Neetel Inside 文芸新都
表紙

朝酒日記
3月

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多層構造の城郭都市の良い部分は、無駄に広いし階段を何往復もする必要があるから、運動不足にならないって所だ。逆に欠点は、僕みたいに運動不足だとちょっと外に出るだけで一苦労って所だ。
昔は背負い屋がちょっとその辺を飛ばしたり、今だとエレベーターがあるけれど、毎回エレベーターを使うほど僕は裕福じゃない。
最近は生きることにエネルギーを割きすぎているのか、ちょっと歩くだけでも息が上がって大変だ。昔はその辺を走ったり、なんて余裕だったのに今じゃ絶対無理だろう。だから歩く時はゆっくりと、ゆっくりと歩くように気をつけている。
今の世の中は、基本的にスピードが求められている。魔法から科学に時代が移ったように、次のパラダイムがやってきた時世界はどうなってるんだろう?
500年前は、寿命は4〜50歳とかで、隣の家に行くのにも半日だとかかかったらしい。今では寿命は200歳くらいまで伸びて、国と国の間くらいならテレポートで一瞬だ。
これはスピードアップというか、世界自体がとっても狭くなったと言い換えても良いと思うんだけど、それでもまだ科学者連中はスピードを求めてるらしい。
僕なんかは、もう別にこれ以上なんかしなくてもいいんじゃねえの、とか思うんだけど、世間の大多数の人は違う考えらしい。
僕は前世相の人間だから、最近のスピードについて行けてないってのもあるかもしれない。僕の体は世間に取り残されてて、世間ばっかり早くなってるから。やる事が増えてさらに取り残されるって繰り返し。
と、いうわけで、僕は今日もゆっくりと動く。

     

近頃空と海の繋ぎ目が見えなくなるあたりにいるらしい魚は昔よくいたっていうクジラで、雲を啄んで生きているらしい。最近は捕鯨委員会がうるさいからアレだけど、昔は雨立屋がそれにブチ切れたり、雲上師がマジでブチ切れてクジラを毎日殺してたらしい。
クジラは火に弱いから、近づければちょっとした呪文やライターで殺せたらしい。思うに僕と火は正反対だ。今まで何かを表現しようとするときに「炎のような」とか「真っ赤に燃えるように」とか、なんかそんな火が云々みたいな言葉を使うことは今まで無かったように思う。これはダウナーな性分のせいだろうか。まあ、クソどうでもいい話だけれども。
その一方でデッドフィッシュとかクリスタルフィッシュみたいなのは、手に負えないから科学者が何とかしようとしてるけど、未だにどうにもならないらしい。ある哲学者がデッドフィッシュの始末の仕方を見つけたからって近づいて2秒で殺されて以来、皆近寄らないし。
一度斃したらしいエイスケって人は、それっきり、お気に入りのギターをぶっ壊してどこかへ行ってしまったらしい。多分夢の中か少なくとも現実の外だろう。デッドフィッシュをぶちのめすってのは、それくらい大変な事だ。

     

今朝は溶け込んだ両手がパンクロックを歌いながら、僕の脳みそをチーズフォンデュにしようと襲ってきた。安い物件はこういう事があるから城郭都市は辛い。マジでクソだな。

     

ワインとウイスキーを交互に飲むと、どうも吐いてしまう。僕と相性が悪いようだ。さっきも吐いて、おかしいなあ、とか思いながら飲んでまた吐いた。以下繰り返し。
二日酔いの最高の酔い覚ましは何か知っているだろうか? それはお酒である。ひどい二日酔いの時にウォッカなんかを飲むと最高だ。頭がシャキッとして、ゲロゲロゲーと吐いて、また飲む。これの繰り返し。ただ、ワインとウイスキーじゃ胃に到達して頭がシャキッとする前に戻してしまうようなので、違うお酒を買ってこよう。
そういえばいつだったか、「竜殺し」のバルバロッサと酒場で出会った。彼はその二つ名の通り、ドラゴンを一人で倒したそうだ。ほかにも、都に現れた鬼を狩っただとか恐ろしい怪力だとか色々な逸話がある。ただ、どこまで本当なのかは分からない。
彼はなんだかカウンターでつまらなさそうに飲んでいたから、僕が「彼の奢りで僕にも一杯おくれ」とかマスターに言ったけど、それでも彼は怒らず、ただつまらなさそうにしていた。こりゃあ大したもんだと思って、「今の注文はナシで、彼の分は全部僕の奢りにして」と言ったら、それでもやっぱりつまらなさそうにしていた。
僕は何杯か飲んでから、お金がなかったのでトイレの窓から逃げた。

     

別にマゾヒストだっていうわけじゃあないけど、世の中には痛みを感じていないと生きてるって充足感を味わえないタイプの人がいる。僕の知り合いでも、シドって人がそうだ。
彼女は常にささくれみたいな世界に怯えてて、あまりに世界がむき出しすぎて、なんだか辛そうな顔をしている。でも、そうじゃないと生きてるって実感が湧かないらしい。僕にはわからない。そんな自分自身から逃げるためにだろうか、いろんなクスリをお酒と一緒に混ぜて、いつも酔っ払って誤魔化してるらしい。そこは僕と一緒だ。
でも一方で、僕がお酒を飲むのはあまりに無気力で不器用だからだ。飲んでオーバードライブをかけないと、何もできないから。そういうふうにみてみると、僕と彼女は真逆なのかもしれない。逃げるために飲むのと、立ち向かうために飲むって意味で。まあ、僕が立ち向かうものなんて特にはないけれど。
彼女の話に戻そう。彼女はいつもダルそうにしているけど、逆にそのダルさを楽しんでるように思える。前も、朝からずっと空を見ながら、星が出てくる瞬間を目に焼き付けるんだ、とか言っていた。僕なんかはそんな風に楽しめない。空を見てると雲の動きとかに気が散って、いつの間にか星が出ているし。
数ヶ月前だったか、ワインをたくさん持って、海辺に座ってた事がある。その時に、「今、月が出てるけど、コレを海から切り取る事なんてできるのかな」なんて話をされた。僕は「切り取ることはできるけど、空の月が落ちるのは困るからやめとくよ」みたいな返答をしたと思う。彼女は「そうじゃないんだよ」とか言って、フラフラ歩いていった。それ以来、しばらく会っていない。もう数杯飲んだら、久々に会いにいってもいいかもしれない。

     

久々にいい夢を見た気がする。内容は覚えてないけれど、悪夢じゃないってだけで十分だ。
近頃見る夢は誰かに追われる夢だとか、酔っ払いすぎて歩けなくなる夢だとか、立ち上がれなくなる夢だとか散々なものばっかりだったから、覚えてないってのはマジで上出来。こんな風に現実もイイことばかりあればいいんだけれど、それは望みすぎってものだ。
僕は基本的にダウナーな人間だけれど、後ろ向きでも全力なので、その日の評価を加点式で考えている。
マイナスなことを挙げるとキリがない。カラダのあちこちはガタがきているし、脳みそもグズグズに煮えてるのかドロドロに溶けているのか、考えることが不明瞭。数日風呂にも入ってないからひどく臭う。
でも、風呂に入って体をキレイにした、頑張ったぞ自分、なんて褒めてあげれば、ちょっとは生きていく意欲が湧くってものだ。こうして僕はギリギリ生きている。

     

日の出前、眠れないしお金がないから内職をしようと夜を編んでいると、糸に変な灯りが絡まった。こりゃなんだろうと手繰ると螢だった。この辺では珍しい。特にこんな季節にいるなんて。暗がりに集まる性質があるらしいから、惹かれて来たんだろうか。
近頃は日に日に元気が出てきている気がする。体調もいいし、お酒も意欲的に飲める。久しぶりに葉巻に火を着けると味も違う。いろんなしがらみが減ってきたからかもしれない。そうすると、また新しい嫌なものが湧くんだけれど。
ウイスキーを飲んで一呼吸。紫煙を吐くと部屋が澱んでいるからか、目の前にぐるぐると大きな渦ができる。煙を吐くたびにその渦が大きくなって2メートルくらいに。このままだと澱みを媒介に、悪魔か何かが出てきてしまう。
外は春の嵐ですでに快晴。雪が降っている。窓を開けると、太陽から逃げようと螢はぽつねんと消えてしまった。しばらくぶりに一日中散歩をしてもいいかなって気分。

     


     

久しぶりの完全な休日。あたりをうろついて、誰かと喧嘩するのもいいかもしれない。城郭には気の荒い奴らばっかりだ。
意外に思われるかもしれないけれど、僕は結構腕っぷしが強い。こんな事を自分で言うのもなんだけれど。今まで殴り合って負けたのは「おたふく風邪」のハットフィールドくらいだと思う。
殴り合いのコツは、兎にも角にも相手の顔を狙うのと、手を怪我してもいいくらいに鍛えておくか、何かを拳に巻いてぶん殴る事だ。あとは力任せに叩いたり、途中でスネを思いっきり鉄のブーツで蹴ってやればいい。それで相手はだいたい戦意を失う。ブン投げてやってもいいけど、後が大変だから、なるべく殴り合いだけで済ませるのがベスト。官憲に追われるのは面倒くさい。
海の通りを路地に入れば、すぐに迷子。この辺ならいいだろう。

     

空が落ちてきたからその上に乗っかる。見渡しはいいけれどそれだけで大したことはない。雲の上だから魚たちがよく見える。鯨の墓場がどこか向こうにあって象の墓場は地の底で。涅槃の鼠は通路を渡って鼓動の中で血栓になる。ちょっとだけ抱きしめさせて欲しいんだ。今にも消えそうだから(鼓動が今にも特に)。煙はどこかに昇華されて誰かの息になって僕の口の中に入る。月のように美しい何か。フェンダーローズが変なメロディを奏でて朝模様。鼓動が聞こえるほどに近づきたいんだ。仮初の中。正しい内臓。清く美しく。飛び跳ねると虹。クリスタルフィッシュが光るけれど、蟲の死骸は街を埋め尽くす。魚が泳ぐ水は濁っていてとても楽しくはなさそうだ。ダメな姿だけ重ねたって何も解決しない。吐き気のする喉の通り。ハイウェイから西は曇り空。

     

世の中は瞬きしている間にすごい速さで移り変わっていくから、動きのノロい僕なんかじゃついていく事なんてできない。なんとか本気を出して追いついても、息切れしてバテてしまってる間に丸めてポイっと捨てられちゃうだろう。
何を話したいのかというと、酔っ払って消費しているこの毎日についてだ。朝お酒を飲んでフと起きるともう夕方。もう一杯寝て起きるともう朝。こんな生活をしているとどんどん時間感覚が狂ってくる。6時を指している時計の針を見ても、朝なのか夕方なのか分からない。こうやってどんどん時間を消費していく。
そんな感じだから、起きていた一日一日が分かるようにこんな風に日記を書いているというワケで。思うに僕はもうちょっと生きているその日その日を噛み締めたほうがいいのだろう。ノホホンと生きていることをどこかの偉い人が批判して「頽落」とか「日常的な世人のありさま」とか言っていたけれど、僕はそれよりももうちょっと頽落している。死をポケットに入れて、少し位は頭を働かせるべきだろうか。

     

早く目覚めたので、煙草を吸いながら2時間ほど散歩。今日は曇り空で少し暖かい。久々に海月が空に浮かんでいるのを見た気がする。もう春も近いらしい。
空を見ながら5kmくらい歩いていると、床のレンガも手摺りもボロボロな通りに出た。修理士がストを起こしているのか、仕事をしていないようだ。Uターンして回廊沿いに歩いているといつの間にか海に出た。3階層ほど降りてきてしまったみたいだ。少し上を眺めれば、僕の部屋も見えるかもしれない。
しばらく仲通りを歩けば大通りに突き当たり、無事帰宅。慣れない人は迷うらしいけれど、僕はこの街に住んで20数年になるし、戻り方も分かっている。地図屋も必要ない。
部屋に戻ってから、今日できることを考える。特に無し。やるべきでないことを考える。沢山ある。お酒で忘れよう。

     

喉の奥から孤独が湧いてくると、どうにも飲まなきゃって気分になる。自分から孤独でいるのを選んでいるわけだけど、無意識はそれに反対してるんだろうか? あるいは、飲むために孤独でいるのかもしれない。
夜の街を歩くと路地裏はびしょ濡れ。ブーツの踵を気にしながらひょこひょこと歩く。こういう道を歩いているとよく黒い獣に出会う。真っ黒で、獣なのかすら分からないけれども皆が獣と呼ぶ何物かだ。彼らは僕の吐瀉物が好きらしい。後ろを振り向くたびについてきているのが分かる。だけれども、今日の僕はあんまり吐かない予定だから、無駄骨ってワケ。
右手のワインの瓶が重くなった頃合いで葉巻に火を着ける。だけれどおいしくない。2、3回吸ってポイと捨てる。同様に、右手のワインもおいしくないから道に垂れ流す。もっと雪が降っていたら、これで魔法陣を描いて悪魔のエリナを呼んでやるのに。
そんな風に憂鬱を抱えて部屋に帰る。何もかもが鬱陶しいけど、何もかもがここにあるって気分だ。

     

生きていることがあまりに不自由になるくらいに自由で困っている。
首筋がかゆいとか、そんな文句は言う権利があるはずだけれども、そんな自由は不自由だから放っておく。
空からは随分とビルが聳えていてそれはまさに百花繚乱。僕の指のささくれが花咲いたような雰囲気。
首筋から頭頂部までは石になってしまったようだ。
もう振り向けない。
だけれども、少し揉んでやればぐるりと一回転して市松人形が挨拶をしてくる。
今ではおもちゃの蛙と大の親友だ。

     


     

今日はまるでインディアン・サマーのようなポカポカとした一日。僕の趣味の散歩も捗りそうだったけれども、四六時中続く軽い頭痛がうざったい。我慢しようとすれば出来るんだけれども、靴の中に入った石ころみたいにクソうざったいって感じのやつが。残念ながら手元にお酒がないので、どこかで買って飲みながら散歩しよう。
街中を背後を気にしながらそろそろと歩いていると酒屋。そこでソビエトの火酒を買った。店から出て少し飲めば準備は万端、薄暗い街をもっと探索しよう。

と考えていたのがさっきまでのはずなんだけれども、気づいたら知らない場所で寝ていた。辺りには雪が残っているし、たぶん城郭都市の2階と3階の途中らへん。
ポケットに葉巻は残っていたので一服。ほとんど手付かずの火酒もなぜか一本。今日の葉巻は高級なやつなので昨日とは違う。辺りに草原の香りが漂い途端に夏の中へ。暖かい雨と少しの日照り。この辺りで休憩しよう。

     

悲しいことばかりは沢山あるけれどそれが人生ってもんで、どんどん乗り越えていかなきゃならない。世の中の人はそういう風に折り合いをつけているそうだけれども、僕にはなかなか難しい。繊細ってワケじゃないけれど。
そんな事を考えて朝の3時に阿片街道をゆったりと歩く。暗い回廊が光に呻き声を上げる。僕の光は怪しげでもう瞬くだけ。また今日も街を編む。
数日マトモに眠れない日々が続いて頭がハイになっている。そしてお酒でのオーバードライブ。変な酒の上澄みを4杯飲んで、今の僕は無敵って感じ。多分オーガあたりなら余裕で倒せるはず。あまりにテンションが変だから、今日くらいは布団でキチンと寝たほうがいいだろう。

     

太陽が昇って群青色が変わってく上等な匂いがして朝だって事に気付く。それから数時間何もせずに今に至る。何かをやるっていうのはどんな些細な事であれ大変な事だ。正直、息を吸うのも意識してしまうと大変だし、横になってる状態から起き上がるなんてのは重労働で仕方がない。ただ、一度やる気になればなんの苦でもなくなるのだけれども。一方で何もやらないっていうのも、何もやらないことを選択している意味では何がしかの行為なんだけど、それは放っておく。
今日は幽霊駅に行って掃除をしたり悪魔祓いをしないといけない日だ。もう少ししたら起きて、久々にキチンとした運動をするから柔軟だとか準備運動をしとかなきゃいけない。あと、働いてる最中に飲むためのお酒も買い込んでおこう。
最近は肩凝りも酷いし腰痛もかなり悪化している。内臓の悪さは言わずもがな。マトモに動けるのが奇跡みたいだと自分では思うけれど、この前血を採って色んな数値を測ったら肝臓が少し悪いだけで殆ど許容範囲らしい。辛い辛いと思っているのは気のせいなのかもしれない。
とりあえずは久々にシャワーでも浴びてから動く準備をして、それなりの服装を用意しよう。1週間くらい同じ服だから、このままじゃ駅も逃げていってしまう。

     

何かを書くことはとても難しい。書くべきことが無いと何も書けないし、書こうと思って捻り出したものなんて大した価値もない。きっとこの枕の紫色の、ワインの染みと一緒だ。
じゃあこれまで書いてきたものは何なのかというと、酔っ払った指の動きの結晶だ。あるいは残滓。勝手に動いて物語を紡いでくれるんだから便利で。ついつい飲みすぎてしまうと、不思議な文章をどこかからぐにゃりと取り出してくれるから面白い。こういうこともあって、僕はお酒を飲んでいる一面もあるのかもしれない。僕の理性で生み出す文章には限界があるから、アルコールに頼るってワケだ。褒められたものじゃあないけど。
ふわふわと浮いた気分の中、ただ無造作に書くもののために存在しているって気分が何より心地いい、なんて思わない。本当の本当は僕もシラフが一番いいとは理性では知っている。ただ、前も書いた気がするけれど世の中はトゲトゲとしていて、酔っ払って体をふにゃふにゃにしないと僕みたいなやつは薔薇の中に放り込まれたみたいに傷ついてしまう。トゲトゲで傷つくよりは溶け込む方を選ぶのが僕の生き方だ。
やっぱり思うのは、生きるのは難しいってことで、ただ普通に生きたいだけなのに色んなものが邪魔をする。それは自分だったり、他人だったり、世界そのものだったり、着ているコートだったり、色々だ。生きることがこんなに難しいのに、世の中の人はよく満喫できるな、と感心するばかり。

     

少し遠出をした。高原を越えるとそこは橋で、渡った先には長い街道。
自殺をするなんてのは馬鹿のすることだ。でも、こんな世の中で自殺を考えないのはもっと大馬鹿だ。僕も機会があったらさっさと首でも吊りたいけど、なかなかタイミングがない。そんなことを歩きながら考える。
僕が世の中に対して色々期待してしまうのは、まだ自分や世の中に対して希望を持ってるからなんだろう。馬鹿みたいなお話だけれども。思いもよらない何かがあれば、少しは気が紛れるとかそんな思いで。楽にはなりたいけれど、楽になるのには少し早すぎて、そんな考えを持つにはちょっと遅すぎた。

     

昨日の夕暮れ時、街角に座り込んで虚空に絵筆を振るっている老人がいた。
ボケっとその様子を見ていると「兄ちゃん、そこにいたらちょっと邪魔だぜ」とやんわりと怒られた。
僕が「それは何をしているんスか?」と聞くと、「俺はペンキ屋さ。ここの壁に色を落としてるんだ」と言われた。
ただ、どう見ても壁に色は着いてないから、どんな風な色合いにしてるのか尋ねると「まあ、見えるヤツと見えないヤツがいるんだ。兄ちゃんも俺の横に来て、しばらく目を凝らしてみろよ」と言われたので、横に座って目を凝らすけど何も見えない。
「うーん、僕は見えない方の人なのかも」と言うと、「そりゃあ兄ちゃんの目の凝らし方が足りないんだ。目が痛くなっても瞬きしないで、じっと見てなきゃいけないんだぜ」と言われたので、その通りにする。
それでも見えなかったので、結局僕には才能が無かったんだろう。僕が挨拶をしてから立ち上がると、老人は目を凝らしながらまた絵筆を振り回し始めた。

     

3月ももう後半。もうすぐ残酷な月がやってくる。
僕は今の所満ち足りた生活をしている、と思う。別にお金にはそこまで不自由してないし、飲むものもある。でもなんだか胸の奥が空っぽなような虚しい気分。不眠とそしてちょっとした愚痴もついでに。
これはアレかな、デンマークの人が言ってた言葉に似てるかもしれない。僕は僕自身じゃなくなりたいんだけど、そう考えているのはどうしようもなく自分自身だからだ。そして、どうしようもなく自分自身である時は他者として自分を見てるんだ。
わかった気になって書いたけど、まあよくわからない。とりあえず意味はわからないけどそんな気分ってワケ。つまり、雲の隙間と青空の間みたいな。余計意味がわからないかも。
そういえばこの前、早朝にお酒を買いに行ったら塀に寄りかかって左右に揺れているオッサンがいた。目は半開きで、多分寝ているんだろう。右に揺れて倒れそうになったら体を起こして、左に揺れて体を起こして、とメトロノームみたいに動いていた。
そんな状態なら道路に倒れて寝てしまえばいいのにと僕は思うんだけど、あの人にはあの人なりのルールや決まり事やポリシーやよくわからない心のわだかまりがあるんだろう。結局のとこ皆そんなもんで言葉にはしづらい色々が詰まってるんだろうな、なんて思った次第。

     

今日も眠れないから何かを書き連ねる。面白いことなんて特にないけど、書くうちに面白いことになるのかもしれない。
難しい太陽の横に座ると具合が悪くなって、僕は僕でいられなくなる。皆もきっとそうなんだろう。あるいは、まったくそうじゃないのかも。
砂漠の薔薇は風化して、僕も段々と指先から風化していく。灰皿に溜まった煙草の灰を、窓から入ってきた暖かな風が吹き飛ばして、今まで何もなかったかのように。

     

これはマジな話で、下半身だとか腕にまだら模様の腫瘍が出来て、足の肉をちょっと切ることに。どうやら、顕微鏡で細胞検査って奴をするらしい。
アレかな、今までの不摂生とかが一気に襲ってきたかな、と思ったけどどうやら違うらしい。お酒だとかお酒だとかお酒だとか、思い当たるフシがありすぎるので僕は結構ヤバい。
というわけで、ついさっき麻酔をかけてジョキジョキっとやられてきたわけで。7針だとか縫ったらしいけど、局部麻酔ってヤツは凄くて全然痛くない。こりゃあお酒よりすげえぞ、と思ったけど麻酔なんてなかなか手に入らない。
それと、手術前にウイスキーを飲んで行ったら、恐ろしく怒られた。飲酒くらいは自由にさせて欲しいものだ。

     


     

僕にはこれまで生きてきた中での教訓というか、ポリシーみたいなのがあって、それは「どんなに重要なことでも面倒くさかったりやりたくないんならやるな」ってコトだ。まあ大概の人が一緒の考えだろうけれども。
どんなに重要なことでも、やりたくない中でやると、結局変な方向に逸れてってひどい目に遭ってしまう。まあ、重要なことなんだからやらなくても結局ひどい目には遭うんだけど、どっちにしろクソみたいな結果ならやらない方がマシだ。
そんなワケで、ついこの前面倒くさくてやらなかったことのせいで、近々ヤバい状況に追い込まれそう。
まったくもって人生ってのは色々と大変。髪の毛と髭が伸びる度に災難がやってくる、って感じ。
つまり何が言いたかったのかというと、ポリシーとかスタイルとか人生訓なんて持たないほうが絶対楽に生きられるってお話。
これについてはマジなので、絶対に覚えておいた方がいいと思う。
僕は酔っ払うたびに耳の奥あたりからポロっと出ていってしまう。あるいはもう脳ミソがクソになってて、これ以上書き込むとエラーを起こすからだろうか。

     

ゲロの吐きすぎと葉巻の吸いすぎか喉は痛いし、息を吸う度にヒューヒュー音が鳴る。体の調子が悪いのはいつものことで慣れっこなんだけれど、たまに調子のいい日があると、その落差で滅茶苦茶に具合が悪くなってしまう。だから僕は飲み続けるしかない。
昨日はなかなかに調子のいい日だった。脚の縫い目は痛むけど、ポカポカした暗闇と程よい風が吹いて、絶好の散歩日和で。
フと夜の大学に足を運ぶと学生たちが酒盛り。僕はああいった輪の中に入ることはそうそう無いけれど(ああやってはしゃぐのは苦手だ)人生で一度くらいはそういうことがあってもいいのかも、とも思う。
不確定性の教室では犬たちが窓から見える月に向かって遠吠えをあげている。それを僕はワインを飲みながら眺めていた。
その後は久々に酒場に行こうと思い立ち、ポケットの小銭を確かめてから「○○軒」だったか、そんな名前のお店に入った記憶がある。
それで2~3杯引っ掛けて、ちゃんとお金を払ってから酒屋に入りお酒を買った。
そこまでは覚えているんだけれども、その後がどうも思い出せず、しかも思い出そうとすると頭痛がひどくなる。
どうも3月はくそったれなことばかりだ。

     


     

2日ほどお酒を飲んでいない。飲んでいないと僕のアイデンティティが崩れるってわけではないけれど、体調には色々と差し支えが出てくる。まず変な汗。そして吐き気。吐き気は飲んでても一緒だけれど、飲んでれば出すものがあるから幸せだ。オゲっとしてしまえばスカっとする。一方でお腹に何も入っていない時の吐き気は酷いものがある。何たって出すものがないんだから、それは虚無で、かつ苦痛。まるで意味のない行為だ。
そんなことを言い訳に僕は今日もまた飲み始める。外に出て少し歩いて、夕暮れが徐々に紫色になる頃には雨が降ってきて、ちょっとした小道のベンチで火酒をちょろりと飲む。
しばらくフワフワとした気分に任せていたら「強い酒は毒だぜ、悪徳だぜ、なあ君」と男が話しかけてくる。黄色い顔をしてニヤニヤと笑っている彼は、多分訛りからして隣街の人間だ。無視しても、殴っても良かったけれども、たまには人と会話をするかと思い「毒だから飲んでるのさ。早死にするためにね」と言うと「そりゃあそうだろうな、こんな世の中じゃ、それくらいしかやることはあるめぇ。だけれども、悪徳だぜ。なあ君」と繰り返すので、ぶん殴って部屋に帰った。

       

表紙

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Neetsha