Neetel Inside ニートノベル
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ディアスポラ ~ミシュガルドの歩き方~
第17章 ヴァルクホルンの密談

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 藍色の月18日、ナナヤさんが定期連絡のためにネクル邸を訪れた。
 連絡係の詩司ナナヤさん、その娘であり侍女のシーナちゃん、私の三人で小さなテーブルを囲む。
「どうでしたか? ジテンには会えましたか?」
 私の質問にナナヤさんは沈痛な面持ちで返す。その表情がすべてを物語っていた。聞くまでもない。
 ナナヤさんの報告書をシーナちゃんが代読する。
 報告書は謝罪から始まった。
 「ジテン君の足取りはレンヌ一揆に紛れてしまい、つかめませんでした。申し訳ありません、ヒャッカ様」
 私はひとつひっかかることがあり、話の腰を折る。
「あの、ヒャッカ様と呼ばれるのがどうにもむずがゆいです。お二人とも、呼ぶならヒャッカちゃんでお願いします」
「わかりました、ヒャッカちゃん……様」
 ナナヤさんの報告書には他にアルフヘイム大陸では飢饉が起きていること、甲皇国へ輸出される小麦の量が激減していることなどが書かれていた。皇甲国の巷では飢饉も小麦の高騰もすべて私のせいになっているらしい。
 アルフヘイムから嫁入りした得たいの知れない精霊樹の巫女だから、天災を引き起こすのだそうですよ。私が甲皇国に来てから先、起こる縁起の悪いことはすべて私のせいにして溜飲を下げるのでしょう。おまけに「つぎはぎの服を着ている田舎者」という私に対するただの悪口や、「タキシードを着た野蛮人」というネクル子爵に対する罵倒が流行っていると聞く。まあ、「タキシードを着た野蛮人」はちょっとうまいキャッチコピーよね。
 私よりも読んでくれたシーナちゃんが辛そうな顔をしている。せっかくの親子の再会だと言うのに。
 私は話題を変えることにした。友達のお家に遊びに行った話がいい。
 縁もゆかりもないこの国で初めて出来た友達、メルタ公女様のお宅にお邪魔した話。


 骨大陸を統べる甲皇国の大貴族ともなると、帝都マンシュタインだけでなく郊外にも多くの別荘を抱えているんだって。ヴァルクホルン村にある丙家の別荘もその一つ。かつて骨大陸で複数の国が群雄割拠していた時代に内乱の舞台になって以来、歴史から忘れ去られた辺鄙な村。なぜたくさんある別荘のうち、ヴァルクホルン村の別荘にわざわざメルタ様は滞在しているのでしょう。
 ヴァルクホルン村のお屋敷はお屋敷というよりも城塞だった。黒っぽい火山岩でできた城壁がどこまでも続いて、ところどころに気味の悪い髑髏の装飾が施されている。ラスボスの城かしら?
 道を間違えたかなと思うくらいメルタ様らしからぬお家。これはきっと父親のホロヴィズ様の趣味ね。
 大手門のノッカーまで髑髏の形で、顎を握ってノックしなければならない。髑髏にかみつかれやしないか、私はおっかなびっくりノックをした。
 門が開き、執事が取り接ぐ。メルタ様には他に来客があると尊大に断られてしまった。
 いけないいけない。メルタ様に自分でこしらえた服を見て欲しい一心で、事前に訪問の約束をするのをうっかり忘れていた。断られてもしょうがない。
 私が帰ろうとすると、あわてて大手門まで急行したロボットが呼び止めた。
「ヒャッカちゃん。ごめんね」
 来客対応中のはずのメルタ様自ら大手門までのご足労、私は驚いたり感激したりで感情がめちゃくちゃになった。
「いえいえ。ぜんぜん、ぜんぜん。急用とかでもないですし」
 後から追いついてきたゆったりとした着物の女性が「よろしければご一緒しませんか」と提案してくれた。この方がお客さんなのかな。
 メルタ様もうれしさと困惑で感情がめちゃくちゃになっている。
「でも。無関係なヒャッカちゃんを巻き込みたくない」
 困り顔のメルタ様から尋常ならざる言葉が漏れた。
 どういうわけかお客さんのほうは私を巻き込みたいらしい。
「ヒャッカさんと私は親戚。無関係とは言い切れないわ」
 このお客さんが親戚? 縁もゆかりもないこの国に私の縁者がいるはずはない。そもそも人工的に造られたホムンクルスの私に親戚と呼べる存在があるのかどうか。いったいどういうことなのでしょう。
「親戚というのは初耳です。お初にお目にかかります。アルフヘイムからネクル子爵に嫁いだヒャッカと申します」
 私の挨拶に親戚さんも挨拶を返す。
「私は鬼家のアリエル・ルトガー=ゴルドハウアーと申します。ネクル子爵の前妻のオフィーリアは鬼家出身なので、ヒャッカさんとは親戚ですね」
 なぁんだ。そういうことか。親戚といっても前妻の一族と後妻の私では遠縁もいいところ。
 やはり私は天涯孤独の身。
「立ち話もなんだから、客間でおしゃべりしましょ」
 メルタ様は私を巻き込みたくはなかったのだけど、とうとう折れて家に上げてくれた。私が寂しそうにしていたのを放っておけなかったのでしょう。メルタ様はお優しいから。
 大手門をくぐると、お屋敷までずらりと黒服の使用人たちが整列している。一様に皆、南の方を向いていた。使用人たちまで見た目が美しい者が多く、背も高い。ボディガードだろうか、目つきのするどい者もいる。一体誰と戦っているのか、小銃を所持している者は銃口を空に向けていた。出迎えてくれているというよりも威圧されている。
 なんだかいごこちが悪くなって、私は足早に屋敷に入る。
 玄関から客間までは天井の高い回廊になっていた。幅も広く、メルタ様のロボットの体でも不自由なく通れる。屋敷全体がメルタ様に合わせて設計されているのでしょう。
 客間に入るとそうそうたる顔ぶれが談笑に興じていた。
 甲家の皇帝の孫に乙家一族の娘が一つの円卓を囲む。そして丙家のメルタ様も席に着き、鬼家のアリエルさんは皆の白磁のカップに黒い飲み物を注いでから席に着いた。
 いい香りの湯気、初めて見る飲み物だったから甲皇国の飲み物かと思った。でも後で聞いたら、このカルファを飲む文化は私の出身地でもあるアルフヘイムから伝わったんだそうだ。自分の国すら知らないことがまだまだある。
 軍服を着てはいるがどことなく不真面目そうな金髪の青年が、円卓の席から挨拶する。
「こんにちは。一応主催ということになるのかな。情報将校のカールだ。以後お見知りおきを。まあホントはただの使いっパシりだよ。このククイがメルタ嬢と密談するからセッティングしといてと俺に丸投げしたのが、この会の始まりだからね」
 ククイと呼ばれた乙家の深窓の令嬢が反論する。
「まあ。人聞きの悪い。私とメルタさんが和平の密約を交わさないといけないのは、あなたが皇帝になりたがらないからでしょ。あなたが皇帝になって親政すれば済む話じゃない」
「皇帝になりたくても、継承順位が低すぎて皇位継承なんて無理無理」
「皇帝になりたいの?」
「絶対になりたくない」
「やっぱりなりたくないんじゃない」
 二人の水掛け論を聞いても、私には何の集まりなのかピンと来ない。
「和平? 密約?」
 立ち尽くす私にメルタ様は椅子を引いて席を勧め、顔を近づけて耳打ちした。
「ああ、何の会か言ってなかったわよね。私たちは終戦工作の会よ」
 余計分らない。頭の中がハテナマークだらけ。私は頭の中を整理して、一番の疑問を聞いた。
「何の終戦ですか? 七十年に渡る戦争なら、ついこの間終わったばかりじゃないですか?」
 その疑問にはカールが答える。
「亜骨大聖戦のことではないよ。今アルフヘイム大陸で起きている反乱のことさ。最初は暴力のサーカス団の劣悪な待遇に対して剣闘士が決起した反乱だったけど、レンヌ一揆と合流して政治的な集団になってしまった。甲乙丙の御三家はそろって鎮圧に前のめりだ。だから超党派で我々が終戦工作しないといけないってわけで」
 何も分らない。唯一分ったのはメルタ様が私を面倒ごとに巻き込みたくなかったということだけ。しかしここまで話を聞いてしまってはもう遅い。私は腹をくくって、さらに質問した。
「乙家は亜骨大聖戦の終戦工作に尽力したと聞いています。その乙家が犬猿の仲の丙家とともにアルフヘイムの内乱に介入するなんて何かの間違いでは」
 カールはカルファを飲みつつ、思索を言葉に集約した。
「丙家は人類至上主義のタカ派で親アルフヘイム的なハト派の乙家とは折り合いが悪い。ヒャッカ夫人の疑問ももっともだ。結局のところ主義や思想といったものは建前で、人間の動機となるのは損得勘定だからというのが答えかな。乙家も丙家も民衆反乱が甲皇国に飛び火するのを恐れて、共通の敵に対して手を組んでいるんだよ。甲皇国で最大の勢力は甲家でも乙家でも丙家でもなく丁民(民衆)だからね。しかし、飛び火を防ぐための反乱鎮圧はかえって難民を増やし、新たな戦争の火種になるだろうね。戦争が難民を生み、難民が次の戦争を生む」
 私は納得はしたけども、あまり興味を惹かれなかった。自分にはあまり関わりがない。
 同じく興味がなさそうなアリエルさんが私の興味を引く話を振ってくれた。
「ヒャッカさんの服とっても個性的でかわいいわね。アルフヘイムの服なの?」
「いえ。これはメイドのいやがらせで服を破かれてしまったので、唯一破れていなかったミスリルのドレスを細かく分解して、破れた他の服と縫い合わせました」
「すごい! 自分で作ったの?」
 皆の注目を浴びて、嬉しいやら恥ずかしいやら。
 しかしよく見ると自慢の服に黒い染みが付いている。カルファをこぼしてしまったのかと思ったけど、どうやら違うみたい。
「ミスリルは魔力によって練成される金属だから、薬品か何かに反応して変色することがあるよ」
 カールの言葉で思い出した。
「ああ、それです。ミスリルのドレスにメイドが薬品をかけたらしく、黒く変色していたんです。それで変色したミスリルの甲片を取り除いてパッチワークして服を仕立てたのですが、まだ変色した甲片が残ってたみたいです」
「ミスリルの変色反応の中でも、黒い変色は毒に対する反応だ。そのメイドはクビにしたほうがいい」
 カールは神経質なくらい、そのメイドに気を付けるように念を押す。
 自分がアルフヘイム出身というだけで色眼鏡で見られることは覚悟していた。ほんの半年前まで甲皇国とアルフヘイムは戦争していたんだ、敵同士だった、仕方ない。でもまさか毒殺されそうになるほど恨まれているとは思わなかった。
 私はショックを隠しきれない。
 次の密談の場所が鬼家のアリエル邸に決まり、今日の密談はお開きとなった。他にどんなことが話し合われたかは、あまりよく覚えていない。ククイさんが私の身を案じて、乙家の信頼に足るメイドを勧められたのだけ覚えている。
 私はネクル邸に帰ると、すぐにくだんのメイドをクビにした。


 私の話を聞き終わってから、シーナちゃんは新しいメイドのハシタを目で追いつつ納得する。
「それでメイドさんが新しい方に代ったんですね」
 私も釣られて黒髪のメイドを見る。
 ハシタは拭き掃除をしていた。
 ネクル子爵が片時も離さず持っている頭蓋骨を拭いてあげようとしたのに、離そうとしない。
「ネクル子爵、ハシタが拭いたらすぐに返しますから。手を離して」
「いや! いや!」
 ネクル子爵は頭蓋骨にほおずりしたりキスしたりして愛でている。ハシタの言うことを聞かず、手離そうとする気配は微塵もない。
 普段はおとなしいメイドさんもついに怒った。
「めっ! 不衛生だからダメ!」
 ククイさんが紹介してくれた優秀なメイドさんでも、ネクル子爵と意思疎通するのは難しいみたい。
 私も少しはネクル子爵のことが解りかけてきたつもりになっていたが、頭蓋骨に対する執着だけはホントに意味不明。怖い。 

       

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