16
相馬は、残っているコーヒーを全て飲み干し、ふーっと息を漏らす。
「一つだけ、よろしいでしょうか」
「はい、一つだけと言わず幾つでもどうぞ」
相馬は笑顔で言う。
「どうして警察に通報した後、302号室の窓の鍵を、わざわざお閉めに行かれたのですか?」
「ああ・・・」
「ずっと、心残りだったんです。窓の鍵が開いていては、二人の邪魔をする奴が入ってくるんじゃないかな、って」
相馬を睨みついている目が、少しだけ笑ったように見えた。
それは、相馬がそう望んだからこそ見えた幻覚なのかもしれない。
沈黙が、二人を包む。
「これで、すっきり致しました」
「え?」
「私には、貴女の気が狂っているようには、どうしても見えませんでした」
「あら、まぁ。それはそれは」
相馬は、うふふ、と笑う。
「それにしても、可笑しいわ、うふふふ・・・」
「何が、でしょうか」
「だって貴女、昨日来た刑事さんに話し方がそっくりなんですもの」
「これは、昨日体得した、相手に真実を語らせる話し方、でございます」
「そうなの、素晴らしいわ。うふふふ、あはははは・・・可笑しくて、涙が出ちゃった」
それは、強がりでもなんでもなく、本当に笑い過ぎからくる涙だった。
相馬は、久しぶりに心から笑えた気がした。
感謝しなければならない。
目の前の、小さな黒ずくめの女の子に。
「可笑しいついでに、一つだけお願い事、聞いてもらっていいでしょうか?」
「そこでお願い事をおっしゃられると、距離的に私は聞かざるを得ません」
「うふふ、最もね」
相馬は、また笑う。
「お願いって言うのは、今私が話したことは、誰にも言わないで欲しい、ってこと」
「・・・警察の方は、もう貴女がしたことを大体分かっていらっしゃるでしょう。今更、罪を逃れる事は難しいと思われますが」
「そうじゃありません、全部、私一人でやった事にしたいの」
「それは・・・」
「私、貴女の事が気に入ったから全部話したんですよ。警察なんかに、本当のことを教えるなんてたまらないわ」
「・・・極刑に処されると思われます」
「別に構いません事よ」
女の子は縦に首をふらない。
「駄目、かしら・・・?」
女の子の視線が動く。
「・・・暖かそうな、手袋ですね」
女の子の視線の先には、娘が生前愛用していた、手編みの黒の手袋があった。