Neetel Inside 文芸新都
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踏み切りとそのサイレント
<五年前 2>

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<五年前>

 消えてしまえばいいと思っていた。
 世界が滅びようが、誰が誰を愛そうが、俺の人生がどうなろうが、まったくもってどうでもよかった。
 ただ、俺という存在が憎かった。親には感謝している。俺という存在をこの世に生んでくれて、本当に感謝している。その気持ちに偽りは無い。
 この世界に迎合できない自分、何かを必要とし誰かに必要とされる才能を持ってなくて、前向きに生きることを強制する世の中で俺は暗くて、ただ泡のように消えてしまいたかった。
 死にたくはなかった。通り魔に刺されるか、車に轢かれるかそういうしょうがないことで死ぬならそれもいい。後悔すべきことなんて一つも無い。一つもないのが後悔かもしれない。でも、そうでもなければ死ぬなんて、怖いこと、無理だ。
 死にたいわけじゃない。でも早死にはしたい。眠るように、苦しまないように死にたい。俺の頭の中は、死でいっぱいだった。誰も知らないことだったからかもしれない。
 手首の傷がどんどん増えていった。煙草のニコチンはどんどん濃くなっていった。コーヒーに入れる砂糖とミルクは無くした。
 痛くて、まずくて、苦い。でもそれが気持ちよかった。薄っぺらで曖昧な自殺願望が満たされていく気がしていた。生きていることが実感できる気がした。そうしているときだけが、すーっと、気分がよくなっていた。麻薬よりずっとマシだ。
 心配する人間はみな、とても無機質な顔に見えて、俺にとっては怖かった。どうせ醜い俺を笑っているんだろう、見せ掛けだけの優しい嘘だろう。そんな感情で、むしろその愛が俺をビルから飛び降りさせかねなかった。
 俺が死ねば、演技だろうがなんだろうが友達は悲しむだろう。少し過保護気味な俺の親は、きっとノイローゼになるくらい落ち込むだろう。下手をすれば後追い自殺されるかもしれない。かろうじてあるような無いような、そんな理由で生きていた気がする。何も、死ぬ理由もなかったのだ。
 目の前に拳銃があれば、迷わずこめかみに押し付けてぶっ放していただろう。好奇心だ。ごちゃごちゃな淀んだ思考の妄想はそんなことばかりで嫌だった。
 いいんだ。俺はそういう運命さ。場違いな場所に生まれてしまって、中々頑張ってもみたけれど、やっぱりこんな中途半端な俺は途中で諦めてしまう。
 俺の理想、誰からも忘れ去られて、植物みたいに寂しくも何かを秘めたまま佇む。それを顕在化したような廃工場、俺はそんなお気に入りの場所でいつも過ごしていた。17になったばかりの秋。
「誰?」
 毎日通うせいで、随分溜まった足元の缶コーヒーを何気なく、一本蹴飛ばした。カランカラン、という不細工で小規模な鐘みたいな音にそんな声が返ってきて、ビックリした。
 うず高く積まれたドラム缶の影から出てきたのは、俺が半年だけ通っていた高校の制服を着た、長い黒髪の女の子だった。女の子といっても、同い年くらいだろうが。
「……そっちこそ誰よ」
 つまんでいた指先近くまで灰になっている煙草を放り、足の裏で踏み潰して応じた。単に質問したつもりだったが、その声色は必要以上に棘がついてしまったように思う。
「えーと……サボり魔」
 なんだそりゃ。
 割れた窓から差す正午の斜陽で薄暗い工場の中、その女の顔を見た。かなり眼が悪く、コンタクトもしていない俺には若干、可愛い顔をしているのかな? 程度の認識しかできなかった。
「で、貴方は?」
 当時の俺はルックスに関するコンプレックスが神がかり的で、外見はかなり強烈だった。ピアスだらけの耳、酷い隈、青白い唇、人と眼が合わないように長く伸びた前髪、ごつい指輪だらけの手、首輪みたいにきつく締めた複数のネックレス、手首はリストカットの痕を隠すリストバンドとブレスレットだらけだ。
 そんな俺にまったく怯える様子も無く、そいつはそう尋ねてきた。
「俺が誰だろうと、テメエには関係ねー」
 新しい煙草を一本取り出してライターで火をつけながら、上手い返答も思いつかずそう投げ返した。
「何それ! ずるい。私は答えたのに」
「お前が答えようと答えまいと、俺には関係ねー」
「そ、それもそうかな」
 面倒なのが入ってきたなぁ、と思っていた俺はあからさまに嫌味な態度と言葉で示したつもりだが、女は逆にそこらに転がる木箱に腰を下ろし、居座る決意を見せてきた。
 つまり俺みたいのがいようがいまいが、向こうも関係ねー、ってことか。図太い神経だ。単なる馬鹿か。
「……長門高校か」
「え、はい。そうですけど」
「何年生だ?」
「二年生ですよ」
 正直言えば話し相手もいないで退屈していたところではあり、嫌そうな顔をしつつも話しかけてくる俺を女は怪訝そうな顔で見ながら、素直に答えてくる。
「タメだな」 
「うっそ!? 二十歳くらいだと思ってましたー」
「よく言われる……」
 低い声と、落ち着いた雰囲気、あとはイカれた服装のせいだ。理由も分かるくらい、こういう反応には慣れてはいる。
「俺も長門に半年くらい通ってたが……」
「え、じゃ、じゃあもしかして……」
「ん?」
「カジマくん?」
「なんで名前知ってんだ」
「いやいや! そこそこレベル高い進学校のうち辞める人間なんて、そうそういないから! 有名だよ」
「……あっそ」
 さりげなくタメ口へシフトしていることに若干、女子高生らしいウザさを感じて俺は会話を切った。不愉快さを表すために、喉に絡みついた痰もわざと大きく唸って吐き捨てた。
 高校を辞めた理由か……。あれも、今考えれば大した理由が、あったような。ないような。友達は少ないながらいたし、成績は悪かったが勉強すれば取り返せないほどではなかったし、部活も嫌いではなかったし。いじめられた? ともよく聞かれたが、別に悪意を持って何かをされたことはない。今思えば、クラスメートもそんなに悪い奴らではなかった。
 クラスでの居場所がなかった、なんて正直言えばそういう理由もあったが、やはり一番はつまらなかったからだ。予想を遥かに裏切るつまらなさ。怠惰で、反抗する気力もでないくらい同じことの繰り返し。高校はとても楽しいものだと言われ期待していたから、失望も大きかったのかもしれない。
 くだらないことも付け足せば、夏休みからそのまま登校拒否で、宿題はまったく手付かずだったとかもだ。
「あの」
「なんだよ」
 痰を吐いたことで少しは警戒してくれると思ったのだが、予想以上に早い会話の再開に中々毒気を抜かれて返事してしまう。
「今何してるんですか?」
「あー……お前馬鹿だろ」
「へ? どうして?」
「どういう思考プロセスがあったか分からんが、俺みたいなのにそんな質問するやつ、すべからく馬鹿だ。大馬鹿。ゴミ」
「ご、ごめんなさい……」
「ちなみに見ての通り遊び人だ」
「……アリガトウゴザイマス」
 俺の狙い済ました嫌味にさすがに女も苦い顔をした。と、思う。ピンボケした視界では顔が確認できないので、声色で判断するしかない。
「……お前、暇なのか」
「え、はい」
「俺も暇だ。買い物。付き合え」
「え」
「え、じゃない。暇なんだろ」
「いやでも、制服だし……」
「うるせぇ。犯すぞ」
「うぅ……分かりましたよ」
 女は観念したようで、木箱から腰を上げてスカートを手で払っていた。
 同年代の男というやつは大体発情したサルみたいになるもんらしいが、ソレと比べると俺は随分大人しい方らしい。自分には性欲なんてほとんどありもしない、言うなれば幽霊か何かと一緒だと思っていた。
 ないわけではないが、女を衝動的に抱きたいと思ったことは一度も無い。要するに、さっきの言葉は単なる脅しだ。
「とっとと来い」
 俺は乱暴に女の手を取り、容赦なく引っ張りながら工場を出る。
 途端に、容赦ない日光が俺の姿を照らし出した。それは木枯らしも吹くような肌寒い気温の中で、ほんのりと人肌のようなベールがかぶさってくるような錯覚を覚えた。
「ああ、ちょ、ちょっとー」
 時間の進みが遅いかのような彼女の、悲鳴というには幼すぎるそれを聞きながら、俺は陽の当たる場所を歩き出していた。

       

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