Neetel Inside 文芸新都
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要するに短い話なんだよ
Four roses

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Four roses


 春が来た。世間は既に花見色に染まっており、視界も心なしか桃色が多く占めているような気がする。
 カタカタとノートパソコンのキーを打っていた私は、凝った肩をほぐすようにぐるぐると首を回す。ふと、窓の外を見れば桃色の花びらがこれでもかと舞っている。……今年も花見の季節がやってきたのだと、否応無しに突きつけられる。
 声を大にして言えたことではないが、私は酒が苦手だ。製薬会社の営業に就いている身として、これは中々に悩ましい。なにせ、“お得意様”の多くは酒を好む。接待と言えば飲み会であり、もちろん私はそれに参加しなければならない。仕事だと割り切れば無理を通して飲むことは出来る……が、花見はどうも納得がいかない。多少捻くれた考えなのだが、アルコールを介さなければ営業の話すら出来ない人はどうかと思う。もっともらしいことを言いつつも、実際の所は酒が苦手なのを隠し通したいだけなのだが。
「あ、近藤君。この資料に目通しといて。ついでに明日の花見の打ち合わせがあるから、終わったら会議室に集合ね」
「わかりました」
 ぽん、と肩を叩かれ振り向けば、次長の横山さんが数枚のA4紙を見せる。私はそれを受け取ると、去り際に言われた“花見”という言葉を聞いて憂鬱になる。資料をノートパソコンの脇に置き、一呼吸。再度ノートパソコンの画面に向き直り、作業を再開する。
 反復的な動きをしていると、頭が違うことを考え始めてしまう。……不意に私は、酒が苦手になった原因を思い出す。
 それと言うのも五年前、二浪した私は晴れて第一志望の大学に受かり、晴れ晴れとした気持ちで自分の趣味に合ったサークルを探していた。人付き合いはお世辞にも得意とは言えないが、新しい環境ということで、いわゆる“デビュー”というものをしたかったのかもしれない。私は何を考えたのか、空気が“イケてる”というだけの理由で、服飾考察部に入ることを決めた。所属している誰もがオシャレで、端正な顔立ちの人が多く、私もこの中に混ざれば自身の何かが輝くかもしれないと期待して。
 だが、それがいけなかった。
 人を見る目は悪くなかったようで、サークルの皆はいい人ばかりだった。髪を染めているというだけで人を敬遠しがちだった私の価値観を変えてくれたのは、素直に感謝したい。……と、私と他に二人が入ったことを歓迎して、飲み会をすることになった。一同は大学の近くにある、洒落た飲み屋へ行くことに。私を挟むようにして新入部員の三人が座り、軽く話していてわかったことなのだが、二人は現役合格で飲み会と言えどもアルコールは摂れないとのこと。今思えば“運悪く”、私は二浪したことでちょうど飲める歳だった。自分で言うのも何だが、私は過保護な環境で育ったため、未成年飲酒などの軽犯罪はすることを許されなかった。また、私自身も酒や煙草に興味が無かったため、今まで接する機会が無かったのだ。つまり、今回が初めての飲酒ということになる。
 運が悪いというのは、話に聞いていた“イッキ”のはけ口がすべて私に回ってきたという点だ。どうやらこのサークルでは新入部員は掛け声とともに酒をイッキすることが定例になっていたようで、未成年の二人に代わって私がすることに。……場の雰囲気というのは重要な事なのだと、今思えばはっきりとわかる。皆に期待されていることを感じ取った私は、言われるがままに中ジョッキに注がれたバーボン――フォアローゼスを一気に飲み干したのだ。その後の記憶は無い。
 皆はあまりその時のことを話したがらないのだが、人づてに聞いた話によると私は飲んだ直後に倒れてしまい、しばらく経ったのちにいきなり立ち上がり、その場で嘔吐。他の客も巻き込んだ騒動になったとのこと。“デビュー”に期待していた私とは裏腹に、その後サークルの人たちとは疎遠になり、いつの間にか幽霊部員に。
 それ以来、私はフォアローゼスに過剰な苦手意識を持つと共に、酒自体を避けるようになった。
「――近藤くーん、そろそろ上がりでいいから、会議室に集まるよー。君の部長昇進祝いも兼ねてるんだから、ちゃんと打ち合わせしようねー」
 背後から間の抜けた声が聞こえてきて、振り向けば何故か総務課の片桐さんが私を呼んでいる。少し呆けていた頭を覚ますように窓の外を見れば、いつもと変わらない桃色景色。ただ、紫色の夕焼けが眼下の街並みを染めていることを除き。続いて時計に目をやれば、なるほど、いつの間にやら上がりの時間だ。
 ……さすがに抜けすぎていた自分を胸の内で叱咤しつつも、今年こそは逃れられないだろう酒をどのようにして対処するか、それだけを考えながら、私は会議室へと向かった。

       

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