Neetel Inside 文芸新都
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ベル詩集
“動植物”

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「冬の鴉」


冬の曇り空のうえに
不吉な黒点となって生まれたそれは
あの味気ない空を固定する
鋭い鋲(びょう)であるかのよう
追いつめられた悲鳴とも、局外者の冷笑ともつかぬ
そのぞんざいな鳴き声は、実体のない井戸の底ででも
鳴りひびいているかのよう、あるいはそれらは
子供時代という名の井戸から浮かんだ
黒衣の伝令ででもあるかのよう

羽ばたく手は、せわしなく、もどかし気に
地上の魂を、影という影を
まねき寄せ、その身の色合いに引き受けていた
鴉たちは先駆けだ。まつろわぬ者、さまよう者、
この地に飽きたりぬ者のほほをはたいて
起き上がらせる先駆者だ
夜を予告する狩人であり、
見えざる太陽をうちおとす射手

彼らの庭に感傷はなかった
あるのは渇いた事実だけだった
つまりは明日も、そのまた明日も、あるいはこの先一年ずっと
われわれは、あの考えぶかく気難しげな空のように
だれにも本心を隠しとおすだろうということ
何食わぬ顔して、くちびるには潤いも失せ
自分で自分を見捨てるような
やみくもな諦念だけをかかえて

うつろな中空の一点から
つと舞い落ちた一枚の黒い羽根が
森にのぞむ湖のうえに落ち
その水面をざわつかせもせず、人知れず凍りつかせるのにも似て
霜枯れた岸辺のうえに立ちながら、涙のひとしずくを沈める者の姿を
鴉たちは、いや鴉にも似ないわれわれは、
この先一体いつ見出すというのだろうか?



     

「いたずらネズミの舟唄」


見つけたぞ。夜ごとに月の横顔をかじる
いたずら者のネズミっ子。
逃げ足だけなら誰にも負けぬ
海風ですらかなわない

あの老いぼれ月の変わりようには
船乗りたちも大わらわ。
水面(みなも)にうつるあばたづらったら
百年前とはえらい違い

おろろ、あそこでポロポロこぼれなすったは
月の雫か、しょっぱい真珠か?
いけね、今夜は上げ潮らしい。波がたぷたぷ言いやがら!

おろろん、月夜に積み荷をうつせ。怒涛が船揉むその前に!
あとは祈りを忘れるなかれ。いたずらネズミのあん畜生が
船底かじっちゃおりませんように!


(2020/1/1 Wed.)

     

「燃える花々」


薔薇は燃え落ちる
焦燥にあぶられ
もはやその素顔を保てずに
薔薇は燃え落ちる
屈辱に虫食(むしば)まれ
もはやその姿も支えきれずに

踏みにじられた花々の汚辱が
野を焼き、山を火の色にそめるとき
おまえの胸に映えるてりかえしは
消え入りそうな裏声で泣く、
血の出るような日没さながら
雲の薄絹をはだけさせつつ

痛ましい棘もつ蔓(つる)がのび
良心に絡まり離そうとしない、
わずか吐息ほどの嘲笑と誘惑ですら
気弱な花弁を散らせるに足るのだと、
冬枯れた木々の火の付きやすさを
老人たちは忠告してくれたというのに……

やがて生まれ変わった数知れぬ花びらが
羞恥をすすって赤く舞い上がりながら
逃れようのないくるぶしめがけて
つる草のあとを追ってくる
この炎と薔薇と恥辱の光景からおまえは
やっと逃げ込んだかに思われた
あの夢の中ですら追われつづける

おぞ気をふるう
手の施しようのない花園に
頬赤らめておまえは、仰向けに横たわっている
まわりには、性懲りもなく蝋燭など灯して、
正装し、腹の上で手を組んだおまえは
まるでなにかを待ち受けるように、慫慂として
目を閉じている
この期に及んで、死んだふりして
お茶を濁そうと考えるとは!
この窮地に立ったおどけ者には
心安らぐ安手のお棺が
せめてもの花向けといったところか



(2020/3/9 Mon.)

     

「ごらん 引力の庭」


ごらん 引力の庭に今
よろめく雲が落下する
放り上げられた芳香もまた
はにかむ花々へと還る

新緑の魔力 重力の訴求力の
たえまない手まねきが陽光をよびよせる
ごらん かぎりない歓呼に駆り立てられて
感応しあう香りの色合い
ひなびた影と陽だまりとをかじり
春めく頬にほおばるよう

だがあらゆる季節はいずれ背をむける
世界は卑劣な冷ややかさへ引きかえし
ひびわれた日々で人をひきつぶし
久しく昼の陽にひるみきっていた
悲惨な物陰の主たちも、氷雨のごとく
引きも切らずに降りそそぐ

ごらん 待てども陽はのぼらない
落ちぶれた光に重力はとどかない
あのほうき星に貸出すパラシュートすらもなく
墜落した星々の破片が、野草のあいだで
迷えるものの足裏を突きさそうとも
したたる月明かりは膏薬にならない……

ともあれ みなみなご照覧
この引力の庭に植え付けられた
やせていくばかりの盲目の樹木に
わたしは語り掛けているのだよ



(2020/5/3 Sun.)

     

「犬」


犬が雨音を聞いている、ひと気の絶えた街なかで
ぬれた街灯が間をおいて灯る
川を見下ろす遊歩道のわきの
サドルのない自転車が消えかかる

犬が雨音を聞いている、とぎれなく流れる雲のもとで
家並みは黒い森のように毛羽立っている
雨つぶのおどる水田のきわに
うずくまるカエルと傘がある

ぶらさがる影は耳たぶのように
ごうごうという轟きにゆれる
窓からの明かりと屋根の雨だれが
アスファルトのひびの一つに落ちる

どこかでむずかる赤子をだく母の手が
濁流の川底から悲痛な静寂をすくいあげる
そのかたわらで、犬は泣きもせず、笑いもせずに
やぶれかぶれな雨の響きに、ただひたすらに聞き入っている



(2020/5/15 Fri.)

       

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