Neetel Inside ニートノベル
表紙

トキメキウィッチ!シュガール
許されざる者

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 草原の丘にたった一軒の白い建物が建っていた。
 白い建物へ続く一本道をキャリーワゴンを引きずりながら1人の魔女が歩いて行く。肩に妖精をキャリーワゴンには3人の子供を乗せて、その建物に向かって進んだ。
 建物の横では洗濯物を干している白装束しろしょうぞくの人が、歩いて来る女に気が付いた。
 女が洗濯物の前に立つと白いシーツに人影が映る。

「珍しいですね。誰かが訪ねて来るなんて」

 白装束の人が白いシーツをのれんの様に手の甲で捲ると、体全体は砂埃で薄汚れている。見上げると糸目の女がなぜか申し訳なさそうな顔をしていた。

「お久しぶりです。シスター」

 シスターと呼ばれた白装束の人は修道女が着ている服装で頭のウィンプル(シスターが頭に着けているあの布。ベールの事)は顔にもかかっておりどっちが前なのか後ろなのかわからない変わった格好をしていた。顔を隠しているので誰が誰なのかわからない。

「あなたの事を覚えていますよカガチ」

「よかった。初対面で助けて貰うのは気まずいですから」

「お入りなさい」

 建物の中へ通されると、シンプルな空間が続いている。
 ガラガラとカートを引くと、タイヤの音が反響して廊下に響く。前を歩くシスターが振り向かずに言った。

「その子達はどうしたのですか?」

「2人は気絶していますが、もう1人は呪われています」

 廊下を進むと食器を鳴らす音や食べ物の匂いがした。匂いを辿ると幼い子供たちが食堂で並んで食事をしている。カートで眠っている子供たちと同じくらいの年齢だ。カガチと呼ばれるこの魔女もかつてはここで暮らしていた。
 ここは何も変わらない。何も変えられない。カガチはそう思った。
 シスターが部屋の扉を開ける。

「こちらへ」

 ベッドが6つ並ぶ、そのうちの1つは誰かが使っている様だ。布団がぐしゃぐしゃのまま寝巻きも脱ぎ捨てられている。
 カガチはきび、しろ、あらせを開いているベッドに寝かせた。
 シスターがパチンと指を鳴らすと3人の服がパジャマに変わった。

「これは……」

「どうしました?」

 シスターが何かに気が付いた。
 シスターがきびのパジャマのボタンを外すと金色のプレートが首の下の胸の辺りの肌にくっ付いている。

「どうやら原因はこれの様ですね」

 今まで服に隠れていて見えなかったが、きびの胸にあるプレートは蛇の顔が描かれ目の部分は紅く血の様な色をしている。

「見なさい。この蛇の口元を」

 カガチは横からプレートを覗き込んだ。するとプレートから針の様なものがきびの皮膚に刺さっている。

「これは……牙?」

 シスターは人差し指をプレートの前にやると指だけを下から上へ動かした。すると牙と皮膚の隙間から血が滲み出し、血液の雫が空中に上がった。
 浮かび上がった血液を、シスターはガラスの小瓶に入れ蓋をすると、血液を入れた小瓶は何かを燃やした様な薄い紫色の煙が発生し始めた。

「おそらくそこから少しずつ毒が出ています。何の毒か調べないと。治すには魔法でも難しいでしょう。場合によっては血清が必要になるかもしれません」

「彼女を治せますか?」

「どうでしょうね。まずはこのエンブレムを外さなければどうにも……」

「……」

 カガチは苦い顔をした。それを察したシスターが優しく言った。

「何があったかわかりませんが、やれるだけの事はやりましょう」

「……シスター。それだけじゃないんです。イブが……。イブが関わっているかもしれません」

「イブが……?」

 その時、きびがゴホッと咳をするとわずかに血を吐き出した。

「時間がありません。このエンブレムを外し、解毒をしなければ、この子は死んでしまうでしょう」

「うちはエンブレムを外して来ます。シスターは治療をお願いします」

 カガチは着ていたローブを脱ぎ、袖捲そでまくりをした。

「……まさか、内側から外すつもりですか?」

「ええ、呪いを跳ね返すには内側からが手っ取り早いですから!」

「あなたはいつも困難な方へ行く」

「なるようになるのがうちのモットーです」

「変わりましたね。あなた」

「もともとこんなんですよ」

 カガチは少し笑ってきびの額に手を置いた。

「フィカス!行くで!」

「え、オイラも?」

 カガチとフィカスは身体が吸い込まれる様にきびの頭の中へと入って行った。

「良い子に育ちましたね。カガチ。私達はあなたと再び巡り会えた事を嬉しく思います」

「うわ! 何だここ!!」

 驚いた声を出したのは、ベッドから起き上がっているあらせだった。

「おい。蓬よもぎ起きろ!」

(蓬はしろの苗字)
 あらせは隣りのベッドで眠っているしろを起こした。

「うぅ……。ん~。なぁに?」

 しろはまだ眠そうに目を擦りながら体を起こした。

「目覚めましたか」

 あらせが警戒してしろを庇うようにシスターを睨みつけた。

「だれ? ……きびちゃん!!」

 しろはシスターの横で眠っているきびを見てあらせを押し退けてベッドから降りる。

「あ? きび!」

 後からあらせがきびに気付くとシスターが指を鳴らし魔法で2人を止めた。

「元気が余っているようですね。2人とも彼女のために私を手伝いなさい」

「助けてくれるの?」

 しろが心配そうな顔をして言った。

「そのために、来たのでしょう?」

 きびの吐き出した血をみたあらせは怯えたように体を震わせた。

「…………。きび死ぬの?」

「あらせくん?」

 あらせは急に表情が変わり無表情になった。呼吸もぎこちなく苦しそうだ。

「何もしなければ、そうなるでしょう。何もしなければね」

 そう言うとシスターはスタスタとあらせ達に背を向け部屋を出て行った。
 しろはシスターとあらせを交互に見て戸惑った。

「行かなきゃ、きびちゃんを助けるの! 今動けば助かるのよ。あらせくん!」

 しろはあらせの手首を掴み、強引に引っ張ってシスターの後を追った。

     

❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎

 きびの頭の中に入って行ったカガチとフィカスは、今きびの記憶が溜め込まれている場所、脳みそで言うところの海馬の部分にいた。海馬は左右1つずつあるので今はそのどちらかにいる。
 真っ黒な空間にバスケットボールほどの球体が、シャボン玉のように無数に飛んでいる。
 その球体の1つをよく見るときびがこれまで経験してきた出来事の映像が映し出されている。

「人の記憶の中に来て、なにすんだい?」

 フィカスが言った。妖精の様な彼は好奇心からなのか、あっちこっちと飛んでいる球体に映ったきびの記憶を覗き込んでいる。

 いくつか覗き込むと、この前の駅前で白い鷹と戦っていた記憶を見つけた。カガチがこの町にやって来る少し前の出来事だろう。見た事ないやりとりだった。
 きびは少年と2人で戦っていた。これがシェディムの少年か。とカガチは思った。
 きびが甲冑ごと倒れて少年が片足でのし掛かっている。きびは苦しそうで少年の顔を見上げている。少年が腕を伸ばしきびの顔に手のひらをかざした。
 服の袖の中から金色の小さい蛇がスルスルと垂れ下がってきびの首元から服の中へ侵入していった。
 きびの過去を見たカガチが言った。

「あの呪いはここで貰ったんやな」

「あの子、まだ生きてるかな?」

「呪いは呪いを引き寄せる。この子の中にもあるはずや。自分を呪う出来事が」

「チビ助と言えど、膨大な記憶量だぜ?」

「せやな……。けど、うちいい物持ってんねん!」

 カガチは懐ふところから鳥の羽を取り出した。

「どうしたの、それ?」

「あの町に来たときあの3人戦ってたやろ。なんか鳥のやつと。そいつの羽や」

「何でそんなん持ってんの?」

「これに刺さった人間はみんな倒れてたんよ。これがウィッチクラフトなら、師匠に使ったろ思って」

「マスターには効かないと思うよ……」

「ま、この呪いのアイテムに案内してもらおうや」

 カガチは手から鳥の羽を離すと、羽は水に浮かべたボートの様に空中を進んでいった。
 しばらく後をつけると、想い出が詰まったボールに突き刺さり中へスッと消えた。

「これやな」

 カガチは羽が入っていったボールの中へ手を突っ込み、頭を入れ体全体を向こう側へ入れた。
 きびの想い出の中へ入ると、さっきとは別の空間が広がった。
 真っ白な空間にカガチとフィカスは降り立つときびの声が響いた。

『私には人には見えないものが見えた。聞こえないものが聞こえた。大人たちに話すと、どこかおかしいんじゃないかと心配された。けれど、お父さんとお母さんは、それは小さい頃にしか出会えない出来事だから怖がらなくていいのよと言った。だから、私は幼い頃にしか出会えない不思議にな者たちに声をかけた』

 白い空間に色がつき始めた。

『アベル。私のはじめての友達』

 カガチの隣には、今よりずっと小さいきびが木陰で外にいる他の子達から隠れるように泣いていた。
 幼稚園の庭だろう。遊んでいる子供達はみんな同じ服を着ていた。

「みんな、わたしのことをウソつきっていうの……。そんなのみえないって……」

 小樹の葉っぱの間から光の発光体が浮き出てきた。発光体は人の形をしていた。淡く輝く蛍石のような。男の子のような体つきだった。まるで小学生のような背丈の人間。
 発光体はきびの肩に手を乗せて泣いているきびをなだめた。

「仕方ないよ。見える方が珍しいんだから。見えないふりをしてごらん。そしたらきびにだって友達が出来るよ」

「もう、おともだちなんかいらない」
 
「…………」

 発光体は困った様に黙ってしまった。

「アベルがいればいいもん。あたらしいともだちなんかいらない。アベルだけでいいもん」

「そうだね。僕がそばにいるよ」
 
 その景色は遠ざかり、また白い空間へと変わった。

『お母さんは私を外に連れ出す時はいつもぬいぐるみを持たせた。私が誰もいないところでお喋りするから、人にはぬいぐるみに話しかけている様に見えるから』

 ぬいぐるみは緑色をしたラッコの様な顔をして、恐竜の様な尻尾を持ち額の真ん中に小さい一角がある。何かのキャラクターだろう。

『私とアベルはこのぬいぐるみに名前を付けた。私はもぐもぐと名付け、アベルはナグスと名付け、初めての喧嘩もした。他愛もない言い争いだったけど、結局は私がナグスと呼びアベルがもぐもぐと呼ぶことになった。ナグスは私とアベルをつなぐ大事な物だった』

 白い空間は眩しさを増し、真っ青な空と海に変わった。

『私は初めて友達と海へやって来た。前日にお母さんと一緒に選んだサンダルを履いて、アベルと海の事を沢山話した』

「サンダル、アベルにも片方貸してあげるね」

「サイズが合わないよ」

「ほんとだ」

「あのね、うみにはひとりではいっちゃいけないんだよ。だからアベルもひとりではいっちゃだめだよ」

「僕は海にははいらないよ。見て海藻が落ちてる」

『砂浜ではお父さんとお母さんが、レジャーシートやパラソルを立てていて、私とアベルは待ってる間砂遊びをした。もちろんナグスも。でも、海へ入る時2人は一緒じゃなかった。お父さんとお母さんと私は一緒に海に入れるけど、アベルやナグスは浜で私を見てるだけだった』

 小さいきびが浮き輪を持って海から上がって来る。ポタポタと水滴が落ちては砂へ跡を残す。
 浜辺で貝殻を集めるアベルの元へ行った。

「アベルも海へ入ろう?」

「……僕はいいよ。それより、こんなの拾ったんだ。きびにあげる」

 アベルは大きい綺麗な貝殻をきびに渡した。

「耳に当てると波の音が聞こえるんだよ」

 きびはアベルから貝殻を受け取った。
 貝殻を耳に当ててみる。

「ほんとだ。ちいさいうみのおとがする!」

「…………波の音は幽霊の足音。生き物は海から生まれ海へ帰る。寄せて返す波は、生者と死者の通る足音なのだ」

「アベルはどうしてうみにはいらないの?」

「…………海は特別なんだ。無闇に入っちゃいけないんだ」

「きびたちはいってるよ?」

「きびにはまだ関係ないよ」

「きびわかんない」

 アベルはきびに手を差し出した。

「そろそろもぐもぐの所に行こう。その貝殻を見せてあげなくちゃ」

「うん!」

 空は夕暮れに変わり海が赤く染まった。人もさっきより少なくなっている。

「あれ?ナグスがいないよ?」

 きびはキョロキョロとナグスを探した。
 さっきお砂で遊んでたでしょう。とお母さんが言った。
きびが急いでナグスを取りに行くと、さっきより海が満ちて遊んでいた砂山を波がさらっていく。

「あ!」

 きびが声を上げるとナグスが波にさらわれそうになっている。巻き上がる砂と一緒にプカプカとナグスが水中へと消える。
 慌てて海に入ってナグスを拾い上げようとすると、波に足を取られ転んでしまった。

『海の深い方へ引き摺り込まれる感覚がとても怖かった。一瞬の出来事で目の前は真っ暗になった。海水が目も鼻も口の中に入って痛かった』

 すぐにお父さんに体を抱き上げられ、きびは溺れる事にはならなかった。
 ゴホゴホと咳き込み、抱っこされてお父さんの首にしがみつき海を見る。ナグスがどこにいるのかもうわからなかった。
 陸に上がるとお父さんに怒られてきびは泣きじゃくった。もう海に近づいてはいけないとも言われた。帰り支度は着々と進んでいく。

『あの時の私は怒られた事よりナグスが居なくなってしまった事の方が悲しかった。だから……わたしは…………』

「アベル。ナグス探して」

 アベルは海を眺めると、きびの頭を撫でた。

「探してくる」

 アベルは海の中へ入って行った。

『それ以来。アベルは私の前に姿を見せなかった。…………私はアベルを殺した』

     

 きびの泣き声がカガチの耳に響いた。砂浜の上で溢れる涙を小さい手で抑えながら、1人佇んでいる。
 カガチの側を〝あの羽〟がひらりと飛んで行く。向かった先はアベルが入ろうとする海の中へと消えた。
 たたずむアベルの足に波が掛かる。
 カガチがアベルの側に近寄ると、アベルが話しかけてきた。

「ここから先は僕の世界だよ。狐目の坊や」

「あんた、一体何者なん?」

「きびの記憶に取り残された、残り香の様なもの」

 アベルは海の中へと歩き出した。

「本当の僕は、もうどこにもいない」

 そう言った瞬間、爆発でも起こしたように水飛沫が弾けた。飛沫が収まると海の中からタコの様なものがアベルの体に巻き付いている。巻き付いた物はアベルの体を水中へと引き摺り込んだ。
 カガチはその後を水の上を走って追った。水面下でアベルの発光体が移動していくのがわかる。アベルを引っ張っている物は黒と金色の縞模様しまもようをしていて、泳ぐように海の深い所へと進む。
 
「フィカス!!」

「んにゃ!」

 フィカスは槍の形に体を変化させた。その槍をアベルを引っ張っている縞模様に向かって投げた。
 縞模様に当たると少し怯んだようだ。その場で動かなくなった。カガチは水中へ飛び込んだ。
 槍を抜きフィカスは剣に変化してアベルを縛る物体を切り付けた。
 その横でアベルが穏やかに言った。

「頼みがあるんだ。きびを魔女にはしないであげて……」

 アベルの体中にひびが入った。切り付けられて苦しいのか、タコの足のような物はアベルを締め上げてしまった。

「!」

 カガチがアベルに気を取られると奥から蛇の顔が現れた。それは座頭鯨を思わせるほどの大きさで口を最大限に開き、一瞬にしてカガチを口の中に放り込む。
 蛇は金と黒の縞模様でウミヘビの頭に下はタコの足に似た無数の尻尾がとぐろを巻く。
 突然、蛇の頭と顎から黒い針が直線状に飛び出した。血液が煙のように流れる。内側から串刺しにされた蛇はジタバタと暴れ出した。
 飛び出た棒状の物が横に一回転すると蛇の頭と体がずれ始め2つに分かれた。頭だけがこぼれ落ち蛇はドス黒い血が輪切りとなった断面から噴き出す。
 蛇の体は静かに倒れ込むと体はボロボロと土のように崩れて消えていく。
 切り開かれた断片からカガチとフィカスが出て来ると、フィカスが槍から元の小さい手のひらサイズに戻った。

「ぺっ、ぺっ。使い方が荒いよ!」

「なかなか役にたったで」

 カガチはひび割れて体が半壊して岩に腰掛けているアベルの前に立った。

「で、お前。何で魔女の事しってんねん?」

 アベルは頭が半分ほど無くなっている。
 カガチの頭の中にアベルの声が流れ込んできた。

『君は聞いたね。僕が何者なのか。僕は、神と共にアダムとイブが造り出した人形に過ぎない。少しばかりの魔力を体に秘めた人類の元祖。と、言うべきかな』

「元祖? イブの子供……? シェディムの事かいな?」

『いや。僕には1人の兄がいた。僕と兄カインが人間を作った……』

「カインとアベルって……物語りの?」

『君は、神とは何だと思う?』

 その質問にカガチは怪訝そうな顔をした。

「リリスとイブを作った者。……人間達の空想。根拠のない崇拝の依代よりしろ

『そう……。君達、魔女が苦しんできたのを僕も知っている。神はいつも、僕達の耳元にいて頬を寄せる。神はどこにでも居てどこにも居ない。いわば、神は空気そのものだ。神は天を離れ地に降り、この世界に体を溶かして原始大気となった。海が生まれ陸が生まれ僕達の他にさまざまな形の生命を誕生させた。今のこの世界があるのは神と〝僕達〟がそう作ったからだ』

「天地創造の話でもするんか? ありがたいお言葉なんて聞きとうないわ!」

『人間界で知られる物語の多くは、カインが書いていた日記だよ。途中で人間達が手を加えたようだけど』

「…………」

『僕とカインはアダムを使って人形を作った。最初はただの遊びだった。神は気に入った人形を素に新しい種を増やした。真核生物しんかくせいぶつ(大体の生物。細菌や藍藻類らんそうるい意外の生き物)の大元は僕とカインが考案した物なんだよ。特にカインは植物に僕は獣に力を入れた』

「一体、何の話をしてんねん」
 
『いつも洞穴の中にある磐座いわくら(石をまつった祭壇の事。石の御神体)に人形を置いて飾った。まるで、神に捧げる供物くもつのように……。そして、僕達はある事に気が付いた。僕達に似た生き物がいなかったことに。僕達は僕達に似た生き物を作る事にした。うまく出来なかったよ。形は似せられても言語や知能は直ぐには似せられなかった。神の力も時が経つにつれて弱くなってしまったから。それでも僕達はあきらめなかった。カインは何度も失敗を繰り返し、やがて1つの方法を思い付いた。…………カインは僕の体を壊し、僕の体と魔力を使って1人の少女を作り出した。名前はルルワ。人間界で初めて生まれた女の子』

「じぁあアベルはカインに殺されたって事?」

 フィカスが言った。

「まるで供犠くぎ(生贄や呪術的儀式の事)やな」

『その後、カインとルルワはイブの前から姿を消してしまった。2人が姿を消した後、僕は霊体となって地球を歩き回った。生き物達は大きな進化を遂げていた。猿から僕達に似た人間が次々と誕生していたんだ。生き物の進化は凄かった。特に、人間は……。時が経つほど僕達に似てきた。道具を使い、言語を使い、そして人と人が殺し合った。虐殺、迫害、戦争。これら全てはカインが引き起こしたものだ。やがてカインは人間達に悪魔サタンと呼ばれる様になった。僕は、人間達に平穏な道を歩んで欲しかった。だから、人間達を説得しようと僕はアダムの元へ行って新しく生まれてくる事にした。人として輪廻転生を繰り返し、僕は悪魔との考え方や神の意志はこうだと唱えた。これは、時には称賛され時には批判となった。理解はあまり得られなかった。やがて異端者として迫害される事が多くなって、僕に賛同した人々が魔女と呼ばれ沢山殺される事になってしまった。時には国を導いた事もあったけど、結局処刑されてしまった』

「人間界に最初に降りた魔女って……まさか、おまえなんか……。お前たち兄弟のせいでうちらはあんな残酷な目にあったと言うのか!」

『リリスのレプリカ達には申し訳なく思っているよ』

「ごめんで済んだら、魔女なんかおらんで!!」

『イブも……あの時そんな気持ちだったのかなぁ? 僕にはわからなかったけど……』

「ちょい待ち、長々と喋りおっておかしな事を……そのイブは今何してんねん!」

『イブはカインを殺そうとしている。だから君に僕の事を話した。カインの力は強大になってしまった。どうか……イブを止めて欲しいんだ。こんな事を言えた義理じゃないけど、イブを止めなければ1つの種が消えるだろう……どうか…………』

「ちょ……!」

 まるで石でも割れるようにアベルの緑色の発光体はぼろぼろと砕け散った。
 カガチが砕けて沈んでいる淡く光るアベルのカケラに触れると、それはぬいぐるみとなった。

「やな事人に丸投げしおって……冗談きついで、ホンマ……」

 海から上がると夕陽に照らされて全てが紅く染まっていた。きびの両親はすっかり帰り支度が出来ていて、きびは帰りたくないとただをこねている。砂浜で泣いているきびの前に、カガチはしゃがんでぬいぐるみを渡した。

「あ、ナグス! …………アベルは?」

 ぬいぐるみを抱きしめながらきびは辺りをキョロキョロと見た。

「ちょっと……先に帰ってと……言ってたで」

「おねぇさんだぁれ?」

「うちは…………」

 カガチは一瞬寂しそうな表情をした。アベルの言葉を思い出したからだ。

『きびを魔女にしないで』

 カガチはきびに背を向け濡れた永い髪を手で払い靡かせた。

「うちは、黒き太陽より舞い降りたエデンの御使、トキメキウィッチ。赤目!」

 カガチがセリフを言い終わると、戦隊ヒーローが変身後に行うポージングをした。後ろの波がザパァ!と水柱を上げた。

「すきだねーそういうの」

 小さい声でフィカスが少し呆れるように言った。

「……また会おうや。Ruĝetaルヂェータ sorĉistinoソルチスティーノ(赤く染まった魔女さん)」

 カガチとフィカスは、きびの記憶から飛び出した。
 きびの頭の中から出て来たカガチはベッドで眠っているきびのエンブレムを見ると真っ二つに割れ外れていた。

       

表紙

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Neetsha