Neetel Inside 文芸新都
表紙

悪童イエス(完結)
2.人捨て場

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 猫に囲まれ助けられ、マリアに抱かれヨセフに怒られ、イエスは育った。悪童として育った。イエスは強く、他の子は弱く、イエスが撫でただけのつもりでも相手は殴られたように痛がった。力の加減が出来るようになるまで、イエスには遊びでも、他の人間には暴力であるようなコミュニケーションが続いた。

 物心つく前、イエスには全ての声が歌声に聴こえた。泣き声との区別もついていなかった。マリアはガレージ・ロックを、ヨセフはブリティッシュ・ロックを好んだ。意味の連なりになる前の喃語でイエスが初めて口ずさんだ歌はOasisの「Wonderwall」であった。ヨセフはイエスの歌に合わせてギターを奏でた。歌詞に詰まればギターも止まり、メロディを間違えればギターも音を外した。ヨセフが仕事に出掛け、マリアが他の子供達に構っている間、イエスは歌うか暴れるか眠るかしていた。寝言も歌声だった。

 12歳からイエスは人捨て場で働き始めた。行き倒れた人、誰かに殺された人、寿命で亡くなった人、経過はどうあれ、人は死ねば捨てられた。炉端で放置されていれば腐るのだから、動物達あるいは食うのに困った人間に食い荒らされるのだから、片付ける人間が必要だった。忌み嫌われ、なり手の少ない仕事だったが、イエスは苦にしなかった。冷たく動かなくなった死体を大型粉砕機に流し込むと、バキバキバキバキと骨の砕ける音が響く。脱水装置を通して流れ出る血液を洗い流す為に水が常時流される。幾つかの作業場があるが、一人で黙々と出来る粉砕脱水場をイエスは好んだ。粉砕音を相殺する為に大音量の音楽が流れていた。上司か先輩の好みか、NIRVANAやKORNがよく流された。普段家では聴かないそれらの音楽にもすぐにイエスは親しんだ。

 時折先輩がイエスの作業を覗きに来た。サボり監視ではなく、死体と一緒に自らを粉砕してしまう事故死がこれまで度々あったからだった。
「今流しているのが人の死体なのか自分なのかわからなくなってしまうんだ」と先輩のメロスは言った。
「死体の腕を自分の腕と勘違いして必死に流されないようにしたり、自分の腕を突っ込んでしまっているのに、腕がなくなってしまうまでそれが自分の腕だと気付けなかったり」
 そう説明するメロスには左腕がない。
「大丈夫ですよ」とイエスは言う。もうこれまで流してきた死体のどれもと自分とを区別していない気がする、とイエスは思う。砕かれた腕は全て自分のもので。流れ出た血液は全て自ら流れ出たもので。
 既に何度も自分を丸ごと流してしまいながら、全身砕かれカラカラに干からびながら、何度も復活している気さえしていた。


続く

       

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