格闘衝動(※再々掲)
第11話『観戦衝動』
入院生活は二か月弱で終わり、ホテル生活がまた始まった。
俺は相変わらず朝から晩までジムで鍛える日々だった。朝六時に起きてジムまで走って通い、午前中はトシとのスパーリング、昼飯を食って仮眠をとり自主トレを流してから夕方のプロクラスの練習に参加し、その後にまたトシとスパーリングするというのが生活リズムになった。飯も三食山ほど食ったし、クソまずい外国製のプロテインも毎日我慢して飲んだ。地下に体重制限はないので、それを考えれば楽だった。
週に一度はトレーニングをしない休養日が設けられた。
「筋肉は適度に休めんとな。徹底的にボコったほうが反動で強なるけど、やりすぎで自前で息の根止めるんはアホやで」
ジムでのハードトレーニングは休んだが、苛立ちを消すために半日はコンクリ相手に部位鍛錬に充て、残り半日は図書館に籠って格闘技関係の書籍を読み漁った。手足の痛みは麻痺したが、慣れない活字は頭が痛い。だが、必要なことだ。まだ見ぬクソ野郎の武術家を初見でぶっ殺すには相手を知る必要がある。
ユキトとの乱闘の件はむこうも喧嘩を買ったので不問とされたが、次に問題を起こしたら俺はジムを出禁になるという約束になった。で、当の本人がジムの練習に復帰したのは顔面に膝を喰らった一週間後だった。復帰してからしばらくはスパーリングをやろうとはしなかったが、さらに一週間後には再び俺の関節を極めていた。もっとも俺は律儀にジム内でのルールを守っていたので、総合ルールの範疇での喧嘩の話だ。
「なんだよ、頭でも打ったか」
ユキトにそう言われたが俺は無視した。打撃ありのスパーでアウトボクシングを使われ一方的に殴られても、寝技で関節を何回喰らってもひたすら耐えた。最初のうちはいつものように煽ってきたユキトも、こっちがうんともすんとも言わないので、どんどん訝しげな顔になっていった。しまいには、俺のスポーツドリンクをめんつゆに代えたり、タオルを雑巾にすり替えたり挑発が明後日の方向に向かっていき、さすがにヤクザよりもヤクザっぽいジムの会長に「何遊んでやがる」と怒鳴られていた。俺はそれを黙って見ていた。
俺はユキトの的外れな挑発を一種の試練だと考えていた。
俺は自分をコントロールできるようになるべきだ。それはあえて制御すべきでない部分、例えば攻撃性を現在のレベルで保ったまま、必要な部分をのコントロールするという意味だ。ルールに縛られているからこそ、総合は己と相手をコントロールすることに対して深く追及する方向へと進化してきた。短絡的に相手を破壊すればいいという俺の不完全な空手とは違っている。競技格闘技は必ずしも全ての面で実戦格闘技に劣っているわけではないのだ。特に『強くなる』という過程においては、その理論から得るものは多い。
それを学ぶことは、かつて親父から学びきれなかった古流空手の技へと繋がる道だと俺には思えた。人から学ぶことは恥ではない。俺は敵を喰らいその分だけ強くなるつもりだ。ジムの連中を血祭に上げる予定には変更はなかった。
一方で、俺は自分の腹の底で肥大化した悪性の腫瘍を、より強く認識するようにもなっていた。血を渇望していたのだ。何せ、人生で一か月以上血を見ないということはこれまで一度もない経験だったのだ。それが数か月も続くとなると、もはや頭が狂いそうだった。
俺はジムの練習の後、こっそり街に出てチンピラに喧嘩を売って憂さを晴らそうとしたが(ジムの外で問題を起こすなとは言われていない)、もはやそこに俺の求めているものはなかった。やはりあの場所でなくてはいけないのだ。有刺鉄線の巻かれた檻に、コンクリの床。まだ新しい血の匂い。そこに誰かの頭蓋骨が砕けるまで何度も叩きつける。気が付けば毎晩そんな夢を見るようになっていた。
俺は地下のケージに焦れていた。
結局のところ、俺は金髪の提示した半年という期限よりも一か月早く地下に舞い戻ることになった。
その日も俺は練習が終わったあと、街で少しでも上等なサンドバックがいないか探していた。俺にとって、地上を歩く生身の血袋はどれも脆すぎた。そんな雑魚でも相手に一撃必殺を体現したところで、何の感慨も湧かない。
俺の期待は、例のハエ野郎に出くわすことだった。
やつとの力の差が埋まったという確信はなかったが、他に手頃な相手もいない。トシに挑めば結果に拘わらずジムを追い出されるし、口原と戦うには探す手間がかかる上に地下を仕切るヤクザを敵に回してしまう。どうせ勝てる見込みがないのだから、挑むなら損のないほうがいい。俺らしくもない後ろ向きな打算だった。
そんなダサいことをしているせいなのか、やつは全然見つからなかった。対峙したときと同じだ。やつは俺の拳を煙のように交わし、今はその影すら見つけることができない。これがやつとの力の差なのか、持っているものの違いなのか。俺は精神に不調をきたして、ナーバスになりすぎていた。
人混みで声をかけられたのはそのときだった。
振り向くと、見た顔があった。ヤブ医者のおっさんだ。
「おお、坊主じゃねぇか。久しぶりだな」
地下の医務室での白衣とは違い、おっさんはいかにもパチンコ屋や競馬場に入り浸ってそうなニット帽とジャンパーを身に着けていた。なぜか顔に湿布や絆創膏を張っていて、理由を聞くと「夫婦喧嘩だ」と返ってきた。
「ださっ」
「うるせぇな。お前こそ試合の怪我は大丈夫なのかよ」
「とっくの昔に治ってるよ」
「トシのジムにはまだ行ってんのか」
「うん、まぁな」
「へぇ、お前にしちゃ意外と続いてるな。やっぱボロカスにやられたのが効いたのか」
「うるせぇよ。それよりおっさん、飯おごってくれよ」
「勘弁してくれ。最近、負けがこんでて金欠なんだよ。それにこの後予定もある」
「なんだよ、家族サービスか」
「……そんなんじゃねぇ。いつものやつさ。今夜のは絶対外せない対戦カードなんだ」
「まったく懲りてねぇな。大人しく俺が帰ってくるの待ってたほうがいいんじゃねぇのか」
「今日のはマジで外せねぇ大一番なんだよ」
「ジャンキーじゃねぇか。いいけどさ、勝ったらおごれよ」
「いや、まぁ、それはちょっとな。飲み屋のツケとかが溜まってっから、今月は余裕ねぇんだ」
「だせぇぞ、おっさん。男なら大穴狙って借金なんて一発でチャラにしろよ」
「ははっ、まぁ、いつもならそれもありかもしれねぇけどな。今日は別だ。大穴なんて馬鹿しか狙わねぇ」
「そんなに強いのか」
「当り前だ。今日出るウィンは『四天王』なんだからな」
「何だそりゃ」
「ああ、お前は知らねぇのか。地下のチャンピオンみたいなもんだよ。あんまりにも強すぎて年間の試合数を制限されてんだ。あいつらは普通のルールじゃやらない。『けじめ」と同じさ。どれぐらいの時間で勝つかを賭ける。そうじゃなきゃ賭けとして成立しないんだ。『上』レベルだって言われてるやつらさ」
「……へぇ」
その時点で金髪から課せられた残り八勝の相手の中に『四天王』が含まれるのは俺の中で確定事項になっていた。普通ならもっと勝ち星を重ねて地下で名を売るだとかでそいつらへの挑戦権を得ることを考えるのかもしれないが、俺はもっとシンプルなやり方をすでに思いついていた。思えば、それは近頃の鬱憤が原因だったのかもしれない。
「……なぁ、おっさん。おごるのはいいから、今から一緒に地下に連れてってくれよ。そいつの戦いを見てぇんだ」
そい言いながら、俺は自分の顔が自然とニヤついていることに気が付いていた。この数か月間、ジムで自分をコントロールすることを学んでいたはずだが、どうやらまだまだだったらしい。
こんな楽しいことを前にして我慢なんてできるはずがない。
久々の地下は、思ったよりも薄暗い気がした。
いつもと違ってスポットライトが当たるリングではなく観客席にいるからだ。入り口の券売所で、受付の若いやつが俺の顔に気が付いた。
「あんた、拳法家とやった中学生だろ。しばらく見ねぇから、死んだのかと思ってたぜ」
「あれくらいで死んでたまるかよ」
「前の戦い、マジで痺れたぜ。なぁ、地下に帰ってくるんだろ。いつやるんだよ」
「まぁ、待ってろよ。復帰戦は確実に盛り上がるから」
なにせ、今日はそのために来たのだ。
他人の戦いをゆっくり見るのは初めてなせいで、なんだか不思議な気分だった。離れた場所から見るケージはやけに小さい。周りの観客は熱狂していたが、俺はいまいちノれなかった。やはり、自分の場所はこれの中心だ。
その夜は三試合が行われた。一戦目は喧嘩自慢とボクサー崩れ。序盤はボクサーが有利だったが、喧嘩自慢がボクサーを押さえこみマウントをとってボコボコにして三十秒ルールで決着。二戦目は柔道家と元プロレスラーで、一度柔道家の一本背負いが決まったが肩から落ちたせいで決着はつかず、片腕が使えなくなったレスラーがタックルで有刺鉄線に相手を押し込み、そのままプロレスらしい流血まみれの大げさな勝ち方をした。二試合とも、勝ったのは体格がデカいほうだった。負けたほうも技術はあったが、体格差を覆すには一段階格の違う武器が必要だ。
問題は三戦目のメインイベントだった。
挑戦者は体格のいい横幅のあるデブだった。坊主頭に切れ目の髭面。背中に二匹の龍が互いのはらわたを喰らい合う血生臭い紋々がある。
「おっさんみたいな体型だな」
「馬鹿言え――俺のは全部皮下脂肪だよ」
そう言いながら、おっさんは自嘲的な笑いを顔に浮かべていた。聞けば、挑戦者は暴力沙汰で角界を追放になった元力士だという話だ。肥満というよりは、いわゆるあんこ型(相撲における丸く肉付きのよい体型の呼び方)と言うのが適切だろうか。厚い脂肪の上からでも、筋肉の量が見て取れた。
力に士(ひと)と書いて力士と読む。その名が表す通り、相手に与える瞬間的な圧力で言えば、相撲は全格闘技の中で間違いなく最強だろう。
テレビ向きの格闘技の世界で力士がいまいち活躍できていないのは、環境とルールが力士の特性と一致していないからだ。土俵に比べ総合や立ち技格闘技のリングは数倍広く、一瞬で勝負が決まる相撲よりも試合時間は長い。体力の削り合いという側面を持ったスポーツ格闘技に、純粋な相撲では対応できないのだ。
しかし、地下のケージでは事情は違ってくる。ここは四方を有刺鉄線に囲まれ床はコンクリだ。つまり押し込みや投げが一発逆転になりえる。ケージは土俵よりも広いが、地下には時間切れの判定勝利はなく、おまけに攻める気なしと見なされれば三十秒タイマーが作動する。ここで相撲から逃げ続けることは地上のリングに比べ格段に難しい。
『四天王』とやらがこの相手をどう捌くのか。俺はかなり興味を持っていた。
リングを照らしていたライトが一瞬消え、辺りが闇に包まれた。ありがちな演出だった。素人のリングアナウンサーが何かを喋ったが、歓声に掻き消されてしまう。いつも通りだったが、心なしか俺が今まで浴びたものより大きな熱狂のように思えた。気に入らないが、それぐらいの相手でなければ意味がない。次にライトが点いたとき、その先にやつはいた。
浅黒い肌に、黒い短髪。
ギョロりとした目玉は、右側が異様に外側を見ている。生まれつきの斜視ではない。全身に広がる無数の傷跡を見て、俺はそれが戦いによる後遺症だと確信した。
ウィンと呼ばれるその男について、俺はすでにおっさんから聞いていた。やつの生まれはこの国ではない。日本海を渡りアジア大陸を南下した、インドシナ半島西部に位置する国ミャンマー。そこには立ち技最強と言われるムエタイに近いルーツを持ちながら、頭突きや時には金的すらも認められKO以外の決着がないという、より実戦的な古式格闘技が現存している。
名は、ラウェイ。
ビルマ語で『闘争』を意味するその技は、相撲と同じく伝統と神への信仰を重んじる。
護身のためでも戦争のためでもない、史上最も『賭け』のために血を流してきた格闘技。その使い手が極東の島国にあるヤクザが仕切る賭博場で『四天王』として君臨しているというのは、ある意味自然の成り行きなのかもしれない。
ラウェイこそがこの地下における純正。
牙を剥きだしにしたようなやつの笑みからは、そんな自負が読み取れた。闘志と殺意に溢れた貌だった。だが、相対する者との明らかな体格差も厳然たる事実だ。
「マジで勝てんのかよ。ウェイトが違いすぎだろ」
ウィンの目線の高さは、向かい合う力士の首の辺りにあった。よく絞られてはいるが、その身長は平均的に日本人よりもさらに小柄とされる東南アジア人のそれだ。階級制のない、瞬間的な力の開放を極限まで追求しデカくなることを許された力士の肉体に対して、文字通り重すぎるハンデがある。俺の疑問におっさんはこう答えた。
「あいつは自分より圧倒的にデカい相手ばかり倒して名を上げてきたのさ。『四天王』の中でも新参だが、一番人気がある。『下』のナンバーワンさ」
天井から吊るされたケージが降りてくると同時に、力士は腰を深く落としていた。拳を地に着き、前傾した相撲の仕切り(構え)は、原理としては陸上競技のクラウチングスタートに似る。スポーツ科学が発達するずっと以前に、相撲は前方への急加速に最適化されたその構えに辿り着いていた。それに対し、ラウェイの闘士は背筋を伸ばし、両腕を高めに構える。対照的に重心は高い。倒そうとする相撲に対し、その構えは悪手だ。
睨み合った両者はそのまま微動だにせず、ケージが降りるのを待っていた。勝利を祈るラウェイダンスを披露することも、清めの塩を撒くこともない。それぞれに古い伝統を持つ格闘技を体得した二匹の闘犬は、共にその格式に背を向けていた。信じるものは己の肉体と技のみ。
ケージが降りたとき、先に距離をつめたのは力士のほうだった。
巨大な体躯に対し、異様とも思える瞬発力。
試合開始直後、いわゆる立ち合いに分があるのは相撲だ。超短期決戦を旨とする相撲では、開始の瞬間に勝敗の八割は決すると言われている。止める者のいない実戦においても、その考えは正しい。
力士は殺すべき相手をその限られた間合いの内に完全に捉えていた。
一撃目は、右の突っ張り。相撲の代名詞とも言われる剛の打撃。それがウィンの胸を突いていた。拳と違い開いた掌の付け根を用いるその打撃は、身体の内に重く響く。
突っ張りにはダメージを与える以外にもう一つ、相撲本来の狙いがある。斜め下から打ち上げることにより相手の上体を反らせることだ。土俵の上なら、それは相手の重心を持ち上げ安定を崩す布石となる。同時に殺しの布石にもなりえる技だ。相撲の実戦性は、肉体的な優位だけではない。
相撲には急所攻撃が存在する。
狙うのは、相手の喉。
喉輪と呼ばれる技は、親指と人差し指の間を相手の首に添えて押す。突っ張りと同じ速さで喉に入った力士の左手は、そのまま首を掴み取っていた。土俵の上なら掴みは反則だが、この地下においては相手の動脈と気管を潰す攻撃へと派生する。
勝負は決していた。
力士は組み付くことには拘らず、あえて打撃を挟むことで得てして相手を捉えることに繋げた。相撲の投げに警戒されることを見越した上での作戦だろう。その戦法自体に穴はない。
ただ一つの誤算は、ラウェイの戦士が持つ人外のタフネス。
裸拳が前提となるラウェイにはグローブ有りのような効かせる打撃は存在しない。痛みを与え、破壊する打撃。それは俺の古流空手に通じるものがある。同じなのだ。殴り殴られ続けた果てに、やつは俺と同じように痛みに対して生理的反応を超えて耐える術を身に着けていた。首を掴まれた瞬間の一瞬の間、そして勝ちを確信した力士の心の隙を、やつは見逃さなかった。
片方の喉が潰されると同時に、もう片方のこめかみをラウェイの肘が打ち抜く。
力士からは血しぶきと苦痛の声が飛び、ウィンは笑った。
相打ちに近い打撃の刺し合い。だがダメージにひるんだ者と、そうではない者の差は明確だった。次の瞬間には、ウィンの片腕が力士の後ろ首にかかっている。
奇しくも、それもまた『相撲』と呼ばれる技だった。
密着状態において、首を起点に相手をコントロールする東南アジアのテクニックはこの国では首相撲と呼ばれている。押し倒すことを誉れとする相撲に対し、首相撲は腕で首を引き立ったままの相手を操る。現代格闘技に広く取り入れられた優れた技術だ。しかし、それだけで力士に対する体格の不利を埋めるものではない。身長差がある上に、力士の首は太く強靭だった。首相撲は梃子の原理を応用して相手の首を下げさせるが、圧倒的な体格差はテクニックを容易く覆す。現代格闘技のほとんどが階級別である理由がそれだ。
尋常な技ではそれを埋めることなど到底適わない。
そして、その男は尋常ではなかった。
片方の腕は首、もう片方は頭。その親指で目玉を突くと同時に、膝が股間に打ち込まれている。その場の思いつきではない、十分に修練された動作だった。恐らく本来のラウェイにもない、やつのオリジナルの技術に違いない。
二点同時の急所攻撃により、力士の頭が深く下がる。通常であれば、そこから相手の胴へ膝を打ち込むのがセオリーだ。相手が頭を上げればひじ打ち。頭突きが解禁されたラウェイならさらに選択肢は増える。この体格差なら、そうやってダメージを重ねるしかない。それが現実だ。
正直言って、やつの攻撃は俺の発想を超えていた。
同時に、やつがこの地下で最も人気のあるファイターだという理由も理解できた。リングの上で戦うやつと同じように、それを見る俺の顔も笑っていた。我慢はできなかった。
やつは目玉に親指を突っ込んだままの手首を自ら膝で蹴り上げた。
俺の耳は周囲の歓声の中に異様な音を聞き分けていた。確認するまでもなく、その指先は眼窩の底を破りより深くへと達している。
脳への直接攻撃。
その前には、あらゆる体格差が無効となる。
崩れ落ちる相手から引き抜いた親指の関節は、異様な方向に曲がっていた。試合開始からは三十秒も経っていなかった。相撲の立ち合いにも似た短い攻防を制したのは、力士ではない。血生臭いラウェイの歴史の中でも、最も深い血溜まりの底を住処にした獣。それがウィンという男なのだ。俺はすっかりやつが気に入ってしまった。歓声など耳に入らない。
我慢はできなかった。
勝敗が決し、吊り下げ式のケージが上がったリングの上に立っているのは、一人だけではなかった。『四天王』と呼ばれる強者と、もう一人。新たなる挑戦者だ。
「――滾った」
思わず、そんな言葉が口から漏れた。
観客をかき分け、俺はリングの上に上がっていた。