~第十九章「再会」~
時は少しだけ遡り——花の都・ダンデリオン。
レキとクローレンはモンスターを殲滅させた後もしばらくダンデリオンに通ったが、艶美の死姫プレゼナは姿を見せなかった。
やはりもうレキが撃退したか何かでここにはいないと判断し、二人はダンデリオン攻略を終えた。
そしてジース達にもダンデリオンからモンスターはいなくなったことを伝えたが、彼らはやはりダンデリオンへは戻らないようだった。
もう街自体は荒れ果ててボロボロだったし、フォースの花を守る必要もなくなったため、ダンデリオンを復興することよりも、別の場所でやり直すほうが早いと考えたようだった。
近くには他に大きな街がいくつもあるので移住するという選択肢もあるし、このダンデリオン郊外の簡易的な集落を今後発展させていくという選択肢もあるようだった。
もちろん彼等がそうすると決めたことが一番いいだろう。ダンデリオンに群がるモンスターは一掃したため、以前よりはマシな環境になったはずだ。
レキとクローレンはまもなくダンデリオンを立つこととした。
「もう行っちゃうんだ……。寂しいな、ずっとここに居てくれたらいいのに……」
二人が出発する前、ルーシィはクローレンと別れるのをかなり残念がった。
モンスターの街に一人取り残された自分を救い出してくれたクローレンは、ルーシィにとってのヒーローとなっているようだった。滞在中、ルーシィはクローレンに対してかなり好意的な態度を見せていた。
「あー……、いや〜まぁ……またどっかでこの辺に来た時には寄るからよ」
クローレンはいつになく彼らしくない煮え切らない答えを返した。いざ異性から好意を受けるとどう対応するべきか戸惑った様子の彼は結局ここに留まることはしなかった。
「クローレン、もし残りたいなら残っていいんだよ?」
「くどいな。オレはお前の旅に付き合うんだってば」
毎度のレキとのそのやり取りを交わし、レキとクローレンはダンデリオンを立ったのだった。
次はどこへ向かうかを二人で考えている際に、ふとレキは深刻に何かを考えるようにじっと黙った。
「どうした? レキ」
「……いや、なんか……すごくなんとなく……って感じなんだけど……」
レキは相変わらず考えるような姿勢を崩さずに言う。
「フィルデラ方面に行くべきかなって……気がする」
「おーフィルデラね。確かにでけー街みたいだしな」
クローレンも同調するように頷く。
「うん……大きな街ってのはそうなんだけど、なんかそれ以外に……行かなくちゃいけないかなって気がすごくして……」
「? ほう」
レキは言うべきか迷いながら、やがて口を開いた。
「シーラが言ってた予知夢の男の話なんだけど……オレには心当たりがあってさ」
唐突に予知夢の話になったことにクローレンは一瞬面食らった。そういえばそんな話もあったな……という感じだ。闇を纏った男がレキを追ってくるとかなんとか。
「その時にシーラがあとで追加で教えてくれたんだけど、予知夢に関することで今後オレが感じ取った第六感的なものは、ほぼ正しいって。シーラの魔法に感応して予知に近いものを感じれるようになるって」
「……ほう」
それは初耳だった。あの時クローレンはすぐ酒場に向かったので、その後にした話なのかもしれない。
「んで、何が言いたい訳だ?」
クローレンは確信を話すよう促す。
「…………。ほんとに何となくなんだけど……そのオレを追って来てるっていう男が、今まさにフィルデラ辺りにいる気がするんだ」
「は? んならそっちに行くのは危険だろ!? 迂回して避けるべきじゃねーのか?」
レキの発言に、クローレンはとんでもないとでも言うように当然の提案をした。せっかくシーラが予知をし、危険を回避させてくれようとしているのに自ら突っ込んでいくのはアホの極みだ。
「そうなんだけど、その男がもしもオレの予想通りの人物だったとしたら……オレは……会ってみないといけない。会って確かめたいことがあるんだ。それに……」
レキは一呼吸置いて続けた。
「今、すぐにでも行かなきゃいけない気がする……行かなきゃ、何かに間に合わないような……」
そうしてシーラの感応を受けたレキの第六感を信じ、二人はフィルデラまで全速力で進んだ訳だったが、まさか本当にレキを追って来た男と間一髪の場面に遭遇するとは思わなかった。クローレンはレキのフォースの光にダメージを受けて転げ回るモンスターをあらかた倒しながら、やれやれと呟いた。
「あ~~……お二人さんもしかしてレキの知り合い? 大丈夫か? マジでこんな状況とはな……」
クローレンはリオーネとフォンを交互に見ながら若干呆れ気味に言う。口調は面倒臭そうな感じだったが、重症で動けないフォンをリオーネのすぐそばに運んでくれた。
「ありがとう……あなたは……?」
リオーネはすぐさまフォンに癒しの魔法をかけながら聞く。
「ん? オレ? オレはクローレン。レキの仲間だけど」
クローレン……どこかで聞いた名前だと思ったが、しかしそれよりもレキが仲間と一緒だということにリオーネは驚いた。
フォースを探して旅しているとはっきり言ったのに自分達の誘いを断ったグランドフォースのレキ。なのに目の前のこの男とは行動を共にしているようでかなり親しい間柄のように見える。なんだか少し納得がいかないような気がしたリオーネだった。
「姫……! レクシス皇子は……!?」
リオーネの癒しの魔法を受けながら、フォンが掠れ気味の声で聞く。
「……戦ってくれてるわ。ジェイルと……」
加勢したいが今の自分達の状況では足を引っ張りかねない。リオーネは癒しの魔法を発動させながら、レキの戦いの行方を心配そうに見守った。
————
レキはジェイルとの激しい攻防を繰り広げていた。物凄いスピードでお互いの剣が動き、攻撃を仕掛けてはそれを防がれ、同じく相手の攻撃もギリギリのところで防ぐ。お互いにまだ決定打は入っていなかった。
先程レキはリオーネ達を助けるために指南書で習得した“粒子砲”を一度使っていた。
ダンデリオンで試しながら使っていた時は、体に残った全エネルギーを度々放出してしまっていたが、何度か試すうちに若干コツを掴んできていた。
残ったエネルギー全部というわけではなく、ほんの少しだけ余力を残すこともできるようになってきていたのだ。
ただそれでも一度あの技を使うと一度に力を使い切ってしまうのは事実だったが、今のレキはジェイルの所業に非常に怒っており、普段のフォース解放状態よりも圧倒的に力の絶対量が多くなっていた。
ジルカールでの対イズナル戦でもそうだったが、紋章の力は感情の波によって大きく爆発力が変わるようだ。
今のレキは怒りの感情により、通常時とは比べものにならないほどフォースの絶対量は倍増していたが、だとしても開幕時に力の大半を使ってしまった影響は大きく、絶好調とは言い難い状態ではある。
だが、そうしなければリオーネは殺されていたのは事実なので、力を使ったこと自体に後悔は全くなかった。
あとはいかに残った力でジェイルを倒すか。まだヘロヘロで動けなくなるほどではなく、少し余力はある。絶対にこの男だけは許すことができないとレキは何度も際どい剣撃を放つが、ことごとく寸前のところで防がれたりかわされりしていた。
「ほらほら、どうしました!? 許さないという割にはあまり勢いがありませんね!!」
対するジェイルの勢いは衰えなかった。
レキの攻撃を防ぎ、カウンターを打ちつつ、さらに闇の剣を振り抜くと、剣からは至近距離で闇の波動が発生し、レキを襲っていた。
闇の剣から発生するかまいたちを剣でいなし、フォースの光で相殺しながら、レキはジェイルの尋常ではない強さに並々ならぬものを感じ取っていた。
見た目はただ普通の人間のようにも見えるがこの男は……。
「そう、私は魔族ですよ。今は完全に人間の見た目のように見せていますが、人間ではありません」
レキの考えを見透かしたようにジェイルは言う。
「私は“世界を破滅へといざなう者”の直属の臣下、“深淵の看守”ジェイルですよ……」
「!!!」
やはりこの強さ……ジェイルも“世界を破滅へといざなう者”の直属の臣下というやつだったか、とレキは納得した。とにかく、この危険な男は必ずここで倒しておかなければならない。
「ティオやニトが寂しがってますよ皇子? 皇子も早く向こう側へ行ってあげればどうですか?」
「!! ……お前ッ!!」
レキは一歩大きく踏み込み、ジェイルの懐で剣を振るったがその攻撃は読まれていた。いとも簡単に止められる。
「あんなに皇子に忠誠を尽くした二人だったのに……最後はその皇子に見限られて死ぬとは……可哀想な二人です」
「……!!!」
明らかに、挑発の言葉だった。
ジェイルはレキの傷をグリグリと抉るような台詞を放つのが上手かった。
ダメだとわかっていても、揺さぶられる感情を抑えることができない。
レキは一歩後ろに距離をとったジェイルを即座に追い、追撃の斬撃を放つ。
——ザクッ!!!
しかし、レキの行動は叶わなかった。
完全に動きを読んでいたジェイルが、レキの攻撃を受けると同時に、もう片方にも持っていた剣でレキの脇腹を切り裂いていた。
「……!? 二刀流……!」
ジェイルはもう一方に隠していた剣をここぞと言う時にまで使わなかったようだった。
剣は一本として振る舞い、相手がその動きに慣れてきたところで隠していた二本目を抜く。
剣自体を隠すため、リーチは短いものだったが、相手を深く誘い込むことでその一撃を打ち込むことに成功したのだ。
「フフフ……それにこの刃には特殊な毒を塗ってましてね。闇の波動が効きにくいグランドフォースのあなたにも、効果的に動きを止めてくれるはずなんですよ」
確かに、攻撃を受けた場所から体が痺れるような感覚がジワジワと広がってくる。それに切られた箇所からは血がドクドクと流れ出ており、傷自体もなかなかに深刻だった。
「…………」
レキは肩で息をしながらジェイルを睨み上げる。
「フフ、まだそんな目をする余裕がありますか? いいでしょう、そのまま殺して差し上げますよ……!!」
ジェイルが手にした二刀を振り上げる。
「レキ!!!」
後ろからクローレンの鋭い声が飛び、こちらに向かって来ている足音がした。
だがレキは焦ってはいなかった。
この瞬間を待っていた、とも言える。
力の大半を使っていたため、これ以上フォースを無駄に使うわけにはいかなかったレキは、ジェイルの闇の波動から身を守るため、多少は体に纏ってはいたものの戦闘中はほぼフォースを使ってはいなかった。奥の手を残していたのはレキも同じだ。
ダメージを受け、隙を見せたレキにとどめを刺そうとする瞬間こそ、ジェイル側にも最大の隙ができる瞬間だった。
ギリギリまで引き付け、相手も確実に避けることができない距離と体勢であることを確認する。同時にフォースと魔力を融合させて錬成するイメージを素早く練った。
——もしもこれを外したら終わりだ……。
「—デュランダル—!!!」
祈るような気持ちで、本日二度目となる光の粒子砲を放つ。
威力をそのままとするために、出力範囲をジェイルの心臓付近に定めて最大限に絞り、撃ち放った。
「なッ……!! まだそんな力が……!!?」
ジェイルは咄嗟に剣で受けようとしたが超至近距離から放たれたそれは剣を貫通した。
「こ……これほどのッ……!!?」
先程モンスターの群れに対して放った時はジェイルには直撃しなかったため、ジェイルはその威力を見誤っていた。前言撤回、とんでもない代物だった。
光の粒子砲はそのままジェイルの心臓を貫き、その体を数メートル先の林の奥まで吹っ飛ばした。
「レキ!!!」
クローレンがその場に倒れかけたレキをすぐさまガシッと捕まえ、支える。
「お前二度目はダメだろ、二度目は」
半ば呆れ気味にクローレンが呟く。
「クローレン……ごめん、ジェイルがどうなったか確認してもらってもいいかな……? オレ今動けなくて」
「そりゃそうだろうな」
二度の粒子砲で力を使い果たしたのはもちろんのこと、切られた傷も浅くないし毒も喰らっていたようなので、そんな状態のレキを一瞬でも一人にしておくのは気が引けたが、すぐに後からリオーネが駆けて来たのでクローレンはジェイルのほうを確認することとした。
「レキ!! 大丈夫……!?」
ひとまずフォンの処置を終えたリオーネがレキに駆け寄る。
傷を見ようとレキを抱き起こそうとしたが、レキは力が全く入らないようでリオーネのほうにドサッと寄りかかった。
「ごめ……こんな格好で。リオーネ、久しぶり。キミも無事でよかった」
にこっと弱々しく笑うレキの顔を見た瞬間、リオーネは胸にグッと何か込み上げてくるものがあった。そしてそのままぎゅうっとレキを強く抱き締める。
「リオーネ……?」
動けないレキはそのままただ抱き締められることしかできなかったが、ふとリオーネの体がわずかに震えていることに気がついた。
「お~い、見てきたけどよー。確かに木にぶつかった後があるのに死体はねーぞ……。逃げたか、それかモンスターみたいに死んで四散したか……」
ちょうどそこにクローレンが剣を鞘にしまいながら戻ってきた。モンスターなど魔の命を持つものは、死んだ時に体は四散して消えてしまう。ジェイルもそうなったのかどうかは判断がつかなかった。
だが周辺の雑木林からは、殺気や闇の気配の類いは完全に消えてなくなっていた。
「……おぉ? 随分と仲がよろしいことで。けどイチャつく前に怪我と毒をどうにかしたほうがよくないか?」
クローレンがくっついたままのレキとリオーネを見下ろしながら少し呆れたように言う。
「イチャつく……!? いや、そうじゃないよ。さっき多分怖い思いをしたから……。リオーネ、大丈夫?」
レキは心配そうに聞く。自分のほうが余程ボロボロだというのに、どうしてそんなに相手のことばかり気にかけるのか。リオーネは込み上げてくる思いに余計に何も言えなくなった。
震えているのは先程自分が死にかけるほど怖い思いをしたからだけではない。
もう少しでフォンを失うところだった怖さ、危機一髪でレキが駆けつけてくれた嬉しさ、レキがグランドフォースだった驚き、そして……これほどボロボロになって……レキも死ぬところだった怖さ。
「—リペア……—」
リオーネは抱きついたままで癒しの魔法を発動した。別にこんなに密着する必要はないのだが、近距離ほど効果は高まるし、まぁいいだろう。今はレキと離れたくなかった。
「リオーネ……? ありがと……」
暖かい癒しの光に包まれたレキは、物理的にも精神的にも抱き締められたような心地良い感覚になった。少しずつ傷と毒が癒えていくのを感じる。
そしてそのまま目を閉じたくなる衝動を抑えることができず、そっと目を閉じ、リオーネの腕の中で安心して眠りに落ちた。
————†
フィルデラ・宿屋の一室。
レキはベッドの上で目を覚ました。
「ここは……?」
見覚えのない部屋にレキは起き上がりながらぼんやりと周りを見回す。
「どこかの宿屋かな……? なんか……ウェンデルでのことを思い出すな……」
ウェンデル北の未開の地を冒険した時も、最後は重傷を負って意識を失い、気がつけば宿屋のベッドの上だった。リオーネとフォンの前では毎回倒れているような気がする。情けないことこの上ない。
その時、コンコン、という遠慮がちなノックのあとすぐにドアがゆっくりと開いた。
「……レキ……? まだ寝てる……?」
入ってきたのは手に暖かいスープを持ったリオーネだった。そしてすぐにレキが起きていることに気づくと、スープの皿を脇のテーブルに即座に置き、再びレキに抱きついた。
「わっ!! ちょ……リオーネ!」
女性に抱きつかれるのは慣れていない。倒れる前は動けなかったし意識もぼんやりとしていたのであまり気にならなかったが、今は抱きつかれると相手の体の柔らかさがダイレクトに伝わってきて、どうしたらいいのかわからなくなった。
リオーネはお忍びの身とはいえ王女という立場なので、こんな風に決められた相手ではない異性に抱きつくということは、あまりよろしくない行動だろう。
「ちょっと、いっかい離れて……!」
レキは焦って急いでリオーネを引き離そうとしたが、リオーネは離れまいとさらにぎゅうっと強く抱きついてきた。さらに押しつけられる体の感触にレキは顔が熱くなってくるのを感じた。
「……ッ!」
レキが固まっていると、リオーネはようやく少しだけ力を緩めてくれた。緩めてはくれたが捕まえているのを離してはくれなかった。
「レキのバカ!! なんで……なんで全部教えてくれなかったのよ! エレメキアの皇子だってことも、グランドフォースだってことも……!! 私達、フォースを探してるってはっきり言ったのに……!」
「リオーネ……」
ジェイルを介してレキのことはリオーネとフォンに全てバレてしまったようだった。
だが、今回のことでレキは改めて自分と一緒に行動することの危険さを再認識していた。自分を追ってきたジェイルに危うく殺されるところだったリオーネとフォン。ギリギリ間に合ったが、もしも間に合っていなかったらと思うとレキはぞっとした。
「えーと、何かの間違いじゃないかな? オレはえっと……グランドフォースじゃない……」
「あなたが眠ってる間に左胸にある紋章、確認させてもらったわ」
「え!? ちょっ……人が寝てる間に勝手に!? ずるいよ!」
「だってそうじゃないと、あなたまた誤魔化すつもりだったでしょ? もう逃さないわよ、グランドフォースのレクシス皇子」
「…………」
リオーネに自分の正体がバレてしまったのは、とんでもなく取り返しがつかないことだったのではないかとレキはちょっと思った。有無を言わせぬその物言いに冷や汗が頬をつつつと流れる。
そこへちょうどクローレンがフォンを支えながら入って来た。
「えーと姫さんよ~、なんかコイツがレキと同室がいいっつーから連れて来たんだけど……ってどした? お前らまたイチャつきやがって……起きた途端それかよ」
クローレンはレキが起きているのに気づき一瞬安堵した表情を見せたが、ベッドの上で再び二人が熱い抱擁を交わしているのを見て、すぐに冷めた視線になった。
「なんかお邪魔みたいだぞ。お前は別の部屋のままのがよくねーか?」
「……だめだ。レクシス皇子を見張らなくては」
フォンはまだ重傷が治りきっていない様子だった。癒しの魔法は受けただろうが、表面的に傷が塞がっても大量に失った血はすぐには戻らないため、まだフラフラで本調子ではない状態だった。
「え!? オレ何もしてないよ! リオーネ離れて……!」
「だめ。見張るっていうのはあなたが逃げないためよ。フォンもあなたもまだ完全回復には時間がかかるけど、あなたが先に治っちゃって私たちを置いて行かないためにね」
明後日のほうを向いたフォンに、どうやらそれだけではないような気配を感じ取ったクローレンだったが見なかったことにした。
「あ~~……えっと、取りあえず全員意識が回復したわけだし、オレにもいろいろと説明してほしーもんだな。このお姫さんは……えーとなんちゃらの国の王女ってのは聞いたんだけど……レキの女か何かか?」
親しげにくっついている二人にクローレンは素朴な疑問を投げる。
「違うよ! そういうんじゃ……」
「まぁ、そうかもしれないわね。婚約者だし」
「!? いや、でも婚約は結局成立してないよね?」
「正式に婚約の儀式は行う前だったけど、話があった時点であなたと私は婚約者も同然だわ」
「……姫は断るつもりだったって聞いてましたけどね」
「フォン、黙ってて」
ギャーギャーと三人がそれぞれの言い分を言い合う。そのかなりの五月蠅さに、自分から聞いておいてどーでもよくなってきたクローレンはやれやれとため息を一つつくとそっと部屋を出た。
————
それからなんとか騒動はひと段落し、クローレンは再び部屋に戻ってきた。
クローレンには改めてリオーネとフォンを紹介し、ウェンデルで出会った時の経緯や、リオーネがセルフォードの王女であること、レキが滅びた国エレメキアの皇子だったことなどを話した。
意外にもクローレンはレキの過去を何となく知っていたようだった。
シーラがレキのことを本名で呼んでいたし、よく酒場に出入りする彼は様々な情報を自然と得ており、モンスターの侵攻によってエレメキアという滅びた国があることや、亡国の皇子の名前がレクシスだということを小耳に挟んだことがあったのだった。
それでレキの過去をある程度推測はしていたが、レキ本人には知っているということを言っていなかった。レキが自分から言いたくなるまでは知らないフリを通していたのだ。
そのクローレンらしい気遣いを知り、レキは改めてクローレンに心底感謝した。
リオーネのほうからは、レキと別れてからの経緯や、ジェイルと出会った際に自分達からレキの情報が漏れてしまったことなどを説明した。
「ごめんなさいレキ……。私達のせいで」
「ううん、気にしないで。どうせいつかはオレが生きてることがバレてたはずだよ。それよりオレの問題にキミ達を巻き込んで……危険な目に合わせちゃって、オレのほうが申し訳ないよ」
リオーネの謝罪に、レキもさらに謝った。
しかし、そのレキの謝罪は受け入れられなかった。
「それは違うわレキ。巻き込まれたんじゃないわ。言ったわよね? 私達フォースを探し出して守護するために旅してたの。確かにあなたはすごく強くなったし……弱い私達の力なんか必要ないかもしれないけど……」
そこでリオーネはちょっと自信なさそうになった。今回のことで自分達の力が全く通じないことを痛感したのかもしれない。
「でも……あなたが怪我した時、私の癒しの魔法は絶対に役に立つと思うし、フォンだってこれからまだまだ強くなるわ。私達を連れていって損はないと思うの。だから危険に巻き込まれたとか……そういうことじゃなくて、私達は望んであなたの力になりたいのよ」
リオーネは力説する。
「きっとあなたはウェンデルで別れた時に、私達のことを思って正体を教えてくれなかったんだろうけど……そんな気遣い不要だわ。私達だってあなたが心配だし、知ってしまった以上もう一人にしたりしない。絶対にあなたについて行って、グランドフォースの旅を助けるんだから」
リオーネの必死の訴えに、その場はしばらく誰も何も話さなかった。
当の本人であるレキもどうするか決めかねている様子だ。
その言葉はとても嬉しい。一緒について来てほしい気持ちはもちろんあるが、ほんの少し前にジェイルに殺されかけた二人の光景を思い浮かべるとレキは躊躇してしまっていた。
「……え~~っと……。一人にしたりしないっつったけどオレの存在も忘れるなよなー。オレはレキと一緒に旅してんだけど」
突然クローレンがボソッと呟いた。
その言葉に全員が同時にクローレンを見る。
「……少し前から思ってたんだが、この男は一体何者なんだ? 我々の誘いは断ったのに、この男とは一緒に旅してるようだし……そんなに腕がたつのかこのクローレンとかいう男は」
フォンが訝しげな表情を浮かべながらクローレンのほうを見る。二人にはまだクローレンの名前だけしか紹介していなかった。
「そうよね、ウェンデルで別れた時は一人だったのに、このクローレンって人とはどこで出会って何で一緒に旅することになったの?」
リオーネも素朴な疑問を聞く。
そこに何かヒントがあれば自分達もレキの旅に連れて行ってもらえるかもしれない、と思ったのだ。
「えっと……、クローレンとはこの大陸に渡ったばかりのカルサラーハって港町で出会って……」
フォンとリオーネの何でもない疑問にレキは答えようとしたが、そこまで言ったところでピタッと止まってしまった。
クローレンと出会った経緯はあまり良くはなかった。カルサラーハで偽物フォース騒動を起こし、街を追い立てられたまま何だかんだで一緒に旅をし始めたわけだが……。
今となっては勿論クローレンはレキのかけがえのない相棒で、彼がいなくなることは考えられないし、クローレンの良さをレキはたくさん知っている。
ただ出会いの経緯からどうやってそれをリオーネ達に説明しようかと考えているところで、ふとリオーネがボソッと呟いた。
「クローレン……カルサラーハ……なんかそれ私も聞き覚えがあるような……」
そこまで呟いたところで、リオーネは唐突に何か閃いたかのように「あ!!」と叫んだ。
「“クローレン”!! そうだ! たしかカルサラーハの街でフォースの聞き込みをした時に教えてもらった……グランドフォースを名乗って騒げるだけ騒いだっていう迷惑な偽物男!!」
リオーネは勢い良くクローレンを指差しながら叫んだ。
その言葉に、その場は一瞬にして凍ったような空気が漂う。全員が黙り何も発せず、しーんとなった。
「…………。すごく……噂になってるみたいだね、クローレン……」
レキが沈黙を破り、ボソッと呟く。
もう二度とカルサラーハには行けないな……と思うレキだった。
————
それから数日、レキとフォンが回復するまでの間ずっと、一緒に旅するしないでレキとリオーネ達は揉めていた。
レキは一緒に旅はしないの一点張り、リオーネとフォンはついて行くの一点張りだった。
ここまで揉めたのはリオーネとフォンがクローレンの同行をよく思わなかったことも関係していた。危険がつきまとうというのももちろんだが、上手くいかないメンバー同士で無理矢理旅をするということもトラブルの種になりかねないからだ。
「なぜそこまでしてクローレンと一緒に行くと言うの? 正直レキと一緒にいるのが釣り合うような人間性の高い人に思えないんだけど……」
リオーネはレキの頑なな態度に不思議そうに言った。レキはある程度クローレンのいいところを教えたつもりだったが、二人にはあまりピンと来なかったようだ。言葉だけではレキが思っているクローレンの実際の良さは伝わらなかった。
それよりもカルサラーハでの偽フォース騒ぎの悪評がかなり強烈過ぎたようだった。
「そうですよレクシス皇子。そんな軽薄な男を連れて行くのは、それこそ危険だと言えます。私達のほうが余程役に立ちますよ。その男こそ、ここに置いていくべきでは?」
「…………。絶対に嫌だ。クローレンが行かないって言わない限りは、オレはクローレンと一緒に行く。あまりオレの仲間を悪く言わないでもらえないかな? オレはリオーネ達よりクローレンを選ぶから」
珍しく怒ったような様子ではっきりと意思表示するレキはなかなか頑固だった。
「……お~~、まさかここまで懐かれるとは。オレも最初は苦労したけど……ちょっと気分いいな」
クローレンは優越感を隠しきれずにニヤニヤするのを抑えることができなかった。
どうやら天下のグランドフォース様は、美人なお姫様より強そうで従順な剣士様より、自分——クローレンのほうを余程必要としているようだった。
「ふっふっふ、悪くねーな。この感じ」
そしてまたクローレンのそのふざけたような態度に、リオーネ&フォンとの対立は深まるのだった。
————
さらに数日後。
リオーネの癒しの魔法により思ったより早く良くなったレキは、そろそろ次の街へ向かうべく旅立つ準備をしていた。
このフォルデラは既にリオーネ達がフォースに関する情報収集をしており、その共有をしてくれたためこれ以上留まる理由はなかった。
この街で得た情報はダンデリオンのフォースの花のみとの事。そのダンデリオンはモンスターに滅ぼされていたが、そのモンスター達も殲滅しフォースの花の封印も既に解いたことを伝えると、リオーネとフォンは口をあんぐりと開けて驚いていた。
「じゃクローレン、そろそろ行こうか」
レキは同じく荷造りが終わったと思われるクローレンに声をかける。
「……うーーーん」
クローレンは珍しく何かを考えこんでるような様子だった。
「どうしたの? クローレン」
「お前、ほんとにお姫さん達置いて行くつもりなんだな」
フォンの怪我ももうほぼ治っており、リオーネとフォンはレキの旅路についてくる気満々のようだった。今日は彼等は旅立つ前の物資補給のため、ほんの少しだけ外出しているわけだが、その隙を狙って出発しようとするレキはなかなかに頑固だなとクローレンは思った。
「お前が寝込んでる間にお前の分まで物資補給を頼むと思ったら……こーゆーことか」
やれやれとクローレンはため息をつく。
「本人達が危険を承知で来たいっつってるんだから、テキトーに連れてきゃいーのに」
「……でも」
それ以上は何も言わずにレキは黙った。
実際レキも少し迷っているような様子だ。
「オレはあの二人、連れて行く方がいいと思うけど」
「……なんで? でもケンカしない?」
レキは意外そうにクローレンに聞く。この数日間クローレンと、特にフォンはよく言い合いをしており、全くもって反りが合わない様子だった。
そのクローレンが一緒に行くほうがいいと提案するとは思ってもみなかった。
「まぁ、人数は多い方が安心だろ。あいつらもまーまーやるみたいだし。……それに、姫さんの癒しの魔法はかなり重宝するだろ。今回みたいにお前がおもいっきり怪我しても、オレにはどーすることもできねーわけだからな」
「…………」
確かにリオーネの魔法はすごく助かったのは事実だ。
今回怪我をしたのはレキだったが、この先クローレンが大怪我を負ったとしても、その時レキも何もできない。それはかなり不安要素ではある。
「まぁ人数が増えても、オレもなんとか上手くやるぜ? あのフォンって奴はちぃっと気に食わねーけどな」
ハハハ、とクローレンが笑う。
レキは相変わらずじっと黙って考え込んでいた。
「でも……ほんとに来てもらっていいのかな? グランドフォースってさ……すごく狙われるんだよ。ほんと、嫌になるくらい……。国が滅ぶくらいなんだよ?」
レキは苦しそうな表情で絞り出すように呟いた。
「でもオレは連れてくんだろ?」
「うん……。クローレンには来てほしい。……ごめんね危ないのに」
レキはちょっとシュンとしながら言った。
「いいぜ、気にすんな。でもそれはあの二人だってわかった上で言ってるわけだからな。なんかもう、一人連れてくのも二人も三人も変わんなくねーか、ぶっちゃけ」
「…………」
それからレキはかなり長い時間何も言わずに黙った。
リオーネ達を置いて行くのならすぐに出発しないと見つかってしまうのだが、レキは動こうとしなかった。
その行動がレキの本心を物語っていると言ってもいい。
やがてかなり経ったあと、ようやくポツリと呟く。
「……一緒に来てほしい。……みんなに」
「だよな。じゃー待とうぜ。あいつら帰ってくるまで」
それから5分も経たないうちにリオーネとフォンは戻って来た。
レキとクローレンが出発準備万端で立ち尽くしているのを見て盛大に焦る。
「えッ!? 何してんの!? なになに! もしかして今から出発するとこなの!? 出発するのは明日って言ってたのに!! もしかして嘘だったの!? こっそり行こうとしたの!?」
リオーネが驚きながらめちゃくちゃ一気に聞いてきた。
「…………。違う。明日だよ」
レキは荷物を下ろした。クローレンも同じく荷物を置く。
「おいキミ達、いや……レクシス皇子、それとクロなんとか。絶対に今黙って行こうとしてましたよね? さすがに空気がおかし過ぎましたよ?」
フォンがジトっと納得のいかない表情で二人を見る。その言葉にすかさず、クロなんとかって誰だよとクローレンが若干イラッとしながら小声で突っ込んでいた。レキを説得したのはオレだぞ、ともボソッと呟く。
「フォン、前みたいにレキって呼んでよ。敬語もやめてほしいな。オレもう皇子じゃないし」
レキは張り詰めていたものが緩んだかのように、少しだけ笑いながら言った。
「フォン、この笑顔に騙されちゃダメよ。今夜は絶対にこの二人を捕まえておいて。逃がしちゃダメよ」
リオーネがとんでもない命令を下す。
男性陣は今や全員同部屋となっていたが、リオーネだけは隣の個室だったため、フォンは見張り役を任命されたのだった。
「わかりました姫。お任せ下さい」
「…………」
その夜、レキとクローレンはフォンの執拗な監視の圧に、あまりぐっすりとは眠れなかったのだった。