Neetel Inside 文芸新都
表紙

ファーストステップアップ
VS 兄貴

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 文化祭のリハーサルには呼ばれることがなかった為、麻美子と充は放課後は僕のクラスに集まってきて、箱でデビューについて話をし始めた。
 結局僕たちの地道な抗議活動は受理されず、先生達の決定を覆すことが出来なかった。
 悔しいが仕方ないことなので、僕たち三人はライブハウスデビューのことだけを考えることにした。
「やっぱりデビューはオリジナルの曲で飾りたいよね」
「オリジナルは受けないかも知れないからな。無難にコピーで良い気もするぞ?」
 昨日麻美子は遠回しに不安と言っていたが、オリジナルの僕たちだけの曲で勝負したい、と言っている。
 その反面、充は安全な道を選んで、ゆっくり有名になっていこうと思っているらしい。
 今回は充の意見に賛成だ。第一、オリジナルの曲を作るなんて簡単に出来ることではない。僕も一度、ギターでコード進行から作って作詞までした事があるが、簡単なことではない。
 第一僕のは弾き語りだが、バンドでやるとなると、ギターパートとベースパート、ドラムのパートまで作らなくてはならない。演奏だって完璧にするには時間がかかる。オリジナル曲が出来てからだと、ライブハウスデビューはかなり先となる。
 「オリジナルの曲でデビューするって言っても、誰が詞を書いて、誰が作曲する? 俺以前曲作ってみたけど、簡単な事じゃないんだよ」
少しきつく言い過ぎたかも知れないが、充は僕の賛成に感謝してるようだった。その代わりに麻美子は泣きそうな顔をしている。
 「一度作ったことあるなら、その曲今度聞かせてよ。その曲が良かったらみんなで改造して、演奏できるようにしてデビューすればいいじゃん。そんなにデビュー急ぐ必要もないでしょ」
 麻美子の猛反撃が始まった。追いつめられた奴の捨て身の反撃ほどかわしにくいものはない。
「別に急いでる訳じゃないけど、俺の作った曲なんてたかが知れてるし」
 反撃をもろに喰らった僕の発言はとても弱々しかった。
「確かにデビューを急いでる訳じゃないしな。俺も勇の作った曲に興味あるな」
 充も猛撃を喰らい、麻美子側に付いた。どうやら僕の作った曲を披露するときが来たようだ。
 僕の曲を聞くために、充は自転車を手で押しながら、三人は制服のまま僕の家に下校することにした。
 が、さっきから後ろに続く、緑色のネームプレートを付けた三年女子のグループがうるさい。
 少し聞き耳を立てているが、僕たち三人を見て大はしゃぎしているようだ。どうせ麻美子と充の噂が本当だったんだ、とでも思っているのだろう。
 麻美子は僕が後ろを気にして会話に加わらない事を気にして、後ろの連中に聞こえるように大きな声で言った。
「馬鹿な奴に構ってるのは時間の無駄だって、何言っても分からない人間なんだから。そんなことで時間を無駄にするなら、もっと有効な話をしようよ」
 ぞろぞろと歩く馬鹿な連中に聞こえたのか、急に静かになった。そのせいか僕たちの声が逆に大きく聞こえる。麻美子は僕が思っているよりも全然強いのかも知れない。
 校門から出たところで馬鹿な奴らを振り切って、三人で僕の家に入った。母親も兄貴もいないようで鍵が掛かってた。教科書でふくらんだ背負い鞄を下ろし、鍵を探す。
 鍵がどうにも見つからず、セカンドバックの中を乱暴に漁るが、やはり鍵はない。以前いつ使ったかを考えてみるが、見当もつかない。素直に鍵がないことを二人に謝る。
 いつもならじっと待っているのだが、麻美子と充のことがある。こんな寒いところで待たせておくのは忍びない。母親でも兄貴でもいいから速く帰ってきた欲しい。そう思い始めてから十分近く経ち、兄貴が家の前に姿を現した。
 二人は僕の身長を十センチぐらい伸ばしたそっくりな男を見て、一目で僕の兄貴と分かったのだろう。
 二人は前座で演奏させて貰えることの礼を言い始めた。
「こんにちは、初めまして大林充です。ええっと、勇君のバンドでベースやらせて貰ってます。前座の件ですが、本当にありがとうございます。それから、以後よろしくお願いします」
 嫌に丁寧な話し方をする充だった。充は年上、または恩人に対して、しっかりとした礼儀を持っている男なんだと改めて思った。
「初めまして、宮部麻美子と言います。勇君のバンドでヴォーカルやらせて貰ってます。endless startの方々に迷惑をかけないように精一杯頑張りたいと思ってるのでよろしくお願いします」
 麻美子も充同様だった。しっかりと人間が出来ている。
 兄貴は俺の方を見て、嫌みったらしく言った。
「こりゃあまたどっかの中学三年生とは違ってしっかりしてる。まあ俺はキミたちにチャンスを与えただけだからな、それをどう使うかはキミたち次第だよ。けど三人なの? ベースに、ヴォーカル、どっかの馬鹿がギター。ドラムの子は?」
「まだいない、今探しているところ」
 僕が素っ気なく答えると麻美子が丁寧に言い直した。
「まだいません。私たちも活動し始めたのも最近なので。現在ドラマーを探してるんですけど、やっぱりドラムは音とか置く場所とかの関係なのか、やってる人がいないんですよね」
 兄貴は、麻美子から目をそらして、一度俺の方を少し見て、また麻美子を見て話し出した。
「やっぱりしっかりしてるな。どっかの馬鹿ギタリストとは話しちゃいけないよ。馬鹿になるからね。ドラムやってる人って案外身近にいない? 吹奏楽部とかさ」
「何自分のこと言ってんの? 馬鹿ギタリストなんて兄貴以外いないでしょ?」
 言われ放題の僕はタイミングを外したが、反撃に出た。兄貴はやれやれといった感じの身振りをした。悪口を言わなければ僕だって素直にいい兄貴と思えるのに、いつも一言多いのだ。 
 兄貴がポケットから鍵を取り出し、ドアノブに手をやると、麻美子が聞いた。
「こんな事聞くのはどうかと思うんですけど、オリジナルの曲を演奏した方がいいと思いますか? それとも無難にコピー曲で盛り上げた方がいいと思いますか?」
 兄貴は鍵をひねり、鍵を開ける。
「そんなことはバンド内で決めればいいよ。部外者に聞くことじゃないでしょ。けど俺が客ならコピーの方がいいね。オリジナルの曲を披露するよりも盛り上がれる可能性が高いからね。まあコピーバンドってイメージが付くかも知れないけど、オリジナルで勝負するにはまだ早いし、客だっていきなりオリジナル聞かされたって反応に困るでしょ」
兄貴はちょっと意地悪な回答をした。なんだか僕と麻美子じゃ対応が全然違って少しずるい気がする。
「そうですよね」
 麻美子が相づちを打つのを聞くと兄貴は、扉を開けて家の中に入っていった。
 確かにライブハウスで演奏する、と言うことは客のことを考えなくてはならない。僕たちが満足できればいい、と言うわけではないのだ。
 僕の部屋にはいると麻美子は少し残念そうに言う。
「やっぱり勇君のお兄さんの言う通りかもね。そうなるとやっぱり私たちを認めてくれた、あのドラマの主題歌を演奏することになるのかな?」
 多分そうだろう。あの曲一曲だけならば、今週は文化祭で忙しいとしても、来週の土曜日にデビューすることが出来る。そう考えるとなんだか、うれしさ半分緊張半分と言った何とも言葉で表しにくい気持ちになる。きっと麻美子も充も僕と同じ気持ちなのだろう。 三人でデビューについて盛り上がっていると、隣からエフェクターでかなり歪ませたギターサウンドが聞こえてくる。どう考えても僕たちに聞こえるように弾いているようにしか思えない音量で。
 兄貴は何とも幼いのだろう。自分の腕を他の人に認めて貰いたくて仕方がないのだ。ここらに地区にはendless startのファンが一杯いるのにまだ満足してない、と言うことだろう。けど満足しないから僕と違って上達し続けるのかも知れない。なんだか少し悔しい。 隣からの騒音のおかげで僕たちの会話がとぎれた。二人とも隣から漏れてくるギターサウンドに耳を傾けている。
「隣の部屋覗いてもいいかな?」
麻美子が言い出したが、充も俺も見たいな、と言う顔をしている。
「良いと思うよ、多分兄貴も自分の腕を見て聞いて貰いたいんだと思うし」
 そう言うと部屋を出て、僕を先頭に二人が続き、隣の部屋に入っていった。
 予想通り兄貴は待ってました、と言わんばかりにご自慢ギブソン製レスポールを構えていた。僕たちが入った瞬間、兄貴のミニライブが始まり、僕の曲を聞きに来た観客をとられた。
 家から帰ってくるまでまで自分の曲を披露することを恥じていたが、二人を取られたみたいでそんな恥じらいも消えた。ここで二人を振り向かせるには、オリジナルの曲を弾くしかないだろう。
 やっぱり兄弟。僕もどうやら兄貴と似ているところがあるようだ。
 二人を残したまま、僕はミニライブで盛り上がる部屋を抜けて、自分の部屋に入り、ギタースタンドからストラトシェイプを持ち上げ、チューニングマシーンを使って、しっかりと音を合わせる。シールドでエフェクターとアンプをつなぎ、アンプの電源を入れる。
 いつもよりも大きめの音量にして、オリジナルの曲を弾き始める。
 五弦、四弦を使ったパワーコードでの前奏。力強い歌い出し、ピッキングに気を配ったコード演奏。音程もしっかり取れている。AメロBメロと歌い終え、短いギターソロが入る。僕が弾ける曲のギターソロを混ぜた適当なものだが、さまになっていると思う。ギターソロが終わり、隣の二人は兄貴のミニライブから抜けだし、僕のライブの観客となった。
 観客の出現と共に、僕は一気に加速する。短いサビを歌い終え、僕の曲、first step upの演奏が終わる。今までで最高の出来だ。
ストラトシェイプをスタンドに立てかけると、二人の拍手が聞こえた。自分の曲で初めての勝ち取った観客の拍手だ。
 扉の方からも拍手の音が聞こえる。見てみれば兄貴がドアを開けて僕を見ていた。
「格好良いねえ、ギター・ヴォーカルですか。なんだか今日は勇にやられた気分であんまり良い気がしないけど、意外な勇を見れたから良いかな?」
 兄貴は遠回しに勇、凄いな、と言っているのだ。素直に言ってくれたら僕も兄貴の見方を変えるだろうに。
兄貴はそう言うと黙って部屋に戻り、二人からfirst step upについて色々と聞かれ、結局この曲にベースパートとギターパートを付けて、デビューを目指すことになった。
 ベースパートを考えるためと、麻美子がしっかり歌えるようにするために、first step upを録音をしたらどうか、と言う話が出たが、録音できる機材がこの家に無いため断念した。
 次の機会に麻美子の家のパソコンで録音することになった。
 いつもと違い学校帰り直接僕の家に来ているので、二人は制服姿だ。制服姿で暗い時間帯を出歩くのは人目に付くので、二人は五時になったばかりだが、帰ることになった。

       

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