Neetel Inside ニートノベル
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ディアスポラ ~ミシュガルドの歩き方~
第16章 マンシュタインからの手紙

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 マンジを取り逃がしてしまった一行はなじみの酒場へとやって来た。
 いつも座っている女将ミーリスの目の前のカウンター席でなく、四人座れるテーブル席に座る。
 すっかりしょぼくれているジテンとは反対に酒場に来て上機嫌なショーコがテキトーなことを言っていた。
「酒場にゃ吟遊詩人が似合うねえ。一曲唄ってよナナヤさん」
「お父様は吟遊詩人なんかじゃない。詩司っていうのよ。もう人形劇の音響も、酒場の弾き語りもしません」
 ナナヤの右に座るシーナがむくれ面で答えた。
「もう人形劇の音響をしなくてすんでいるのは、このジテンがマンジを追い詰めて二人を開放させたからでしょーが」
 ぽんぽんと頭を撫でるショーコの右手を振り払って、ジテンは吐露する。
「そんなんじゃないんです。僕はあの時、誰を呼ぼうがマンジを仕留めるつもりでした。でも、できなかった。大好きなヒャッカの名前が出たとたん、体に力が入らなかった。だから別にお二人を助けようとしたわけじゃないんです。ごめんなさい」
 ジテンの対面の席から盲人のナナヤはじっと見ている。見えているはずはない。だが、視線は確かにジテンを向いていた。
 シーナがナナヤの左手にすばやく指で字を書く。筆談でジテンの境遇を知ったナナヤはうなずくと右手で抱えていた竪琴を奏で始めた。
「君がヒャッカちゃんがいつも話していた少年だったんですね。それならば私のほうこそ謝らなくてはならない。ヒャッカちゃんから自分が元気に暮らしていることをジテン君へ伝言して欲しいと頼まれていました。しかし、マンジの監視が厳しく今日まで果たせませんでした。申し訳ない。では謳いましょう。今こそ、甲皇国王都マンシュタインのヒャッカちゃんからの手紙を」


 ジテン。あなたは今どこにいるのでしょう。
 遥か海のかなた、ここからはもう見えない。
 私は遠くの異国の地にいます。
 ああ、私は見ず知らずの男と結ばれようとしている。
 知っていることと言えば、前妻に先立たれたことで気が触れてしまっていることだけ。
 輿入れの日に初めて顔を合わせた。くたびれた五十男。その上狂気をはらんでいる。服だけは見栄えするタキシードだが、馬鹿みたいな帽子でハゲ頭を隠していた。
 結婚式の宴は華やかでも、すべてが色あせて見える。何を見てもつまらない。
 お色直しのために逃げるように控えの部屋に戻ると、男は部屋まで付いて来た。侍女のシーナちゃんが男の前に立ち、通せんぼ。それでも甲家の貴族だから追い出すなんて出来なかった。
 私にこのまま着替えろと言うの? 
 ジテンだったら、裸の私に自分のマントを差し出すのに。
 前妻は戦中に禁断魔法で死んだのだから、アルフヘイムがさぞかし憎いのでしょうね。私に恥をかかせて、それが復讐?
 とっくにあきらめた私は、衣裳箱を開いてエルフの巫女服を取り出した。緑色した巫女服は木の葉のように散っていく。ドワーフ族のドレスも兎人の民族衣装も竜人の外套もみなビリビリに引き裂かれていた。礼服十着だけでなく、普段着用の衣裳箱の二十着も全部。
 私の専属メイドの甲皇国人が声を殺して笑っている。目が合ってばつが悪くなったのか、メイドはそそくさと部屋から出て行った。
 誰からも祝福されていない。いったい何のための結婚なの?
「替わりのお召し物を探してきます」
 そう言ってシーナちゃんは部屋を出て行った。
 つられて男も部屋を出て行く。
 何なの?
 ひょっとして気を使って出て行ってくれたのかと思ったけど、違った。
 部屋のドアが勢いよく開いたから。
 シーナちゃんはよく気が利いて侍女として優秀だけど、いくらなんでも早すぎる。
 思った通りドアから五十男が入ってきた。
 入って来るなら何でいったん出て行ったの?
 狂人の考えることに意味なんてないのかも知れない。
 しかも男は別の女の手を引いていた。
 手ではない。桜色の装甲の無骨なロボットアーム。
 この女性は確か式に出席していたホロヴィズ公爵の娘のメルタ様だ。ひとりだけロボットに乗っているのですぐに分った。
「ネクル子爵! 急に引っ張って来てどういうことなんですの?」
 メルタ様は手を引かれて、衣裳箱の前まで連れて来られ困惑している。
 まったく、この狂人は。えらい人の娘にまで迷惑かけて。
「フク、フク」
 服を指差して当たり前のことを言う男に、子供に言い聞かすようにメルタ様は優しく答えた。
「そうわよー。これは服よー……!?……って全部破けてるじゃないわさー」
 あまりの驚きにすっかり言葉遣いが変になったメルタ様は、自分の服を私に持ってくると言って部屋を出た。
 そして男も部屋を出て行った。
 どうせすぐに戻って来るんでしょ。
 案の定、ドアがノックされる。
 でも、あの男がノックなんてするだろうか。
「どうぞ」
 入ってきたのはシーナちゃんだった。
「すみません、ヒャッカ様。貸衣装屋にすら亜人に着せる服はないと断られました。かくなる上は、私の服をお使い下さい」
 申し訳ない気持ちでいっぱいで、今にも服を脱ぎだしそうだ。
「そのことなら、解決したから大丈夫。心配かけたわね」
 シーナちゃんは不思議そうに聞き返した。
「解決? いったいどなたが服を?」
「私も驚いたのだけど、メルタ公女様から服を貸してもらえることになったの」
 私はあの男、ネクル子爵がメルタ様を引き合わせたことはあえて言わなかった。きっと偶然よ、偶然。メルタ様のことで頭がいっぱいで、ネクル子爵のことなんてあまり気にならない。
 メルタ様もまた戦争の被害者だ。アルフヘイムの竜人の空襲で重傷を負われ、義手義足の代わりにあのロボットに乗っている。メルタ様はアルフヘイム人の私が憎くないのかな?
 メルタ様のことばかり考えていたら、衣裳箱の中にあったドワーフ族のドレスのことを思い出した。ドレスというよりもミスリル銀で作った鎧で、穴の開いたミスリルの甲片を絹糸でうろこ状に繋いで麻の下地に縫い付けてある。下地の麻布はビリビリに破けているが、ミスリルの甲片は傷ひとつ付いてない。先祖代々ドワーフ族は品質の高いミスリルをこだわり抜いて造り続けている。もはや信仰と言って良い。あのメイド、服はビリビリに破けてもドワーフのミスリルだけは壊せなかったようだ。
 傷は付いていないが幾つかのミスリルの甲片はところどころ真っ黒く変色している。温泉につかった指輪みたいに。手でぬぐっても落ちないので、薬品か何かをかけられて黒ずんでしまったようだ。
 変色したものを取り除けば、このミスリルの甲片は使えるかも知れない。エルフの巫女服に付いていた装飾用の紐で甲片を繋ぎ直そう。全部ミスリルを使うと重そうなので、竜人族の外套の毛皮の部分を短冊状に切りそろえて、ミスリル、毛皮、ミスリル、毛皮と交互に繋いでいく。下地のほうも兎人族の民族衣装をパッチワークすれば一着分は仕立て直せそう。
 甲皇国が亜人に服を売ってくれないなら、自分で作ってしまえばいい。
 つぎはぎだらけの服を作ろう。ドワーフ、竜人、兎人。エルフの紐で繋げばアルフヘイムの出来上がり。
 ミスリルを使った服。鋼鉄のロボットのメルタ様とおそろいで良いかも。私ってば失礼。
 ドアがノックされる。
 きっとメルタ様だ。ネクル子爵じゃノックなんて出来やしない。
「どうぞ」
 私は上機嫌でメルタ様を迎え入れた。
 持って来た薄紅色のドレスをメルタ様が私にあてがって思案している。
「サイズが合えばいいのだけど。着てみて着てみて」
 シーナちゃんが私に着せてくれて、サイズもピッタリだった。だけど公女様が着ていた華美なドレスを私が着ても良いのかな?
「どうでしょう?」
「よく似合ってる。お下がりで構わなければ、そのドレスをもらってくださらない?」
 さすがに高価そうなドレスを貰うわけにはいかないと私は断った。
「お気持ちは嬉しいのですが、そこまで甘えるわけにはまいりません。なぜ公女様は私のためにそこまでしてくださるのですか?」
 メルタ様は飛び切りの笑顔で答えた。
「私の体ではもうドレスは着られないから。でもね、あなたが代わりに着てくれれば、私はそれを目で楽しむことができるじゃない。私が衣裳箱の奥にしまっておくよりよっぽどいいですわぞ」

       

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