卒業
はじまり:高津宏之
自営業の家の息子に生まれてしまうと、休みの日でも家でじっとはしていられなくなる。
昼過ぎまで寝てるなんてできない。叩き起こされて店番にでも立たされるのがオチだ。
だから、ぼくは休みになるとふらりと家を出るようになった。電車に乗ったり、バスに乗ったりして、とにかくどこか遠くへ行く。
行く先なんて決めてない。調べたりなんかしない。
ただ座っていられる。
揺られていられる。
ぼくは、そうしていられる今に幸せを感じていた。
バスを降りた。目の前には一面の太平洋。
ぼくはリュックからスケッチブックを取り出して、その風景を描きだした。絵は昔から得意で、ほぼ唯一のとりえでもあった。美術は中学3年間ずっと゛5゛だったし、高校でも継続中。
風景を描いて見せてやると、すごく喜んでくれる子がいるのだ。
その子は厳しく批評もするけど、いい部分は素直に褒めてくれる。とても信用できる人間だ。
ぼくはもう、半ばあの子――ユリに見せるために絵を描いていると言ってもよかった。
――よし。
これなら、きっと気に入ってくれる。
ぼくはリュックにスケッチブックをしまい、麦茶を飲んで一息ついてから、バス停に寄り掛かって帰りの便を待った。