Neetel Inside ニートノベル
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ディストピア―こんな社会は嫌だ
その1

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「厳正な審査の結果、あなたにはやはり生きる価値がありませんでした。安楽死を許可します」
 大柄の精神科医は、健二にそう告げた。そして健二は即座に黒ずくめの男達に両腕両足を拘束され、黒い目隠しをさせられた。黒ずくめの男達は、その状態で数メートル先まで歩くように健二に命令した。目隠しこそされていたが、健二は何もかもを最初から諦めていたような表情をしていたのだった。
 このまま数メートル先を歩いていけばどうなってしまうのか、健二は知っていた。最初からこうなることはわかっていたのだ。自分の人生はおおよそ幸せに包まれているとは言い難かったが、辛いことばかりではあったが、それでももっと生きていたかった。しかし健二はこの国で生きることが『許可』されなかったのだ。もしもここで安楽死を拒否すれば、ここから解放されはするものの、これから365日24時間ひっきりなしに警察や行政官から安楽死するように促され続ける日々を送ることになることだろう。もちろん、それだけならまだ良いのだが、世間からは白い目で見られるのは間違いないだろう。そして、友人や隣人から、『許可』されているにも関わらず安楽死しなかった人間として、一生涯疎まれ続け、事あるごとに石を投げつけられ、排斥され続ける人生を送ることになってしまうのは避けられない。健二は、それに耐え切れる自信がなかったのだ。
 だから健二は安楽死の『許可』を一切取り乱すことなく聞き入れたのであった。安楽死の『許可』を出されたのだ。死んだも同然だ。このまま生き延びても地獄。社会的に死んでしまうことを選ぶか、本当に死んでしまうのかの違いでしかない。結局死ぬことには変わりないのだ。
 だったら、もう一切を諦めてここで死んでしまおう。健二はそう思ったのであった。
「それでは、これより安楽死を執り行います。良いですね?」
 健二は何も言わずにこくりと頷いた。大粒の涙が込み上げてくるのを必死にこらえ、そして健二は精神科医にこう問いた。
「先生、最期に教えてください。無能なのは罪なのですか」
 精神科医は何も答えなかった。
「……いえ、無理にとは言いません。あなたは安楽死の『許可』を出されただけなのですから。死にたくないと思うのなら、今ここで死ぬ必要はありません。このまま家に帰ってもよいのですよ。その選択を誰も責めたりしないでしょう」
 精神科医の最後の言葉を聞いた時、健二の中の何かがぷつりと切れた。そして健二は大声でまくし立てた。
「嘘だっ! そんなことはない! 安楽死を『許可』された人間は、一生その烙印を背負って生きていかなきゃいけないんだ! 安楽死を『許可』された人間は、もう絶対普通の生活に戻れやしないんだ! 嘘をつくな!」
「……わかりました。ひどく興奮されているようですね。今回の安楽死の執り行いは中止とさせていただきます。頓服としていつもより少し強めの精神安定剤を処方しておきますから、少し落ち着いたら飲んでください」
 精神科医がそう言うと、健二の拘束が解かれた。目隠しを外され、黒ずくめの男達に宥められるようにして健二は部屋を後にした。健二は黒ずくめの男達と一緒に細長く白い廊下を歩いた。無機質な廊下だった。ゴミやほこりは全く落ちておらず、また一切の汚れも見つけられなかった。廊下は非常に短いものであったが、健二にとってはそれが永遠に続くかのように感じられた。

       

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