Neetel Inside ニートノベル
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ディアスポラ ~ミシュガルドの歩き方~
第12章 馬上、苔むした古砦を行く

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 野営のかがり火をたよりにケーゴ一行は本隊に合流した。
「せっかく気をきかせてふたりきりにしてやったのに、アンタは何やってんのさ」
 ベルウッドが広いおでこを赤くして、体中傷だらけで戻って来たケーゴを叱る。
「でもさ、勝ったんだからいいじゃん。捕虜まで捕まえたんだし」
 居心地の悪そうなカプリコと三日月を引き合わせて、ケーゴが弁解する。
「俺は捕虜ではないぞ」
 包帯ぐるぐる巻きのミイラ男みたいななりの三日月がしゃべったので、ベルウッドは面食らった。いまのうちにとケーゴはジテンたちのところへと逃げる。
 ジテンは一番大きな焚き火をウォルトら主要メンバーと囲んで地べたに座っていた。どうやらケーゴを心配して待ってくれていたようだ。
 大人たちはあーでもないこーでもないとまだ会議をしている。隣に腰を下ろしてケーゴはジテンに気になっていることを聞いた。
「ジュードという名前の人に覚えがない?」
 聞き覚えのまったくない名前だったが、ジテンは念のためマントの署名を読み返した。
 ジュードという名前は出てこない。
「ごめん。ジュードさんという人は知らないよ」
「それならいいんだ」
 ケーゴはジテンの言葉に心底ほっとした。
 炎にあおられて薪がパチンとはじける。
 二人の話を聞いていたウォルトが教えてくれた。
「ジテンは知らなくて当然だよ。ジュードは剣闘士の一斉蜂起のときに一番最初に立ち上がった八剣士のひとりさ。暴力のサーカス団に捕まってしまったから、ジテンとは会っていないんだ」
「実は……」
 炎にジテンの顔が赤々と照らされるのと対照的に、ケーゴは青ざめて独白する。カプリコとの闘いのことや三日月を見つけた経緯。そして、ハリー・ハリーがとった人質がジュードで、知らない人かと思って助けなかったこと。
「いいんだよ。弟が生きていることがわかったんだ。これからいくらでも助けるチャンスはある」
 ジュードの兄のアンドレイはそう言って逆に励ましてくれた。
 また薪がバチンとはじけて、夜空に火の粉を吹いた。それは季節はずれのホタルのように美しかった。
「禁断魔法のせいでほとんどの精霊は死滅してしまった。ホタル谷土着の精霊、ホタルももういないだろうか」
「見に行ってみないか」
「やはりホタル谷へ行こう。約束の地へ」
「ホタル谷へは行かないと会議で決まったはずだ。この話は済んでいる。明日には結界を破って禁術汚染地帯を出る。苔むした古砦で一泊し、運河を渡河する。そしたら明後日にはフローリアだ」
 ウォルトの一喝に水を打ったような静寂が訪れる。
 レビがその静寂を破った。
「一刻も早くこの場所から出たいだけじゃないのか。またお仲間のゾンビでも見えたか?」
 険悪な雰囲気を察して、マルクスがレビをたしなめた。
「いい加減にせんか! 我々の大半は一般市民だ。この危険な場所に一般市民を留め置くのは得策ではなかろう」
 敵は軍議が終わるのを待ってはくれない。
 焚き火の前に物見に出していた八剣士のフィリップがかけつけた。息を切らせて、びっこをひいている。フィリップは馬に乗るのは得意だが足萎えだった。アンネリエが水筒を渡すとうまそうに生水を飲む。一心地ついてようやくしゃべれるようになった。
「大変だ。フローリア方面から大軍が運河の対岸に集結している」
 ようやくまとまりかけていた軍議は紛糾した。
「まさかフローリアに行こうとしているのがバレたのか?」
「それにしたって早すぎる」
「そういやナルヴィア河畔の遭遇戦にノエル峡谷では暴力のサーカス団残党。敵に見つかってばかりだな」
「この中にスパイがいるんじゃ」
「今も空を飛んでいる飛行機が怪しい」
 焚き火から遠いところの木の幹に縄で縛られていたカプリコは、夜の寒さに震えてかみ合わない歯であざ笑った。
「あはははは。可笑しい。スパイも飛行機もなくったって、間抜けなあんたたちの行動なんて予想がつくわよ。だって剣をひきずった後をたどっていけば必ずあんたたちがいるんだから」
 みなの目がレビひとりに注がれる。
「俺か。俺ひとりが悪いっていうのか」
 吐き捨てるように言ったレビを庇ったつもりなのか、はたまた言い争いですら嫌いなのか、相変わらず何考えてるかわからないフォーゲンが正論を言い放った。
「このままでは大軍が運河を渡りきり、先に古砦を押さえてしまう。そうなればふたをされたようなもので、我らは禁術汚染地帯からでられない。犯人探しなんてしてる場合か!」
「その通りだ。市民を連れては遅くなる。少数精鋭でこちらが先に古砦を押さえ、安全を確保した後市民を入城させよう。少数部隊率いてくれるか?」
 ウォルトは期待の眼差しでフォーゲンを見る。
「イヤだ」
 フォーゲンはやはりフォーゲンだった。
「自分が早馬で行く」
「フィリップ! 君は物見から帰ってきたばかりで疲れ切っているじゃないか」
「だが自分が最速だ」
 けして奢りではなく、ただ自分の役割を果たそうとしている。ウォルトはフィリップに託すことにした。
「最速とは本当か~? 最速とは私の発明した魔道具のことよ。このアシハヤナールは魔法の素養が無い者でも履くだけで豹のごとき俊足を得る。私もアシハヤナールを履いて同行しよう」
 疑り深さと妙な対抗意識で八剣士のトマも付いてくることになった。
「そのアシなんとか貸してくれ。俺も行くから」
 ケーゴは実戦を経験したせいか首を突っ込みたがる。そんなケーゴをトマは制止した。
「なんか危なっかしいな。傷だらけの子供が何言ってる。すまんがアシハヤナール一人分しかないんだ」
 ケーゴは今回は留守番となった。
「子供一人くらいならいっしょに馬に乗れますよね。僕はケガしてないですし、それに結界を破るのは僕にしかできないでしょ」
 今度はケーゴへの対抗意識でジテンが首を突っ込む。確かに古砦までは結界を越えなくてはならない。
 フィリップは決断も早かった。
「よし来い」
 そう言うやいなやジテンを抱え上げて愛馬キリンジに乗せた。そして自らもジテンを抱え込むように愛馬にまたがり、一騎駆けする。
 ジテンは初めて馬というものに乗ったが、勢いだけで付いて来てしまったことを早くも後悔し始めていた。
 馬は本来ひとりで乗るものなのでフィリップだけがあぶみに足をかけている。自然ジテンの足はブラブラしていて安定しない。どちらにしろ子供のジテンではあぶみに足が届かないが。
 馬は体高の高い動物、地面が足の遥か下を流れていく。子供のジテンにはさぞかし高く感じるだろう。
 それも初心者のために馬のくつわを取りゆっくり歩かせているのとはわけが違う。フィリップは最初からトップスピードを出しているのだ。
 木の枝が頭をかすめそうになり、フィリップが覆いかぶさるようにして庇う。木々はまばらとは言え、整地もされていない森の中を二人乗りの騎馬が突っ走っていた。
 もしキリンジが転倒すれば二人は死ぬ。落馬しても死ぬ。木をよけ切れなくても死ぬし、当然敵より先に古砦にたどり着けなければ敵中に孤立して死ぬ。
 悪いことづくめだが、たったひとつ好材料もあった。
 初めての乗馬でもジテンは乗り物酔いしなかったことである。ただし別の生理現象が起こっていた。
「おしっこ」
 ファンタジー世界にパーキングエリアはない。あったとしても止まるわけには行かなかった。
「ここでしろ」
 ジテンはフィリップの言葉に耳を疑った。
 漏らせというのか。
 そうではなかった。
 フィリップは起用に左手一本で手綱をさばきながら、右腕でジテンを抱えて馬の尻に後ろ向きに座らせる。
「自分ら騎馬民族は子供のころから馬に後ろ向きにまたがったまま用を足していたんだ。さあ、しろ」
 そんなことを言われてもジテンは騎馬民族でもなんでもない。
 だけど今更無理とは言えなかった。やるしかない。
 あぶみがなくふんばりが利かず、揺れる馬の尻の上で出るのは涙ばかり。恐怖で出るものも出ない。それでもジテンはむりやり闇夜に向けて放尿した。
 一晩中走り続け、夜は白み始める。
「おい、寝るな。出番だぞ」
 ジテンの体温が伝わったのか、うたた寝しているのがばれてしまった。ゆりかごのように心地よかった乗馬の振動が止まる。
 目的地についたかと思ったが違った。
 禁術汚染地帯と安全な世界の境界。結界だ。
 ジテンは結界を破るために来たのを思い出し、下馬する。
 急がなくてはならない。結界の魔方陣をすぐさま読み始めた。
 あわてて読めそうなところを雑に読んだせいか、魔方陣えらくゆがんでいる。縦横に伸び縮みする楕円の中から、魔文字が抜け落ちていった。
 結界の隙間から朝日が差し込む。うまくいったようだが、むりやり結界を破ったせいで中空に抜け穴がもうひとつできていた。
 この際、多少不格好な抜け穴が増えようがかまわない。ジテンは馬に飛び乗り、再びフィリップが馬を飛ばす。ついに結界の外に出た。
 あの陰鬱な木々はもうない。ゾンビの幻覚を見たのも遠い昔のことのようだ。
 低木や藪からは鳥たちのさえずりが聞こえる。
 しばらく走ると、古砦まで続く細道に出た。舗装こそされていないが、森の中の獣道に比べればよっぽど走りやすい。
 間に合った。朽ちた城門をくぐる。まだ敵の大軍はたどり着いていない。大きなバリスタの横を通り抜け、古ぼけた厩舎の前にでたところでフィリップは馬を繋いだ。

       

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