Neetel Inside 文芸新都
表紙

ファーストステップアップ
箱デビュー?

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 無事に演奏を終える。ギターをアンプに立てかけ、三人で並び礼をすると、会場中から拍手がなり出し、なかなか鳴りやむことはなかった。
僕たち三人は自然と笑顔になっており、ステージから機材を下ろした。片づけの準備を始めると、井森先生が僕たちの方にやってきた。
 「お前ら、凄いな。こんなにも盛り上がるとは思ってなかったぞ。これならオーディションは問題なく通るだろう。それと言わなくても分かっているかも知れないけど、ドラマー探すの頑張れよ。やっぱりドラムが無くちゃやっぱり物足りないしさ」
 三人で「ありがとうございます」と頭を下げて、機材の片づけを続けた。
 機材を持って体育館を出るとき、同級生の知り合いから
「格好良かった」
「意外な才能って奴だね」
「お前らスゲえな」
「本番楽しみにしてるよ」
などと声をかけられた。
 その言葉を聞いただけで僕はやる気が出てきた。たった五分程度の演奏で、一躍有名人となったわけだ。

 有頂天になっていた僕たちを地の底にたたきつけたのは生徒会執行部の担当の先生だった。
 審査の結果はぶっちぎりの一位だったらしいが、先生達の話し合いで、騒音の問題で本番での演奏は却下されたらしい。
 井森先生経由で訴えては貰ったものの、大した成果は得られず、結局この話は無かったことになりそうだ。
 が、学校内での僕たちの存在は有名人に成り上がった。有名人になったが、本番で演奏できないことはみんな知らないようだった。だからみんな僕に会うと、
「本番楽しみにしてるよ」
「もっと凄い演奏期待してるぞ」
などと言ってくる。
 そう言われるとすぐに文化祭で演奏できないことを愚痴を交えて話す。
「先生達がうるさいから駄目だって言うんだよ」
といった感じに。
こういった地道な抗議運動を重ねていけばもしかしたら、と僕は思っている。署名を集める行為と同じようなことをしているのだ。 オーディションが終わって、僕たちのバンドは学年の枠を越えて有名になった。それと同時にふざけた噂も流れるようになった。
 「宮部麻美子は大林充と親密な関係になりたいが為に、バンドに入ったらしい」
 実際この下らない噂を知ったのは、教室で隣の席に座っている有希との会話だった。有希が体育館にいたかは分からないが、バンドの演奏のことを高く評価してくれている。
 話を続けていくと演奏のことからバンド内の話に変わっていき、
「麻美子と充はどういった関係なの?」
と聞いてきた。
 そのとき僕は演奏のことを聞いているのかと思い、
「良い感じだよ、やっぱ充がいなくちゃ麻美子は歌いにくいんじゃないかな?」
 有希は僕の発言を聞き、えっ? と言う感じの驚いた顔を作り
「じゃああの噂って本当だったんだ。意外だなぁ」
僕は何のことか分からなかったが、先生が教室に入ってきたため、話は中断された。
 僕はベースなどのリズム隊がいないと、ヴォーカルが歌いにくい。と言う意味で言ったのだが、僕のこの発言から
「やはり宮部麻美子は大林充と親密な関係になりたいが為に、バンドに入った」
に噂が変化していった。
こんな噂が流れてしまうと、バンドの練習はとても暗いものになり、集まりにくい雰囲気になる。だから異性混合バンドは長く続かないと言われるのだ。
 今週の土日は二人を家に呼んで練習する気はしなかった。噂が流れているから無闇に行動すると、噂が更に悪いものになってしまう恐れがあるからだ。
 が、麻美子は今度の土曜日に集まろうと言った。二人に話がある、と一言残して。
やはり噂についてだろう。抜けたい、と言い出すのかも知れない。麻美子が抜けたいと言ったら僕と噂を知った充は、素直にそれを黙って聞き入れるだろう。勿論麻美子の代わりになるヴォーカルなんていない。麻美子が抜けたらP,N,A,Tも解散と言うことになる。

 日が変わるのは速いもので、気が付けば決断の土曜日になっていた。
 今日は珍しく充の方が早く来た。いつも通りベースと練習用の小さいアンプを持って来ていた。いつもならベースをケースからだし、シールドをつなぎアンプの電源を入れベースを構えるのだが、今日は違う。ケースに入ったままのベースとアンプを部屋の隅っこに置いた。
 「俺たち、これで終わりなのかな?」
充は静かに僕に聞いた。
「うん……そうかも知れない」
 僕も静かに充に言った。やっぱり考えていることは同じのようだ。充も麻美子がバンドを抜けるんじゃないか、と思っている。
「せっかくスゲえバンドが出来たと思ったのによ、あんなくだらねぇ噂で終わっちまうのかよ」
 充もヴォーカルを補充しようなんて事は考えていないようだ。やはりP,N,A,Tは解散なのかも知れない。
 「やっぱり女子が入ると難しいね、特に中学生だと、特に」
 僕もそうだが、中学生はあいつががあの人のことが好きで、あいつはあの子と付き合ってる。そう言う話が大好物なのだ。大好物が目の前に置かれていたら食いつかない奴はいない。
 僕と充の間に沈黙が生まれる。この前の三人での沈黙とは質が違う。真空状態で伝えたいことがあるのだけど伝えられないような、苦しい沈黙。この前のようにベースを弾き出すこともない。この部屋だけ音が伝わらないようだ。
 麻美子が家にやってきた。止まっていた僕たちが息を吹き返す。ついにこのときが来てしまった。
 麻美子は落ち着いていた。僕と充は部屋の中で最も遠い位置、対角線上にいたが、その間に麻美子は座った。一直線上に並ぶ僕たち。やはり三人になってもこの嫌な空気はぬぐえなかった。
 重くずっしりと体に負荷をかけるこの空気を少し軽くしたのは充だった。
「話があるんだろ?」
麻美子がゆっくりとうなずき、僕も充も見ないで口を動かし始めた。
「私ね、小さいころから歌が好きで歌手に憧れてたの。今じゃあ恥ずかしくてそんなこと言わないけどね……大勢の人の前で全力で歌いたかったの。勇君のライヴの噂を聞いてね、これはチャンスじゃないかな、夢への第一歩になると思ったの」
 それで見事にうまく事が運び、夢への第一歩を踏み出すことに麻美子は成功した。
 「オーディションの時、歌えなくて私ってこの程度なんだな、って思ったの。ステージの上で歌えない歌手なんていないしね。一分間ぐらいかな、これで子供じみた夢を諦められると思ったの。けどね二人の期待に応えなくちゃ、と思って歌ったの。このバンドで演奏する事は私の夢だけじゃなくて、三人の夢なんだから」
 麻美子は一気に話すと、目を押さえ、鼻をすすり始めた。僕と充は何も言わない。ただ麻美子の話を黙って聞いてるだけだ。ここで麻美子に優しい言葉でも投げかけたら、きっと麻美子は自分の本心を僕たちに言うことが出来ないからだ。
 「三人の夢だからね、バンドの名前に負けないようなバンドになるのは。だから私はあんなくだらない噂程度で三人の夢を潰したくないの。ゴメンね、充君。こんな噂で迷惑かけて」
少し驚いて、とまどいながら充は言った。
「気にするな、俺らの夢の前じゃあこんな事は障害にならないって」
「ありがとう」
 麻美子は涙を手でぬぐって、僕に背を向けて笑いながら言った。
 僕もうれしかった。まだこのメンバーでバンドを続けられるということが、本当にうれしい。
 僕たち三人の夢の為に僕は出来る限りのことをしたいと思う。充も麻美子もこのバンドの為なら出来る限りのことをするだろう。
先週の日曜日が誕生日なら、今日が団結日で初めの一歩を踏み出すきっかけになったのだろう。

 日曜日も三人で集まった。今日は演奏の練習と言うよりも、バンドの方針などを話し合った。もっと演奏できる曲を増やそう、オリジナルの曲を作ってみよう、などなど。
 演奏できる曲を増やすために楽器店に行って、三人で金を出し合いバンドピース三冊ほど買った。楽器店を出てコンビニで買ったばかりのバンドピースをコピーして、三人とも個々で練習できるようにした。
 コピーを終えて、コンビニからそのまま解散した。麻美子と充は家の方向が同じなので、充が麻美子を家まで一緒について行くらしい。噂なんて流れてもどうでも良いし、十一月下旬の五時では十分に暗いから目立つこともないだろう
 。二人が仲良く帰ってるなか、僕は一人寂しく家に向かって歩き出した。
 家に着き僕の部屋の前に立つと、中から無駄にに速いギターソロが聞こえる。しっかりとエフェクターまで使っている様だ。
 家の中でギターを弾くのは僕と兄貴だけで、僕が廊下側の扉の前に立っていると言うことは、部屋の中でギターを弾いているのは間違いなく、兄貴だ。
部屋には思った通り兄貴がいた。予想とはずれていたことは、兄貴は俺のストラトシェイプを弾いていた、と言うことだけだ。
 兄貴は僕の存在に気が付き、ギターを弾くのを止め、ストラトシェイプをスタンドに置いて言った。
「シングルコイルも良いもんだな。ハムバッキングとはまた違った良さがある」
 いつも自分のギブソン製レスポールの自慢をしているのに、珍しく僕のストラトシェイプを褒めた。実は裏があってストラトシェイプを寄こせ、なんて言ってくるつもりじゃるまい。
「今更分かったのかい? けどこのギターは絶対に渡さないよ」
 兄貴は何も反応をしないことから、僕の先制攻撃は的はずれだったようだ。
「そんなギターいらねえって。何たって俺には天下のギブソン製レスポールがあるからな、第一お前みたいな貧乏へっぽこギタリストからギターを貰うほど困っちゃいないって」
 まったく、なんとまあ口の減らない兄貴なんだろう。自分のギターを自慢しながら、僕の悪口を言う。ここまで見事に悪口を言えるのも一種の才能なんだろうか。
 「どうでも良いけど出てけよ、分からないなら教えてあげるけど、ここは俺の部屋で、兄貴の部屋は隣。何なら道案内してあげましょうか?」
 どうやら僕も兄貴と同じく悪口の才能を持ってるみたいだ。
「せっかくいい話があるのにな。そう言う態度とるんだ、せっかくendless startの前座で箱デビューさせてあげようと思ったのに」
「え? それって本当? マジ?」
僕は思わず食いついた。もしライブハウスデビュー出来るのなら、三人の夢への大きな前進といえるだろう。
「マジだよ。ライブハウスのスタッフにも紹介したいバンドがあるって言っておいたからね。うれしいだろ? こんな親切なお兄さんを持ってさ」
 ギターの時以来だと思う。兄貴の存在をここまでありがたく感じられるのは。
「当たり前だけど、お前らにはギャラは無いぞ? 俺たちだって小学生のお小遣いぐらいのギャラしか貰ってないんだからな」
「ギャラなんてどうでも良いよ、ライブハウスでやれる事が本当にうれしい。で、いつ? 何時から? 場所は?」
興奮して思わず疑問に思っている事を一気に投げかけてしまった。
「場所はこの前お前が見に来た、ライブハウス Xミュージック。六時開始で、セッティングとリハーサルしっかりやりたいなら、五時前には店に来ておけよ。日はそっちの都合に合わせてくれて構わない。endless startがライブやってる日ならいつでもオーケーだ。大抵毎週土曜日にやってるから。まあお前だけじゃ決められないだろうから、しっかりメンバーと相談しておけよ」
 茶化されることなくしっかり全部の問いに答えた。珍しく人の熱意が伝わったのだろうか。
「それとこの汚ねえ部屋どうにかしておけよ、これで良くメンバーを部屋に入れさせられるな」
そう言って部屋から出て行った。
 携帯電話を机の引き出しからひっぱり出して、早速麻美子と充に慣れない手つきでメールを送る。
『兄貴のバンドの前座でライブハウスで演奏できるって。土曜日Xミュージックで六時から。いつデビューするとかは、また今度集まったときに決めよう。デビューに向けて頑張っていこう』
送信すると、驚くほど早く返信が来た。充からだ。
『マジか? やったな! お前の兄さんにありがとうございますって言っておいて。
今度三人で集まったときに何の曲を演奏するかもしっかり考えような』
 充はやる気満々だ。このメールを見てからすぐにベースを手にとって練習を始める姿が思い浮かぶ。
 麻美子からの返信は一時間ぐらい空いてからだった。
『ゴメン。塾で返信遅れちゃった。ライブハウスでデビュー、いよいよ本格的になってきたね。私たちの実力が認められてデビューする訳じゃないからちょっと不安だけど、今後も頑張ってこー」
 麻美子は不安もあるが希望もある。そんな感じだ。
 麻美子の不安を少しでも減らすために、少し考えてメールを返信した。
『俺たちの演奏が兄貴に認められたから、前座で演奏出来るんだよ。三人の夢をかなえるための大きな前進だからね。
みんなで頑張っていこう!』
 この程度の文章で不安が無くなるはずもないが、携帯電話を引き出しに入れたときにドラマの主題歌の着信メロディーが流れた。
『ありがとう。勇君は優しいね』
 そんなこと無いよ。と返信しようか迷ったけど恥ずかしいから止めることにした。

       

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Neetsha