Neetel Inside 文芸新都
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悪童イエス(完結)
6.ゲリラ・レディオ

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「踊っただけ」とマリアは言った。
「歌いました」とイエスは言った。
「ギター」とユダは呟いた。

 警察に追われる事になった三人だが、支援者は自然と生まれた。パプリカ騒動の噂を聞き付けた者もいるし、結局どこを歩いても隠れても逃げていても三人は歌い踊り弾いているのだった。人も動物も集まるし雲も月も付いてくるようだった。支援者の中で通信技術に長けている者や映像作家も居たので、彼らの様子はラジオの電波やネット映像で流された。初めてラジオの電波に乗せた曲にちなんで、それらは「ゲリラ・レディオ」と呼ばれ、支持を集めた。ある日のセットリストはこんな具合だった。

「Guerrilla Radio」Rage Against The Machine
「波動」AJICO
「Parallel Universe」Red Hot Chili Peppers
「Vinyl Change The World」ザ50回転ズ
「Heart In The Cage」The Strokes
「LEMON」The Birthday
「Mouth For War」Pantera
「愛に気をつけてね」ドレスコーズ

 動物園内で収録された映像では、「Mouse For War」の重苦しいドラムは象達の足踏みで再現されていた。本人達にその気はなくても彼らはやはり扇動者だった。動物達と平然とコミュニケーションを取れる事自体本当はおかしいのだった。アコースティックギター一本であらゆる楽曲を表現出来ているユダも、クリーンな声もデスボイスも歌えるイエスも、本能の赴くがままのダンスで周囲の空気を震わせるマリアも。誰もが彼らのように歌い踊り奏でられるわけではなかった。賞賛と応援と同時に嫉妬と悪罵も生まれた。彼らと直接接触した者は彼らの事を忘れられなくなった。象はマリアとのセッションを思い出す度に「Mouse For War」のバスドラを足踏みした。休火山の噴火口で平沢進「白虎野の娘」
を演奏した翌日、火山は噴火してしまった。それら全てがイエス達の罪というわけではなくても、イエスは訊ねられる度に自分達が悪いと言ってしまった。

「家に帰らなくていいのか」ある時イエスはマリアに訊ねた。
「パパはどうせ仕事に行ってる。今日も遅い」
 それより喉が渇いた、と言ってマリアはオレンジジュースを飲み、黙ってユダに渡し、最後にイエスが飲み干す。パンをマリアがかじり、ユダが続きをかじり、イエスが食べ終える。「チーズある?」とマリアが言うとイエスはポケットを探り、アルミホイルに包まれたカマンベールチーズの欠片を取り出した。「そんなの何処でもらったんだ?」ユダが訊く。「わからない。いつのまにか入ってたのか、今生まれたのか」イエスは冗談のつもりではなかったが、マリアは受け取り、かじった。次にユダが。最後にイエスが。それから三人で眠り、夢の中でまた演奏が始まり、夢と現の区別はつかなくなり、寝床から漏れ出した音に虫達が踊り出し、草木は揺れた。季節外れの花も咲いた。死に際の放浪をしていた一匹の猫が断末魔の代わりに歌声を歌い、一帯の猫達が一斉に発情期を迎え、数ヵ月後辺りは子猫で溢れかえった。
 イエス達の知る所でも知らない所でも、世界は少しずつ変容していた。

       

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