Neetel Inside 文芸新都
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第六話「Shaggy Dale」


 雨が当たる音を響かせるガードの中を彼女は歩き続ける、頬にかすかな湿気を感じながら。周りの空気はふくらんだ綿のように彼女のまわりを包んでいる。彼女の目はそれらのものと同様に辺りに見える景色をすっぽりとその中に納めてしまっている。彼女は行き交う人々の視線を全てその目の奥に吸収している。しかし彼女が何を見て歩き続けているか定かではない。周りにある彼女のために開けている店に目もくれずただ歩き続ける。

 彼女は昔の友人に会う。声をかけ少し他愛もない話をしてすぐに別れ、また歩みを進める。彼女は周りの人々の足下を見る。それぞれこっち側にやってくる人、彼女と同じ方へ向かっている人。周りの空気はそんな足を軽く浮かせ、雨音はさながらスネアのロール音のように軽快に弾む。その時誰だかわからないがとても優しそうな顔をした人を彼女は見る。それを見てすっかり彼女もその優しさに包まれながらもまた自分の中に似たような優しさが宿るのを感じる。全てがこのような連鎖によって彼女を取り囲み、そして彼女自身もまたその一部となって周りへと働きかけている。


 いつの間にか薄茶色をした猫が出てきて彼女の前を身軽に歩いている。その毛はかすかに濡れていてほんの少し毛羽立っている。塒からそのまま出てきたようなその出で立ちは少しおかしな雰囲気だったが、彼女はその猫を前に見たことがあると感じた。いつだったか、晴れた暖かい日に路地を覗き込んだあの時だろうか。

 今度は路地から黒いコートを身にまとった人が彼女の目を引いた。外国の女性だった。頭を帽子で包み、きびきびとした動作をして歩いているが、傘を差していないことからさっきまで雨に降られていたのだろうということが分かる。そのまま彼女の前を通り右へ折れると薄暗い路地裏に消えていった。それを見て彼女はまた懐かしいような雰囲気を起こしたが、しかしそれは少し悲しくもあった。


 彼女はまた歩き続ける、全身にはほとんど重力を感じずに、また足の接着点を意識せずに。すべての物がゆるやかに流れるように彼女のまわりをたゆたう。彼女はその時かすかに歌を口ずさんでいた。その音はすぐに空気に溶けていってしまって周りの人にはほとんど聞こえなかっただろう。最初は単語がはっきりせず、その歌をよく思い出せないといった風だった。そのうちわずかに動く口がはっきりと音を刻み始める。

"Good bye Shaggy Dale"
"you've gotta shag your tale"

 何度も同じ音を繰り返す、彼女のまわりをいつしかその音が取り囲んでしまうほど何度も歌い続けたのだった。そのうちそのメロディーが転調したりフェイクを挟んだりしながら自由気ままに形を変えていく。何度か歌い続けるといつのまにかマイナーキーの悲しげな調子へと移り変わる。次第に歌詞も変わっていった。

"Good bye Shaggy Dale"
"you've gotta hide away"

 そのうちマイナーでもメジャーでもなく、物悲しげでも楽しい音でもない歌を歌い始める。めいいっぱい狭めたその音列によってかすかな感情の動きを引き起こしながら、それでも彼女は歩いている。いつの間にか音とともにそのフレーズはすっかり短くなって、そして彼女はそれをまるで呼吸するかのように何度も何度も、時にはその間隔が早くなり、そして時にはゆっくりと間をあけていつまでもいつまでも彼女は歌い続けた。

"Good bye Shaggy Dale"
"Good bye Shaggy Dale"



       

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