〜第十四章〜「潜入!ダンデリオン」
再び・ダンデリオン——。
レキとクローレンは街の入り口付近にまで来ていた。
近くから街の中の様子を窺うと、確認できるだけでも数十匹のモンスター達が徘徊し、それだけでもかなり危険な雰囲気が漂っている。
モンスターの種類も先程抜けてきた森にいたものとは違い、さらに上級だと思われるようなモンスターが多くうろついている。
以前ウェンデルの未開の地で遭遇したようなミニドラゴンやアンデット系の骸骨騎士、また今までは目にしたことがないような数種の獣を合体して狂暴化させたようなモンスターの姿もある。
おそらく何らかのキメラだろうと思われるが、そのモンスターの発する危険なオーラから察するに、かなり上級なモンスターであることは間違いなかった。
さらに、他にもたくさんの雑魚モンスター達も辺りをうろついており、レキとクローレンの二人にとっては非常に好ましくない状況だった。
「……おいレキどーするよ? あの数の、しかもあんな強そうなモンスター達相手に真正面から突っ込んで行くのはちと無理があるぜ。なんか作戦でも立てねぇとなー」
クローレンはこの緊張感漂う雰囲気にはおよそ似つかわしくないのんびりとした口調で提案する。
緊迫したシーンでの彼のこういった口調はもはやお馴染みだ。
「作戦か……。とにかく中の様子を詳しく知りたいし、最初はなるべく戦闘は避けながら街の中心まで行きたいな。ダリアさんの無事も確認しなきゃならないし」
レキが考えながら言う。あまり作戦という程の作戦ではないが、なにしろ乗り込むメンバーがたった二人だけなので、他に有用な手立てというのも少ないだろう。
「つーことはよ、モンスターに見つからねぇよう逃げつつ進むってことだよな? そーいうことなら得意だぜ」
クローレンはレキの言葉にニヤリと笑いを返すと、まかせろ!とでも言うように自分の胸をドンと叩いてみせた。
「でも、どうしても戦わなきゃならない状況になったら戦うよ。その時はまたグランドフォースの力を使うから、クローレンちょっとだけサポートを頼むよ」
レキはそれだけ言うと街の入り口から少し離れた崩れかけのバリケードのほうへ向かって歩いて行く。
ダンデリオンの街は入り口以外は高い塀のようなバリケードで囲まれており、それによって外からの侵入者を防いでいたようである。
今はそのバリケードもところどころ崩れかけていたが、レキが向かったのはその中でも最も侵入が容易そうな部分であった。
「おい、でもそれだと後でお前が危険になるだろ。さっきまでのザコどもと違ってここのモンスターはちと強そうだし。お前、フォースを解放したら集中攻撃されるぞ」
クローレンはすかさずレキに突っ込んだが、当の本人はそんな忠告も聞かず、すでにバリケードを越えようとしているところだった。
どうやらそこには入り口のように駐在しているモンスターがいないようで、彼はまもなくダンデリオンへと突入する寸前だった。
「行くよ、クローレン」
「オイコラ! お前、人の話聞いてないだろ! ……んっとにお前は命知らずな奴だよな」
クローレンはブツクサ言いながらも駆け足でレキの元へと向かう。
するとレキは、ひょいと登ったバリケードの上からクローレンを見下ろし、にっこりと笑ってみせた。
「ちゃんと聞いてるよ。でも囲まれたりでもしたら他に方法ないでしょ? 大丈夫。オレ、やられたりなんかしないよ」
レキはそこまで言うとピョンと塀から飛び下り、街の中へと姿を消した。
残されたクローレンは、なんだか納得がいかないようにガシガシと頭を掻く。
「……なんつー奴。ほんとに大丈夫かよ」
クローレンはそう一言呟くと、仕方なく彼もレキの後に続いてバリケードを越えた。なるべく戦う状況にはならないことを祈りながら——……。
————†
レキとクローレンの二人は崩れかけた建物の陰に身を隠し、街の様子を窺っていた。
すぐそばには三つの違う頭をもつ猛獣のようなキメラ、それから巨大な剣を携える骸骨の剣士がうろついている。
彼等は似たようなルートをぐるぐる回りながら侵入者の見張り番でもしているようだが、おそらくこんな危険な街に自ら潜入しようとする輩は今までいなかったのだろう、彼等はどことなくやる気もなく暇そうにしている。
「なんとか隙を見て前に進もう。仲間を呼ばれると厄介だから」
レキは荒廃した建物からこっそりと顔を出し、モンスターの様子を見ながら隣のクローレンに小声で話しかける。
「そうだな。あと、上にも気をつけろよレキ。空にも厄介なのが飛び回ってるぜ。……ありゃドラゴンか? あいつにも見つからねぇように進まなきゃなんねーぞ」
クローレンが空を見上げながら面倒くさそうに呟く。
空にはダンデリオンの街を旋回しながら、地上の様子に目を光らせているドラゴンの姿が確認できる。
地上と空からの両方の監視をかいくぐって街の中心まで行く事など本当に可能なのか、と彼は少々訝しんだところでケホリと一つ、小さな咳をした。
ダンデリオンにはかつては花であったと思われる白い灰がまだハラハラと舞っており、どうやらクローレンは空を見上げた際その灰を少し肺の奥へと吸い込んでしまったようだ。
「大丈夫?」
「あぁ、ヘーキヘーキ。んでもこの灰も大量に吸うと体には良くねぇだろうな〜。ここに長居は禁物だぜ」
クローレンは自分の片腕を口元へと寄せ、少しでも灰を吸うことのないように服の袖で口元を覆い隠しながら呟く。
「そうだね。なるべく速く、でも慎重に進まないと」
レキは前方の敵を見据えつつ答える。
モンスターは一見、隙だらけで見張りをサボり気味のようにも見えるが、こちらの気配を少しでも察知するとたちまち襲ってくることは間違いないだろう。
なんとか前方のモンスターをやりすごし、さらにその奥に確認できる崩れかけた民家辺りまで前進したいが、そこに身を潜めるまで奴らはこちらを振り返らないだろうか。
「考えてても仕方ねぇ。今だ、行くぞ!」
「……うん!」
クローレンの掛け声にあわせ、二人は物陰から飛び出した。素早く迅速に、それでいてかつ慎重に音をたてず、前方の民家の物陰へと身を隠す。
一瞬、何かを感じとった骸骨の剣士がこちらをチラリと見たのが目の端に映ったが、それはギリギリ二人が再び物陰へと姿を隠した時だった。
骸骨のモンスターは気のせいかと首を捻った後、また同じルートを歩き出す。
「うへ、あっぶねー。もうちょいで見つかるところだったぜ」
「今の奴、いい勘してるね」
二人は軽い言葉を交わし合いながら、民家の陰でホッと息をつく。
だがこれだけのことで落ち着くのは早過ぎる。先はまだまだ長いのだ。
「チッ……、普通に戦うよりなんか疲れるぜ」
クローレンはブツクサと文句を言うが、レキはその横からまたひょいと顔を出し前方を窺っていた。
今度は少し離れた所に5、6匹のガーゴイルと、大トカゲの形態のモンスターの群れがあった。
どうやら集まって会話でも交わしているようだったが、なにぶん数が多いためここを気づかれずに突破するのは少し難易度が高そうだ。
まださっきやり過ごした骸骨の剣士の姿も遠くに確認できることから、とにかくモンスターの数が今より少しでも減った時に行動するのが懸命かもしれない。
「あいつらが別れた時に、次はもう少し先に見える建物まで行くよ。……あれはアイテム屋か何かかな? お店はほとんど壊れちゃってるみたいだけど、もしかしたら役に立ちそうなアイテムが残ってるかもしれない」
レキは言いながら、少し離れた先にあるほとんど原型をとどめていないアイテム屋らしき看板がかかっている建物を指さしてみせる。
おそらくかつて街が滅びるまでは多くの客で賑わっていたであろうその店は、瓦礫の量や残った残骸を計算するだけでもかなり大きな店であっただろうことが予想できた。
今はもう見る影もないが、それでも調べてみる価値はあるだろう。
「了解。んでも、奴らが別れるのはちっと時間がかかりそうだな」
クローレンも前方のモンスターをちらりと確認し、その様子を見た後で再び民家に身を隠しながら呟いた。
モンスターの群れが別れそうな気配はまだ全く感じられない。彼等は侵入者もいなければ特にすることもなく暇なのだろう。
数匹が同時に会話する彼等の声は、ギィーギィーと金属を引っ掻く騒音のようにしか聞こえないが、どうやらしばらく話が途絶えることはなさそうにみえる。
「そうだね。ちょっと待とうか」
レキもそう言うと顔を引っ込める。
二人は民家の陰に並んで身を隠しながらモンスターの会話が止むのをじっと待った。
「……なぁ、レキ」
しばらく無言で待っていた二人だが、不意にクローレンがその沈黙をやぶった。
「ん、どうしたの? クローレン」
レキはすぐさまその声の主のほうを振り向く。
すると、クローレンはなんだかいつになく真剣な顔でレキを見ていた。
「お前に一つ聞きてーんだけど」
「? 何を?」
クローレンの突然の問いに、レキはきょとんと首をかしげる。
あまりおしゃべりには向かないだろうと思われるこの状況でクローレンの言葉はあまりに唐突だった。
彼は一体何を聞きたいというのか。
レキは不思議に思いながら、次にクローレンから出る言葉を待った。
「……お前、さ」
クローレンは口を開いたかと思ったら、しかしそれをまたすぐに閉じてしまう。
そしてちょっと考え込むような仕草をした後で、彼には不釣り合いなこの真面目な雰囲気を解いた。
「やっぱなんでもねぇ」
「……なにそれ」
何か言おうとしていたことを喉の奥へと押し込めてしまったクローレンにレキは怪訝な表情を向けると、ちょっと不満そうな声を出してみる。
「なんか余計気になるんだけど」
「はは、まー気にスンナって!」
わざとらしく笑ってごまかすクローレンだったが、レキはジッと探るような視線を彼から逸らさなかった。
その真っ直ぐな視線にクローレンは若干たじろぐような様子を見せる。
「………だからなんでもねぇって」
「ほんとになんでもないの?」
「あぁ」
「……そう、ならいいんだけど」
レキはまだかなり腑に落ちない思いがあったが、クローレンがなんでもないと言う以上、レキは仕方なくそれ以上の追及をあきらめるほかなかった。
気になるのは山々だが、無理に聞き出すこともできないだろう。
再びしばしの沈黙が流れる中、レキがモンスター達の様子のほうへと意識を向けることにすると、その隣でクローレンは小さくフゥと息をついた。
「オレが聞きたかったことは、いつかお前から話してくれんのを待つよ、レクシス」
………
…………!?
ボソリと呟いたクローレンのその言葉に、レキは心臓が飛び出すくらいに驚くと、衝撃を受けたような表情でクローレンを二度見した。
あまりにも突然に本名を呼ばれたことと、クローレンの話の展開がまったく掴めないことにレキは盛大に戸惑う。
「な、何をオレから話すって?」
クローレンの話は飛躍しすぎていてレキにはなんのことだかさっぱりわけがわからなかったため、すかさず彼へと聞き返した。クローレンはまったく本当に考えていることの真意が掴めないから困る。
「もしかして、シーラからなんか聞いた?」
レキはふと、思い当たったことを口にしてみるがクローレンは大きくかぶりを振ってみせる。
「シーラからは別になんも聞いてねぇよ。そんな時間もなかったしな。……ただこのダンデリオンに来て以来、お前の様子がちょっと変な気がしてさ」
さっきは一度言うのを躊躇したクローレンだったが、こうなったらやっぱり最後まで言ってみることに決めたようだった。彼はさらに続ける。
「……なーんかお前さ、いつもに増して無謀になってるっつーか、それとも妙に張り切ってるっつーか。この惨状のダンデリオンを見て、なんか思うことがあったんじゃねーかとオレは感じたわけよ。シーラは、あいつの能力でお前のこといろいろ知ってたみたいだけど、オレはそんな力ないからさ。お前が“グランドフォースのレキ”って以外は、お前が何者なのかも今までに何があったかも全然わかんねー。わかんねーからお前の様子がちと気になったわけ」
クローレンはそこまでを一気に言い終えると、ちらりとレキを見た。
レキは相変わらず驚きの表情でクローレンを見つめている。
クローレンはさらに付け加えた。
「まっ! もしもお前が話したくないことだって言うんならオレは別にこれ以上詮索するつもりもねぇし、いつかお前が話してくれる時を待つけどな」
そこまで言うと、彼はあっさりと前方のモンスターの方へ視線を戻す。
今までのおしゃべりがモンスターの方にまで聞こえていないかと確認しているようだが、どうやらそんな心配はなかったようだ。
モンスター達は相変わらずギィギィと話を続けている。
しかしその数はさっきより少しだけ減っていて、今やモンスターの数は三匹ほどになっていた。
巡回している骸骨の騎士の姿も今は見えないし、動くとしたらそろそろ頃合いだろう。
「…………」
レキはしばらく驚きと衝撃でクローレンの顔から目が離せなかった。
彼に言われたことで色々な複雑な思いがレキの中で波打ち、何から言い出せばいいのかわからない。
「……なんでいきなり本名で呼んだの?」
「ん、シーラの真似」
レキはどうでもいい問いをしてみると、すかさず答えたクローレンの短い返答に「そう……」とだけ返す。
こんなことが聞きたいわけじゃなかったが、まだレキは頭の中を整理しきれていなかった。
「……クローレン、ジルカールを出る時もそうだったけど、オレの考えてる事とかいつもと様子が違うとかよく分かるよね。普段はあんまり真面目なこと言わないのに、こっちが構えてない時に突然言い出すから、掴みどころがなくってオレはいつだって困るよ」
ちょっと不満そうに呟いたレキの言葉に、クローレンはフハッと笑いを噛み殺す。
「だってお前ホントにわかりやすいんだもんよ」
レキのすねたような言い方が面白かったのか、それともレキがクローレンの言い当てたことをほぼ肯定したのが満足だったのか、彼は愉快そうに微笑む。
クローレンの笑いによって、真剣な空気は少しだけ薄らいだ。
「いや、ちがうね。それだけじゃないよ。クローレンってたまにすごく鋭いんだ。それって長所かな、短所かな」
「普通に長所だろ」
笑いながら反論するクローレンにつられて、レキも少し頬を緩めた。
「オレにとっては考えてることが筒抜けで、ちょっと厄介だけどね」
わずかに笑顔をみせた後で、レキはまた真面目な表情へと戻す。
そして少しだけ沈黙したところで、やがて言うべきことを決めたかのように再び口を開いた。
「ダンデリオンのことは、ちょっと人事には思えなかった。……だから少し突っ走っちゃったところがあったと思う。オレにも過去に似たような経験があったから」
ぽつり、ぽつりとゆっくり呟くレキに、クローレンはまた視線を戻した。
黙ってレキの続きの言葉を待つ。
「キミに全て話せれば、少しは楽になるのかもしれないけど……オレ自身、まだ昔のことを整理しきれてないんだ。今はまだ、できれば思い出したくないことだし、口にするのは……ちょっと辛いかな。だから今クローレンの質問に答える事はできないんだけど、もう少しだけオレの心が落ち着くのを待ってもらえないかな。いつかキミには聞いてもらいたい」
レキは自分の正直な気持ちを話した。
なるべくなら、あのエレメキアでの惨劇の夜のことを思い出したくなかった。
あれは時々悪夢として見るだけで十分である。
本当の意味でレキが現実を受け入れられるようになるのには、まだ少しだけ時間がかかるのだろう。
クローレンはレキの言葉を黙って聞き終えると、ちょっとだけ沈んでしまった様子のレキの頭をわしゃわしゃっと豪快に掻き乱した。
「わかった! お前が話したくなる時までオレは待つよ。悪かったな、変なこと聞いて」
ニッ!とレキに白い歯を見せながら笑いかけるクローレンの顔を見ると、レキはなんだか心底安心した。同時に、あれこれと詮索しないクローレンのあっさりとした性格に感謝の思いがわき上がる。
「ありがとう、クローレン」
ホッとするレキにクローレンはもう一度、おうよ!と答えると一言だけ付け加えた。
「もしもお前がいつか話す気になったら、オレはいつでも聞いてやるからな。んで、暗い話になんねーようにオレが明るい突っ込みを入れてやるよ」
クローレンのこの言葉には、レキもクスクスと笑いがこぼれてしまった。たしかにクローレンにかかればどんな話も深刻にはならないかもしれない。レキは改めて彼の持つ器の広さに尊敬させられた。
「うん、いつか聞いてね。その時は、オレのすごく大切だった親友の話も聞いてもらいたいな」
「おー、なんだって聞いてやるさ。お前が話したいことならな」
クローレンはまた笑顔をみせる。
その顔を見つめながら、レキはふと思い立った。
「でもさ、クローレンだってあんまり自分のこと話さないよね」
「んー?」
レキの指摘にクローレンは「確かに、そう言われればそうかもしれねーな」と今さらながらに気づいたようだった。
レキはクローレンの名前以外、彼の素性を全く知らない。
あまりにも知らなすぎることに気づき、お互いびっくりしたようだった。
「ハハッ! 見事に忘れてたぜー。まぁオレはお前が聞くならなんでも話してやるよ」
そこまで言ったところでクローレンは「あ!」と何かを思いついたようにポンと手を叩く。
「そーだ、どうせなら今度オレの故郷に来ねぇか? そこでいろいろ教えてやるよ。まー、なんもねー田舎町だけど」
「え? クローレンの故郷?」
思ってもいなかったクローレンの提案にレキは驚く。
しかしその驚きはすぐにレキの中で嬉しい気持ちへと変化した。
クローレンのことをもっとよく知りたいという思いはもちろんあったし、彼がどんなところで育ったのかはぜひ見てみたい。
彼が育った町なのだからきっととてもいいところなのだろう。
レキが期待をよせながら想像していると、クローレンはレキの返事が待ちきれないかのようにさらに誘った。
「なぁレキ、来いよ! ここよりも北にある大陸、アルキタのラ・パルクって町がオレの故郷なんだ。ちょっと遠いからすぐには無理かもしれねーけどよ。……お前が来たら町の連中はきっと喜ぶだろーなー。グランドフォースだなんて知ったら、奴ら飛び上がって歓迎するぜ」
クックックとクローレンは笑いを噛み殺しながら、レキを紹介した時の展開を予想しているかのようだった。
しかしその表情はどこか嬉しそうで、なんだか故郷を懐かしんでいるようにも見える。
「いいな、行ってみたいよクローレンの故郷。今度案内してね」
楽しそうなクローレンの様子にレキまで笑顔になると、にっこりと返事を返した。
そのレキの返事がクローレンには嬉しかったようだ。彼は張り切ってドン!と胸を叩いてみせる。
「おう、まかせろ! お前もきっと気に入ると思うぜ」
「うん。楽しみだな」
二人はニコリと笑顔を交わしあうと、それから同時に前を向いた。
かなりおしゃべりが長くなってしまったような気もするが、ふと瓦礫の隙間から前方を眺めるとモンスターのほうもちょうど話が一段落ついたのか、解散しようとしているところだった。
進むとしたら、この絶好のタイミングの他にはないだろう。
「よっしゃ、ちょーど向こうもバラけたトコみたいだぜ。おいレキ、今がチャンスだ! 行くぞ!」
「オッケー」
二人は素早くおしゃべりからダンデリオン潜入の任務へと頭を切り替えると、勢い良く民家の陰から飛び出し、上空のドラゴンにも気をつけながら先程確認した前方のアイテム屋まで音を立てずに駆けた。
モンスターの監視が減っていたことでそこへは難なく辿り着け、二人は崩壊しつつあるアイテム屋にサッと身を隠す。
「……んー、思ったより使えそうなモンは転がってねぇな〜。どれもこれも焦げたり灰になってたりで使えそうにないぜ」
クローレンはアイテム屋に隠れるなり早速店の中を物色すると、散乱している以前は有用なアイテムであっただろうものを一つ拾い上げ、しげしげと眺めた。
クローレンが今しがた手に取った物は手のひらサイズほどの丸い球の物体で、側面に小さな穴とスイッチが一つずつ付いている。
かなり焦げていて何のアイテムなのかはよくわからないが、スイッチの部分はまだなんとか燃えてはいなかった。
「なんだろーな、これ。なんかに役立つと思うか?」
「……どうかな。使い道がわからないと、ちょっとなんとも言えないよね」
レキもアイテム屋の中を見回しながら、クローレンの問いかけに答えを返す。
しかしそう答えたところでレキはふと妙なデジャヴを感じた。
………
ん? こんな展開、前にもあったような……?
レキはそう感じた瞬間急いでクローレンを見た。
すると、クローレンはレキのイヤな予感をまさに実現しているところだった。
彼は今拾ったばかりの丸い物体のスイッチを、特にためらいもなく押そうとしている。
用途がわからないものはとにかくまず使ってみるのが彼の信条なのだろうか。
しかし、それは時と場合を選んでほしい。
ジルカールの時の二の舞いはレキもごめんだった。
「クローレン!! それ押しちゃダメ!!」
レキは目にも止まらぬ素早い動きでクローレンの手からそのアイテムを奪い取る。
ギリギリ、その行動はクローレンがスイッチを押す一歩手前のところで間に合い、レキはなんとか謎のアイテムが作用するのを防ぐことができた。
「ダメだよ! 何が起こるかわからないのに。ちゃんと調べてからじゃないと」
レキはモンスターに聞こえないよう、できるだけ小声でクローレンに注意を促す。しかしクローレンはレキのそんな注意を聞いているのか聞いていないのか、レキが今取り上げたばかりのアイテムをじっと凝視していた。
「おい、そう言いつつお前がスイッチ押してんぞ」
「え」
クローレンはレキの持つアイテムを指差しつつぼそりと呟く。
その言葉に驚いて、レキはアイテムの握られている自分の右手を改めて確認すると、クローレンから取り上げた時の反動でしっかりとそのアイテムのスイッチを「ポチッ」と押してしまっている状態が目に飛び込んできた。
「わッ! どうしよ、これ。押しちゃったよ!」
「……オレ、知ィ〜らね」
慌てるレキを尻目に、元々の元凶であるクローレンは他人事のように涼しい顔をする。
レキの中でなんだか納得のいかない思いがわき上がったが、次の瞬間そんな気持ちは一瞬にして吹き飛んでしまう。
なぜならスイッチを押したことでアイテムが起動してしまい、それは「シューッ!」と音をたてながら大量の白い煙をモクモクと吐き出し始めたからだ。
「これ! このアイテム、煙幕だね。敵から逃げる時に使えば便利かも」
「うーん、今はそんな状況じゃねぇけどな」
クローレンが突っ込んだところで「ダレダ!?」というモンスターの声が飛んだ。
どうやら煙幕の「シュー」という音がモンスターのほうにまで聞こえてしまったようだ。
不審に思ったモンスターは警戒しながら、レキとクローレンの二人が身を隠すアイテム屋のほうへと近づいてくる。
「ゲッ、ヤベ! 奴らこっちに来るぞ。逃げる為のアイテム使って逆に敵に見つかったんじゃ笑い話にもなんねーな」
「全くだよ……」
レキは煙幕を少し離れた場所へと投げ、少しでも自分達から遠ざける。
煙幕は相変わらずシューシュー言いながら煙を吐き出し続けているが、こうなってしまえばもうモンスター達に見つかるのは時間の問題とも思えた。
「ナンダアノ煙ハ……。誰カ、ソコニイルノカ?」
モンスターはじりじりと二人に迫って来た。
クローレンは剣の柄に手をかけ、モンスターに見つかった時のために備える。
「……チッ、やるしかねぇようだな。とにかく、仲間を呼ばれる前に速攻でぶった切る!!」
クローレンはもう戦う気満々だったが、そんな彼をレキが静止した。
「待って、クローレン! オレに考えがある」
「はぁ? なんだよレキ、この状況でどーするってんだ。どーせ逃げても見つかるのは同じだぜ」
クローレンは何か他に方法があるのかとでも言うようにレキを見るが、レキはすぐさま神経を集中し、なにやら魔力を練り始めていた。
レキの魔法を見るのはこれで二度目になる。
「お、魔法。なんかいい作戦でもあるのか? レキ」
「………。ほとんど使ったことない魔法だから、上手くいくかわからないけど」
そう言いつつレキは魔力を高める。
モンスターはまもなく二人の隠れる瓦礫のすぐそばまで来ていた。
しかし、レキはそこで緊張感なく「あれ?」と少し首をかしげた。
「呪文なんだったかな? 忘れた」
「……オイオイ〜! 冗談言うなッ! こんな状況でボケはいらねんだよ! なんとか死ぬ気で思い出せ!!」
クローレンは炸裂したレキの天然ボケに超小声で突っ込む。もうモンスターはすぐそこまで来ているため、クローレンは仕方なく再び剣に手をかけた。
「あ! ゴメン思い出したよ。たしか……—セイクレッド・サンクチュアリ—!! これちょっと長くて発音しにくいんだよね」
レキがそう呟いた瞬間、不思議な透明な膜が出現し二人の周囲を包んだ。
同時にモンスターが二人の隠れていた瓦礫の裏をバッ!と勢いよく覗き込む。
クローレンは目の前でモンスターと目が合ったことにギクリとしたが、しかしどうやらモンスターにはこちらの姿が見えていないようだった。
モンスターは不思議そうに辺りを見回してから、シューシュー音を立て続けている煙幕のほうに目をやった。
「……スゲ、この魔法、自分の姿を消すことができるのか?」
クローレンがこっそりとレキに耳打ちする。
「うん、オレの魔力じゃあまり長い時間は効果ないけどね。でも声は聞こえるはずだから、大きな声出しちゃダメだよ。あと、オレから離れないで」
レキは煙幕のほうへと歩いて行くモンスターに注意を向けながら、クローレンに警告する。
その警告にクローレンはギクリと口に手を当て、わずかにレキへと身を寄せた。
「ふ〜。にしても魔法ってほんとに便利なんだな。オレ、魔法なんて攻撃と防御と癒しの三択しかないと思ってたぜ」
「うん、基本はそうじゃないかな」
レキはクローレンの言葉に相槌をうちながら、ふと自分に魔法を教えてくれた師のことを想った。
レキに魔法を教えたニトはかなり優れた魔導師だった。
最も得意としたのは攻撃魔法だったが、その他の様々な分野の魔法も使うことができたし、ましてや新種の魔法も開発してしまうくらいの才能を持っていたのだ。
そんな彼女が師についていたからこそ、今のレキはこうして希少な魔法も多少は扱うことができるのだが、ニトのような優れた師につきながら最後まで彼女の魔法の特訓を受けられなかったのは非常に残念でならなかった。
あともう少し、彼女の元でシゴかれていればレキはもっと魔法が得意になっていたことだろう。
今となってはニトのように優れた師に出会うことは非常に難しいことであり、自分がどれだけ恵まれた環境下で訓練を受けていたかをレキは痛感していた。
「不味いな。あのモンスター早くどっかに行ってくれないと、魔法の効果が切れちゃうよ」
レキはつい考え込んでしまった物思いから頭を切り替えると、相変わらず煙幕をジッと見つめたままのモンスターを見ながら呟いた。
モンスターは未だここから立ち去る気配はない。
それどころか厄介なことに、そのモンスターはさらに近くにいた別のガーゴイルのモンスターを呼び寄せていた。
「オイ、コノ煙ヲドウ思ウ? 何者カガ、ココニイタノダロウカ?」
そのモンスターは、さらに後からやって来た二匹目の仲間に対して問いかける。
「ナンダ、何事ダ? ……ム、煙幕カ」
駆けつけた仲間は状況を一目見るなり、辺りをサッと見回した。
しかし見渡す限り、彼の眼には他に不審な様子は全く確認できなかった。
「侵入者ノ気配ハ感ジラレナイ。タダノ暴発ダトハ思ウガ……」
しかしモンスターはそう言いながらも念のため、辺りをガラガラと探索し始めた。瓦礫をひっくり返したり、なんでもない場所に突然ザクリと自らの爪を突き立て、その感触を確認したりしている。
「おいおい、オレ達がいる所であんなことされたらどーなるんだ? 魔法が守ってくれんのか?」
クローレンはモンスターの様子を見ながら不安そうに呟く。
「無理だね。この魔法は単に姿が透明になってるだけだから、攻撃されれば普通に当たるしダメージも受けるよ」
「げ」
レキとクローレンは声を押し殺しつつ、緊張して身を潜める。
モンスターは当てずっぽうに瓦礫を蹴飛ばしながらレキ達の方へ再び近づいて来ていた。
そしてついに、そいつは二人が潜む場所の真ん前まで来たかと思うと、ズイと顔を近づけ辺りを凝視する。
「………!」
二人に緊張が走った。
モンスターには見えていないだろうが、その顔は今や二人の目の前数センチという所まで迫っていた。
あと少しでも奴が近づけば、目の前の何もないはずのところに彼はぶつかってしまうはずだ。そうなればさすがに敵も二人の存在に気づいてしまうだろう。
——不味いな……。
レキは緊張を押し殺しながらその状況に耐える。
モンスターはまさにレキ達の目の前・超至近距離にまで迫っており、これはもういつ触れてもおかしくない距離だ。
レキはついに、ここまでかと観念し剣を掴んだ。
しかしレキがちょうど剣を掴んだその時、触れるかどうかのまさに寸前でモンスターは急に体をスッと後ろに引いた。
そして一連の探索で納得したかのようにもう一匹の仲間に向かって呼びかける。
「ヤハリ不審ナトコロハ、他ニ何モイナイゾ。何カノ拍子デアイテムガ暴発シタダケダロウ」
モンスターはそう言うとスタスタとレキ達から離れ、もう一匹の仲間のほうへと歩いていく。
ちょうどその時には煙を出し続けていた煙幕も止まり、モンスター二匹は「気ノセイカ」とでも言うように互いに顔を見合わせて一度頷くと、それぞれの持場へと戻ろうとした。
「危なかった。なんとか気付かれなかったみたいだね」
レキがほっと一息つく。
しかし安堵したのも束の間、突然辺りの静寂はレキの隣から起きた「ハクシュン!」という盛大なクシャミによって破られた。
「〜〜〜ッ!! クローレン!?」
驚いてレキは音のしたほうを見る。
するとそこにはクローレンがしまった、というような表情をして口元を両手で押さえ込んでいる姿が目に入った。
同時にモンスター達の鋭い声が飛ぶ。
「ナンダ!? ヤハリ誰カイルノカ!!?」
モンスターはすぐさま二人の目の前に戻って来た。
しかもタイミングの悪いことにレキの魔法の効果もちょうど切れ、二人はついにその姿をモンスターに目撃されてしまった。
「!! 侵入者ダ! 侵入者ヲ発見シタゾーーッ!!!」
一匹のモンスターが力の限りの大声を上げ仲間を呼ぶ。そしてもう一方のモンスターは迷わずレキとクローレンめがけて勢いよく襲いかかってきた。
「うわっ! マズイ!!」
「チッ……!」
レキとクローレンは瞬時に、それぞれ反対側へと跳びモンスターの攻撃をかわす。
次の瞬間二人が先ほどまでいた場所には、モンスターの鋭い爪が深々と突き刺さっていた。
「チイックショー!! この街の灰が、どーもヘンな所に入っちまったみたいでよー! クシャミが我慢できなかったぜ」
クローレンはこの状況でも懲りずにもう一度「クシュン!」といわせてから、そんな悪態をついた。
「わかった、とにかく今はこの場をどうするかだけど」
レキは言いながら周りを見渡す。
叫び続けるモンスターの警報によって、間もなく大勢の仲間のモンスター達がこちらに集まってこようとしているのが確認できた。
たぶんこのままこの場で戦えば、あっという間に敵に囲まれてしまうだろう。
そうなれば一体どれだけの数の敵がこの街に潜んでいるかもわからない以上、かなり危険な状況に陥ることはまず間違いない。
ここでモンスター達を迎え撃つというのは、あまり得策ではなかった。
「よし、ここは逃げるよクローレン。街の中心に向かうまでになんとか撒こう」
まだ囲まれている状況ではないため、戦闘よりも逃げるのが最善だと判断したレキは、同時に地面に転がっていたもう一つの使えそうな煙幕を手に取った。
すぐにスイッチを押し、勢いよく煙の噴射し始めたそれをモンスター達のほうへと投げる。
「今のうちに!」
「お、おう!」
二人は素早く瓦礫を乗り越え駆け出した。
後ろからはモンスターの怒り叫ぶ声がさらに数を増して聞こえてくるが、それを気にしている余裕はなかった。
煙幕を噴射しているとはいえ、それが完全に効くわけではない。
大半のモンスター達の足止めには成功したようだが、数匹のモンスターはその煙に惑わされることなくすり抜け、まっすぐに二人を追って来ていた。
なんとかしてその追手共を全て撒かなければならない。
「おいレキ! もう一回さっきの魔法使えばいーんじゃねぇのか? 姿が消えればなんとか逃げ切れるだろ」
クローレンが走りながらレキに向かって叫ぶ。
「無理だよ、あの魔法は一度敵に見つかってからじゃ効かないんだ。なんとか足で撒くしか方法はない」
レキも走りながら答える。
しかしその答えはクローレンには不満だったようだ。彼は面倒くさそうにボヤいた。
「チッ、なんだよ魔法ってのは役にたたねーなー」
「……さっきと言ってること違うよ」
レキは呆れながらクローレンを見る。
先ほどレキが魔法を使ったときは、その便利さにもの凄く感心したクローレンだったが今となってはその意見が180度転換していた。
その時の気分と状況によって意見が変わるクローレンの性格から考えるとそれは彼らしいといえば彼らしい反応だったが、こんな状況にもかかわらず緊張感のないクローレンの呟きとそれに対するレキの突っ込みにはまだまだ余裕があるようにも見える。
しかし、そんなふうでいられるのもここまでだった。次の瞬間、彼等のそんな余裕を全て打ち崩してしまうような最悪の事態が起こる。
「キシャーーーーッ!!!」
激しい咆哮を上げながら彼等の頭上へと舞い降りてきたのは巨大なドラゴンだった。
レキがウェンデルで戦ったあのミニドラゴンではない。
もっと巨大な本物のドラゴンだ。
どうやら街の上空を滑空していたらしいそのドラゴンは、例に漏れず仲間の警報を聞きつけ、空から舞い降りてきたようだった。
最も見つかりたくなかった強敵の出現に二人に緊張が走る。
「ゲェェエエ!! こいつはマジヤベぇってレキ! まともに戦ったら死ぬぞッ」
「クローレン、前にカルサラーハでドラゴン100匹来ても敵じゃないって言ってなかった?」
「んなのは冗談に決まってんだろ! こんな奴1匹でも相手にできるわけねぇええ!!」
いや、やはりまだ二人に余裕はあるのか?
彼等は相変わらず軽口ともとれる会話を続けているが、しかしそれでも状況が悪化したことには変わりはない。
後ろからは増え続ける追手、頭上には強敵ドラゴン。
かなり絶体絶命のピンチだった。
「キシャーーーーッッ!!!」
ドラゴンがもう一度咆哮を上げる。
同時に、開かれたその巨大な口からは恐ろしいほどの高熱を伴った紅蓮の炎が噴き出してきた。
「うげ!! 危ねぇ!!」
「熱ッ!」
二人はその炎をかわすように、それぞれ反対方向へと反射的に飛びのいた。
灼熱に燃え上がる火の壁が二人を分断する。
「……チッ! バラけちまったか。おいレキ!! この炎を超えるのは無理だ。一旦二手に別れるぞ! どーせ逃げるだけなら二人より一人の方が目につかねーしな」
クローレンが炎の向こう側から叫ぶ。
ドラゴンの噴き出した炎の威力は強力で、二人の間の火柱はさらに激しく轟々と燃え上がっていた。
「わかった! 敵を撒いたら中心部で落ち合おう。クローレン、くれぐれも気をつけて!」
「お前もな!」
二人は炎越しにそこまで言葉を交わし合うと、それぞれ別々の方向へと向かって走り出した。
目指すは街の中心。
お互いの無事を信じつつ、二人はモンスターの大追跡を受けながらダンデリオンの街並みを疾走した。