Neetel Inside 文芸新都
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Sweet Spot!
10th.Match game1 《雨降り虎降る暗雲なら阿吽で!》

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 ランキング戦当日、俺は眩い日差しを鬱陶しく感じながら眠りから目を覚ました。
「よっしゃ、晴れた……やったぜ……くあぁぁ眠っみ……。」
 久しぶりの朝日に全俺が泣いたってのは全くの嘘っぱちです若干眠りを妨げられてイラッとしましたごめんなさいお天道様。いや~天気予報を的中されたよしず○様、感動した!!

 ――しかし、よくわからない後付けのフォローも神様には当然通じるわけもなく――
 
 朝から不幸が続く。寝ぼけて足の小指をドアに思い切りぶつけるし、ご飯を食べている時には舌を噛んでしまった。挙句の果ては新聞を取りにいこうと玄関を出た瞬間、鳥にフンをひっかけられる始末。あら”運”がいいじゃない! と希さんはニコニコ。当然横では恵姉が腹を抱えて爆笑。えーっと、ぬっころしてもいいかな、かな?

「「いってきまーす。」」
 昨日は眠りにつく前まで雨音が聞こえていたので、日差しが照り付けているけれどまだ路面はところどころ乾ききっていない部分がある。雨後日差しを浴びたアスファルトの放つ独特な香りに包まれた中を、俺はまだ少し痛みが残る右足の小指を心持ち庇って歩きながら恵姉と学校へ向かっていた。
 
 ――――今日は絶対に勝ち残らなければならない。
 
 団体戦に出場しなければ、市長杯の時の借りを返せない。勝負に勝って試合に負けるなんてまるで意味のないこと。チームに迷惑をかけてしまった分は、団体戦に出場することでしか取り返せない。そして何より、不完全燃焼で大会を終えさせてしまった宮奥さんへのせめてもの贖罪を。
「今日は死んでもAチームに残らなきゃだな。」
「功……。」
 それまで歌を口ずさんでいた恵姉は、俺の声から気持ちを感じ取ったようだった。しばらくこっちに顔を向けていたが、俺は前を向いたまま視線を合わせず歩き続けた。
 しばらく歩いていると、突然右肩をばしっと叩かれた。驚いた俺が立ち止まって隣を振り向くと、恵姉は真剣な顔を浮かべ、腕を伸ばし握りこぶしを俺の胸にそっと当てて言った。
「功が今日一日自分の力を出し尽くせますようにっ!」
「これ、何のおまじない?」
「うっさい。応援してるってこと。もう病室でのあんな功の顔見たくないから。アンタは何にも考えずただ笑ってるくらいがちょうどいいんだから。涙は功には似合わないよ。」
 だから、涙は最後までとっときな。
 恵姉の言葉は不思議だ。いつも真っ直ぐに俺の心に届いてくる。困惑や焦燥、寂寞といった俺の内に巣食う弱いトコロにそっと手を差し伸べて、安らぎをくれる――――。
「どうしたの? ボーっとして。」
「ん、いやなんでもない。ありがとう。俺、恵姉が居てくれてホントに良かったなって思ってるよ。」
「ちょ、ええっ!? ど、どうした功?? 何言って――。」
「頑張るから。とにかく頑張るから。恵姉も頑張ってね。」
 最後まで笑い通してやる。
 まさか俺にこんな事を言われると思っていなかったからか、目を丸くして真っ赤に頬を染めた恵姉はさっと右手を引っ込めると、何も言わずにコクリと一度頷いたのだった。

 試合を始める前に軽く練習を行ったが、コートは幾分湿り気を帯びていたものの水溜りもなく、プレーにそれほど大きな影響を及ぼすこともなかった。また昨日を除いたここ数日間は天気に恵まれたこともあって打球感覚を取り戻す時間を確保できていたため、試合にはほぼ万全の状態で挑める態勢が整っていた。
 畢竟、俺を遮る障害は現時点において何も無い。相手との勝負に集中するだけだ。
「はい! じゃあランキング戦を開始するよー。」
 小休憩の後、坂下先生が全員を集めて説明を始めた。
「AB、CDチーム各6ペアの総当たり戦を行います。ABの上位3ペアが県総体の団体メンバーに決定、CDも順位でチーム昇降を決定します。それからAB戦最下位とCD戦最上位で入れ替え戦を行います。前回同様3ゲームマッチでファイナルゲームは4ポイント制。まあこんな感じね。質問は?」
 もち、無し。
「……、ないね。よし始めよっか! みんなの健闘を祈る! 一球入魂よ!」
「「「はい!!」」」
 一球、いや全球入魂。
 ラケットを強く握り締めて瞳を閉じ、精神集中する。
 イメージするのは絶好調の自分。
「渡瀬・宮奥ペアは1番コートに入って!」
 よし、行こう。
 宮奥さんに背中を叩かれ、俺は大きく深呼吸してコートに入った。
 初戦の相手は鬼木さんペア。これまで何度か対戦したが、勝ち数はほぼ互角。
 鬼木さんはバックハンドストロークを得意にしているので、試合ではフォアハンドで打たせようとして、結果対角での打ち合いが多くなる。この試合でも俺は粘って宮奥さんにポイントを決めてもらいながら、一進一退の攻防を続けた。
 試合はファイナルゲームまで縺れたが、何とか競り勝ち接戦をモノにすることができた。
「畜生、やられた。まさかいきなりストレートを狙ってくるとは思わなかったわ。」
「江副さんが段々フォアよりにポジションを変えてきてたんで、今なら逆突けるかもって思って攻めてみたんです。いいトコに決まってくれて出来すぎでしたけど。」
「渡瀬がクロスしか打ってこねーんだもんよー。」
 江副さんが徐々にポジションを左寄りに変えていたのは2ゲーム目からわかっていた。それでも敢えて俺はクロスでの鬼木さんとのラリーにこだわった。結果的に何本かボレーを決められたが、そこは気づいていないフリ。そうしてファイナルの最初のポイントで、空いたストレートに思い切って打ち勝負に出たのだった。まあ言いかたを変えれば、エサを撒いておいたって感じだ。
「いいねぇー。渡瀬ちゃん好調だね。ほとんどミスが無かったさ!」
「ありがとうございます! 先輩も良く動けてますよ。鬼木さんのロブをエンドライン近くまで下がってスマッシュ決めたのには驚きました。俺のボール獲られたーって感じでww」
「鬼っちのロブなんてお茶の子さいさーい!」
「おいコラ宮! 聞こえてんぞ!!」
「ん? ありゃー聞かれてたか。そいつはごめんあそばせっしたー♪」  
「んだとコラーっ!!!」
 逃げる宮奥追う鬼木。コートの周りをくるくる回る。
 あの2人はいつもあんな感じだ。
「他も試合してるっちゅーのにあのバカ共は……。」
「全くですね。」
 互いに手のかかる相方を持ったもの同士のシンパシーを感じて、俺と江副さんはしばらくの間苦笑し合ったのだった。
 続く2試合目・3試合目の2年生ペア戦を順当に勝った俺たちは、4試合目で因縁の相手との再戦を迎えることとなった。
「渡瀬と試合をするのは大体1年振りだっけか。」
「そうだな。」
「確かその時は俺たちが勝ったんだよな。今回は宮奥さんが前衛だから負けそうだけど。」
 ふ、嘘つけ! 全然負ける気ないくせに。
 横内は負けん気の強い奴だ。試合前と試合中で態度がガラッと変わる。挑発に威嚇はあいつの専売特許といっても良いだろう。ポーカーフェイスの上野とは対照的だ。
 前回はゲンキの集中を乱されて試合のペースをつかまれ、接戦だったが負けてしまった。
「今日の渡瀬ちゃんは中々エグイかもよ?」
「まーじっすか! おい上野頼むぞ! お前の右腕に俺はかなり期待している。」
「はあ? ま、やれるだけやるけど。」
 相変わらず上野はクールだ。が、それが不気味でもある。試合中もあまり大きな声を出すことが無いけれど、密かに静かに闘志を燃やすタイプであることはこれまでの対戦からも明白な事実だ。仮にペアの相性度が計れるなら、おそらく彼らは非常に高い値を示すはずだ。
「じゃ、そろそろ始めようか。」
 審判を務めるのは、岩崎キャプテン。公正なるジャッジぶりに定評があることをここで敢えて言っておくことにしよう。
 トスの結果、俺たちのサービスゲームからに決まった。
「3ゲームマッチ、プレイ!」
 この試合に勝てば、ほぼレギュラー残留が決まる。
 サーブを打つ前に、再び俺は瞳を閉じた。
 理想的な展開。思い通りの打球感覚。冷静で的確な判断。
 全てにおいて理想的な状態になっている自分を思い描く。
「しゃオラ!!!!」
 気合を入れ直し、俺はファーストサーブを打った。
 だがラケットを振り下ろした瞬間、異常な打球感が右手から伝わってきたのだった。
 しかし試合は始まってしまった。確認する暇は無い。
 上野のレシーブが俺に向かって飛んでくる。が、威力はサーブに押されている分弱かった。
 体勢を整えて、思い切りラケットを振り抜く。理想的な軌道を描くことに成功した筈だ。
 しかし、ボールはコートを大きく越えてアウトになった。
「よっしゃラッキーだ!!」
 横内の声が俺に噛みつく。大丈夫、まずは落ち着いて原因を探そう。
「変な音がしたような……?」
 いくらなんでもあの打球感はおかしいだろ。
 そう思ってガットに目をやると、そこには避けようの無い明らかな”真実”が浮かび上がっていた。
「よりによってここでかよ……。」
 
 縦横に走るガットの中央部分が、ぷっつりと切れていたのだ。 

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 ボールは俺の頭上の遥か高いところを通り越し、大きくバックラインを越えて行く。
 渡瀬ちゃんにしては珍しい、明らかなミスショットだった。
 ドンマイドンマイ、とひと声掛けようとしてネットに着いていた俺が後ろを振り返ると、渡瀬ちゃんの表情は凍りついていた。ぼうっとラケットを見つめたまま、微動だにせず立ち尽くしたままだ。
「どしたー?」
 ただならぬ雰囲気を感じたが、俺はいつものように努めて明るく声を掛けた。
 渡瀬ちゃんのテニスに対する姿勢はとても真摯で真っ直ぐだ。普段の練習でも決して手を抜くことなく自分の理想を追い求めている。少しでも納得いかない所があれば誰彼構わず教えを請うているし、また自分なりに感覚を掴もうとしばしば部活後に自主練習もやっている。そのしつこいまでの執着心と克己心が彼の最大の長所であり、武器であることは今や部員誰の眼にも明らかだ。
 だが1つの事に囚われすぎて周りを、全体を見ることを忘れがちになるきらいがある。
 繊細すぎるのだ。ある種の心の図太さが足りない。ゆとりが足りない。
 テニスは体力・技術・精神力を高い次元でコントロールしなければ好いプレーは望めない。技術だけでは補えない要素がいくつもある。環境や天候・野次や歓声・微妙な判定・刻々と変化していく試合状況。気持ちの変化はプレーの精度に思い掛けない影響を与えてしまう。
「ガットが切れちゃいました。こんな大事な時に……くそっ。」
 あーもう! と左手で乱暴に髪の毛をくしゃくしゃかき混ぜて、渡瀬ちゃんは悔しがった。
 ふむ、ガットがねぇ。確かにそいつは厄介だな。
 ガットは、ラケットを振っていればいつか切れる。
 それ自体はもう仕方のないことだ。
 しかし、それは同時に今までその張り具合にマッチさせてきた自分の打球感覚とサヨナラしなければならないことを意味している。
 それが、とても辛いのだ。
 新しく張り直せば、再びその張り具合に慣れるまでに大変な時間を要する。どこぞのおちゃらけたテニス漫画のように、物事はそう思い通りには展開してくれない。
 それが……リアル。
 渡瀬ちゃんはこれからその辛い作業を行わなければならない現実を受け止めるのに苦労しているように俺には見えた。
「……うん、良かったんじゃない?」
「えっ?」
 なら、ペアとしてちょっとでも気持ちを楽にしてやらないとね。勿論相方的な意味でww。
 ただでさえマイナスに物事を捉えがちの渡瀬ちゃんに、3年の先輩として目から鱗の見解を唱えようではないか!
「今で良かったじゃん! これで大会中はガットが切れる心配もない! 万事オッケー!」
「は、はぁ。」
「それに、今からは別のラケットで試合するでしょ? 新しい発見があるかもよ!!」
「新しい発見、ですか?」
「イエース! グリップの巻き方にガットの強さ、それからラケットの特性とか……今までと全く異なる感触なワケでしょ? こりゃ何かしらオモシロイ発見がないわけないよね!」
「なるほど、発見か……。」
「ね!」
 物事は、気持ちの持ちよう1つでどうにでも転がるものだ。
 ガットが切れたことも、新たに自分がステップアップできるキッカケを得る好機。
 逆境にこそ、成功への鍵がある。
 そんな風に自らの内なるベクトルを向けて行ければ、小さなアクシデントにも躓かない精神力を手にできると思うんだよね……まあ、言うのは簡単なんだけどさ。
 だから、案外大したことでもないんだぜ! 世界の終焉みてーなツラしてんじゃねーよ!
 笑った俺を見た渡瀬ちゃんは、やれやれとばかりに徐に天を仰いだ後、またいつもの集中したイイ表情に戻ってくれたのだった。

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 その後は、もうハチャメチャだった。
 同じ1年の後衛で、個人的に最も俺とプレースタイルの似ていると思われる古屋鋪にラケットを借りて試合を続行したのだが、やはり『ラケットが俺に打たれるのを拒否している』感じだ。そもそもグリップの太さからして気に食わない。
「どんだけ太いんだよコレ……。」
 俺はグリップはとにかく細い方が好みだ。元グリのままでいる事が多いし、元グリを剥いでしまうこともままある。
 しっかり握れている、と感じていたいのがその主な理由。
 太いと握りが甘くなってボールに力が上手く伝わらない気がする上に、ラケットを速く振れなく感じてしまうのだ。
 そして、ガットの張り。俺より大分緩めに張っていて、気をつけないと飛びすぎてしまう。力加減の微妙な調整にひと苦労……いや、ふた苦労。
 とまあそんな感じで不本意にも自滅のオンパレードとなってしまった。
「んが! イラつくぜチキショーめ。」
「おやおやー? マイナスイオン足りてるぅー??」
 ネットの向こうからニヤついた横内・マシンガン・隆志の口撃が続く。
 あームカツク。あー、ムカツク! あーーー(ry!!
「うっせ! 俺は今自分と戦ってるんだよ! ちいっと黙ってろコラァ!!」
「まーまー。渡瀬ちゃん、落ち着いてこーさぁ!」
「ひーこえぇ。渡瀬が慣れる前にさっさと勝たないとな、上野!」
「あ? ああ……。」
 見るからに上野はつまらなさそうだ。さっきからまともに打ち合いが出来ないことから、おそらく試合展開に物足りなさを感じてしまっているのだろう。
 相手が万全でなければ、自分も燃えきらない。
 テニスに対するストイックさが上野の良さだ。ただ勝つよりも、いかに試合を楽しめて、それでいて勝てるかどうか。それに重きを置いているように俺には見える。
 試合は結局俺が足を引っ張ったこともあって、ゲームを奪えずに敗れてしまった。
 その後キャプテンペアにもあっけなく敗れて3勝止まりだったのだが、何とかレギュラーの3番手に入り込めたのだった。


「まあ良かったじゃん、レギュラーは死守したんだし。」
「まあ、な。」
 練習後、いつものようにブラシをかけながらゲンキとネットを挟んでのトークが始まった。大体の話題を挙げると、1日の自分のプレーの反省、誰それのこのプレーが良かった、今日の恵姉のファッションは何点だった、今日は恵姉の笑顔を何回見れた……などだ。
 敢えてどちらがどの話題を話しているかを書く必要も無いよな?
「Bチーム♪ ララ、Bチーム~。」
 白帯の向こう側では、鼻唄まじりのハイテンション野郎が昇格の喜びを声に出しながら乱雑にブラシを動かしている。コートにはぐにゃぐにゃと曲がりくねった線が描かれ、所々練習中に付いた足跡が残ったままだ。
「ったく。調子に乗りすぎだっての。」
「はいはいナンナリかー??」
 コ○助自重!!!
「何でもねぇよ! オメデトウって言ったんだよ! ってか明日も使うからってブラシ適当にかけてんじゃねえよ! キャプテンに怒られっぞ。」
「大丈夫だって! これ位いつもと変わんねーぞ?」
 くねくねもいい味出してて乙だぜ? みたいな顔でこっち見んな、バカ野郎め。
 これもA型の性分なのだろうか、コートを整備する時俺はブラシをいつも同じスピードでかけて往復する。それからネットと平行に、かつ出来るだけ隙間の無いように心がける。時間はかかるが完成度が大事。ちょっとでも足跡が残ると見過ごせない。第1、コートに対してそんなんじゃ申し訳ないし。
 鼻唄を歌っていたゲンキはついにはブラシをかけながら不思議な踊りを始めてしまった。
 どうやら余程Bチーム昇格が嬉しかったとみえる。
「すーい、すいっと☆ らんらんるぅー♪」
 スキップしながらブラシかけても意味ねーだろオイ。
 ……神様、あのテキトー野郎に裁きをお与え下さっても俺は一向に構いませんよ!!
「ったく。終わったぞゲンキ! さっさと着替えて帰ろうぜ!」
「ちょ、待てよー! この薄情者ー!」
 今後のプランを整理しよう。
  ①とにかく、急いでガットを張り替える。
  ②んで総体までに100%に仕上げる。
  ③んで総体で大暴れ。
 よし、カンペキだ。文句なし。
 浮かれまくっている毬栗頭をほっぽって、一通りプランを練り終えた俺はひとりさっさと用具室にブラシを戻しに向かったのだった。
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 この後、部室にて。
 思いがけないゲンキの頼みに俺は困惑してしまうことになる――――。 

       

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Neetsha