながら、私は帰り支度を始める。
「…おい、何やってんだ?」
「え?だって、私は傘持ってるもん。」
「…友達甲斐のないやつだ。」
「冗談よ。一緒に行きましょ。」
私は可笑しくなって、ちょっと吹き出した。
まず私の家に行って、彼に傘を貸してあげることになった。
「…なんか強くなってきてるな。」
「そうね。家で雨宿りしてく?」
私の家まではなんとか辿り着けたけれど、雨はあれからだんだん強くなっていく。
「あー。悪い、そうさせてもらうわ。」
彼も、流石にこの雨の中に飛び出して行くほど馬鹿じゃない。
お母さんがいれば車を出してもらえるけれど、あいにく今は出掛けてるみたい。
そうして待つこと三十分。
雨は弱まるどころか強さを増し、お母さんもまだ帰ってこない。
「…止まないな。」
テストの勉強をする気が全くない私たちには、雑談が暇潰しだったのだが、流石にネタが尽きてきた。
そんなとき、彼があるものに気付いた。
「ん?全国中学生歌唱力コンテスト女子の部銅賞?へー、すごいじゃん。」
彼が私の賞状を見つけたのだ。
「過去の栄光よ。今じゃ趣味でちょっと歌うくらい。」
「へー。」
彼は、しばらく興味深そうに賞状を眺めてると思ったら、ニヤニヤしながらとんでもないことを言い出した。
「なあ、ちょっと歌ってみてくれよ。」
「えーっ!無茶言わないでよ。恥ずかしいし、近所迷惑だし…。」
「いいじゃん、ちょっとくらい。どうせ雨の音でそんなに響かないよ。」
「そう言う問題じゃなくて!」
「いいじゃん、ちょっとくらい。」
彼はしつこく食い下がる。
「もう…。ちょっとだけだからね…。」
「それでこそ姫野!」
「ホント、調子いいんだから…。」
BGMは外の土砂降りの雨音。音響設備も何もない舞台で、コンサートが始まった。もちろん、お客さんは彼一人だけ…。
「曲名は?」
「燃えないゴミ。」
「あんまりいい名前じゃないな。」
「あら、でも良い曲よ?」
小さくても久しぶりの舞台。緊張で足が震える。そんなときは…。
「くすっ。」
「…何笑ってるんだ?」
「ううん、別に。」
観客を南瓜だと思え…か。昔の人は上手く言ったものだが、畑に一つだけ残された南瓜は、不自然過ぎて笑えてくる。
もう緊張はない、呼吸を調えリズムをとる。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
「聞こえますか?今は私の声が~♪」
「届きますか?今になってやっと~♪」
「いつも交わらぬその心~♪」
「気付いて悲しむ~♪」
「この平行世界で~♪」
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
最初は笑いながらで虚ろだった彼の瞳は、今は真っ直ぐ私を見つめている。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
「昔はそんな事なかったのに~♪」
「気がつけば空気になる宝~♪」
「私は自分の事ばかりで~♪」
「ただそのぬくもりに~甘えてばかり~♪」
「無くして初めて気付いた~♪」
「今までのそのすれ違い~♪」
「あなたの出した手紙は~♪」
「いつも開いていなかった~♪」
「近くでもつれて遠くヘ続く~♪」
「その差は確実に開いていく~♪」
「ば か り で…」
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
…歌い終わった後、言いようのない戦慄が体を駆け巡った。我ながらいい出来だったと思う。
彼はあまりの素晴らしさに呆然としているのか、声も出さない。
…と思ったら。
「Zzz…。」
寝てました。
「・・・。」
ズビシっ!
私は女神のようなおおらかさで、彼の眉間目掛けてチョップするだけで許しました。
「痛ぇっ!」
「もうっ!人がせっかく歌ってあげたのに!」
「いや…、まぁ…、ごめん…。」
彼は眉間を押さえながら謝った。
「もう知らない!」
ふと外を見て気付く、歌っている間に雨は大分弱まっていたらしい。
どうやらにわか雨だったようだった。