<ケイゾウ>
俺はイライラしていた。理由はたくさんある。呆れるほどある。窓際に座ってる俺としては、まずは空が呆れるほど晴れ渡ってることが挙げられる……が、それは大したことではない。
片っ端から言っていくとだ、クッチャクッチャとクソジジイがガムを噛む音や、ひょろそうなバカガキが着けたシャカシャカと音漏れの酷いイヤホン、くだらねぇ話を耳障りにわめきたてるボケババアどもの世間話。どいつもこいつも片っ端からボコボコにしてぶっ殺してやりたい。
だが何よりも、そんな人口密度の高い高速バスの中に詰め込まれ、詰め込まれる理由を作った女が隣に平然とした顔をして座っているのが気に食わない。
「気分、悪いんですか?」
グリコのおまけ程度のちゃちい抑揚の声で、女はそう尋ねてきた。大方俺の眉間に刻まれた深いシワを見てのことだろうが、からかっているようにしか思えない。
「ああ、悪いな。悪すぎて死んでしまいそうだ」
煙草と酒のやりすぎでイカれた自分の声にすらムカつきつつ、それに思い切りドスをぶっ掛けて吐き出した。しかし女は、路上で車に轢かれて死んでいる犬を見ても変わらなそうな無表情で、若干眼を伏せただけだ。
「酔い薬はないので、我慢してくださいね」
「………」
ああ、これは冗談だ。冗談に違いない。ははは笑えねえ。
「ふざけてんのかテメエはぁぁぁああ!!」
苛立ち紛れに窓ガラスに思い切り拳を叩きつけ、あらん限りの力で叫び狂った。バス中の視線と意識が俺に集中するのが感じ取れる。
「……ああ、気分ではなく機嫌が悪かったのですね」
俺の怒りは、その人形のように整いきった面にさざ波一つ起こせなかったようだ。女は皮肉るような笑み(見逃しそうなほど僅かなものだったが)を口元に浮かべると、何事も無かったように眼を閉じてシートに頭を預けた。
俺の神経を逆撫でしまくっていた雑音はどれも控えめになったが、代わりに重苦しい空気がバス内を満たしてしまった。別に気にしないし、悪びれもしないんだが。
「元はと言えば、てめえんとこの管理がシッカリしてねぇのが悪いんじゃねぇか。なんで俺が狩り出されんだ」
「それは、やはり私たちを舐めた報いはつけてもらうためでしょう?」
「だからってなんで俺だ。自分の始末は自分でつけろやボケ」
「私に言われても分かりません。私のボスと貴方のボスが決めたことでしょう」
「……てめえなんぞと話しても、何一つ埒が明かねぇな」
「私に聞くのが筋違いですからね」
これ以上話を続けたら、本気でこの女の細い首を締め上げてしまいそうになるので、俺は盛大なため息を吐いて会話を切った。
大体察しはつくだろうが、俺は極道だ。気付けば深いところまで来てしまって、今抜け出すには足はおろか、首元まで洗わなければならないような奴だ。まぁ、首まで洗ったら骨ぐらいしか残らんだろうが。
隣に座っている女、確か名前はマスダサエ、は俺の組と馴染みの深い銃の密売組織の一員。どの程度の地位かは知らんが、どっかの奴に大事な商売品を奪われ、その始末を俺に命令しては俺を連れ回す張本人だ。組長もとっくに同意済みで、なぜか組でも確かな地位のはずの俺が一人で行かされる羽目になっている。部下は現地の奴を使っていい、と言われてはいるが……。
どっかの馬鹿な若者のせいで、俺は不愉快な女と不愉快な場所に詰め込まれ、おそらく不愉快な街に連れて行かれる。こうなったら絶対にその犯人は八つ裂きにせねば俺の気がすまない。
覚悟していやがれ。ああ、そうだお前もだ、お前も。こんなときに人を小馬鹿にしてるとしか思えない晴れ模様を見せやがって、腐れ空めが。