Neetel Inside 文芸新都
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本気と書いてマジと読む
トマトであるという事 by 揉む

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昨日の午後2時ごろ、中学生時代の同級生の小池さんが、僕の部屋の窓からスパナを手にして入ってきた。
「どうしてスパナを持ってるの?」と僕は聞く。
「椅子の高さを変えるためよ」と小池さんは答える。
「なるほど」と僕は言う。
でも僕の部屋に椅子は無かった。椅子の代わりにブリッジしたキリスト像があるだけだった。
「これじゃあスパナを持ってきた意味が無いわ」と小池さんは言った。確かにスパナを持ってきた意味はなかった。


その頃、地球からはるか遠くに位置する僕王国では、去年僕がリリースした「祖国で素朴にso僕は」という歌がミリオンヒット、丁度ラーメン屋の有線でその歌が流れていた。
「僕の祖国はね、僕王国から12キロ先の星なんだ」と、親父がラーメンに卵を落としながら隣の係長に話しかけた。
「案外、近いんですね」と係長はメガネを曇らせながら言う。係長は卵を頼まない。
「娘とも長いことあってないんだ」と親父はいい、ケツポケットから財布を取り出し、その中から家族の写真を取りだし感慨深げに眺めた。
写真の中で親父に抱かれる女の子の右手には、銀色に光る真新しいスパナが握られている。


「どうしても椅子の高さを変えなきゃ駄目なの」と小池さんは僕に言う。
今から5年前、僕がまだ中学二年生だった頃、小池さんは僕がトイレに行っている間に僕の椅子からネジを全て取り外し、僕を座った途端に真下にフェードアウトさせようと躍起になっていた事がある。
僕はその度にモグラ叩きのモグラみたいに、机の下へと消えていき、そして職員室に呼び出された。

「変な遊びはやめなさい」と先生は言う。制汗材のCMで美女の脇の匂いをかぎOK!と叫ぶおばさんに似ている。あのおばさんに似ている人は大抵想像力が欠如しているのだ。
「あれは小池さんがやったことで・・・」と僕が言うと、先生は直角三角形のメガネを人差し指でクイとあげ、マンとヒヒのような形相で僕を睨む。
「小池さんはね、そんな愚かな事をするような生徒じゃ、ありません!」と先生は言う。


昔、ホイヘンスという人物がホイヘンスの定理を発明し、それ以来僕等は高等学校でその恨めしい定理を習うことになる。あるいは中学生で習っていたのかもしれない。
とにかく、そのホイヘンスと言う言葉が僕には鯉ヘルペスに聞こえて仕方が無かった。そのおかげで、僕は中学の卒業文集の内容を、友達の素晴らしさについてか、FFⅨのすばらしさについてか、鯉ヘルペスとホイヘンスの関連性について書くかで、丸三日悩むハメになる。


僕の目の前にいる先生は、ホイヘンスの定理よろしく眼鏡をクイクイと動かし、赤い顔で僕を睨んでいる。
次第に眼鏡をあげる動作が速くなり、時間の進み方までもが早くなっていく。まずい、と僕は思う。そしてその予感は的中する。


今から9年前、僕が11歳だった頃、僕は幼馴染の友人と少年自然の家に泊まりにいくことになっていた。要はキャンプと似た感じである。
毎年そういったところに泊まりに行き、カヌーに乗ったりキャンプファイアをしている僕にとって、それはいつもどおり心躍る行事であるはずだった。
が、そのときばかりは僕も陰鬱な気持ちでその日を迎えていた。

9年前のその日、地球に住むすべての生物は陰鬱だったに違いない。それもすべてはあのノストラダムスのせいである。
ノストラダムスの予言により、どうせ地球は滅びるんだからといって夏休みの宿題を放棄し、二学期早速廊下に立たされる児童が続出し社会問題になったことがある。かくゆう僕もその一人である。

まだミレニアム問題をも迎えていないその時代、そのノストラダムスの予言がいかに国民を恐怖に陥れたかは言うまでも無い。
問題は、僕が少年自然の家に泊まりに行く日が、丁度予言の日と重なるということである。傘がないと歌っている場合ではない。断じてない。
二段ベッドの上か下か、下だと地震きたとき怖いしなぁ・・・でも下だとなんか秘密基地気分だよねっ!なんて事を悩んでいる場合ではないのだ。下手したらそのベッドの上で死ぬのだ。

どう死ぬのかはわからない。突然肛門がふさがり、ウンコがつまって死ぬかもしれない。あるいは寝て起きたらおっぱい畑、そのおっぱいに埋もれて窒息するかもしれない。
でも問題はそんな事ではないのだ。死ぬことには変わりない。

そういうわけで、僕はひどく憂鬱な面持ちで少年自然の家へと向かう。何が悲しくて自分が死ぬ日にカヌーにのって汗をかくのだろうか。残りの時間をもっと有意義なことに費やせないものだろうか。だが有意義な事とはなんだろう?と子供ながらに僕は悩んでいた。恐らく世界で一番悩んでいる少年だったに違いない。瞬間的な測定値ならIQ200は間違いない。

結局のところ、地球は滅びなかった。蚊ですら滅びてない。ゴキブリはいまだにギネスに認定されているし、蚊は6300Hzで飛び続けている。人間は皆廊下に立たされている。

予言というものは往々にして当たらないものである。
細木数子という人物がいる。まああれはCGで作られたホログラムなのだけれど、いかにも精巧に作られたその細木数子と言うCGの予言が、何回外れただろう?
要はそういうことである。

しかし問題が一つ残っている。
予言は外れることはあるが、後にそれが実現する可能性は充分にあるという事である。そしてそのときになると、予言者となのる人物は、ほら当たった言ったとおりだろう、という顔をするのである。この世からインチキな人間が絶えないのはこのせいである。
つまりノストラダムスの予言は、はるか時を越えて、あるいは微妙なタイムラグを作って実現するかもしれないということである。


話を戻す。
僕は職員室の中で、まさにその予言の存在を感じ、死を覚悟していた。ああ、僕は職員室の中で自分のチンコに首を締め付けられて死ぬのだろうか。
次第に周りの景色が水彩絵の具のように溶け出し、目の前に座るエイトフォーの先生の顔もぐちゃぐちゃになり、今ではただの潰れた焼きソバパンにしか見えない。

「A二乗プラスB二乗イコールC二乗」と先生は崩れかけた口で言う。
「でも・・・」と僕は言う。

そのとき、やはり崩れかけている窓から小池さんがスーパーマンの如く飛び込み、僕にスパナを渡してこういった。

「さあ、椅子の高さを変えるのよ」

僕は急いで先生の座る椅子のナットにスパナをあてがった。
気がつくと僕のチンコが首に伸びている。時間はもうない。小池さんはエイトフォーを先生の鼻の中に吹き付けている。気のせいかもしれない。

やっとのことでナットを外すと、「二段下げるのよ」と小池さんは言った。
僕は言われるがまま椅子の高さを二段下げた。
それと同時に、椅子に座る先生も三十センチばかり、下に下がった。そして崩れ去った。



「この娘は昔から工具道具が好きでな・・・」と親父は語り始める。
係長は眼鏡を拭きながら写真を覗き込む。
「可愛い娘さんですね。これは・・・スパナですかな?」
「いや、これはね」と親父は言う。


気がつくと僕は部屋に居て、隣で小池さんはニ十三世紀少年を読んでいた。
「面白い?」と僕が聞くと、小池さんは無言で頷き、そして口笛を吹き始めた。
「なんて曲?」と僕が聞くと、「あなたが作ったんじゃない」と表情を変えずに小池さんは言う。


親父が口を開きかけた途端、係長があっと叫び声をあげた。
「おいおい、なんだこれは、ラーメンにトマトなんて・・・うわ、まずい、こんなもんいれるんじゃないよ、まったく・・・」といいスープの中からトマトをつまみだした。
「あいや、すみませんお話の途中、まったく・・・」と呟きながら、係長はトマトを右手に、大きく振りかぶった。


「そういえば、スパナはどうしたの?」と僕は聞く。
小池さんは二十三世紀少年をキリスト像のへそのあたりに置き、こちらを向いて溜息をついた。

そしてその直後、小池さんの後頭部にめがけて飛んでくるトマトを、僕は見た。

       

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