バタバタバタバタ
ヘリコプターの音はどんどん近づいてくる。
ビリッビリビリッ
やがてローターの風圧がアパートを揺らし始めた。
楓ちゃんが立ち上がって窓から外を見る、とエプロンから突き出たお尻と太ももがアパートの揺れに合わせてプルプルと小刻みに震えている……これは目のポイズン。
「お兄ちゃん、向かいの公園に降りたよ!
あれ? 目を瞑ってどうしたの? 寝たの?」
「まぶし過ぎるからです……ハイ
それにしてもこんな所にヘリコプターなんて、どこかの救助かな?」
「わっ!うそ!
ヘリコプターから澪奈さんと希春さんが降りてきた!!
こっち来てるよ」
「え!!楓ちゃん!!着替えて!着替えて!!
その姿見つかったら大変だよ」
楓ちゃんはキッチンとの間仕切りを閉めて玄関を気にしながら慌ただしく服を着始めた。
僕に見えないように着替えてよ……
それにしても、どうして二人が??
カンカンカン!!
外階段を駆け上がる音がすると
ピンポン!!ピンポン!!ドンドン!!
ガチャ!!
「牧野先生!」「ヒツジくん!」
澪奈さんと希春が部屋に飛び込んできた。
澪奈さんが
「え?楓ちゃん……?」と声をあげる。
「助けて!お兄ちゃんが!!お兄ちゃんが……」と楓ちゃんが澪奈さんの胸に飛び込んで泣き出した。
楓ちゃんは無理をして張っていた緊張の糸が切れたようだ。
澪奈さんは楓ちゃんの頭を優しく撫でながら
「何があったか知らないけど、もう大丈夫よ」と慰めていると、希春がベッドに駆け寄った。
「ヒツジくん、どうしたの?」
「希春……助かったよ、ありがとう。実は……」と事情を説明した。
希春は
「え! 大変! ここ避難勧告が出てるし連絡が全然取れないから心配になって、澪奈さんと相談してヘリをチャーターして様子を見に来たの!
でも、もう安心よ、ヘリで病院に連れてくから♪
楓ちゃん、ヒツジくんを運ぶから近所の男の人読んできてくれる?」
「うんっ!」
そして近所の人たちの手によってシーツを担架代わりにして僕はヘリコプターまで運ばれた。
生まれて初めてヘリコプターに乗るのにシートに寝かされたままで外は見えない。
フィーン↑グォーン↑
機体が浮かぶ感覚がずしりと背中に感じた途端、僕は気を失った……
バタバタバタ
目が覚めると、見知らぬ天井が見えた。
まるで豪華なホテルの部屋のようだが、天井にはベッドを囲うようにカーテンレールが取り付けられている。
ここはどうやら希春の言っていた病院の個室らしい。
腕には点滴の針が刺さっている。
酷かった疲労感は消えていたので起き上がろうとしたが、体は少ししか動かない。
「ヒツジくん!!」「牧野先生!!」「お兄ちゃん!!」
希春に澪奈さん、楓ちゃんが僕の顔を覗き込む。
「ヒツジくん、ここは海皇病院のエグゼクティブ病棟だから安心して。最高の医療を受けられるから」
「僕は大部屋でも構わないんだけど」
澪奈さんが
「意識もしっかりしてる、良かった!
すぐ担当のお医者さんを呼んできます」と言って部屋を出た。
しばらくすると、優秀そうな若い男性医者が入ってきた。
眼鏡を中指でクイッと上げ
「どうも担当を務めさせて頂く医師の結城です」と頭を下げる。
「どうも、お世話になります。
あの……僕はどこか悪いんですか?何の病気です?」
「精密検査次第ですが、おそらく重度の自律神経失調症です。
過度のストレスの蓄積が台風の低気圧に誘発されて劇症化したものと思われます」
「そ、そんな……難しそうな病気、直るんですか?」
「直ります。しかし現代医学でもどうすればいつ直るかまでは解明されていません。
何かストレスを覆すような癒しを得るか、地道にストレス原因を探して一つ一つ潰していくしかありません」
「そうなんですか……」
「何か思い当たるようなストレス……例えば、これまでと違う生活の急激な変化は最近ありましたか?」
僕は澪奈さん達を見て
「あの、お医者さんと二人きりで話したいので」と言って退出してもらった。
そして
「その、生活の変化が色々ありすぎて何から話せば……
えーと、まずライトノベルの賞を突然もらって……」と僕はカミナリ大賞を受賞してから現在までの経緯を正直に話した。
結城先生は腕を組み
「なるほど、それで美女に美少女に囲まれて困っている……という訳ですか」
「困ってると言うと語弊があるのですけど、今まで地味に目立たないように生きて来たので急激な変化に心がついて来れない所があって」
「ははは、いいですね。実にうらやまけしk……いえ、羨ましい状態ですね。
実はですね、先週金曜に牧野さんをカミナリマガジン社の前で偶然見かけましたよ。
いや実にモテモテ状態なのに美少女や美人、それに藤咲希春の手を振りほどいて地下鉄に向かった所を」
「え!?あの場面見られてたんですか!!恥ずかしいな。
そうなんです、あんな事がしょっちゅうでなかなか以前のような落ち着いた生活が出来ないんです」
「しょっちゅう……」と結城先生は呟くと僕に顔を近づけて
「牧野さん、いや牧野先生、いや師匠と呼ばせて下さい!!
私もぜひモテモテになりたいんです!!!
どうやったら師匠のようにモテまくれるんですか!!!
その秘訣を伝授して下さい!!」と何度も頭を下げる。
何だか結城先生もストレスたまってそうですけど……
「いや偶然というか、何がなんだか僕にもさっぱりで。
ただ新都社に投稿していただけなのに」
「にーとしゃ……?
何ですかその不快感満載の名前は?」
「マンガや小説の投稿サイトです。僕がそこで小説を連載したのがそもそもの始まりで……」
「それがモテの始まりなんですね!?」
「ま、まぁ……大元をさかのぼれば」
結城先生は
「見つけたりッッ!!我が道ッ!!
どういうサイトなんですか?
投稿はどうするんです?
色々と教えて下さい、師匠!!」と事細かに尋ねた。
後に結城先生はニートノベルで『オレが男の娘の夢を叶えるまでの過程がバグってる件』を連載するのだが、それはまた別の話である。