Neetel Inside 文芸新都
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6☆「高い城の下の少女(中)」(2021/04/13)

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 竹を割ったような性格をしていて、それで人懐こい、人の心を解けさせる御老体だとその時乃々香の兄、界人は思った。
 国道から農道に入り、そこから林道を経て4キロ程入ったところに、油谷湾に面した老舗旅館の所有している別荘を貸し切って、界人とその老人はその場で打った蕎麦を座敷で相対して啜っていた。普段は料亭として客扱いで賑わいを見せているこの店も、外に場にそぐわない背広を着た恰幅の良い男が数人立ち尽くすのみで、目の痛くなりそうなほど青く揺れる緑の中で静寂に包まれている。
 「ここは蕎麦もたしかに旨いんだけど、海鰻の炭火焼きがこれまた絶品なんだよ」
 炭火焼きにされた一尾の海鰻が白いの皿の対角線にどかっと載っている。魚の焼ける香ばしい匂いが立ち込めていて、簡単に箸で身を裂いて口に運ぶと、今までに食べたどの白身魚にも敵わないほど味が滲みていた。
 「どうだ?旨いだろ」
 にやりと目を細めて相貌を崩して、目の前の男は海鰻を突付いている。
 「せっかく青海まで来たんだ、ゆったりしよう。ゆんたくだよ、ゆんたく」
 「私にも仕事があるので」
 「君も私も同じ公僕の身、しがない仕事じゃないか」
 界人は謙遜も否定もせず、話を本腰に戻した。
 「妹の件、こちらの意に沿うような形になった場合にはあの少女はこちらに一任させて頂きます」
 「ああ、わかっているさ。だがそううまくいくかなあ?」
 「あの子は優しいから困っている人に救いの手を差し伸べるはずです」
 「私には子供がいないからこれは勝手な意見かもしれないがね、根が強いっていうのはそれだけ利己的ってことなんだよ。『正しいは正しくない』。今回の賭け、与えられた課題に対して従うか従わないか、君の妹はあの『雨乞い』の少女を「手放さない」と思うね」
 「それはどうでしょう?」
 界人は内心、あの乃々香が二人の子供を見捨てるとは思えず、内心ほくそ笑んだ。

 『私は二人を助けたいです』
 「りまちゃんとも一緒に居たい」
 「ノノカ…」
 車は来た道を引き返していく。カーナビに従わずに、島の北側から遠回りをするとすんなりと広い道路に戻った。近道は人を惑わせる。
 「それを二人に言ったわけか。欲張りだな。で、どうするんだ?」
 湊太がルームミラー越しに投げやりな口調で問いかける。
 「うまくいくかどうかは分からないんですけど、ヅェン君の父親を探してみようと思います。……野海ちゃんたちと話してみて薄々思ってたんですけど、湊太さんは善意でやっているわけではないんですよね?」
 「そうだよ」
 即答される。
 「湊太さんは味方なんですか?もしそうなら、父親の居場所を知っているなら教えて下さい。お願いします」
 「……君の兄から、乃々香ちゃんが困ったときに手助けしてやれって言われた。味方……そうかもな。だからできることまでは協力しようと思う。だけど、親が我が子を見守るように、二人の決断を揺るがすようなことは決してしてはならないと言われてて、自然でかつ公平に……」
 「何を言ってるんですか?」
 「あ~~、だからな。……これは大きな賭けの対象なんだよ。君の兄と、この国の上に立つ人間が、『人が問題に直面したときどう動くか?』という冗談みたいな話に対して本気で賭け事をやってる。そんなこといま聞いて信じられるか?くだらないだろ?だから、両方を救うなんて二つのことをクリアするなんて、そもそも出来っこないんだよ。だれかが不幸になる……」
 「だからネガティブで傍観者気取りでいるんですか?動くのは私達です、教えて下さい」
 「分かったよ……。その子の父親はな、もう死んでるんだ」
 楊貴妃ロマンロードが終わり、国道に接続する交差点でウインカーレバーの音だけが車の中で響き続けている。
 「交通事故だったらしい、詳細までは分からないが。母親はタイから来た外国人実習生で、父親は水産会社の社長。よくニュースで耳にするような、世の中に溢れて特に気にも止めないような、立場を利用しての性交渉で生まれた子供がその子というわけ。身ごもったことが知られると会社から帰国するように促されるものの、行方をくらませて不法就労をしながら子供を育てた後に、将来を悲観して心中。いるのか分からない神様が慮ってか知らないが、後を追うように父親も亡くなったという話」
 車の中という空間がそうさせるのか途中で会話は途切れて、また息が吹き替えしたように励起する。
 「父親が分かっているのならDNA鑑定で証明出来ないんですか?」
 「今の日本の法律では、結婚して法律上の父になるか、父親が子供を認知することでしか子とされない。父親が亡くなった今、どうすることもできないんだよ」

 乃々香の家の前で車は止まり、無言のまま降り立った。
 「どうするんだ?期限は一週間らしいが、もう少し考えるか?」
  ドアミラー越しに尋ねる湊太を乃々香は見据える。
 「ノノカ……、わたしはどうなってもいいから、あの二人を救おうよ」
 「救うよ。みんな救う。そうじゃないとね……」

       

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