~第十八章「絶体絶命」~
リアス大陸・南の首都「フィルデラ」
そこは大きな街が多いリアス大陸の中でも一際大きく発展した街だった。このリアス大陸の多くの領土を治める国の首都も担っており、大陸最大級の規模を誇る街だ。
その街で、淡くピンクがかった髪の少女と銀髪の剣士は相変わらず情報を集めることに奔走していたが、成果はあまり芳しくないようだった。
「ダメね……。ここでもフォースについての有益な情報はほとんどない上に、レキのことを知ってる人もいないみたい。この街には立ち寄らなかったのかしら……」
淡いピンク髪の少女――リオーネは、何度も味わった落胆をまた同じように味わいながら、銀髪の剣士フォンと共に、街の茶店でしばしの休息をとっていた。
フィルデラのさらに南方には広大な茶畑が広がっており、そこで採れる茶葉はフィルデラの名産だった。それにより街中にもたくさんの茶店や茶葉の店があったため、その内の一つに入り二人はこの街での成果と今後のことについてを話し合っていた。
「大きな街ですから人の出入りも多いですし、たとえ立ち寄っていたとしても店の者が覚えていない可能性もありますね。リアス大陸に渡っているとしたら、この街に立ち寄る選択を取る可能性は高いはずですから……もう先に進んでしまった後ということも考えられます」
「……う~~ん、そうよね」
例外はあるが、旅をしていれば通常ある程度大きな街には立ち寄る筈である。
もちろん情報収集と物資補給のためだが、この大陸には大きな街がいくつかあった。
なので別の街を選んだ可能性もあるが、この辺りで一番近いのは花の都ダンデリオンか魔法都市ジルカールくらいだ。
しかし、ダンデリオンには少し前にモンスターが攻め込み滅ぼされたという情報が広まっているためおそらく選択肢にはならない。また、ジルカールは魔法に特化した魔法都市なので魔法を使わないレキが率先して行くとも考えにくい。
となると、レキは大陸随一の規模を誇るこの首都フィルデラに向かった可能性が一番高いのではないか? そう考え、このフィルデラ辺りでバッタリ会えないかと期待していたのだが、どうやら望みは薄そうだ。
「まだあのジェイルって奴に先に見つけられたりしてないわよね……? レキ、大丈夫かしら」
「わかりません……。ですがなるべく急いだほうが良さそうです」
フォンも心配そうな顔をして言う。
自分達が情報を漏らしたせいでレキは今追われている立場だが、まだジェイルと対峙したり危険な目に遭っていないことを祈るしかない。
「……にしても、フォースの花のことは残念でしたね」
「あぁ、ダンデリオンに咲いてたっていうね……」
リオーネとフォンはこの街でもフォースについての聞き込みを行ない、予期せず、ダンデリオンに咲いていたフォースの花の存在についての情報を得た。毎度フォースの情報は得られないことばかりなのに、ようやく手がかりを得たと思ったら一足遅かったとは……。
ダンデリオンはもうモンスターに滅ぼされた後だ。今さら行ったところでフォースの花も既に滅ぼされてしまっているに違いない。
もう危険しか残っていないような街に今更行くメリットはないし、強いモンスターもまだたくさん街にいるというのでリオーネとフォンの二人だけで乗り込むのはさすがに得策ではなかった。
なので、今回この街ではフォースに関する情報は得るには得たのだが、有益となるものはなかったと表現したのだった。
「花には、やっぱり何か手がかりがあったのかしら……?」
「……そうですね、おそらく……。ただ、あったとしてもその手がかりごと既にモンスターに消されているでしょうね……」
リオーネとフォンはそれほどのんびりとはせず、茶を飲み干すなりすぐにその店を出ることにした。
会計時、一応店員にもフォースについての情報や、この街に最近金髪の旅人風の少年が一人で訪れなかったかを聞いてみた。
「あら偶然ね。さっきも同じように“一人で旅してる金髪の子が最近来なかったか”って聞いてきた人がいたわ。肖像画見せながら」
「……え!! その人って全身黒づくめで黒髪の剣士風の男でしたか!?」
「えぇ、確かにそんな感じの人だったわ」
思ってもいない返答にリオーネは驚いた。
おそらくそれは先日出会ったジェイルに間違いないだろう。
レキ本人の情報ではなく、レキを探すジェイル側の情報が舞い込むとは。
「なんかちょっと変な人だったわ。全身黒づくめもそうだけど……なんだか顔色も暗くて不気味だったし。肖像画の子を見かけてないって言ったら不機嫌な感じだったし……」
「他には何か言ってませんでしたか? 少年を探していただけでしたか?」
フォンもすかさず聞いた。
「えっと……そのあとブツブツ独り言を言いながら出て行ったわ。たしか……“花のこともあるしやはりダンデリオンか”とか、”あそこはプレ……なんとかの管轄だから嫌なんだ”とか……“でも手柄を独り占めされるのは困る”とかそんな感じのこと言ってたわね」
「……ダンデリオン……」
ジェイルはレキがダンデリオンに行ったと判断したのだろうか……?
「花」とはフォースの花のことだろうか?
もしやレキもフォースについて調べている……?
ダンデリオンにはまだ調べる価値があるということだろうか?
たくさんの疑問が一気に湧いてきた。
が、のんびりと考えている暇はない。せっかく掴んだ手がかりだが、時間が経てば意味のないものになってしまう。
「あの……! その男が来たのはどれくらい前ですか!? “さっき”と言いましたが……」
「ええと、そうね……2時間くらい前だったかしら?」
リオーネとフォンは顔を見合わせた。
そして瞬時のアイコンタクトののち、店員にお礼を言って代金を払い、店を飛び出した。
「ダンデリオンへ……行くわよ!」
「御意」
二人は街を駆け抜ける。
ダンデリオンはとんでもなく危険なところのはずだ。
本来なら行くべきではない場所だが、もしも本当にそんな所にレキが一人で乗り込んで行ったのだとしたらそれは無謀過ぎる。絶対に返り討ちだ。
レキの強さは知っているが、だからといってモンスターの軍勢を倒せるほどの力は持っていなかった。
敵を一度に倒せるような広範囲の攻撃魔法が使えるというわけではないのなら、たとえ達人レベルに剣の腕がたったとしても大群のモンスターに取り囲まれてしまえばそれで終わりだ。剣だけでは大群相手には荷が重すぎる。
その状況だけでも充分危険だというのに、さらにレキの命を狙うジェイルまでそこに辿り着いてしまったら……。
それだけは絶対に阻止しなければならない。
フォースの花がどうなったのかも気になるが、とりあえずそれは火急のことを全て片付けた後だ。
「ジェイルが出発したのはたった2時間前……急げば追いつけるはずだわ!」
二人は全速力のままフィルデラの街を出た。
――――が、街を出てわりとすぐに急停止し、フィルデラ近くの雑木林の茂みの中に身を隠した。
フィルデラの近くは木々が生い茂った林が続いており、これはダンデリオンの方角へ進むごとに少しづつ険しくなる。
まだ雑木林には入ったばかりの入り口付近といったところだが、そこでリオーネとフォンが急停止したのには理由がある。
二人が隠れた茂みの場所から十数メートルほど先にある少し開けた地形の所に、モンスター達がうようよと集まっていたからだ。
その数ざっと50はいる。
初めはダンデリオンを制圧したモンスター達がこのフィルデラにまで大群で移動して来たのかと思ったが、どうやら違うようだ。そのモンスター達の輪の中心には一人の人物が佇んでおり、その人物を一目見て二人は驚いた。
それは正に今、リオーネとフォンが追おうとしていたジェイル、その本人であったからだ。
「な、なんでこんな所でモンスターと一緒に……。襲われてる……わけではないみたいね」
ジェイルを取り囲んでいるモンスター達は、彼を襲うような素振りは見せていなかった。それどころかどこかジェイルを畏れたり敬っているような雰囲気さえ微かに伝わってくる。
「……フンッ、召集要請に応じたのはこれだけか。少し急過ぎたか? まぁいいだろう……」
ふいにジェイルが不機嫌そうに独り言を呟くのが聞こえた。リオーネとフォンは茂みに隠れたまま、最大限に聞き耳を立てる。
「できればプレゼナの管轄内には入りたくなかったが、だからといってオレの手柄を横取りされるわけにはいかん。皇子を殺すのはオレの役目だ」
ジェイルは相変わらずブツブツと一人で呟いている。“皇子を殺す”という部分でリオーネはビクッと体を震わせた。
「もしも本当に皇子がダンデリオンに向かったとしたなら急がなければ……。プレゼナから何も報告が上がっていないということは、まだ皇子と接触はしていないはずだ。……ひとまずはこの数で皇子を追いかけ、プレゼナに遭遇する前にオレが討ち取る」
あの女もさすがに報告を怠っていることはないだろう、と呟きながらジェイルは周りのモンスター達を見回した。そして声を張り上げ、続ける。
「行くぞ! ダンデリオンへ! 金髪の子どもがいないか隈なく探しつつ前進しろ!!」
ジェイルの号令を聞いた途端、モンスター達は応えるように各々に咆哮を上げると、ダンデリオンに向かって歩を進め始めた。
「…………」
リオーネとフォンは呆然とその光景を見ていた。
レクシス皇子の命を狙うジェイル、そしてモンスターに滅ぼされたエレメキア。
それらのことは関連が有り、ジェイルはモンスター側に通じているのではないかという疑念はあったが、いよいよそれが完全に確定した。
大勢のモンスター達はジェイルの命令を聞き進軍している。そんな真似は普通の人間であれば不可能だ。
彼は確実にダークサイドの人間。人間という表現も正しいのかどうかわからない。
一つの国を滅ぼしてでも一人の少年の命を狙うその執念は、異常以外の何物でもなかった。
「なんで……そこまで……」
モンスター達がこれほど必死になって消そうと執着する人物……そんな存在は……。
思考はそこで唐突に中断された。
軍勢の中の一匹である巨大な黒い狼型のモンスターが、突然鼻をヒクヒクとさせ、低い唸り声のような言葉を放ったからだ。
「カナリ近クニ……人間ノ匂イ……。風上ニイル……」
その声に、他のモンスター、そしてジェイルが一斉にリオーネとフォン達がいる方角へ鋭い視線を向けた。
「……!!」
二人に戦慄が走る。
ジェイル達の様子に気を取られて、風向きなどを注意するのを忘れてしまっていた。
嗅覚が鋭いモンスターがいたことも災いした。
「ほう……。身を隠してこちらの様子を伺っている者がいる、ということか。もしやレクシス皇子ではないでしょうかね……。調べる価値はありますね……」
ジェイルが気持ち悪い敬語になりながらゾッとするような笑みを湛えてそう言うと、モンスター達は向かう方向をくるりとこちらへ変えた。
そして真っ直ぐに向かってくる。
「くっ……! まずい……!」
フォンとリオーネに緊張が走った。
このままここに隠れていればまもなくモンスター達に見つかってしまう……! しかし逃げたところですぐに追いつかれるだろうし、そもそもこんなモンスターの軍勢を連れて逃げる場所などない。街へ逃げたら街に甚大な被害が出てしまうからだ。
こうなったらかくなる上は……迎え撃つしかない……。フォンは覚悟を決めた。
「姫はここにいて下さい」
そう素早く小声で呟くと、フォンは茂みから飛び出した。
「! おや、あなたは先日の……。レクシス皇子の生存を教えてくれた方ですね」
フォンの姿を見るなり、ジェイルは少し気が抜けた様子で言った。
隠れていたのが自らが探しているレキではなかったことにがっかりしているようだった。
「……フォンだけを見殺しにすることなんてできないわ」
フォンの指示を破り、すぐにリオーネも姿を見せた。
「姫……!?」
フォンは一瞬その行動を諌めようとしたが、姿を見せてしまった以上もう意味がなく、今はそんな場合ではないことだとすぐに頭を切り替えた。
それに本音を言うとリオーネが自分を切り捨てず、隣に立ってくれたことが嬉しかった。命をかけてでも主君を守るべき立場の自分がそう思ってはいけないが、それでも嬉しく思ってしまったのは仕方ない。
あとは何とか上手くこの状況を打破しなければ……。
「あなた達もしつこいですね……。そんなに私の邪魔をしたいんですか? まったく……急いでいるというのにいい迷惑……」
そこまで言ったところで、ジェイルはふと何かを思いついたかのようにフォンとリオーネの二人をじっと見る。
そして元々薄暗い顔色にさらに暗い影を落とすと、にやりと獰猛な笑みを浮かべた。
「……そういえば二人は皇子の知り合いのようでしたし、ここで捕らえておくのも悪くないかもしれませんねぇ……。人質がいれば皇子もさぞ動き辛くなるでしょう……」
「!!」
言うが早いかジェイルはスラリと腰の剣を抜いた。刀身まで全てが黒い闇の剣だ。その剣の周りからは持ち主が臨戦態勢となったことが窺い知れるような闇のオーラが迸っている。
周りのモンスター達もジェイルの意志に呼応するかのように、それぞれに殺気を放ち始めた。
――この数を一度に相手するのは……無理だ。
フォンはそう思ったが、だからといって何もしなければ状況は最悪のままだ。
リオーネに危害が及び、そしてさらにレキの足を引っ張る――そのような事態だけは避けなければいけない。
そのためにはどんなに無理なことでもやり通さなくてはならない。たとえそれが自分の命をかけることになっても……。
モンスターの群れがけたたましい咆哮をあげ、一斉にフォンとリオーネめがけて飛びかかって来る。
二人は覚悟を決め、それぞれの剣と杖を握り締め、モンスター達を迎えうった。
――――†
「―ティア・ライト!―」
光の攻撃魔法を撃ち放ちながら、リオーネは肩で息をしていた。
四方八方をぐるりとモンスターの群れに取り囲まれ、リオーネとフォンは背中合わせに立ちながら、それぞれお互いの前方にいるモンスターに必死で攻撃を放っていた。
多数を一度に相手しているため牽制くらいにはなっていたが、リオーネの魔法ではほとんど相手にダメージを与えられていなかった。反対側のフォンのほうは数匹のモンスターは倒せたようだが、あちこちから飛んでくる攻撃に、既にかなりの傷を負っている状態だった。
リオーネ側にも気を配り、危険であればフォローを入れていたため、どうしても自分の防御が完璧ではなかった。
対するモンスターの群れは余裕そうにニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら徐々に間合いを詰めてきていた。他のモンスターの攻撃に二人が気を取られている隙にまた別のモンスターが攻撃するというのをひたすらに繰り返す。
二人の集中力が途切れ、じわじわと体力と魔力が消耗するのを待っているようだった。
「このままじゃ……!」
リオーネは焦っていた。
考えないようにしてはいたが、この戦いの勝敗はもう見えているも同然だった。
状況を打破する方法はない。
絶望感がひしひしと体全体を満たし始めたその時、右前方から狼型モンスターがリオーネのほうへと勢いよく飛びかかって来た。
一瞬のことだったため、魔法の詠唱が間に合わない――フォンも数匹のモンスターの攻撃を剣で受け止めており、すぐに動くことができない状態だった。
「姫!!!」
――ガァン!! と、すんでのところでリオーネは持っていた杖で狼モンスターの爪を受け止めた。
両手で何とか持ち堪えているが、ギリギリと全体重をかけてくるその攻撃に、力があまりないリオーネは今にも押し負けそうだった。
「う……く、く……! ―ティア……ライト!―」
受け止めながら呪文を詠唱する。
飛びかかって来ていた狼モンスターは吹っ飛んだが、代わりに別の巨大蜘蛛のモンスターが噴射した糸を防ぎきれなかった。
「キャアア!!」
粘着性のあるベトベトの白い糸がリオーネの身体中に絡まり、自由を奪った。
「姫!!」
フォンはなんとかモンスター達の攻撃をいなし、リオーネの解放を試みようとしたが、その行動は叶わなかった。焦っていたフォンに、機会を窺っていたかのように強力な闇の衝撃波が放たれる。
「ぐぅッ……!!」
「フォン!!!」
フォンは直撃を喰らった。かまいたちのように体のあちこちを切り裂かれながら、そのまま数メートル吹っ飛ばされる。
大木に頭をドシンと盛大に打ちつけ、そこでなんとか止まった。
切り裂かれた体と打ちつけた頭からは血が流れ出ていた。
「う……、クソッ……」
辛うじて意識はあったがもう動けるような状態ではなかった。分断されたフォンとリオーネの周りをそれぞれにモンスター達が取り囲む。
「フ……、口ほどにもない。もう終わりですか?」
先程の闇の衝撃波を放ったジェイルが、モンスターの群れをかき分けながらゆっくりと進み出る。モンスター達は唸り声を上げよだれを垂らしながら襲いかかりたい衝動を必死で抑え、ジェイルの次の指示を待っているようだった。
「たったこれだけで終わりでは、猛り狂ったモンスター達の気を鎮めることができませんね。さてどうするか……」
もう動けなくなったリオーネとフォンを交互に見ながらジェイルは愉しくてたまらないといった様子の邪悪な笑みを浮かべる。
「人質は二人も必要ないでしょう。どちらかを殺す。……どっちがいいでしょうかねぇ」
リオーネとフォンに戦慄が走る。
腹の底から湧き上がってくるような恐怖に、体が冷たくなってくるのを感じた。
「殺すなら……私を殺せ……!」
フォンが絞り出すような声で呟いた。
目の前でリオーネを殺されるなどということは――それだけは絶対にダメだ。
「フォン!! だめよ!! 私だってあなたが死ぬのは耐えられないわ!!」
リオーネも叫ぶ。
フォンはダメージも深く、もうしゃべるのが精一杯という感じだった。
対するリオーネは蜘蛛の糸で体を拘束されてはいるが、なんとか魔法くらいは放てそうだった。
拘束された際に杖を飛ばされたので威力は落ちるだろう。だが取り囲むモンスターの群れの距離から察するに、一つの魔法を詠唱するくらいの時間はあるはずだ。
素早く魔力を練り、離れた対象に効果を及ぼすように術式を頭の中で組み立てる。効果は少なくとも、少しくらいは状況が好転することを祈って。
「―リペ……」
癒しの魔法をフォンに放とうしたところで、蜘蛛の糸が声を出せないくらいにリオーネをきつく締め上げた。
同時に体中の魔力の巡りが悪くなる。この蜘蛛の糸には魔力錬成を妨害する作用も働いているようだった。
「ック……!!」
息もできないほどに締め上げられる。
「おおっと、癒しの魔法を使えるとは厄介ですね……。殺しておくのはあなたのほうにしましょうか」
ジェイルがニヤリと冷たい笑みを浮かべながらリオーネを見る。
その言葉に呼応するように、リオーネの周りに大型の蜘蛛モンスターがさらににじり寄って来た。
「彼らは人間の肉が大好物でしてね。ちょうど蜘蛛の糸に捕まっていることですし、そのまま生きたまま彼らに捕食されて下さい」
「……ッッ!!!」
ゾッとするような恐怖がリオーネを襲う。
だが声も出せず息もできない。
蜘蛛達は口から涎を垂らし、牙をシャキンシャキンと擦り合わせながら近づいてくる。
……もうどうすることもできなかった。
「ひ、姫……ッ!! た、頼む……やめてくれえええ!!!」
フォンの絶叫虚しく、蜘蛛達は巨大な口を開けてリオーネに飛びかかった。
――――終わった……。
リオーネは固く目を閉じた。
自分の冒険は……そして人生はここまでだと悟った。
城を飛び出したことを後悔はしていない。
この平和とは言い難い世では、城にいたところでモンスターに殺されるのはどうせ早いか遅いかだけの違いだ。
なので城を飛び出して危険な冒険の中に身を置いたこと自体を後悔はしていないが、だがせっかくこうして旅に出たからには何かを為したかった。
フォースを見つけ、協力し、そして共に平和な世界を取り戻したかった。
しかしそんなことを望めるほど、自分達は強くなかったのかもしれない。
おこがましい願いだった……。自らの無力さをリオーネは痛感した。
レキにも迷惑だけをかけてしまった。
これほどの強さのジェイルとモンスター達の追跡を受け、きっとレキも無事では済まないだろう。
この先フォンを人質に、レキがなす術なく殺される未来をリオーネは鮮やかに想像できてしまった。
……ごめんねレキ……。
最後にもう一度だけ会いたかった……。
リオーネが全てを諦めて目を閉じた時、突然凄まじい衝撃波が大地を揺るがす怒りのような轟音を立て、リオーネとフォンとその周りにいたモンスター達全てを飲み込んだ。
――ドォォオオオオン!!!
「!!?」
リオーネは何が起こったのか訳がわからなかったが、その衝撃波はジェイルが放つような邪悪な類のものではなかった。
逆に、包み込まれるような優しい感覚を感じる暖かい光の衝撃波だったが、その光はモンスターにとっては耐え難いほど苦しいようで、一瞬にして消滅したものもいれば、もがき地面に転がり回っている者もいた。
リオーネを拘束していた糸は一瞬にして溶けた。
「な、なに……これは……?」
リオーネは呆然と呟く。フォンも何が起きたかわからない様子だったが、リオーネが無事だったことに心底安堵した表情を見せた。
「ぐ……ぐぅぅうう……! これは……!!」
光に苦しみ、よろよろと後退しながらジェイルが唸る。
まだ眩いほどの光で遠くまでの視界ははっきりしなかったが、ふいに聞き慣れない男の声がした。
「お~い……。開幕ブチ切れでそれぶっ放すかよ……勘弁してくれレキ」
「!!!」
――レキ……!!?
聞こえて来た名前にその場にいた全員の時が一瞬止まる。そしてそのすぐあと、ジェイルとリオーネ達の間に割って入るように二人の人影が立った。
光が収まってきたそこには、この場にいた全員が正に探し求めていた少年が、抑えきれない怒りを滲ませながら剣を構えて立っていた。
「クローレン、今オレすごく怒ってるから。普段より力が湧いてくるみたい。倒れたりしないから大丈夫だよ、それより後ろの二人をお願い」
レキは鋭い目でジェイルの方を睨んだまま隣にいる茶髪の男に早口で答えた。
「ヘイヘイ……。でも無理はするなよ、マジで」
クローレンと呼ばれた男はレキの意向を受け、リオーネ達のそばでまだ転げ回っていた数匹のモンスター達を一瞬で屠った。光がかなりの致命傷になっていたようでモンスターは呆気なく無へと帰していく。
「レキ……? ほんとにレキ……?」
リオーネは呆然としたまま呟いた。
まさかレキのほうからこの場に駆けつけ、ピンチを救ってくれるとは思いもしなかった。
いったいどうやってあの大群のモンスターを退けたのか、混乱でわからないことだらけだったが最後に会った時より随分強くなったように感じられた。
「ジェイル……ふざけるなよ。これはどういう事だ」
今までに聞いたことがないような怒りに震える低い声でレキが鋭く言った。
対するジェイルは始めは光に苦しんでいたようだったが、徐々に収まったことによって冷静さを取り戻しつつあった。光の波動は大群のモンスターの群れを標的としていたため、ジェイルには直撃ではなかったようだ。
「フ、フ、フ……フハハハハハハ!!! 本当に……本当に生きていたんですねレクシス皇子! 随分と久しぶりじゃないですか!!」
ジェイルは狂ったように笑い出した。
「まさかあなたの方からお越し頂けるとは。そこの二人も結果的には役に立ってくれましたねぇ」
「……彼女達は関係ないだろ。どうしていつもオレを殺すために関係ない人まで殺すんだ。エレメキアもお前がモンスターに……」
相変わらず愉快そうに笑い続けるジェイルにレキは心底怒りを感じながら詰問する。
「ハハハ、もちろんそうですよ。あなたがモンスターの最大の脅威であるグランドフォースだと気づきましたからねぇ!! どんな手を使ってでも、殺そうとするのは当然です……! たとえ国を滅ぼすためにこちらが甚大な被害を被ったとしてもねぇ……!!」
―――――え……?
今、とんでもないことが聞こえた、とリオーネとフォンは思った。
グランドフォース。
確かにジェイルはそう言った。
リオーネとフォンが探し求めているグランドフォース。
たった一人の皇子を殺すためだけにモンスターに滅ぼされたエレメキア。それほどモンスターが必死になって殺そうとする存在――レクシス皇子。
それはつまり、そういうことだったのだ。
エレメキアの皇子・レクシス皇子――レキが――グランドフォース。
先程の凄まじい光の波動と今もレキから淡く発散されている白い光のオーラこそがグランドフォースの力であるということを正に証明していた。
「フフフ、あなたが本当にニトとティオを残して逃げおおせていたとは……」
その言葉に、レキの周りの空気がさらに一際ピリついた。
抑えきれない何かを押し殺すように、レキは震える声で聞く。
「ニトとティオはどうなった……?」
「フフ……フフフ、おかしなことを聞きますね皇子。……そんなの分かりきったことでしょう?」
ジェイルはレキの反応を楽しむように、たっぷりと間を空けて言い放った。
「殺す以外の選択肢があったと思いますか? 最も皇子に忠実で有能だった邪魔者達を……!!」
その言葉を聞いた瞬間、レキは無言のまま弾けるようにジェイルに斬りかかった。
――ギィン!! と激しい金属音を立て、ジェイルの闇の剣とレキの剣が交わる。
ニトとティオの最期を見ていないレキとしては僅かな望みをかけ聞かずにはいられないことだったが、わかっていたはずの答えにも怒りが抑えきれなかった。
「許さない……!」
「結構ですよ。私ももう、あなたを逃しません」
レキとジェイルの激しい交戦が始まった。