Neetel Inside 文芸新都
表紙

脳内フローラル
青年ハートを持つオッサン

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20年前、彼女と駆け落ちした。
籍を入れた日に二人だけで、ささやかなお祝いをした。
何年か経った頃、もう一人家族が増えた。
俺は頑張った。妻の為、息子の為。
金銭面で不自由させない様に。
仕事を頑張った。
家族の為に尽くした。

でも今は・・・家族は俺を必要としてない様だ。
妻は平日、休日関係無く、旅行だ食事だと遊び回っている。
息子は反抗期なのか年頃なのか夜遊びを繰り返している。

俺も昔と変わった。
仕事場では部長と呼ばれ、無理して頑張らなくても多額の給料が入ってくる。
休日は一日中ゴロゴロして過ごす。
俗に言う日本のお父さんってヤツか?

そんな俺の唯一の趣味はドライブだ。
休日に気が向いたら、車に乗り山でも海でも何処でも行く。

その日も同じだった。車に乗り、山へ向かう。
夏の強い日差しは気持ちが良い。
と、言っても車内は冷房のお陰で実に快適だ。

2時間半程で某山の展望台に到着した。
深緑の山を眺めながら、展望レストランで刺身定食を注文する。
山を見ながら海産物を食う。なんて贅沢なんだろう。

山を少し歩き、そろそろ帰るか・・・と思い、トイレと自販機で飲み物を調達した。
その時、「パパパパ・・・」とバイクの排気音が後ろから聞こえた。

そんなに大きくないバイク。
フルフェイスのヘルメットを脱いだ人は、自分よりも年上と思われる男だった。
バイクの男は近寄ってきて、自販機で冷たいお茶を買った。

「暑いですね」お茶の缶を開けながら、話しかけてきた。

「そうですね、失礼ですがお幾つなんですか?私と同じ位だとおもいますが・・・」
思わず聞いて仕舞った。

「今年で45になります」
バイクの男は、笑いながら答えた。

「45でバイクに乗っているなんてお若いですね」
言った後で失礼だったかな?と思った。

「はは、暫く乗ってなかったんですが、俗に言うリターンライダーってヤツです」
バイクの男は照れ笑いしながら言う。

すっかり話し込んでしまって気付いたら2時間も経っていた。
バイクの男と別れ、帰り道。

バイクの事ばかり考えていた。
若い頃乗っていたバイク。もう名前も覚えて無いが、気持ち良かった事は何となく覚えている。
俺も、もう一度バイクに・・・

帰宅して、パソコンを立ち上げ、バイクについて調べる。
車種による価格帯、現在のバイク事情、特徴など・・・

ドアをノックされる。
「ねえ、夕飯食べたの?」妻だ。
「いや、まだだ」気付けば3時間近く経っている。

パソコンの電源を切り、食事に向かう。

翌日、日曜日。
朝から近所のバイク屋へと車を走らせる。
一歩店に入ると、大型バイクや原付のスクーター等が沢山ある。
「ちょっと見せてください」店員に言ってバイクを見る。

俺は中型までしか乗れないが、この際思い切ってハーレーか?
などと考えていると、店の隅にホコリを被ったバイクが在る。
「これは何というバイクですか?」店員に聞く。
「それはホンダのJADEと言うバイクです。さっき売られて来たんですよ」
「ホンダのJADEか・・・」
特徴の無い外観、まるで教習者の様な・・・
「跨ってみて良いですか?」自分でも思っていない言葉が口から出た。
軽く車体を拭いて貰い、跨る。上体を起こしたポジション。
JADEが気にはなったが結局何も買わずに帰る事にした。

家に帰り、インターネットで調べる。ホンダのJADE・・・
レプリカのエンジンをデチューンして搭載、JADEとは「翡翠」を意味する。
「翡翠か・・・よし、気に入った」
さっきのバイク屋に電話をする。「さっきのJADE買った!」

JADEの納車の日、タクシーでバイク屋へ向かう。
この3週間は仕事中も楽しかった。楽しみがあるだけで、人はここまで変わる物だと知った。
簡単な説明を受け、JADEのエンジンをかけ、跨る。

ゆっくり発進。楽しい、と言うより感動に近い。
今、もう一つ知った。

俺は変わってなかった、ただ退屈していただけだ。
アクセルを大きく捻る。力強くエンジンが回り加速する。
最高の気分だ!

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3連休の初日、現在、午前3時。
家の前でJADEは静かにアイドリングをしている。
今日から1泊2日でソロツーリングの予定だ。

家の前を出発し、高速道路に乗る。
SAで朝食、休憩を挟みつつ、昼前に目的地の温泉宿に着いた。

チェックインを済ませ、JADEで山を登ったり、下ったりして夕方まで遊んだ。
まるで中年暴走族だ。

豪華な夕食を食べながら、窓の外を見る。
月が綺麗で静かな夜だ。食事を終え、土産屋で買った地酒とつまみを出す。
窓を開け、夜風を感じながら晩酌。

至福だ・・・。温泉も良い、食事も美味い、酒がしみる。あとは綺麗なネーチャンでも・・・
なんてオッサンになった証拠か?

翌日、午前中にチェックアウトを済ませ、土産を買う。
全部自宅へ宅配して貰う事にした。

帰りは山から海に向かった。
何故かと言うと、「海の幸が食べたいから」というシンプルな理由だ。
高速道路を走り、昼を少し過ぎた頃、目的の店に着く。
豪華な海鮮丼、2600円ナリー。

若い頃の稼ぎじゃこんなに豪勢なツーリングは無理だったな。
オッサン万歳!中間管理職万歳だ!

海鮮丼を食べた後で、また土産を探す&自宅へ送る。
ついつい財布の紐も緩む。

あらかた見て回ったので帰路につく。
SAで給油&休憩を繰り返し、家に着いた頃にはもう暗くなっていた。

家の前で止まり、何事も無く我が家へ着いた。
と、気を抜いた瞬間、「ガシャーン!!」と音がして地面に寝ていた。
どうやら「立ちゴケ」したらしい。

JADEが!急いで起きあがり、損傷箇所を確認する。
壊れたのは、ハンドル曲がり、ウインカー割れ、ステップ折れ、タンク傷・・・etc
痛い状況に。

「ぷっ・・・!ククッ・・・」ガッカリしたと同時に笑いが込み上げてきた。

「本当に変わって無い、俺は昔のままだ。自分よりバイクを先に心配しちまった」
「あーあ、足痛えよ、すげー腫れてるし・・・」

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後日、宅配便でカニが届いた。
妻も息子もカニを食べる為に食卓についた。
食卓を家族で囲むのは久しぶりな気がする。

その翌日、妻に怒られた。
宅配便が、どんどん届くからだ。
ついつい買いすぎてしまった。

とりあえず買った物を食べきったら、またツーリングに行こうと思う。
家族が喜ぶ土産を探しに。

       

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