11月12日更新作品から
「自分を左殺しと思い込んでいるプロ野球選手」http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=20408
藤沢先生作品。
何と2006年から文芸・ニノベで書いていらっしゃる作家さん。
12年もの間、じっくりコトコト煮込んできた文章力は、円熟の域に達しているようだ。
本作に出てくる主人公・山崎の一人称で語られる10年に及ぶプロ野球人生は、そんな藤沢先生の分身のような存在に思える。ゆえに、とても自然で、読みやすい一作に仕上がっていた。
まず新都社小説ではこの「読みやすい」が最大の長所となる。
漫画が強い新都社では、多くの読者は小説を敬遠し、気まぐれに読んでくれたとしても長すぎると読んでくれない。だから一話につき3000か4000ぐらいの文字数というのは非常に適切なレベルだと思う。
本作の文字数をカウントしたところ、大体、一話につき4000字程度だった。それが16話分。大雑把だけど64000字。これは中編小説に分類される文字数だ。
色んな新都社連載小説を読んできたが、クマカツ先生の「るろうにチンチン」のようなネタに走った小説が一番コメントが稼ぎやすいのは稼ぎやすいが、商業を見据えて真摯に小説執筆に打ち込んでいる作家さんは、そんなコメントをもらってもしょうがないだろう。
だから、そういう本気の作家さんが新都社で書くとして、これぐらいの文字数と長さが適切だろうと私は思っている。コメント数も稼げるうえに、質も良い。内容にもちゃんと触れてくれる。いきなり10万字もある読切小説を投稿してもせいぜい2~3しかコメントはつかない。
全ての文芸・ニノベ作家さんらは参考にしてほしいところだ。
ちなみに、私もこの感想企画で一作につき大体2000~3000字程度に収めるようにしている。というのも、2015年の新都社10周年の時のサツバツ世界の感想は力んでしまって7700字ぐらい書いてしまい、さすがに長すぎたと反省したからだ。更にあの時は顎男先生が簡潔で分かりやすい感想を書いていて絶賛もされていて、年若い彼の方が明らかに優れているなと実力差を感じたものである。そう、本作で山崎が洗川へ対して感じていたように…。
まぁ、そういうことも踏まえ、本作は漫画しか読まない読者にもおすすめできる長さと読みやすさと言いたかった。
さて、本編の感想に移ろう。
野球漫画といえば新都社ではKやHOT BLOODなど名作・大作が生まれやすいようだ。小説だが本作もその一角に加えても良いのではないかと思うぐらいの名作だった。
主人公・山崎のことを藤沢先生の分身のようだとは先に書いたが、山崎の境遇は多くの新都社作家・多くの社会人にも身に覚えがあるかもしれない。私も身につまされるものがあった。
粗筋を少し語る。
第一話、山崎はプロ入り四年目で一度も一軍に上がったことのないうだつの上がらない二軍選手として登場する。そして一軍選手が故障したためと、彼がたまたま二軍戦で「左投手からの打率が良い」というだけの理由で昇格する。だが彼は別に「左打ちが得意」だなんて思ったことはなかった。本当にたまたま打てていただけだった。大学時代は自分は誰よりも打てる選手だったが、プロに入ると自分よりずっと凄い連中がゴロゴロいて、自分は凡人だったと思い知らされていた。だから、「左打ちが得意」と周囲から思われているのならそれを武器にしよう。一軍で活躍するために、自分は「左打ちが得意なプロ野球選手」なんだと思い込もうとするのだった。
…どうだろうか? この粗筋だけで、グッとくるものがある方は、是非この小説を読んで欲しい。端的に言えば、小説版グラゼニといったところだ。が、グラゼニより余程凡人向けの内容となっている。
別にプロ野球選手でなくても、新都社で商業を目指して頑張っている作家さんは、上には上がいることを常に感じさせられていると思う。商業を目指しておらず趣味で描いているだけの作家さんも、リアルの仕事の方で、例えば営業マンだったら同僚と営業成績を競っていたりするだろう。
本作には、尊敬し目標とするレジェンド選手、年下だが同期で実力が相当上の選手、殺す気でかかってくる相手投手、自分と似ているが遥かに才能に溢れた後輩選手……などが出てくる。
そんな彼らとどう関わり、凡人だが必死でプロ野球の世界で生き抜こうとする山崎が、どう実力主義の世界で戦っていくのか、チームのために貢献していくのか、そしてどう引退すべきかというところまでが語られている。実力主義=個人主義と思われがちだが、野球はチームプレイが求められる。中盤から後半の山崎はそのあたりの意識も良く見られるので、非常に模範的な野球選手といえる。山崎は、栄光に満ちた夢と希望、そして厳しい現実と絶望を味わうこととなる。引き際もまた潔くて美しい。その姿に、読者としては非常に共感を覚え、応援してしまうことだろう。
先に、クマカツ先生の「るろうにチンチン」をネタに走った作品だといったが、それも新都社で存在感をアピールするためになりふり構わずに取り組んだ結果だ。山崎が自分を左殺しだと思い込もうとしたのと同じようなスタンスである。
だが、繰り返すが山崎は別に「特別左打ちが得意とは思っていなかった」のである。思い込もうとして、その思いの力で左殺しと呼ばれるようになったのである。
私も営業マン時代、商談する相手は「飲食店」が得意だという思い込みがあった。他の業種が三割ぐらいなら飲食店が五割ぐらいで契約が取れるという感じだ。だから上司から仕事を振られる時も、優先的に飲食店相手の商談が回された。私はそれをチャンスと考えた。飲食店が相手だと「よし、自分は飲食店相手の商談だと強いから契約取れるぞ」なんて考えたのだ。
だから、小説というだけでなく、野球物だから敬遠するという読者は、非常にもったいない。野球のルールはそんなに詳しくなくても全16話で10年の年月が経過していくサクサクテンポだから気にしなくても良い。本作の要旨は、野球を通じて人生をどう生きるかの指針だ。社会で働くのにも、創作活動においても参考になるところがある。
読んで欲しい。
いや、読むべき一作である。
以上です。