Neetel Inside 文芸新都
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朝酒日記
4月の後半

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昨日まで、5日間寝たきりで過ごしていた。道端で。起きる気力すらなくなってとうとうダメかとも思ったけれども、やっぱり寝ているとなんとかなるものでまだ大丈夫。
寝ている間、たくさん夢を見た。昔のことや今のこと、未来のことだとか、別の世界の僕のことだとか。
とりあえず相変わらず体調が悪すぎるから、しばらくシラフでいた方がいいのかも。あるいは、飲まないとまたダメになるのかも。精神由来の体調不良か、肉体由来の体調不良かはわからないけれど、今の僕はグダグダ。
夢の中の僕は、今以上にグダグダだったり、前書いたようにキッチリと生きてたりした。
もしかしたら、まだ夢を見ているのかもしれない。夢の中で。あるいは僕は別の僕が見た夢なのかも。まあ、どうでもいいけれども。
そしてまた僕らはひっそりと夜を歩いて、夢の終わりに長い夢を見る。

     

この世の中で生きるにあたって、のほほんとシラフでいられるってのはある種の才能で、ロックミュージシャンや大哲学者や魔導師になるなんかよりも、よっぽどすごいことだ。僕には考えられない。
世の中は飢えとかテロとか、キチガイの意味もないうめき声だとか、絶え間ない吐き気や天使のラッパとか、街を吹き飛ばす嵐と、それと一緒にやってくる龍のうめき声とか、兎に角色んなことが多すぎる。
今日は空に海が湧いてひどい雨。散歩はできなさそうだから、窓を開けてじっと外を見ている。そしてコールタールみたいな嘔吐。下の方では遠雷が響くたびに雨乞い師が喜び、晴男が叫ぶ。僕もその度に「うるせえぞお前ら! 次騒いだらぶっ殺しに行くぞ!」と叫ぶ。こんな風に人生は問題ばかりだ。
これを繰り返しているとウトウトとしてきて、いつの間にか夕闇が迫ってきていた。夜は次第に煌めいて、朝焼けより輝いている。少しの間の就寝。
そして起きて、寝ぼけ眼で窓から指で空に線引きをすれば、くっきりと、朝と夜とが二分される。そんな魔法を使ったから(知り合いに教えてもらった)。そんなわけで、僕から東は藍色の雲が広がる。

     

3日に1回は来いと言われていた医者に3週間ぶりに行った。するとなんだかすぐに魔法使いを呼んで、僕の体の隅々まで呪文で満たし始めた。
これ、動いちゃいけないのかな、とか数分考えていると検査か何かが終わったようで「あんた、あと数杯でも酒飲んだら死ぬぜ」と言われた。それなりに衝撃的な言葉なので気を落ち着かせるため、胸ポケットからスキットルを出してウイスキーを3口ほど飲んでから「マジですか?」と尋ねると、「マジのマジ。特に強い酒なんて一滴もダメ。その場で死ぬぜ。ちなみに葉巻もダメだぜ」というお言葉。こりゃあヤバいと思って、残りのウイスキーを一息で飲み干した。

帰り道。「別に死んでもいいけど、なんだか今死ぬのは違うなあ」とか考える。やっぱ禁酒するべきなのかなあ、とかも考える。人生に張り合いがなくなるけど、明日から禁酒しよう。
というわけで最後の晩餐にウイスキーとラムとジンとワインをしこたま買い込んだ。これだけ飲めばもう酒も辞められるはずだ。
まずワインを飲んでウイスキーをチェイサーに。嘔吐してからジンを一気飲み。葉巻をふかしてゆっくりとラムを飲む。
そんな風にしているうちに泥酔して寝てしまったらしく、今起きたところ。まだ頭が重いから、余っていたラムを飲んで気付けにする。
今日からは禁酒しなきゃなあ、とか考えながら、葉巻に火を付けて散歩に行くことに。起きたばかりの葉巻は素晴らしい。とりあえずお酒を買ってこよう。

     

春らしく桜の花が咲いている。城郭の街角ではそれに気に留める人はいないけれど、僕だけはそれを見て、心を砕いてあげている。
どれだけ美しくたって、見てくれる人がいなきゃあ価値がない。世界はまなざしに支えられている。美しさを保障する僕らは多分かけがえのないものだ。一人一人が奇跡。在ることが奇跡。そう考えると、また多少は生きる気力も湧いてくるってものだ。

ただただ生きることは必死に生きることよりしみじみと大変。漠然と生きるということのなんという難しさ! 僕は生と死の間で板挟み。サンドウィッチにしたら、嘔吐するような味だろう。きっとゲロのサンドウィッチだ。考えたくもない。
誰かに言われたけど僕は何事も考えすぎる、らしい。人の頭の中は覗けないから他人と比べようがないし本当にそうなのかはわからないけれど、他の人は僕と同じことでぐちぐち悩んだり、それを紛らわすためにお酒を浴びるように飲んだりっていうのはしないらしい。予想外に僕は繊細なんだ。
むしろそうなると僕は世間の人々の鈍感さに驚くわけで、よくそんなにビクビクせずに生きれるなあと感慨深く思う。色んなところが危機に溢れていて、僕はノホホンといられない。今にも空は落ちてきそうだし、地面は全てを揺るがしそうだし。

とろける世界の果ての果てにあるシミは僕が残したもの。まだまだ僕は世界のその裏側を見なきゃあならない。果てのそのまた果てには、さらなる果てがあって裏返し。ぐるりと一周して僕の背中が見えた頃にはまた違う世界が広がっている。全てを見ることはできないけれど、できるだけ全てに近づきたいっていうのは人情ってものだろう。あるいは限りない欲望だろうか。相変わらず僕らはふやけた空の下で長い夢を見る。できれば、優しい夢を見せておくれ。

     

星夜に降り注ぐ満月はもう十分で煌めきすぎるほど。僕の手には負えないから誰かに頼むしかないって印象だ。
そして何処かの月夜は彼女に差してて僕は放ってきぼり。願うことならば一緒にあればいいんだけれどもそんなのは望みすぎ。恐ろしいほどの口笛が、ぴゅう、と鳴れば戻るしかないんだから。
狂気のおかげで僕は正気だ。狂ってることを意識してるから、普通でいないといけない、って意識が働いて不特定多数の夜が襲ってくる。抵抗はできないけれども。

わあ、僕は狂ってる!

     

窓枠がリズムを刻んでいるのか周期的にカチカチと鳴っていて、ものすごくイライラしている。幻聴なのかもしれないけど、僕には事実で鬱陶しいことこの上ない。
いい加減イライラして、部屋の色んなところを見てみれば部屋の隅で小さな怨霊がメトロノームをしていた。足蹴してもいいけど、これくらい小さいやつを祓うのも可哀想とは僕でも思うわけで、気にしないで眠ることに。問題があったのは音自体じゃなく、原因だったワケで。これでゆっくりと眠れるだろう。

夢を見ない時期に限って夢を見れればなんて願う。どうせ悪夢しか見ないのに。僕の心はどこへ行ったんだろう? あるいは、どこへ行きたいのか。
僕のお腹の中ではないのは確かだ。今度見つけたら、鍵を閉めて大事に取っておこう。
心のない僕は空っぽで、心が無い分体が軽いからフワフワ浮いている。

     

例によって眠れないから、ずっと外を見ていた。夜の始まりはどこかを通り過ぎて、気づけば燃える朝焼け。

そうして、曲がりくねったカモメが必死に鳴いている海辺に座っている。
8月のとこしえに。
溶けかけた水がいつまでもここにあるから。
どうか僕に、美しい歌を聴かせておくれ。

     

あまりにも飲みすぎたせいか、先日から左手の小指だとかが麻痺している。いままでも、たまに右手が痺れたり顔が痺れたりっていうのはあったけど、完全に麻痺ってのは初めて。試しにナイフで切ってみたけどまったく痛くない。コップを取り落としたりとかすることはあるけれど、別に支障はないので放っておく。
それよりも嘔吐のしすぎで背中や胃や腹筋が引き攣って酷いことに。眠れない日も続いているし、そろそろ僕はヤバそうだ。昨日も50回は吐いたはず。まあ、どうでもいいことだけれど。

     

脳がふやけてきていて耳の穴からどろりと出てきそう。最悪の目覚めで迷子ぼっち。あまりに具合が悪くて、全てがどうでもいいって気分になったけれど結局は気分はただの気分で、ちょっとしたら今日も生きようかなんて気分になる。僕は勝手気ままなんだ。
水素がヘリウムに変わって全てが始まったように、色々なものはデタラメでフとした瞬間に巻き起こるもの。そんな瞬間を捕まえようとはしているけれども、なかなか上手くはいかないもので。
目蓋を閉じて眠ろうとしてみても虚しさくらいしかない。目玉の奥からは後悔ばかりが湧き出てくる。髪の毛を掻きむしって、頭の中までぼりぼりと磨いてしまいたい。また今日も空はどんよりと晴れのち曇り。

     

僕らはどこからきたのか、どんな世界に投げ込まれて、どこへ行くのか。ウイスキーの東側でそんな哲学的なことを考えたくなる時もたまにはある。僕のパラノイアは耳先から外にはみ出して帰ってこない。
暖かくなったり、寒くなったり、最近の天気は不安定で僕の調子も非常に悪くなる。青いスクリーン越しに世界を見ている感じでボーっとして、あんまり生きてるって実感が湧かないような気味の悪い日々。薄い膜を破っても水が染み出してきて目がさらに曇るだけだから、僕はあまり動かないようにしている。
最近は動くとロクなことがない。歯は欠けるし右手は裂けるし頭はぶつけるしと災難だらけ。世界が喧嘩を売ってきているという感じで、僕個人としては真正面から受けてやってもいいんだけれど無駄に疲れそうなのが悩み処。
このまま意識の流れにそって言葉を連ねてもリズミカルになるだけで面白いものは出てこない。持続の止まるところに笑いはあるわけで。今の僕は持続しすぎているような気がする。どこかでストップを掛けないといけない。それがなんなのかはわからないけれどどこかにカギがあるはずで。暖かくなったら探しに行こうと思う。

       

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