Neetel Inside ニートノベル
表紙

インドマン
第三皿目 ひと口で、尋常でない辛辛だと見抜いたよ

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 向陽町駅前のファミレス。4人掛けテーブルの席の向かいに千我勇真と白木屋純也が座っている。俺は椅子に深く腰掛けて腕組みをしてふたりを見比べながら深く息を吐いた。

 窓際に座った千我勇真は大きな体を縮めるように木製の椅子に座り、申し訳ないと言った気持ちを節々から出しながら謝罪会見を開いた朝青龍のような顔でテーブルに置かれたグラスに口をつけた。

 その隣に座る白木屋純也はここに来る途中にドラッグストアで買った当て布とテープが張られた左頬を撫でていた。さっきまで変身を介してふたりと闘っていた事実を未だに受け入れられない自分がいる。俺は気を強く張ってふたりに声を出した。

「どうして俺の動画を無断転載して、家に嫌がらせをして妹を誘拐したんですか?」ふたりの間にしばしの沈黙が流れ、白木屋が目で合図すると千我が静かに話し始めた。

「まず、ひとつずつ、順を追って説明します。日比野さんのインドマン動画、再生数凄い伸びてて。俺らの動画最近全然伸びてなかったから、つい羨ましくてやってしまいました」

「他の人の動画も似たようなやり方で転載してるんでしょ?」「次に嫌がらせの件ですが、」「答えろ!」

 テーブルを叩いて立ち上がった俺を夕方の多客が振り返る。俺は咳払いをしてゆっくりと席に着く。

「あの、ドリンクバー持ってきていいっすか?」「ふざけるな。他にもやってるんだな?やめろよ。普通に犯罪だろ。警察に届けたらサイトのアカウントBANで済まないだろ、それ」

 マイペースな白木屋を一瞥すると千我が申し訳なさそうに深く頭を下げた。「すみません、日比さん。もうしませんから」「その、日比さんってやめろ。友達じゃないんだから」

 俺はさっきの闘いで俺を見下すように嘲笑った千我の態度を思い出して深く息を飲み込んだ。「で、社宅への嫌がらせはオレがやりましたー」白木屋が右手を上げてその手をテーブルの上に置いた。

「どうして俺の住んでる場所が分かった?向陽町はお前たちが住んでる都会から大分離れてるだろ」

「えっ、日比、野さん自分で動画に上げてるじゃないですか」千我が自前のノートパッドを開いて見慣れたサムネの動画を再生させた。そこには去年の秋口に撮った俺のフリートーク動画が写っていた。

「これ、日比さんパソコンのインカメラで撮影してる動画なんすけど、今は部屋の間取りや柱の構造で住んでる所がすぐ分かっちゃう時代なんですよ。ほら、ここの柱とか居間の間取りとか窓の風景とかに特徴あるじゃないですか。ネットの有志に訊ねたら速攻で特定できましたよ。玄関に表札も出してるし」

 俺はグラスを取って中の冷たい氷を舐めた。「で、妹を誘拐してどうするつもりだった?」怒りを押し殺して真っ直ぐ被られたベースボールキャップに問い質す。

「いや、別に目的が済めば普通にお返しするつもりでしたよ。俺たちだって犯罪者じゃない」「人の妹をご丁寧に亀甲縛りまでしやがって。六実はまだ高校生だぞ」「ははっ、喰べ頃じゃないっすか」

 その瞬間、思わず立ち上がって白木屋の首元を掴んでいた。闘いのトラウマが残っているのか、自分より体の小さい俺に白木屋は怯えた表情を見せた。「よしてくださいよ」千我に解かれて俺は再び椅子に深く腰掛ける。

「すんません。少し調子こきました…ネットではキチガイやってますけど、普段の俺は超まともですよ。
このアクターの力を手に入れてちょっと暴れてみたくなっちゃたんですよ。信じてくださいよ!俺はレイプなんてやらない!相手も嫌がってるし千我ちゃんも横で見てるのにそんな事できる訳ないじゃないですかっ!正直に言うっ!オレはあなたと同じ、童貞さ!」

 白木屋がわめくような主張を言い終えると向かいのボックス席に座る女学生のグループがこっちを振り返っていたずらな笑みを見せた…教えてくれ。なぜ俺まで巻き添えで恥をかかされた?

「すいません。ブレンド3つください」店員を呼び止めて3本指を立てた千我を慌てて咎める。「ちょっと待て!まだ話は終わってない!…なぜお前たちもインドマンみたいに変身できるんだ?そしてお前らが欲しがってた『カード』って一体なんなんだ?」

「えっ?」「なんなんだ?ってあーた」千我と顔を見合わせて俺の言葉をオウム返しした白木屋が不思議そうな顔をして店員から受け取ったコーヒーカップをテーブルの上で受け渡す。

「あっこから変身キットとカードが配送会社から送られてきたでしょーが。俺たちは選ばれた人間なんだ」カップに砂糖を注ぐ白木屋の隣で千我が俺をちらりと見てカップに口をつけた。

「インドマンはそうじゃないんですか?」「初耳だ。このベルトの所有者が“呪い”だと言っていた。お前たちが闘う理由はなんなんだ?」「あー、話がこんがらがってきたからひとつずつね」

 白木屋がスプーンでカップの中をぐるぐるとかき混ぜた。ミルクの真っ白な渦が黒いコーヒーの海を泳いでいく。

「4月某日、海外の動画配信会社があるプロジェクトを立ち上げた…ユーチューブを開けば、ランキングに並ぶのはいつも同じ顔ぶれ、飽和しつつある供給高の有象無象な動画達。
それをもう一度まっさらな状態、とまではいわなくても質の高い動画が正当に評価される環境を作るために中堅動画配信者を中心としたあるバトルロイヤルが開かれたというわけさ」

「話が壮大すぎて本筋が見えないな」白木屋の話に呆れて俺はコーヒーを飲み干した。「ならなぜ戦闘だ?なぜ仮面ライダースタイルだ?」「それがこの国にとって一番分かりやすい闘いだからですよ」

 千我が即答して俺はコップをテーブルに音を立てて置いた。言っている事は似ている。先代のインドマンと。「この事は一般人には知らされていないのでご内密に。まぁ今言ってもわかんないと思いますが」

「“今”は?」「年末にアクター、あ、この能力に目覚めた人物を演者アクターとスポンサーが呼んでるんですがそれが一同に集結する『アクター・ロワイヤル』なる大会が年末に開かれるんです」

「ちょっと待て。そのスポンサーの名は?」「ラ・パールっす。ほら、ネットにいっぱい広告だして宣伝してるでしょ。カバディとかクリケットの試合全部やってるって言うインドの動画配信チャンネル」

 白木屋の言葉を受けて俺は顎に指を置く。「その、『アクター・ロワイヤル』で優勝するとどうなるんだ?」「さすが日比さん。よくぞ、聞いてくださいました!」待ってましたとばかりに千我が手を叩いて立ち上がった。

「なんでもひとつだけ願いを叶えてくれるらしいんですよ!それに優勝したら動画配信者として名前が売れる!これで俺も強さ、実力共に世界NO1の動画配信者になれるんですよ!…家のハンディで動画取り始めてもう7年。やっと巡ってきたチャンスなんです!」

「はぁ、そうかよ」アクターとして闘えばなんでも願いを叶えてくれるだって?そんなうまい話がありえるのか?だとしたらそれは、どっかの七つ玉アドベンチャーだ。隣通しで目を輝かせて夢を語り始めた千我と白木屋を眺めて俺は替えのコーヒーに砂糖を注ぎ始めた。


     

「で、あんた達が俺を襲ってきた理由をまだ聞いてなかったよな?」

 内輪話で盛り上がる千我と白木屋に割って入るように俺は再び腹に力を入れて声を出す。腹が減っているのかメニューを片手に取っていた千我が表情を戻して俺の方に向き直った。

「別に俺の撮ったインドマン動画が伸びてて気に入らなかった、っていう理由でもいい。あんた達、普段から他人に迷惑かけてるみたいだし」

「それは誤解っすよ~日比野さん」ひんまがった口でコーヒーカップをすする白木屋を見て昨日ユーチューブに上がっていた「しろきーのアポなしチャレンジ!レジャー施設で出てくるビーフカレー、全てボンカレー説を検証!」の内容を思い出して俺は溜息を吐く。

 動画の最後にシェフを呼びつけた白木屋が店長から注意を受けて出禁になるという最悪のオチで終わる20分超の大作実写動画だ。

「やだなぁ、日比さん。せっかく人気に火の着いた面白ユーチューバーを潰すために俺達がこんな田舎まで来た訳ないじゃないですか~」人気ゲーム実況者の悪意のあるモノマネで再生数を伸ばしている千我が笑う。

「アンタは俺に動画配信者を引退しろと言った」「それは言葉の綾、波レイ」カップをテーブルに置いた白木屋が千我の方を向いて黄ばんだ歯を見せる。「千我ちゃん、教えてやりなよ。どうやらこの人、本当になんも知らんらしいぜ」

 白木屋にそう言われて千我はテーブルの上にのっそりと太い腕を伸ばした。そして手の平を開くと目をかっ開いてこう、発声した。

「カード!チェック!」千我が声を上げると手の平の上にホログラムのような光が産まれ、薄く青色が着いたカードが数枚回転しながら浮かんだ。向かいのボックス席に座る女学生のグループが不思議そうにこちらを振り返った。

「安心してください。一般人には見えない仕様らしいです」千我の言葉を受け流し俺はくるくると回るカードの絵柄を眺めた。それは漫画や映画で観たことがあるタロットカードのように見えた。

「日比野さんもやってみてくださいよ」白木屋にせがまれて千我と同じように腕を伸ばして声を出す。「カード!チェック!」すると手の上に5枚のカードが現れた。それを見て白木屋がテーブルの上に飛び乗るようにしてその絵柄を睨んだ。

「オレ達から奪った『戦車』と『魔術師』の他に『帝王』と『節制』、それに『愚者』のカード」「へぇ、『節制』持ってたのか。知らなかった」自分のカードを引っ込めて俺の手札を眺める千我に俺は声を返す。

「そういえば闘う前にカードがどうとか言ってたな。それがこの5枚のカード?」「ええそうです。アクターは最初にランダムで3枚のカードを与えられる。インドマンが俺たちとの戦闘で勝利したから俺の持つ『戦車』とこいつの『魔術師』が新たに手に入ったという訳です」

 俺は突如、頭痛がして手の平を握ってカードをしまうイメージを浮かべた。ホログラムが消えてカードが目の前から消えた…そういえば千我の言うとおり、このふたりとの戦闘終了後に二枚のカードを手に入れたのを思い出した。すると近くの席から中学生くらいの男子ふたりがこっちのテーブルに来て緊張気味に話しかけてきた。

「あ、あの!ユーチューバーの千我ちゃんですよねっ!」名前を呼ばれて千我が大きく構えた態度を取って少年に向き直る。「おう、そうだけど」「やっぱりそうだ!」「動画、いつも見てます!…良かったらサインもらえませんかっ!?」

「しょうがねぇな~ほれ」手渡されたペンを握り、テーブルの紙ナプキンに自分のサインを書いた千我がそれを少年ふたりに手渡した。「ありがとうございますっ!最後にいつものやってもらえますか!?」

 せがまれて千我はひとつ咳払いをして顔の前でぱぁっと両手を広げた。動画の一番最初の行われる自己紹介だ。「ども~千我ちゃんで~す♪」「あはっ!マジで本物!」「ありがとうございました!これからも頑張ってください!」

 ぺこり、と頭を下げて受け取った紙ナプキンを両手で大事そうに握り締めて少年ふたりは一目散に自分達のテーブルに戻っていった。「ははっ、学生相手に頑張って、っていわれちまった」恥ずかしそうに鼻の下をさすって千我が小さくはにかんだ。

 俺は突然の乱入に口を開いてボケっと事の成り行きを見守るしかなかった。昨今のユーチューバーブームにより、こいつらのような悪役ヒールにもある一定のファンはいる。

「話の途中でしたね。カードの話でしたっけ?」少年達に気付いてもらえずに悔しかったのか、白木屋が面白くなさそうに話を盛り返した。

「アクターは最初にそれぞれ3枚のカードを受け取って、戦闘でカードを増減させます。相手に勝てば自分が持っていないカードを手に入れる事ができ、負けたら相手にカードを一枚奪われます。
タロットカードは全部で13種類。これを全部コンプリートする事が年末に行われる、さっきオレが言った『アクター・ロワイヤル』に参加する条件っす」

 白木屋の説明を聞いて俺はこいつらの行動すべてに合点がいった。アクターの能力を手に入れてカードを集めるためにふたりで手を組んで俺のカードを奪いに来た。でも、考えるたびに疑問は増えていく。

「カードの説明は分かった。今度はアクターの能力について聞かせてくれっ!?」俺がふたりに訊ねたその時、目の前の空間がぐにゃりと曲がり、黒と赤の渦がファミレス中を取り囲んだ。

「他のアクターの襲撃です」千我が立ち上がって入り口の方を睨む。「ステージセレクトしたか。ま、さすがに人が多いからね」白木屋も腕のバンドを眺めながら声を伸ばす。

「口で言うより実際に経験した方が早いでしょ。一日に2回戦は厳しいよ~」「おしゃべりは終わりだ…来るぞ!」

 千我が俺たちに声を張る。店内のガラスが真っ暗に包まれて俺たちの身体は亜空間を模した別のステージに浮かんでいた。

     

「変身!マスク・ザ・アレグロ!」

 視界の悪い霧が立ち込めた不気味な空間で後ろの方で千我が変身ベルトを回す。「なにやってんの。早くしないと顔こんなになるよ」白木屋が俺に殴られた左頬を指差しながらバンドのスイッチを押す。

 俺はふたりの中心に立ち、腰に巻かれたチャクラベルトに指を置く。

「行くぜ!インドマン!」光に包まれて変身を終わらせると目の前から背の高い三色のカラーリングがフォームに施されたアクターが手に握った洋剣の刀身を肩でぽんぽんとリズムを刻むように構えながら現れた。

「やっと変身を終わらせたみたいだなぁ、ひよっこどもぉ~」好戦的な高い声を響かせながらゆっくり近づいてくる敵アクターを見て俺は体の前で構えを取る。ペストマスクに鬼のような二本角が生えた仮面をつけたその男は俺たちに向かって口の中で笑い声を転がしている。

「お前らみたいな雑魚で固まってる連中を探してたんだ~さっさとオレ様の養分になりなぁ~」「こっちは3人いるんだ。なめんなよ!」アレグロが俺と闘った時と同じように低い姿勢から沈み込むようにして敵に突進を仕掛けた。相手の腰に腕を回してそれを掴んでその場で動きを止めるとイル・スクリーモに変身した白木屋が飛び掛る。

「まぁずは初手で重心を崩しに来たかぁ」スクリーモが相手の前で大きく口を開いた。大声で相手の中枢神経を麻痺させる作戦だ。「させねーよ。このクソ雑魚がぁ!」「!?」

 喉を引き上げたその瞬間、スクリーモの口から爆炎が吹き上がった。「おい、どうなってんだ!?」舌を焼かれるように苦しみながら顔を押さえてその場にうずくまるスクリーモにアレグロが応答願う。腕の力が緩んだ瞬間を見逃さずに敵の男がその場からエスケープ。

「本格的に闘いに入る前に自己紹介させてもらおうかぁ」目の前に現れた背中にカラスの羽のようなマントを羽織ったその男は再度その場から飛び上がって高い場所に立って俺たちを見下ろして言った。

「俺は最強のアクターの座に着く男、ミル・トリコ!所持スキルは“炎熱”だぁ!有象無象、十把一からげあくたかえしやがれ!」

「ミル・トリコ?」「どっかで聞いたような声だな」名乗りを挙げた敵アクターを見上げてアレグロと俺は呟く。すると目を離した隙にミル・トリコがアレグロの首元に手を掛けていた。

「こいつ、なんて早さだ!」「オマエのスキルはさっき見せてもらったぁ!燃え上がれ!」握り締めたグローブの先から黒い炎が現れて息つく間もなくアレグロの身体を覆いつくした。悲鳴をあげる時間もなく炎に包まれたアレグロの体躯がその場に崩れ落ちた。

「さて、これで二体片付いたぁ。オマエはなんだ?こいつらのサポートか?どうせ大した事ないんだろうけどぉ」腰に手を置きながらミル・トリコが俺を見下したように先の尖ったブーツで俺の脛を蹴った。

 目の前でふたりが焼かれて頭に血が昇った俺はそのふざけた野郎に鉄拳を振り下ろす。「インドぉ!」法輪の力によりスローになった相手の動きに合わせて拳を突きたてたはずだった。「なにが『インドぉ!』だっ!」すんでの所で掴まれた拳から火が巻き上がるのが見えて慌ててその場から飛びのく。

「終わらせるぜ!決めワザだぁ!」ミル・トリコが右手を掲げると空中に腰に差していた洋剣が浮かび、それを握ると刀身を炎を包み込んだ。どうやらこのアクターは手で握ったものに炎を纏わせる事が出来る能力を持っているようだ。

「えっと、魔人モード!」目には目を。剣には剣を。俺は剣を扱う事が出来るムルガンのガシャットをベルト横のケースからまさぐるが焦ってその場に落としてしまう。

「塵になれ!『フレイム・タンブレイド』!」はっと正面を見上げたが遅かった。視界を真っ赤に燃え盛る火炎が包み込み、気がつくと俺は他のふたりと同じようにファミレスのテーブルの上に仰け反っていた。


「三人相手に勝負あり!このカードはオマエらより俺に相応しい!『帝王』のカードを一枚ずつもらっていくぜぇ!」高笑いが遠ざかると意識を取り戻した千我が乱れた髪を書き上げて俺に言った。

「…これが一般的なアクターバトルです。相手に勝負を仕掛けて相手からカードを奪う。持ってるカードがゼロになるとゲームオーバーになります」

「そのゲームオーバーになったらどうなるんだ?」「分かりません。まだアクターバトルは先月始まったばっかりでまだカード・ゼロは出てませんから」「くっそ、あの野郎。疲れてなかったら一撃くらい入れてやれたのによー」

 白木屋が恨み節をいうようにぶつぶつとテーブルから顔を上げた。「アクターバトルで負った傷は残りません。でも人間体で受けた場合は除きますがね」千我に言われて俺は白木屋の左頬のガーゼを見つめる。

「アクターの強さはどうやって変わる?」「ああ?さっきのアクター物凄い強さでしたもんね。アクターの強さは変身前の自身のスキルによって変わります。俺は格闘技やってるからプロレスの“肉体強化”をスキルにしてますし、
コイツみたいに大声出して人を驚かせるのが得意なヤツは“中枢神経の麻痺”をスキルにしてます」

「そのスキルって言うのは増やせるのか?」俺はさっき敵が自ら手の内を明かして襲い掛かってきたのを思い出していた。3対1で勝負を仕掛けるなんて、自分の能力によっぽどの自信がないと出来ない芸当だ。

「いや、基本的にスキルはひとアクター1個っすよ」白木屋が千我の代わりに俺に答える。「インドマンみたいに道具で全く別のアクターに変わる相手なんて自分は見たことがないですね」千我に言われて俺は少し自分の能力に驚いた。

「アイツは多分、だまし討ちでカードを集めてんすよ。対策を取れば次は負けない」白木屋が力強く拳を握った。「今はアクターの能力もクラウド化みたいに他者も共有できるようになってるんですよ。ラ・パールでアクター登録してネットのマイページで確認できるんで」

「アイツ、3枚同じカード持っていきやがったな」「おそらくあいつも他の誰かの協力してカードを集めているんだろ」千我が白木屋に答えて考え込むようにして腕を組んで椅子の上で仰け反った。空になったコーヒーカップの底を眺めながら白木屋が俺に言った。

「でさぁ、闘ったときに思ったんだけどよぉ。日比野さんも俺たちの仲間にならねぇ?」「はぁ!?何言ってんだ!」驚いてその場を立ち上がっていた。どうして散々嫌がらせを受けて妹を誘拐までした相手と手を組まなければならないんだ。千我が落ち着いた口調で俺に言った。

「俺からもお願いしますよ。インドマン強いし、アクタークラウドで情報共有できるし」俺は考え込んだ。「また妹誘拐されるような事、あってもいいんですか?」白木屋の言葉を跳ね除けるように顔を上げて俺は決心をふたりに伝えた。

「わかった。お前たちふたりと手を組もう」「おっ」「やった」「ただし、条件がある」

 俺の提案に目を丸くする千我と白木屋。暗くなり始めた外の景色に血のような夕焼けが鮮やかに落ちていった。

     

――向陽町商店街にあるカラオケ屋の一室。隣の大学生グループが歌う『前前前世』のリズムを壁伝いに聞きながら司会役の千我が段取りを確認した。俺はやや緊張した面持ちで白木屋が握るハンディカメラに表情を向ける。

「はい、本番3秒前~2、1...はいどーも、ちっがちゃーんでーす!...え~今日は最近巷を騒がして…あ、こっちじゃないほうか。えー、向陽町が誇る個性派ユーチューバー、『日々の映像』さんでーす」

「よろしくお願いしまーす」千我が拍手の後、カメラに見えるように右手を俺の方に差し向けた。俺は頭を何度か下げながらその手を握る。

「…今回も始まりました。不定期企画『勇真の部屋』。今回は県外ロケという事で向陽町を訪れました。さて映像さん。えーなんでも映像さんはパンとか挟むヤツを使って恐竜の標本を作っているとか?」

「あ、はい。でも標本というか、模型というか」俺はひとつひとつ丁寧に、分かりやすい言葉を選んで千我の質問に答えていく…俺がファミレスで千我と白木屋に仲間になれ、と誘われたとき、奴らにひとつの条件を出した。

 それは俺よりもユーチューバーランクが高い千我の番組にゲストとして参加させてもらう事だった。これにより、ほとんど伸びなかった『本職』の方の動画にみんなが目を向けてくれるようになると考えたからだ。


「えーそのバッククロージャー?っていうのを使ってトリケラトプスの模型を作っている?」「はい!今はpart18までが公開中でpart24までは撮影が終わっています!」場の空気に慣れて、質問にたいしてどんどん声が大きくなる。

「えー映像さん、ちなみに彼女は?」「か、かのじょ!?」台本にないアドリブの質問に声が裏返る。ソファに座る俺に向かって質問を続けていた千我がいやらしい顔をしてカメラを振り返った。

「はい、回答はこの通り、という事で。それで日比さん、今日はその動画で作っている模型をどう作っているか見せてくれると?」

 千我の呼び方が俺のハンドルネームではなく、いつもの日比さん呼びに戻っている(まぁどっちも『ひび』なので大差はない)。俺は「はい」と答えてテーブルの下から持ってきたビニール袋を取り出す。

「さすがに今日ここに持ってくるには大きかったんで、今日はパテでエリマキトカゲを作りますー」「お、おいおい」テーブルの上に材料を並べる俺に千我が引きつった表情で問い掛けてくる。おそらく動画的に動きがなくなるのを不安視しているのだろう。

「大丈夫だって」俺はそう返してパテを指でこねる。「これ、粘土ですよね…わくわくさんかよ」席に着き、おとなしく俺の作業を眺める千我の表情を眺めてカメラを待つ白木屋が含み笑いを堪えている。

 俺は解説を交えながらドリンクバーの緑茶を繋ぎに使い(こうする事によってトカゲ本来の自然な緑の着色も出来る)最後に妹の所持品である広げたリボンカチューシャを顔に巻き付けて全体のバランスを確認すると「オッケ!」と声を出してやる。

「はい、日比さんによる『エリマキトカゲ』の完成です…見えますかねこれ」カメラ位置を気にする千我に台座を掴んで正面を向けるように促す。千我がなぜか触りたくないという態度で爪の先でエリマキトカゲの顔が見えるような位置までその模型を少しずつ動かした。

「えー、『日々の映像』、25歳。模型工作で人生逆転を狙う向陽町のYouTuberでした~…ここの部屋の時間がまだ残ってる。日比さん、歌いますか?何か一曲」

 そう聞きながら千我が俺にハンドマイクを差し向けていた。俺は普段カラオケに来ないので何を歌えばいいかわからなかったけど場が白けるとイヤなので往年の名曲をデンモクで入力した。

「お、この曲知ってる」テレビに浮かぶ曲名を見て白木屋が声を弾ませる。「えー、日々の映像さんでデジモンの主題歌にもなったButter-Flyです!どうぞ!」ゴキゲンなイントロが流れる中、千我の曲紹介で俺は立ち上がって高音を張り上げた。

 俺は中学時代からこの曲を知っていて口ずさむと元気が出る。サビ前のパートで千我がうぉううぉう言いながら俺の肩に腕を回してきた。どうやらこいつもこの曲を知っていたようで一緒に歌いたいらしい。

 俺と千我のふたりは自棄気味の大声で今は亡き和田光司が作詞したその印象的なサビを歌い上げていた。


「えー、日比さん。今日は本当にありがとうございました」収録後、機材を撤収しながら千我が俺に対して礼を言った。「いい動画が撮れたっすよ」カメラ役だった白木屋も千我に続いて頭を下げた(こいつも歌っているときに合いの手を入れて盛り上げてくれた)。

「俺、パチンコ動画も撮ってるんですけど、この辺りにいい店ありますか?」「いや、俺パチンコしないからわかんない」「ははっ、そういえば日比さんニートでしたもんね。失礼しました」

 相変わらず人を馬鹿にしたような態度で千我がその大きな体をソファから持ち上げた。「…これで遺恨なし!インドマンは俺たちの仲間に加わった、と考えていいんですね、日比さん?」

 問いかけられて俺は満足してうなづく。「俺、この向陽町気に入りましたよ。ウィークリー借りるんで週末は駅周辺で動画撮ります。何かあったらケータイで連絡しますんで。それじゃ」

 そう別れを告げて千我と白木屋のふたりとはカラオケ屋の前で分かれた…本当にこれで良かったんだろうか?もう一人の俺が俺に問い掛ける。それでも奴らは俺に力を貸すと約束してくれた。

 ラ・パールに見出されたアクターという存在。その中で巻き込まれたアクターズ・ロワイヤルに出場するためのカード集め。謎の強力な敵アクター。ひとりで行動するにはあまりにも情報が少なすぎる。今はあいつ等を信頼するほかないだろう。


――数日後、千我が所有する『ちがちゃんねる』に俺のインタビュー動画が上がっていた。まるで俺を幼児性を持ったまま大人になってしまった哀れな中年男性であるような悪意のあるテロップが常に画面下に流れ、俺が長く喋るたびに哀愁漂うBGMが付けられていた。

 その上、俺が『エリマキトカゲ』を制作する時間はわずか1分半で、動画のほとんどの尺が冒頭のインタビューとラストのカラオケに割かれていた。俺は長い溜息のあとノートパソコンを閉じて視聴者によって動画に付けられた暴力的なコメントをすぐさま削除するように千我に電話を掛けましたとさ。


第三皿目 ひと口で、尋常でない辛辛だと見抜いたよ

 -完-


       

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