Neetel Inside 文芸新都
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弓仙
御前試合

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 時を遡ること二月ほど前――。
 発端は金髪の剣士キースが御前試合を行っていたときのことである。


 木剣が唸って、手首がしたたかに叩かれた。
 相手はそれで持っていた木剣を取り落としてしまった。
 キースはすかさず相手の喉首に切っ先を当てた。観客はおお、と驚嘆の声を上げたが、彼にしてみればこの程度の技は造作も無いことだった。
「それまでっ」
 審判役の騎士が鋭い声で試合の終了を告げた。
 キースは構えを解いて最初の位置まで戻り、見届け役のニバール太子に一礼をした。
 ニバール太子はその年経た獅子のような顔を崩して、ほがらかにキースの勝利を言祝いだ。
「やはり“銀の手”の二つ名は伊達ではないな。剣の技量はローテ家のほうが上回っておるな」
 キースは屈辱に顔を歪ませる試合相手を見て、謙遜せざるを得なかった。
「いえ、勝負事にございますゆえ、今回はたまたま私が勝ちを拾っただけにございます」
 キースの言葉は相手の騎士にとってなんら慰めにはならなかった様子である。張り詰めた気配のまま、騎士はいっこうに面を上げない。
 そもそも、この試合は王宮内での下らない世間話から始まった。
 大陸中央を支配するギンガの国には有名な武門の家系が二つある。ロッタ家とローテ家がそれである。
 キースはこのうちのローテ家の方の嗣子であった。銀の手というのは、キースの突きの鋭さを詩人たちが表現したものである。本人としてはどうでもよい二つ名だったが、呼ぶ方の人間からすれば、結構使い勝手の良い呼称のようであるらしい。
 ある時、暇を持て余した貴族たちの間でどちらの剣技のほうが強いかが話題となった。このような世間話は幾度となくなされており、実際に対決も何度か行われている。歴代の結果を見れば、ほぼ五分で勝敗を分け合っていた。
 では、現在ならばどうかと議論に参加したうちの一人が言い出し、それを聞いたニバール太子が面白がって試合を催したのだ。
 試合をさせられる当人たちにとっては、迷惑なだけの話である。
 キースの相手はロッタ家の分家の騎士だった。ロッタの本家には現在、現役の騎士はいない。そこでこの男に白羽の矢が立ったというわけである。剣名はそこそこ知れており、キースも何度か名前は聞いた事がある相手だった。
 だが結果は無残なものであった。
 実力に雲泥の差があるのは誰の目にも明らか、しかし相手は由緒ある武門の名を背負っている。それゆえ相手を貶めないように、キースはことさら気を配らなければならなかった。
 崩れ落ちた騎士は気迫をみなぎらせて立ち上がった。
「お待ちを。拙者、真剣でなら負け申さぬ」
 その物言いを素早く聞きとめたのはニバール太子だった。異常なほどに好戦的で、血を好むと評される人物である。
「ほう、その大言気に入った。では存分にやってみるがよい」
 キースが断る暇も与えてもらえなかった。
 キースも多少緊張した。木剣と真剣とでは勝手がまったく違う。それは気概と気概をぶつけ合う戦いである。騎士によっては、木剣の試合には無敵だが真剣を持つとからきしという手合いも多いのだ。これは貴門の出身者に多く、逆に下級騎士には真剣に強い者が多いと言われている。
 相手も、それを期待してのことだろう。
 しかし、キースが緊張したのは別の理由からだった。
 キースは自らの剣を抜いた。ローテ家の当主に代々伝わる業物である。卓越した剣士が抜けば、一度に数十の首が飛ぶ。
 試合が再び始まった。
 キースが一歩前に出れば、相手が一歩引く。
 先ほど木剣で行われていた、技と技とを比べ合うような技巧的な戦いではなく、一刀のもとに相手を殺すため、相手の意志を削り、体捌きから相手の思考を読み合うという迂遠な戦いである。
 キースは静かに深い息を吐いた。
――もう良い頃合いか。
 十分に付き合った。さすがに一瞬で決めてしまっては相手に悪い。
――戦場でなら、こんな配慮などせずに済むものを。
 キースは内心苦笑して、突きを繰り出した。
 銀の手という比喩は、その突きのあまりの速さに手が銀色に輝いて見えることを差す言葉である。比喩の質はともかくとして、それは事実を十分に表していた。
 相手の騎士もキースの突きに反応して剣を上げた。
 だが、それが彼の限界だった。
 突如として視界から剣が消えた。
 次の瞬間、騎士の下腹に深々と剣が突き刺さっていた。
 二段突き。それがキースの得意技である。
 信じられないといった顔つきで騎士が倒れこむ。彼はおそらく、自分がどのように殺されていくかも理解していないだろう。
 わっという悲鳴とも歓声ともとれない声が観ていた人々の間から湧き上がった。
 キースの勝利である。
「……ううっ」
 呻く男を見下ろすような格好になった。深く突き刺さった剣は臓腑を傷つけた。このまま数日は生き長らえることはできようが、それは相手を苦しめるだけのことである。
 それよりはいっそ楽にしてやることのほうが慈悲であり礼儀であった。
「侯子、とどめを」
 審判の男に促されてキースは男の首筋に刃を当てた。騎士のほうも見苦しく狼狽するような真似はしない。
 キースが剣を引き上げると、血飛沫が四方に飛散した。
 血塗られた剣を下げたまま、再びキースは男を見下ろした。
 その表情は、悲しげである。
 ふと、キースは振り返った。
 まるで誰かに呼ばれたかのように観客たちを見つめ、何かを探るように視線を泳がせた。
「侯子、いかがなされたか?」
「いえ……なんでもありません」
 金色の髪が晩秋の風に煽られて、彼の表情を窺う者は誰もいなかった。

       

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