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相馬は話を続ける。
「まず、男性の恋人の携帯で、大学の教員に、とんでもなく重い風邪にかかり、しばらく休まねばならないとの報告をしました。
これは乙女も同じ大学へ通っていたので、比較的簡単でした。
もちろん、わざとガラガラ声を出したので、声によってばれる事はありませんでした。
大変なのは、男性の恋人の友人、家族からかかってくる電話やメールです。
まず、乙女は男性の恋人の携帯の履歴を全て見ることにしました。
一度見ただけでは、男性の恋人の現在の状況、メール文の組み立て方が覚えられなかったので、
常に携帯を手にし、何度も何度も読み返しました。
そして、風邪で声を出すのが苦しいから、なるべく電話はかけないで欲しい、との事を男性の恋人の友人や家族に伝えました。
風邪をうつしては悪いので、部屋に来るのも控えて欲しい、とも伝えました。
そんな努力の甲斐あって、乙女は男性の死体との甘美なる生活を手に入れました。
乙女の恋人の死体は、見つかっては大変なので、乙女の母親の部屋の冷蔵庫にしまっておく事にしました。
乙女は幸せでした。今まで見向きもしてくれなかった男性が、今では自分の思うがまま。
抱きしめる事も、口付けを交わす事も、男性は全く拒みません」
相馬はまたコーヒーを一口飲む。
「しかし、幸せな時は長くは続きませんでした。
乙女の隣の部屋に住む女の子が、男性の死体の匂いに気がついたのです。
乙女はあわてて、肉を腐らせてしまった、と嘘をついてその場を凌ぎました。
甘美なる時間は、終わりを告げました。
乙女と乙女の母親は、急いで対策をとらねばなりません。
まず、乙女の母親の冷蔵庫に入っている、男性の恋人の死体を、お風呂場でバラバラにしてコンパクトにしました。
それでなんとか、男性の死体もとりあえず冷蔵庫に入れる事が出来ました。
これで匂いの問題はなくなりました。
しかし、乙女は言います。
このまま男性の恋人として生き続けても意味が無い。
第一、こんな綱渡りのような生活がいつまでも続けていけるはずがない。お母さん分かるでしょう。
乙女は、あの部屋で、男性の死体と共に、男性の恋人として自分も死にたい、と願いました。
男性と男性の恋人である自分が腐り果てるまで、一緒に居たいと、そう願いました。
乙女の母親は、その乙女の切実な願いを無視する事ができませんでした。
次の日に、乙女はなにやら怪しげな薬を部屋に持ち帰ってきました。
どこで、どのような方法でそれを手に入れたのかは、乙女の母親は分かりません。
乙女は、その薬を飲む前に言いました。
男性の恋人の手が欲しい、と。
その手は、生きている間に男性と何度も手を握り合い、男性と触れ合ってきた手です。
その手が自分のものになれば、もう望む事はない。
そう乙女は言ったのです」
相馬を睨みつける目の色は変わらない。
しかし、相馬にはそれが少しも恐ろしくなくなっていた。
「乙女は薬を飲みました。
乙女の母親は、乙女をお風呂場に運びます。
そして、乙女の手首を鋸で切り落としました。
なるべく痛くないように、優しく切り落としました。
そして、男性の死体と乙女の死体を、三階のあの部屋まで運びます。
その作業を誰にも見られなかったのは、もしかしたら神様が乙女に同情してくれたのかもしれません。
乙女の母親は、なるべく幸せに見えるように、二つの死体を部屋に並べました。
もちろん、乙女の手首の切断面の近くに、男性の恋人の手を置きます。
これで、男性の恋人の手は乙女のものです。
男性の恋人の携帯も、乙女の死体の横に起きます。
まるでその携帯は、最初から乙女のものであったかのようです。
やがて、男性の遺体は自然解凍され、乙女の死体は腐りだすでしょう。
そうなれば、当然、匂いに誰かが気付き、この部屋を開こうとするでしょう。
乙女の母親は、二人の幸せがなるべく長く続くようにと願いを込めて、ドアにテープで目張りをしました」