マリアの話す言葉には脈絡がなく、話題がすぐにあちこちに飛んだ。昨日の話を「さっき」と言い、幼い頃の友達と今すれ違った人とを同列に扱い時空がごちゃごちゃになった。イエスやユダより年上の十八歳であるにもかかわらず二人よりも語彙は幼かった。
「ありがとう。助けてくれて。私は学校がなくなって、ふらふらして、踊ったり歌ったりしていた。家の近くに大きな公園があって、お父さんが仕事に行っている間、そう、お父さんは私を置いて仕事に行く。私は踊ったり、歌ったり。それである時イエスの歌声が聞こえてそっちに行って。でも熱が出て」
マリアはユダが選んでくれた服を気に入って道行く人に示した。紫を好んだ。やがて鞄も手袋もカチューシャも紫に統一された。
マリアは踊った。覚えた曲は歌った。全身全霊で。疲れるとイエスの歌とユダのギターを聴いていた。初めて聴く曲であっても、二番に入る頃には歌えているのだった。オリジナルの振り付けで踊れているのだった。「明日の(次の)話が(メロディが)何となくわかるの」とマリアは言った。マリアの手足はそれぞれが別の生き物として動いているようだった。どのジャンルのダンスにも似てないようで、全てのジャンルを含んでいるようにも見えた。誰にも習わず本能のままに人が踊り続けると生まれる型だった。マリアの躍りにまず子供達が惹かれた。次に動物達が寄ってきた。マリアが「疲れたー」と言って地面にへたりこむと、子供達も真似して座った。マリアが地面に寝転がると動物達もごろごろ転がった。イノシシと猿がぶつかりギャギャギャと猿が喚くとマリアも子供達も叫んだ。マリアの手拍子に、足踏みに、皆が合わせた。大地は全てドラムとなった。
ユダがFoorinの「パプリカ」を弾くと子供達は一斉に花開くように踊るのだった。中心に咲く紫のマリアはゆらゆらと揺れながら歌と子供と動物と空気とギターと一体になって踊るのだった。マリアにつられて、生きている者だけでなく、辺りの雑草も石ころも道端に転がる回収前の死体も踊り出すようだった。周辺の学校や家々から子供達が飛び出して来て群衆となり、躍りと歌声は路上を満たした。ユダのギターとイエスの歌声が埋もれてしまいそうなボリュームになっても、誰かの持ち出してきたギターが響き、誰かの歌声がイエスをサポートするのだった。言葉を持たない動物達の叫びも歌の響きを帯び始めた。
人と大地と空気と動物の臭いとが混ざりあった歌声をマリアの指先がかき混ぜる。マリアの蹴り上げた脚が歌声を遥か彼方まで拡散させ、唱和する人が、獣が、大地が、増え、拡がっていく。曲の終わりが始まりに繋り、途切れることなく「パプリカ」が歌われた。交通が麻痺し、熱気は空にまで届き、虹となった。
虹の下でマリアが眠ると、群衆の騒ぎも沈静化したが、人々の心の奥底には消える事のない熱狂が残った。
パプリカ騒動の翌日、警察はイエスとユダとマリアに逮捕状を発行した。