世界が終わるとき
家族
「撲君ってさ」
名前で呼ぶなと何度か言ったはずなのだが彼女は今日も僕のことをそう呼ぶ。とりあえず無視するが、それでも彼女は構わずグイグイ来る。聞こえている確信があるからだろう。こうなっては話に付き合う方が早いような気がしてくる。
そんなことはないと思うのだが。
「学校には自転車で通ってるんだっけ?」
「…………そうだけど」
返事をすると笑顔を浮かべてやけにうれしそうな顔をする。今日一番とでも言いたげないい笑顔だ。よく似合っているのが地味に腹立たしい。そんな顔をしないでもらいたい。あまりいい気分にならない。
「いいなー、私は電車で二駅ぐらい離れたところだから通学が億劫で」
「…………」
「家はどのへんなの?」
「ん」
指で家のある方向を指す。
それを見て何か感心したかのように「へー」と呟く。
何が「へー」なのか小一時間問いただしたいところだがぐっとこらえる。
「兄弟とかいるの?」
「いない」
と思うとは付け加えなかった。たぶんそうするとそれについて詳しく話せと催促されるだろう。それは嫌だ。しかし、僕の「いない」の一言に何か違和感を感じたのだろうか、ほんの少し怪訝そうな顔をするが追及はしてこなかった。
その代わりとでも言いたげにもっと踏み込んでくる。
「じゃあ、三人家族」
「戸籍上は」
「…………?」
「父親も母親もここ最近会ってない」
「え?」
「聞きたい? 複雑な家庭環境だけど」
「………うーん……いいや」
「そう」
「なんか、ごめんね」
「…………」
なんかとは何だ、なんかとは。素直にごめんねと言えないのか。
でも謝ったので何も言わない。無視して根掘り葉掘り聞こうとしてくる奴よりはるかにましだ。
父親の顔は覚えていない。物心つくよりはるか前に彼は浮気をしたらしく、家にはいなかった。離婚寸前までいったらしいが、当時の経済事情と母親のプライドから離婚は許さなかったそう。結果、歪な家族が完成した。
母親はそれでもいつか離婚するために仕事にのめり込んでいった。
結果、彼女は会社の重役にまで上り詰めたが、今では酷い生活を送っている。都内の本社に異動になったことをきっかけにその近くの社員寮を借りてそこに住んでいる。こっちの家にはたまに帰って来るのだが、僕がいない昼間か夜遅くに帰ってきて、少し家事をやってすぐに戻っていく。
それに僕もあまり顔を合わせようとしない。そんなこんなでこの数か月(中学卒業から高校入学まで休みの期間があったにもかかわらず)の間、両親ともども顔を合わせていない。
母親はこう言っていた。
お前は父親によく似ている、と
だからより一層、彼女は僕と顔を合わせたがらないのだろう。
「撲君」
「……何?」
「どうかした?」
「…………別に」
どうやら考えこんでしまっていたらしい。
心配そうな顔で僕のことを彼女が覗き込んでいた。
僕はもう一度力強く呟いた。
「大丈夫」
「それは自分に言い聞かせてるのかい?」
河童の言うことは無視するに限る。
そんなわけ、あるはずがないからだ。