エドワードはひたすらに高く飛んだ。自身の黒髪と同じ色の産毛の生えた藤色の翼をはためかせて。コンドルのようにぐるぐると旋回し、眼下に広がる樹海に動くものがないか目を見張った。
闇雲に探してもこの広大なミシュガルドの森から小さな女の子を見つけるのは難しい。砂漠の中から砂金を見つけ出すのとどちらがまだましだろう。
しかし竜人の家出少女が行きそうなところでは見つけることはできなかった。町の中にいないとなると、町の外……森ということになる。森の上空からの探索に切り替えてからすでに五時間が経過していた。
普段の優雅な空の散歩の飛び方ではない。ハヤブサのように滑空し、ハチドリのようにホバリングしながら低空飛行していた。
ついに力尽き墜落寸前、とんぼ返りで体勢を整えなんとか着地する。
左目の左斜め上端に飛行する竜の影が映った。
モノクルをしている右目ではないから、レンズの反射による見間違いなどではない。
「姫!」
左上に振り向いたエドワードの深紅の目は怒りの炎に染め上げられた。
思い人は竜人でありながら飛ぶことができない。それなのに空から降りてくる竜人を一瞬でもイココと錯覚してしまった。
「僕がイココにでも見えたかい? 僕たちは兄妹だから無理もないね」
シュミット=グエノンは兄妹であることをことさらに強調した。
確かに青い翼と尻尾はそっくりだ。後ろに束ねた白い長髪を解いたら、きっと麗しの姫君の面影がある。
エドワードは左眉を吊り上げて相貌を崩しながら、つかみかかりたい衝動を抑えていた。
「君に兄を名乗る資格があるのか。姫を家出するまで追い詰めてしまった君に」
穏当な言葉を選んだつもりだったが、隠しきれなかった嫌悪感が言葉の端々にトゲとなって表出している。
シュミットはふわりとホバリングで近づいて、冷ややかなアイスブルーの目で見下ろしている。
「心外だな。まるで僕が原因のようなことを言う。君がしつこく妹を追い回したからじゃないのか」
イココの兄だから今まで大目に見てきたが、もう堪忍袋の緒が切れた。
「君は冷淡だ。君のような人面獣心の者に姫は任せておけない。姫には王子が必要だ」
「王子? 君は女だ。王子にも伴侶にもなれないじゃないか。僕こそイココの伴侶に相応しい」
この男は何を言っているんだ。兄が妹の伴侶になれるはずがないだろうに。エドワードは自分が女だからといって不利だとはみじんも思わなかった。生物学上男というだけのことにあぐらをかいているオスよりも、我こそが王子にも伴侶にも相応しい。血のつながりでイココをつなぎ止めようとする男よりも。
しかし面倒なことになった。認めたくはないがエドワードは竜人の男より体力が劣る。その上捜索で疲れ果てていた。今はシュミットの挑発に乗らず、ぶん殴りたい衝動を押さえなければならない。そんなことをしている場合ではないのだから。
「もういいよ。僕もヒマじゃないんでね」
なるべく荒立てず、エドワードは背を向けて立ち去ろうとした。
「怪しいな。君がイココを監禁とかしてるんじゃないのか」
シュミットはエドワードのあごに手をやり自分のほうへと向けさせる。
深紅の目がアイスブルーの目を見返す。
「下衆野郎!」
エドワードに罵倒され、シュミットは剣を抜いた。
「この双竜の剣はねえ、僕の不信感が増せば増すほど切れ味が増すんだ。僕がどれだけ君を警戒しているか、その身に味わってみるといいよ」
だらりと下がっていた双竜の剣を持つ左手をゆっくりと持ち上げる。
こうなったらやるしかない。ふたりは雌雄を決する覚悟を決めた。両雄並び立たず。
とそのときだった。
シュミットのアホ毛が突如ピンと天を向く。
そしてアホ毛はシュミットを引っ張るように南西の方角を指した。
もはや決闘の緊張感はない。
「命拾いしたな。このアホ毛はイココが近くにいると反応するんだ。君の相手はイココを見つけた後だ」
「何それ便利。くれ!」
「やめろ! 引っ張るな!! ついて来るな!!」
「つれないこと言うなよ。お義兄ちゃん!」
「お義兄ちゃんって言うな!!」
双竜が並んで南西の空に飛んでいく。
ライバルではあるが、イココのこととなればふたりは協力することができた。とはいえ双竜の剣がナマクラになるまで、ふたりのケンカはまだまだ続きそうである。