脳内麻薬が氾濫したら・・・
転職
パソコン操作ができるようになっていた私は、求人情報のページを連日眺めてアタックしていた。
パソコンから応募ができるようになっていたので、入力して送信。
・・・返事も電話も来ない・・・
“連絡がない場合は電話してください”とも書いてあったので、電話してみると、
「今、店長がいないので、店長が来る予定の◯曜日の◯時にかけ直してください」と、言われた。
言われた日時にかけ直してみたが、また店長がいないと言う。
今度は、「店長が来たら折り返し電話します」と言われたので、電話番号を伝えて切った。が・・・
何日経ってもこの店から電話がかかってくることはなかった。
・・・・・歳がいってるからかなぁ〜
もう、この店はいいや・・・・・
次にパソコンで応募したところからは、履歴書を持って面接に来て下さいと電話があった。
面接までは相手にしてもらえたが、後日、履歴書が不合格通知とともに送り返されてきた。
パソコンから応募ができるようになっていたので、入力して送信。
・・・返事も電話も来ない・・・
“連絡がない場合は電話してください”とも書いてあったので、電話してみると、
「今、店長がいないので、店長が来る予定の◯曜日の◯時にかけ直してください」と、言われた。
言われた日時にかけ直してみたが、また店長がいないと言う。
今度は、「店長が来たら折り返し電話します」と言われたので、電話番号を伝えて切った。が・・・
何日経ってもこの店から電話がかかってくることはなかった。
・・・・・歳がいってるからかなぁ〜
もう、この店はいいや・・・・・
次にパソコンで応募したところからは、履歴書を持って面接に来て下さいと電話があった。
面接までは相手にしてもらえたが、後日、履歴書が不合格通知とともに送り返されてきた。
この後も2件くらい面接で落ちたあと、家から一番近いコンビニで募集している広告を見つけた。
時間も9時から13時と、ちょうど良い。
コンビニは作業が多そうで、大変そうだけど、勤めていた飲食店がなくなってから1ヶ月以上、新しい職探しを始めだしてからは2ヶ月が経っており、うつ病の再発が心配だった。
店がなくなるという話を聞いて以来、不安が募っていた。
とにかく仕事を持っていたいと思い、ここに応募してみることにした。
店に連絡がつき、面接の約束も取り付けることができた。
店長は初老の優しそうな男性だった。
志望動機や経歴などの面談の後、「今、何か病気してたりしますか?」と訊かれた。
「いいえ」 “今”と言っていたから、うつ病の事はわざわざ言わなくていいだろう・・・言わずにおこう…
そう思って、首を横に振った。
新しい環境の中での再発は多いらしいから、本当はまだ心配なんだけど・・・
もういい加減、仕事が決まりたかった。
時間も9時から13時と、ちょうど良い。
コンビニは作業が多そうで、大変そうだけど、勤めていた飲食店がなくなってから1ヶ月以上、新しい職探しを始めだしてからは2ヶ月が経っており、うつ病の再発が心配だった。
店がなくなるという話を聞いて以来、不安が募っていた。
とにかく仕事を持っていたいと思い、ここに応募してみることにした。
店に連絡がつき、面接の約束も取り付けることができた。
店長は初老の優しそうな男性だった。
志望動機や経歴などの面談の後、「今、何か病気してたりしますか?」と訊かれた。
「いいえ」 “今”と言っていたから、うつ病の事はわざわざ言わなくていいだろう・・・言わずにおこう…
そう思って、首を横に振った。
新しい環境の中での再発は多いらしいから、本当はまだ心配なんだけど・・・
もういい加減、仕事が決まりたかった。
やっとこのコンビニに働き先が決まった。
初めての職種で、覚えることも多そう・・・。
不安だったので、頓服で処方されていた精神安定剤の残りを一錠、職場に持って出勤していた。
断薬してからまだ半年も経っていない。
どこに出かけるにも、常に財布に頓服薬を一錠忍ばせて生活していた。
あの閉鎖病棟に入れられてからここまで来るのに、2年以上の月日が流れた。
このころ、入院していた閉鎖病棟の見える場所まで行ってみた事がある。
他の患者の皆さんを見捨てて、自分だけが逃げ帰ってきたような罪悪感がずっとあった。
みんなはどうしているんだろう・・・かつての仲間たちの姿が見られるわけではないだろうが、なんとなく見に行ってしまった。
かつて私が閉じ込められていた病室のある3階部分の窓の鉄格子に、湿った感じの布が引っ掛けてあるのが見えた。
せっちゃん…、まだあの中にいるんだ・・・・・。
今、こうやって自由に外を歩くことができている自分がなんだか不思議に思えた。
みんなはずっと外に出られることはないのだろうか…まなみさんも、まだあの中に?
・・・みんなのことを思うと胸が苦しい・・・・・。
「あの病院のことはもう忘れろ」と、旦那が言っていた。
初めての職種で、覚えることも多そう・・・。
不安だったので、頓服で処方されていた精神安定剤の残りを一錠、職場に持って出勤していた。
断薬してからまだ半年も経っていない。
どこに出かけるにも、常に財布に頓服薬を一錠忍ばせて生活していた。
あの閉鎖病棟に入れられてからここまで来るのに、2年以上の月日が流れた。
このころ、入院していた閉鎖病棟の見える場所まで行ってみた事がある。
他の患者の皆さんを見捨てて、自分だけが逃げ帰ってきたような罪悪感がずっとあった。
みんなはどうしているんだろう・・・かつての仲間たちの姿が見られるわけではないだろうが、なんとなく見に行ってしまった。
かつて私が閉じ込められていた病室のある3階部分の窓の鉄格子に、湿った感じの布が引っ掛けてあるのが見えた。
せっちゃん…、まだあの中にいるんだ・・・・・。
今、こうやって自由に外を歩くことができている自分がなんだか不思議に思えた。
みんなはずっと外に出られることはないのだろうか…まなみさんも、まだあの中に?
・・・みんなのことを思うと胸が苦しい・・・・・。
「あの病院のことはもう忘れろ」と、旦那が言っていた。