「くしゅんっ!」
……。
「……しゅんっ!」
……。
「……ふ……しゅんっ!」
……うー。
くしゃみが止まらない。とどまるところを知らない。花粉……花粉が……。
もう! これだから杉は! 杉のやつは! 母なるガイアも、杉林を育む前に私を育んでよ! 杉は もう じゅうぶん つよい! 私超弱い!
どうしたらよいのです。人類で最初に花粉症を患った先人を恨めばよいのですか。まーまー治療不可のステータス異常を後世に遺してくださいまして。ほとほと愛想が尽きますね。このままではいささか先走って杉良太郎が嫌いになります。せっかくなので、ひと思いにおすぎも嫌いになります。
それとも、これ案外バラモスの戦略の一環だったりして? だとしたら敵ながらアッパレですよ。世界を、けっこうまんべんなく苦しめてる。
こうなっては一刻も早い新呪文の開発が待たれます。全国の花粉指数を軒並み下げる。そんな画期的な新作。まるで魔法のような魔法。いちまほうつかいの見解としましては、ラナ系の辺りが狙い目ではないでしょうか。開き直って、いっそ春と秋を逆転させてしまっても構いませんよ。道のりは果てしなさそうですが、ラナルータを極めに極めれば。あるいは。
なんてな事を考えていたら、ああー……。また。来ました。鼻が。むずむず……。目が。 かゆいかゆい……。
さっきからより一段と酷い有様なのは、外を歩いてるせいかな。私が思っているよりずっと、今や外の世界は花粉に牛耳られて……。
「大丈夫?」
「あ、勇者ママ」
「花粉症? つらそうね」
差し出される白いハンカチ。花粉のせいで涙ながらに生きている私を見かねたのでしょう。
「済みません。ありがとうございます」
「この時期は大変でしょう」
「はい。とんと、呼吸したくないです」
と言ったところで、花粉急襲。「ふぇ……」
もう止まらない。誰にも止められない。「しゅんっ!」
ううう……失礼しました。
「あらあら……クス……」
わ、笑われた! クスって。今。クスって。された!
え。ひょっとして。私、くしゃみ、変ですか? 下手ですか?
「あ……違うの。ごめんなさいね。あなたを見てたら、ちょっと思い出しちゃって」
「? 何をですか?」
「私の“知ってる人”も昔から花粉症に悩んでるんだけどね。似てるなー。って」
「へぇー」
それはさぞや、かわいくておしゃれな女の子だったんでは。視線が集まる、そんな女の子だったのじゃないでしょうか。アイドルファンシー。
「よく言ってたわー。『もし自分が魔法使いだったら。炎の呪文で杉林をあらかた焼き払ってやるのに』」
「……また、とんでもない解法に至っちゃいましたね」
よほど壮絶な花粉症を抱え込んでいたんでしょうか。その人のこと知らないですが、なんと過激な発想の転換。自然保護を目的とする団体から、猛クレームされそうです。ウドラーから被害届け提出されそうです。
私は、そこまであらくれものではありません。……ありませんよ?
「うふふー」
勇者ママは私の顔を見て、また笑います。何だかとても楽しそうに。
?? やっぱり、私どこかおかしいのかな。くしゃみのし過ぎで、お顔のパーツが散らばっちゃった? そんなバカな。身体を張って、福笑い? バカな……。
――あっ。いけない。
「そろそろ行かないとおばさんに叱られちゃう。輪ゴムで折檻されちゃう」
最近でこぴんに飽きたらしいんです。
「ふふ。いってらっしゃい。お仕事がんばって」
「はーい。いってきまーす!」
到着。
さあ、労働の始まりです。張り切って手を抜きましょう。
「おはようございま――」
「くしゅん!」
私の始業の挨拶を遮って、酒場の奥から轟く怒号。転じておばさんのくしゃみ。
…………。
瞬間、直感。嫌な予感。
まさか……?
「ときに、おばさん? 今ひとつだけ好きな呪文が使えるとしたら、どれがいい?」
「ベギラマ」
いた。過激派いた。すごい知ってた。
せめてメラミにしときませんか。グループ攻撃はさすがによくないですって。