Neetel Inside ニートノベル
表紙

インドマン
第四皿目 サウナ・イン・ザ・マテリアル・ワールド

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《前回までのあらすじ》

 T県仲田市向陽町で創作系YouTuberとして活動する日比野 英造ひびのえいぞう。彼が買い物の帰りに拾ったチャクラベルトにはインドの魂が込められており、誘拐された妹の六実ろくみを悪漢から救おうとしたその瞬間、突如インドマンの能力を発現し驚くべきパワーで英造は妹を救い出すことに成功する。

 その後、先代のインドマンからベルトには闘争の呪いが掛けられていると告げられ、再び攫われた六実を助け出すべく中堅YouTuberの千我勇真、白木屋純也と対峙する。

 インドマンに変身し、隠された能力を解放して彼らの野望を打ち破ると千我と白木屋のふたりは同じように変身能力を持つ“アクター”の存在について語り始める。その後和解し、ふたりに手を貸すと約束したインドマンを待ち受ける次なる呪いとは…?


「クソが」

――向陽町郊外にあるスーパー銭湯。そのサウナ室で俺は顔の汗を拭いながら悪態をついた。

 数日前、俺とカラオケ屋で撮ったインタビュー動画に悪意のある編集を施した千我を電話で問い質すと、あいつはラ・パールが会員を集めているアクターズサイトのクラウドにインドマンがリストアップされているという。

 インターネットに上げている動画から所在地が特定されてインドマンが立て続けに他のアクターから狙われる可能性があるため、しばらくはこれ以上インドマン動画を上げないように、とYouTuberの先輩である千我に釘を刺された。

 俺は電話を切ってしばらくの間、うな垂れていた。安定して再生数を持つインドマンの世直し動画の廃止。それはすなわち、俺の収入源を絶たれる事を意味する。焦って撮り溜めした『本職』の模型制作動画を続けてリリースしたが前回から間隔が空いたためか、再生数は以前よりも伸びていない。


「クソが」

 部屋の前方で燃え続けるヒーターを真ん前で眺めながら二回目の悪態が口を突いて出た。見かねて後ろに座る中年が俺に声を掛けた。

「お兄ちゃん、サウナは初心者かい?」驚いて振り返ると発色の良い丸顔が俺を見て口を横に開いてにやりと笑った。「サウナっていうのは奥の方に座った方が暑いんだ」おっさんが後ろを親指で指したので俺はその後ろの段を眺めた。

 聡明なチベット僧のような顔をしながらタオルを腰に巻いて腕組みをし、じっと熱波に耐える頬のこけた青年が俺をちらり、と見て再び目を閉じた。たしかに中年が言うように俺はサウナ初心者で、ここに来る金も家族から頼まれた買い物の釣銭をかき集めて捻出したものだ。

「なんや、お兄ちゃん。平日の昼間っからこんなトコいるっちゅーことは働いておらんのか?」中途半端な関西弁のおっさんが俺を歯抜けた顔で見下ろして笑った。図星である俺は何も言い返せずに目の前で燃える演出を見せる暖炉を模したヒーターに向き直った。

「嫌な仕事、根詰めてやってても実にならんもんな。ここはそういうサボり癖を持つヤツが集まる場所や」

「おい、アンタらと俺を一緒にすんなよ」俺の隣で立ち膝を立てて腹筋を繰り返していた30歳くらいの死んだ目をした逞しい肉体の男が腹筋をやめて関西弁のおっさんを振り返った。

「俺はこう見えてもちゃんとした務め人だぜ。営業成績さえ持ち帰れば、勤務中にサウナに居てもネカフェで寝ててもソープで抜いてても文句は言われねぇ」「へー、言うねぇケンちゃん。それで今月、何件営業取れたんだい?」

「…まだゼロ件だけどな!」「もう20日を過ぎとるやんけー!」「クビだ、クビだー!」顔なじみ同士の客の間で大きな笑いが起こる。正直言ってこういう空気間は苦手だ。老害どもは裸で包み隠さずコミュニケーションをとれ、というが逆に若者にとっては丸裸である事が逃げ場を消され、追い詰めてられていると感じている。

 俺は会話が止むタイミングを見計らい、その場を立ち上がって入り口のドアに手をかけた。「あれ、開かない」取っ手を揺するが部屋の扉はうんともすんとも言わない。

「おい、なにやってんだよ。引くんだよ」俺の隣にいたケンちゃんという青年が俺をどかして取っ手を引っ張った。

「アレ?堅ぇな…元英雄の俺だったらこれくらい…ふん!」ケンちゃんが力いっぱい取っ手を引っ張ると木の扉からネジがこぼれて思い切り取っ手が外れて、ケンちゃんは股間のウニを見せながらぐるぐる後転して壁に衝突した。

「ど、どうなっとんのや!」工場長と知り合いに呼ばれていたおっさんが扉に両手を押し当てて揺さぶるが開く気配はなし。熱気漂う灼熱のサウナで工場長は声を張り上げた。

「あ、あかん!開かん!ここままやと全員、ここで等身大蝋人形になってまうでー!!」

「な、なんだってー!!」

 絶叫を上げる全裸の男達!「こ、工場長が!」へたれこむ工場長を見て介抱するように駆け寄る全裸の男達!どうなる工場長?なぜ英造たちは蝋人形になってしまうのか?この続きはしばらく空くからそれまでサウナとインドの歴史を学んでろ!ブラァ!

     

 突然サウナの扉が開かなくなり閉じ込められてしまった俺たち14人。なじみの客達が暑さと非常事態にへたり込んでしまった工場長を介抱している間もケンちゃんを中心に屈強な男達がドアを全裸で押したり引いたりしている。

――室温120度越えの灼熱地獄。その混乱の中で俺は息を吐き出し、静かにベンチから立ち上がった。

「インドマンに変身してドアを蹴破ってやる…」そう思って腰に目を落とすが当然、入浴前に外してロッカーに閉まってあるのでベルトは巻かれていない。「油断した、敵アクターの襲撃か?…もしくはインドマンの呪いかよ。クソがぁ」俺は頭を抱えてその場に静かに座り込んだ。

 すると俺の隣に英国のウィリアム王子のような気品を漂わせた禿男が擦り寄ってきた。「ボク達、このままここで死んじゃうのかな」ドアの前で汗だくの顔を仰いだケンちゃんの下半身を眺めながらその男は言う。

「キミはまだ若い。学生くらい?ボク、いくつぐらいに見える?」なんだこのオッサン、こんな状況でどうでもいいクイズ出してきやがった。エジプトだったらその場で即、スフィンクスに頭から喰われても文句は言えない質問にも俺は丁寧に「35歳くらいですかねー?」なんて答えると「正解!気が合うねボク達!」と奇跡の回答を導き出してしまった。面倒臭ぇ。

「ボク35歳だけどこれまで一度も女の子と付き合った事がないんだ」突然のDT告白に口の中の水分が噴き出した。「ははっ笑えるだろ。別に彼女を作らずに没頭できる趣味があったり、仕事が忙しかった訳じゃないんだ。自分の人生は女性とは縁がなかった。そしてなにより、弱気な自分に自信が持てなかった」

 抑揚の無い語り口でとうとうと語り出す間もドアを叩く男たちの拳の音は止むことはない。しかし彼はもう助からなくてもしょうがないと思っている。死を覚悟しているのだろう。その据わった瞳の視線は俺の腰タオルに注がれた。

「どうせこのまま誰も助けに来なくて死んじゃうんだ。それなら最後に自分で人生に花道を飾ってやる!もう構わないさ。男のオマエでも」ウィリアム王子が俺に飛び掛るより先に俺はその場から飛び上がっていた。

「俺もドア開けるの手伝います!」するとその瞬間、どこからともなくゴゴゴ、とポンプが動く音がして反対側の壁を眺めると嘘か真か、物凄い水量が壁を突き破ってこっちへ流れ出してきた。

「ど、どうなっへ!むごご!」ケンちゃんが叫ぶより先に身体を大量の水が包み込んで、その濁流は出口を探して入り口のドアを突き破った。「や、やったで!これで出られる!」そう叫んでゴブリンのような見た目の工場長を中心に立ち上がった全員が脱衣場目がけて走り出した。

 俺は水流の勢いで吹き飛ばされ、八つ墓村のように電気風呂に突き刺さったウィリアム王子の両足を振り返りながら男たちと同じように風呂場を脱出した。


「ぷはー!生き返るでぇ!やっぱ入浴後に一杯はサイコーやなー!…てかどうなってんねん、ここのサウナ!いっぺん苦情入れたるわ!」俺が服を着る後ろで口角泡を飛ばしながら元気になった工場長が大声を張り上げている。他の皆も勢い良く腰に手を当ててコーヒー牛乳(もしくはイチゴ)を飲んでいるのでその声にみな頷きながら答えている。

 俺は腰にチャクラベルトを巻きながら冷静に頭の中で状況をまとめ始めた。スパ銭のサウナに入ったらドアが開かなくなって非常ボタンを押しても誰も助けにこなかった。そしてその間誰もサウナ室には近寄らず、命のリミットが見えたタイミングで大量の水によって部屋から押し出された…考えるだけ無駄だ。意味が分からない。

 何か情報は、と探して俺は服を着て休憩室をまわる。するとマッサージチェアに茶羽織を着た美魔女風の女性が声を出しながら揉み玉に肩を叩かれていた。「駄目だ、ここには何も無い」「よぉぉくきぃたわねぇぇいぃんどまぁぁん」「もっと別の場所を…ってえええ?」

 驚いて声がした方向を振り返ると、20代後半から30代半ばと思われる女性が椅子の横にあったリモコンを手にとって表示されている画面に長い睫毛に囲われた瞳を落とした。

「まだ3分残ってる。でもいっか。ロワイヤルで優勝したら億万長者だし」ピーっと長い電子音が鳴るとゆっくりとその女性の座る椅子が起き上がった。「オーケー、レストタイムは終わりよ。ビジネスの時間ね」リラックスした表情から一転して凛とした態度でその女性は椅子から立ち上がった。

「始めましてインドマン。私の名は立花生憂たちばなきうい。中学受験生向けの教育動画を配信するネット教師を仕事としているわ。変身アクターはエスメラルダ・エルモーソ。スペイン語で可愛いお嬢さんという意味よ」

 大げさな身振りで声を張って自己紹介を始めたその髪の長い女性にあっけに取られながらも俺は腰のベルトに指を置いた。

「へぇ、変身前に色々喋っちゃっていいのかい?」「ええ。構わないわ。そうじゃないとサプライズでトラブルを仕掛けたワタシが悪いみたいだもの」…やっぱりあのサウナでの一件はこの女のせいだったのか。顔の前に乱れた髪を払ってタチバナと名乗った女アクターは言った。

「ワタシのエスメラルダはアナザーアクターとはディファレントでスペシャルなスキルをギブしてるの。セレクトしたルームに色んなトリックを仕掛けられる。あのままだと本当に死病者が出そうだったから壁から水を出して助け舟を出してあげたわ。凡夫と一緒に慌てふためくなんて、意外と大した事ないのね。インドマン」

「何言って…風呂場で変身が出来るかってんだ!」「はぁ、もうちょっと気転が聞くと思ったのよね」タチバナは少しがっかりしたように厚ぼったい唇から溜息を吐くと右手中指に巻かれた指輪を俺に見せるように手の甲をかざした。

「これでワタシの能力紹介は以上よ。変身!」白い光がタチバナの体を包み込み、くるくると回転する度にアクターフォームが身体に取り付いていく…初の女性アクターによる変身シーンなのだけど、相手が守備範囲外である中年一歩手前の年増女性だったので俺はなんだか「あ、もういいっす」って感じで畳の縫い目に目を落とした。

「なによ!ちゃんと最後まで見なさいよ!ほら、サービスシーン!色々揺れてるわよ!あ、お腹は見ないで……んん!華麗に参上!美しき女教師、その素顔はエスメラルダ・エルモーソ!」

 場末のスパ銭に現れた女アクター。「変身、インドマン!」相次ぐ異常事態に発汗は加速してゆく。

     

 敵アクターに接触し、チャクラベルトを起動させてインドマンに変身を遂げた俺。いつものターバンとサングラスをつけたフォームを纏うと相手のエスメラルダ・エルモーソに向かって構えを取った。

 オペラ座の怪人のファントムのような仮面を付け、カルメンを踊るダンサーのような赤いドレスを羽織った女アクターは手に持った牛追い鞭をしならせると俺に向かって見栄を切った。

「やっと姿を見せたわねインドマン!貴方が現れるのをずっと待っていたのよ。個人的な恨みはないけれど、ワタシの大いなる野望の為の礎となりなさい!」

「へぇ、野望っていうのはさっき言ってた億万長者ってやつかい?これまたベタな願いだぜ」さっきポツリともらした言葉を拾い上げて目の前の女アクターに返してやる。

「…ミス・タチバナの授業中よ。減らず口は慎みなさい」無表情の仮面の奥で鼻で笑うようにしてエスメラルダは鞭を床に打ち鳴らした。畳が勢い良く飛び上がって、禿げ上がったオッサン客が慌ててその場を飛びのいていった。

「どうやら教育が必要なようね!ワタシが人生の先輩として、文字通り教鞭を執ってあげるわ!」「へっ!イスラム国式教育はゴメンだぜ!ゆくぞ!」

 もう一度床を試し打ちした鞭を号令に俺はエスメラルダに飛び掛った。一応相手は女性だ。顔を狙うと見せかけての腹。「かかったわね!」拳が体を捉えたと思った瞬間、エスメラルダの体が蜃気楼の様に消え、代わりに正面から鞭の鋭いしなりの利いた一撃が俺の鼻先を打ち抜いた。

「くそ、この部屋にも例の能力を仕掛けてやがったのか!」俺が顔を振って揺れた脳を落ち着けるとゆっくりとエスメラルダが鞭を手の平で叩きながら引き戸の奥から姿を現した。

「レディーを待たせた罰よ。貴方はワタシに指一つ触れることも叶いやしない」「…遠距離から鞭での攻撃か。それならこれでどうだ?」俺はベルト横のケースからガシャットを取り出してベルト穴に捻じ込んだ。


『魔人モード:ムルガン』!鶴の顔のようなマスクを身に纏った赤いフォームに変身するとその辺で拾って準備していたパチンコ玉を両手の指に構えた。手先の器用さに定評のあるムルガンで相手の鞭を叩き落とす戦法だ。

「いくわよ!レッスンツー!」「…いまだ!」鞭を振りかぶった瞬間を逃さずに利き手の親指でパチンコ玉を弾く。「しまった!」見事に命中し、床に落とした鞭へと伸ばした敵の手目がけて反対側の指でもう一つのパチンコ玉を弾き飛ばす。指の間を銀玉がすり抜けて鞭が回転しながら反対側の壁に衝突する。

「これで鞭による攻撃を防いだ!降参するなら今のうちだぞ!」俺が相手に宣告するとエスメラルダはゆっくりとその場を立ち上がってマスクの奥で高笑いを始めた。

「降参ですって?何か勘違いをしているようね」「…?何をする!?」後ろから突如現れた男たちが俺の四肢を羽交い絞めにし始めた。振り解こうにも何か強い力に操られているようで、ふと目を落とすと脂ぎった顔の中年が浴衣をはだかせながら俺の腕に抱きついている。気持ち悪ぃ。

「言ったでしょ。ここはワタシの城なのよ。でもその人達はエスメラルダの能力で操っている訳じゃないわ。自らの意思で貴方を抑えてる。まぁそれもワタシから溢れ出る魅力かしら?。何を隠そう、ワタシ、立花生憂はこのスーパー銭湯の年間利用券を持つ常連客なのよ!」

 腰に手をあててズバンと言い放つ敵女アクターを見て俺は頬から流れた汗を舐める。「なるほど。そういう事かよ」「オレ達のキウイちゃんに手をだすな~このカレー野郎~」俺の身体にゾンビのようにしがみついたオッサンたちがどっぷりと太った腹を突き出して思い切り体重を掛けてくる。くそ、なんだか力が出ない。

「ここでスーパースチューデントのインドマンにクエスチョン」勝利を確信したようにエスメラルダが明るい声色で俺に向かって指を立てた。「ワタシの能力を使えば最初から不意打ちで攻撃を仕掛ける事が出来た。でもどうして、貴方を灼熱のサウナに閉じ込めておいたと思う?」

 止まらない汗を首を曲げて振り払う。そうか、アクターバトルは変身前の体調によってかなりの影響が現れる。それなりの強さを誇るマスク・ザ・アレグロとイル・スクリーモが俺と戦った後にミル・トリコに瞬殺されたように。エスメラルダは戦闘前に俺の体力を奪うことが目的だったようだ。銭湯だけに。

「テスト時間は終了よ。ウェンナーユー、ゴーイングトゥキルイット~?」エスメラルダが頭の上で鞭を構えるとその先端が9つに割れ、光を放ちながら揺れる柄が持ち上がった。持ち武器のフォームチェンジ。あれが俗に言うアクター固有の『決めワザ』らしい。

「ナゥ!!」ミス・タチバナの受講生であるオッサンたちが声を揃えて鞭を持ったエスメラルダにやれ、とコールする。もう終わりだ。俺はマスクの奥の両目を瞑った。


「やっと見つけたよー!…おや、先客が居るのかい?でもそんなの関係ない!死の淵でようやく運命の相手と出会えたんだ。ボクの気持ちを受け入れておくれよー!」

 はだけた浴衣を纏ったウィリアム王子似のオヤジが俺に向かって飛びついてきた。「うひゃ!なんだお前!」「気持ち悪!」目を閉じて唇を突き出すウィリアムにおののいてオッサン達が俺の体から腕を離した。

「オゥ!ジーザス!トランスジェンダー!」エスメラルダが持っていた鞭を手放してマスク越しに俺にキスをするウィリアムを顔にあてた指の間から眺めている。チャンスだ。俺は一息にウィリアムを背負い投げるとチャクラベルトに指を置いた。

迦楼天かるらてんよ!俺の身体をアイツの傍まで運んでくれ!」背中を風で押されるような推進力で相手の間合いからダッキングを決めると利き腕によるパンチをエスメラルダのみぞおちに打ち込んだ。

「インドぉ!」「カハッ!」体が浮き上がり、身をかがめた敵目がけて俺はとどめの一撃を見舞う。「インドぉぉ!!」強烈なアーパーカットがマスクの顎を打ち砕き、宙へ飛び上がったエスメラルダが床にたたきつけられて意識を失い、その変身を解いた。

「きういちゃん…」なじみ客の一人がタチバナの乱れた茶羽織の帯を締めなおした。するとどこからともなく装飾が施されたカードが舞い落ちてきて聞き覚えのあるアナウンスが脳内に流れ始めた。

「勝者、インドマン。このバトルにより、新たに『女帝』のカードを手に入れました」カードを握り締めると俺はガシャットを引き抜いて大見得を切った。

「命の根源たるガンジスの前では男女平等!金に浮かれる汚れた魂に熱きインドの火を灯せ!」決まり手―インドによりインドマン、久々の勝ち名乗り。湧き上がる高揚感とは反対に観衆たちの態度は冷え切っていた。

「女相手の暴力を正当化しやがった…」「ひでぇな、インドマン」「ふっ、勝負は時に残酷さを孕むものだ…そうだ、アイツに絡まれる前に早く逃げよ」

 俺は変身を解いて荷物をまとめるとM字開脚でブリーフの中心部分をおっぴろげながら倒れこんでいるウィリアムを見て歩くスピードを早めた。

「おい、大丈夫か!?」聞いたことのある声の主がウィリアムを介抱し始めた。余計なことを。ロッカーから上履きを取り出すとケンちゃんが起き上がるウィリアムを見て安心して息を吐いた。

 それを見てウィリアムがきゅんとした赤ら顔を浮かべて目を輝かせ始めた…どうやらびんぼう神の押し付けはうまく言ったようだ。俺は新たに生まれた異色カップルの成就を心から願いながら買い物が遅くなった言い訳を考えながら家路を急ぐのであった。

第四皿目 サウナ・イン・ザ・マテリアル・ワールド

 -完-


       

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Neetsha