Neetel Inside 文芸新都
表紙

自殺後見人
part3 『拙い会話』

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二、『拙い会話』



「読み終わったか?」
先輩はそう言って僕の隣に座った。
「はぁ。何なんです、コレ?」
「記(ロ)録(グ)」
煙草を咥えながら、先輩はそう言う。
『吸うか?』と箱を叩いて煙草を出し勧める仕草をしたが、僕は遠慮した。
ジッポーで火を点(つ)け、さも美味しそうに煙をふかす様は、僕にはわからない。
「はー、うめぇ」
「そうですか」
ジッポーを鞄にしまい、プカプカと煙草を吸う先輩。
僕は手持ち無沙汰になったので、もう一度ログに目を通した。

数分後。
先輩は窓の外に火の点いた吸殻をポイと捨てた。
「下にいる人に当たりますよ」
「大丈夫、大丈夫」
にかっと笑って、先輩はズボンを穿いた。さすがにトランクスだけだと涼しいので、僕も服を着た。

「なぁ、お前はコレ読んで何を思った?」
「え、いや、人それぞれだなって思いました。あと、MさんとIさんの自殺の動機が入っていないのが気になりましたね」
「そうか」
スーツを着た先輩は今度はチェアに座って煙草をふかしている。
僕は先輩とテーブル越しのチェアに座って、缶コーヒーを飲んでいた。

「・・・・・・女の方は企業からの集中的なイジメ、男は不倫トラブルだそうだ」
先輩は唐突にそう言って、ふーっと大きく煙を吐いた。
「なんでそんなこと知ってるんですか」
「お前は下っ端だからな」
即答され、むっとした僕はコーヒーを一気に飲み干した。
「怒るな怒るな」へへっと先輩は笑う。
「どーせ僕は下っ端ですよ」
「冗談に決まってるだろ」
煙草を灰皿にぐりぐりと押し付けて火を消す。
「・・・でも、Mさんは企業から集中的に虐められていたんですよね。誰か一人くらい反対したり、助けようとした人はいなかったんですかね?」
「いるわけないだろ。企業がぶっ潰れたら自分がメシ食えなくなるんだから」
「・・・企業が潰れる?」
「そうだ。その企業はな、北あたりに兵器に転用できる商品を輸出していたんだ。でもって、政府はその情報をがっちり掴んでいてな。こうなったらシッポをつかまれたも同然。企業が生き残るには政府の言いなりになるしかないよな。反対したら根っこから消されちまうし。政府も政府で汚ねぇことするよな。息殺しってヤツか?」
「・・・・・・ふーん。じゃあ、何で企業は彼女を標的に?」
「社長がくじでも引いたんじゃないか?経営規模六〇〇〇人以上だ。社長自身、己がかわいいだろうし、社員全員の顔と名前は覚えきれないだろう。企業は自分を食いつなぐために生け贄をささげた。それが、彼女だ。
それから、あからさまなイジメが始まった。机は窓際に置かれ、給料は激減。書類にコーヒーやお茶がぶち撒かれ、更衣室のロッカーの中は無残な姿に。辞表を出してもつき返される一方だ。
彼氏もいて同棲していたらしいが、その彼の尻尾も掴まれていてな。政府は別れる事を許さなかったんだ。彼は政府の命令で彼女を泣く泣く折檻(せっかん)し、彼女は身も心も傷だらけになった。
彼女を監視していた政府は、ここぞとばかりに彼女に手紙を送った。内閣府の名でな」
「どんな内容で?」
「憲法と法律が改正になって、『死ぬ権利』が出来たってな。普通、憲法改正をするには議会を通過した後、国民投票で半数以上を超えなければならない。改正が決定した場合は王が国民の名前で発布し、その内容は新聞の官報に載る。個人や世帯宛てに通達することはあり得ない。だが、溺れる者は藁をも掴むってな。彼女は合法的に自殺が出来ることに魅力を感じたんだろう、すぐ政府に連絡をしたんだ。そして、その後の内容がログになるわけだ。
「・・・・・・そうだったんですか。でも、ログは自殺後見人の視点で書かれてたし、MさんとIさんの自殺の動機もはっきりしない気も―――」
先輩は三本目の煙草に火を点けて、
「じゃあお前、俺が今、何を、どんな風に思っているのか、詳しく説明できるか?」
と、僕の発言を掻き消した。
「・・・・・・そんなの、できないです。僕は先輩じゃありませんし」
「それがわかれば、動機がはっきりしない理由もわかるだろう」
「・・・・・・」
人の心の中は、その人だけが知っている。自分がその人の立場に立って、その人が考えそうな事を推測することはできても、それは推測でしかない。決してその人の本心ではない。ホームズや任三郎は、犯人と被害者の立場に的確に立って、文句のつけようの無い完璧な推理で事件を解決する。だがそれも、架空の存在でしか有り得ない。犯人と被害者の本心を知っているのは、筆者だけだ。
もし仮に、人の心を完全に見透かすことができるヒトがいたとする。そんなヒトは超能力者としか言い様が無い。でも、この世に超能力は存在しない。
結局、他人の心の中は不明のまま、決して知ることはできないのだ。

     

「でも、『死ぬ権利』ってのは・・・」
「聴いたことなくて当たり前だ。議会のジジイ共が極秘で進めている計画だからな。自殺人口を減らすために作るんだとさ。自殺するのに手間をかけることで、めんどくさくなってやめるだろうっていうガキの考えだ。バカだよなぁ。そんなことすりゃもっと自殺が増えるってのに」
「でも、お世話になった親に負担をかけさせないで葬式が開けたりするんだから、いいんじゃないですか?保険金目当てで自殺する人もいますしね。綺麗なカタチで生きることから逃げられるし。至れり尽せりだから、自殺する人は増えるんでしょうね」
「・・・・・・まだまだ、だな」
「え?」
「お前の考えは惜しいが、正解には遠いな。自殺する人の気持ちが分かってねェ。
自殺ってのはなぁ、その人の人生にとって最大で最高のショータイムなんだよ。世の中、苦労して生きていくのが嫌だから、死んでラクになるんだ。痛いのはイヤだから、確実にソッコーで死ねるやつが人気がある。飛び降り自殺とか、首吊りとかな。
車ン中で練炭焚くなんざ最高だろうな!ドア閉めきって、ガムテープで隙間塞いで、練炭に火ィつけて、睡眠薬をがっぽり飲めばいいだけだ。そして気がつきゃ死んでる。今時ガキでも出来るぞ。
そして転生を信じて、笑って死んでいく。次の人生が来るサイクルを、自ら早めるんだ。
・・・自殺には二種類あってな、『楽しい自殺』と『悲しい自殺』に分けられる。
今さっき話したヤツは『楽しい自殺』だな。じゃあ今度は『悲しい自殺』の話をしよう。
イジメとか、トラブルとか、ケンカとか。なんでも、他人との衝突によって派生するのが『悲しい自殺』だ。自分は相手に太刀打ち出来る力がない。それでも相手をギャフンと言わせたい。皆にイジメの恐怖をこの身をもって伝えたい。・・・・・・なんか、悲しみが伝わってくるだろ?
相手に自分の最悪な姿を見せることで、相手は自分を意識する。ある種の呪いだな。
ただ逃げるんだったら、引きこもればいい。周りに自分のことを知っていてほしいから、何があったのかを知らせたいから、誰かの心の中で生きていたいから、自殺をするんだ。
決して他人のためでなく、己のために。
――――できるだけ目立つ方法でな」
「・・・・・・・・・」
僕は先輩に返せる言葉が見つからなかった。僕が自殺に関してこんなに深く考えたことがないからだろう。このまま沈黙が続くのも嫌だったから、思いつきでこんなことしか言えなかった。
「・・・じゃあ、Iさんのトラブルの引き金は?」
「それは比較的簡単だったらしい。
Iさんは地元の有力企業の幹部でな。さっきと同じく何らかの形で政府に尻尾を掴まれていたんだ。やっぱくじか何かで決めたんだろうな。
その後、Iさんは社長命令で長期の出張って名義で単身赴任させられる。当然、Iさんは真実を知らないままでな」
「ふぅん」
「ある晩、彼が仮住まいの賃貸マンションに向かっていると、通りかかった公園で悲鳴がきこえた。駆けつけてみると、三人の暴漢が若い女をレイプしようとしていたんだ。生来、正義感が強く、空手の錬士だったIさんは見事その暴漢を撃退。女を助けたんだ」
「もしかして、その女が・・・」
「そう。不倫トラブルの主犯だ。といっても、彼女は政府に雇われた風俗嬢でな。金額に目が眩んだ彼女は鵜呑みした。どっちかって言うと、政府が主犯になるな」
「政府もやりたい放題だな」
「そりゃあ一億三千万人もいるうちのたった一人を切り捨てるなんざ、実際痛くねぇしな」
先輩は灰を落として言った。
「あとは流れで分かるだろ」
「・・・その女がIさんに意図的に近づいて、主張中は現地妻のように彼と生活をした。若い女は当然のように性行為を求め、彼もそれをした。数日たって女が妊娠したとわかったら、正義感の強い彼は極度に取り乱すはず・・・」
「正解だ。彼は妻子持ちでな、生活に不自由なに一つ無かった。そんな時に別の女と不倫関係になり、おまけに子供まで出来たなんて話がバレたら一大事だろうな」
「で、そこに政府の手紙ですか」
「そうだ」
「・・・あっ。でも彼は自殺しきれなかったじゃないですか。そうなると、やっぱり彼はそんなに取り乱してなかったんじゃ・・・」
「ぶっぶー、はずれ。実はな、Iさんはそのあと予想もつかないことをしたんだ」
「?」
「彼はな、企業を脱走したんだ。辞表を出しても辞めさせてくれないから、どこかに身を隠したんだ」
「なんだ、普通じゃないですか」
「話を最後まで聞けよ。でな、半月くらい過ぎた辺りに、Iさんから不倫の女に電話があったんだ。『住んでいたマンションに来てくれ』ってな。だが、政府にとって彼女は用済みだから監視の対象は無かったらしくて、政府自身はこのことを知らなかったらしい」
「で、Iさんと彼女は?逃げたんですか?」
「それならまだいい」
「??」
「Iさんはな、彼女をマンションに呼び出して・・・・・・・・・」
「呼び出して・・・・・・・・・?」
「呼び出して・・・・・・、殺害したんだ。彼の手首を斬るはずだった包丁で、女の頭、首、胸、腹をメッタ刺しにしたんだ。鑑識のオッサンが『精神異常者の殺害に似ている』って言ったらしい」
なんで鑑識のおじさんの感想を知っているのかを疑問に思ったが、先輩に聞いてもロクな返事は返ってこないだろうと予想できる。僕はあえて質問しなかった。
「ちなみに、死体は樹海の中に捨ててあったそうだ。警察沙汰になってから政府は気がついたらしい」
「・・・ひどいっすね。死への執着が、殺意に変わるなんて・・・」
「その後Iさんは国外に逃亡。飛行機の乗客名簿に載ってなかったから、たぶん外国籍の貨物船にでも乗ったんだろう。今はブラジルのコーヒー農園で働いているんじゃないかな」
あからさまにクサイ情報とか地名が出てきたけど、やっぱり質問するのはやめておいた。
「・・・・・・人間、なにをするか分かりませんね」
僕はそう言って、空になったコーヒーの缶を窓の外に捨てた。
「おいおい、下の人に当たるだろ」
「大丈夫ですよ。タバコよりは」
テーブルの上に置いてあるタバコを手に取り、ジッポーで火をつける。
「タバコ、吸わないんじゃないのか?俺のタバコとジッポ―だし」
「いいじゃないですか」
むせて咳き込むのを我慢して、無理にふかす。
「無理すんなよ。ソレ、強いヤツだぞ」
「平気です・・・・・・・・・・・・・・・・・・ゴホっ」
「それみろ。だめだ、やめとけ」
「・・・・・・はい」
タバコの火は押しつけられて消えた。

     

「あの女も気になりますね」
「あの女?」
「自殺後見人ですよ。クールを貫いていたじゃないですか。ホトケさん見ても平然としてたし」
「あぁ」
先輩はなにか納得したように頷いた。
「彼女はな、生き残りなんだ。いや、無理矢理生かされているのかな」
「?」
「何年か前、自殺が急増した時期があったろ。中学生や高校生の」
「ありましたね」
「その時に、自殺に失敗した私立中学校の三年生の女の子がいてな。政府は報道関係や親、学校には死亡したと伝えておきながら、政府は女の子を生かし続けたんだ。救急車で運ばれたが、処置が間に合わず死亡ってウソの情報を流してまでな。
女の子は飛び降り自殺を図ったが、運悪く足から落ちてな。四肢はダメになったが、脳と脊髄は無傷だった。」
「でも、彼女は歩いてましたよ。撮影に腕の疲れを感じてたし」
「現代医療の最先端を行くこの国で、移植手術なんざ簡単だろ。筋肉繊維や神経細胞まで完璧に繋げるんだからな。ついでに顔も整形しちまえば、立派な他人に変身だ」
そう言って、おもむろに胸ポケットから写真の束を出す。
「カワイイっすね。いや、カワイイよりも美人寄りかな・・・彼女っすか?」
「こんな時に彼女の写真見せてどーすんだよ。それが自殺後見人だ」
「え!マジっすか?」素っ頓狂な声がでた。
「・・・・・・これ、どこをどうやって整形すればこんな美人になるんですか?」
「知らねぇよ。俺は医者じゃない」
「コドモって言うよか、完全にオトナですね」
写真には、白いワイシャツの上に黒いスーツを着た、OL風の女が写っていた。ショートボブの髪は健康的に見えるが、表情は完全な無(ム)。首の黒いチョーカーも気になった。
二枚目は、彼女の全体写真だった。上半身は一枚目と同じだが、スラリと伸びた長い足には黒いパンツ。一見すると完全にOLだが、漆黒に身を包んだ彼女は喪服を着ているようだ。
そして三枚目。それを見た僕は、絶句した。
彼女の一糸纏わぬ姿が写っていたのだ。二枚目と同じような全体写真でも、そこだけ違う。
しかし、エロは微塵も無い。逆に、痛々しい。
肋骨の下辺りからヘソにかけて、大きな縫い傷があった。手と足の付け根にも、あまりにも大袈裟な縫い傷が。そこから神経手術をしたと思われる。
やっぱり表情は、無だ。
その後の写真は、Mさんと思われるもの、Iさんと思われるものなど、十二枚。それらは自殺後見人が撮影したものから吸いだしたらしい。
Mさんは端整な顔立ちをした、カワイイ娘。ただ表情は暗く、悲しい。服装は仕事用だろうか。OLスーツにタイトなスカートだった。
Iさんは、チョイ悪シブ目のオジサン。ビシッと決めたスーツが似合っている。眼光は鋭く、幹部としてのオーラが漂っている。
「・・・・・・どっから持ってきたんですか」
「お前は下っ端だからなぁ」
「またそれですか!」


「・・・じゃあ、生かされているってのは?」
「精神安定のナノマシンを体中に入れたんだろう。心臓も永遠に動けるし、病原体も死滅させられる。自殺しようにも、ナノマシンでコントロールすれば強制的にストップがかかる。彼女は死を奪われたんだ」
「・・・・・・なんで彼女が、」
「『運命付けられた少女』って感じが議会にとって響きが良かったからだろう。なんか、映画や小説にありそうな設定だろ?バカな政治家共にとっての萌えの象徴だ。
そして、機械の体を持った少女は政府の汚れ役になった。逆らおうにも、ナノマシンで操作しちまえばいいしな」
「・・・そんな単純な理由で・・・」
「まぁ、人間機械って感じだ」
「・・・・・・機械人間じゃなくて?」
「人間機械だ」
「そこ、こだわるんスね・・・・・・」

     

先輩はタバコの火を灰皿でもみ消した。
「さて、俺たちも」
「死にますか」
そして二人で、窓の下を見る。

下には裸の女の転落死の現場がある。道路や壁に真っ黒な血がじんわりと滲(にじ)んでいる。

「あちゃ。タバコが髪を焼いちゃってるわ」
「ほら先輩、言わんこっちゃない」
皮肉を言った僕に先輩はヘッドロックをかます。
「いたた!いたいですよ!」
「うるせーなー、我が弟よ」
ヘッドロックから逃れた僕はすかさずツッコむ。
「僕は先輩と兄弟になった覚えはありませんよ!」
「バーカ。3Pした男同士はな、もう兄弟の関係なんだよ」
「わけわかんないですよ!」

そう。僕たちは罪を犯した。

仕事をサボってぶらぶらしていた先輩と僕は、先輩の『ムラムラする』の一言で行動を起こした。

先輩は用意周到で、ポケットの中にビニール袋に入ったハンカチを持っていた。そのハンカチは、クロロホルムで浸してあった。

僕は繁華街を歩いていたカワイイ系の女子高生に声をかけ、先輩は彼女の後ろからハンカチを押し付けた。

そしてこのホテルに連れ込み、目を覚ました彼女に陵辱の限りを尽くした。

見た目よりプライドの強かった彼女は隙をついて僕達から逃れ、窓から飛び降りた。ホテルは雑居ビルの中にある細い造りで、僕達は5階にいた。
当然、彼女は死んだ。
脳漿を撒き散らし、首はおかしな方向に曲がり、破裂した腹から出た内臓のトロっとした部分が辺りに飛び散っている。

まるで、落としたトマトだ。

「兄さん、死んだら僕達、なんになるんでしょうね」
「さあな、わからん。でも、次も一緒になれるといいな、弟よ」

そんなことを言って、僕達は屋上からダイブした。
罪を償うために、暗いところでクサイ飯を喰らって無駄な時間を生きるより、別の人生をいち早く楽しみたい。

それは、リセットボタンを押すような、簡単すぎる選択。

今日は全国で1328人が自殺した。

理由は様々。イジメ、隣人トラブル、不倫、恋愛トラブル、罰ゲーム、疲れ、現実逃避。


世の中は腐った。

もう、自殺で涙する人はいない。

―了―

       

表紙

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Neetsha