Neetel Inside 文芸新都
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夏の夜の夢の如し秋の風の夢
3月17日

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3月17日

 喪主である円の両親は、終始泣いていた。通夜には多くの人間が参列しており、仁美の知らないような人間や、中学の時のクラスメートの姿が見受けられた。通夜は朝の10時から始まり、2時間ほど、仁美とその他大勢は粗末なパイプ椅子に座らされ、経を唱えさせられた。
 仁美が焼香を挙げる時、喪主の二人の顔を見た。二人はひどくやつれ、眼は潤んだままうつろで、生気が無くなったかのようだった。手を合せ、後ろに並んでいる人に場を譲った。外に出ると、ほとんどの人間が泣いていて、中には地べたに泣き崩れている人もいた。
 円は、こんなにもの人に愛されていたんだ
 仁美はそう思った。
 空は晴天で、とても高く、澄んでいた。円はこの中を昇って行ったのか。もう、誰の手も届かないところへ行ったのか。まだ、笑っているだろうか。そう考えると、仁美まで目頭が熱くなってくる。
 円の遺影は抜けるほどの笑顔で、動かなくなった円は、寝ているかのようにきれいだった。目がぱちりと動いた気がしたが、本当に気のせいだろう。もしそれが気のせいでないなら、幽霊だ。幻覚だ。妄想だ。
 喪失感。
 何か、大きなものが体を抜けていくような感じがして、仁美は思わず近くにあった長椅子に座り込んだ。何も考えず髪をかき上げ、うつむいた。
 智哉は、来ていなかった。来れなかったのか。そんなことは仁美には分からなかった。きっと今の私のように、息をするのも苦しいほど思いつめているのだろう。仁美はそう思うようにした。

 知らせが来たのは、昨日、16日午後19時ごろだった。
 ちょうど就職活動を止めにし、仁美が自宅のシャワーを浴びていたところで、遠くの方から携帯電話の着信音が鳴り響いていた。時間にすると20秒ぐらいだったろうか。それが二回続いた。着信が誰からなのか確認するため、早めに入浴を切り上げ、タオルで体の水気を拭き取っていたところで、再び携帯電話が鳴き出した。
 「はいはい。」
 まだ水気は少し残っていたが、仁美は携帯電話を求め、ぱたぱたと脱衣所から出て行き、リビングのソファの上の携帯電話のディスプレイを確認した。
 「・・・。誰だろう・・。」
 ディスプレイには10桁の電話番号が並んでおり、仁美の登録をしていない人からだった。
 「・・・はい。金沢です。」
 仁美は出る事に少しためらいを感じたが、こんなに電話をかけてくるという事は何か用事でもあるのだろうと思い、スピーカーを耳に近づけ、おそるおそる声を出してみる。
 新山です
 新山・・・ニイヤマ・・・・・あぁ。円。
 昨日、うちの円がいなくなりました
 えぇ 死んでしまったんです
 
 そして、今日の通夜に至るわけだ。仁美も円の母の言葉を始めは半信半疑であったが、声の震える感じやトーンによって、本当の事であることを実感した。そして、ついさっき、円は氷のように冷たく、石のように固く、空を映す雲のような澄んだ肌で棺桶に横たわっていたのだ。
 もう嫌だ。ここには居たくない。二度と会えないと痛感させられる。
 そのまま仁美は車を自宅へと走らせた。

 
 ***********************

 円 あんたこんなとこでなにやってるの
 ・・・・・へぇ
 うん まぁぼちぼちかな
 あんたこの前の同窓会来なかったでしょ
 あはは あんたっぽいや
 ふーん 彼氏かぁ
 いいなぁ あたしもほしいわ
 はっ? ばーか もしそうならもう言ってるって
 あはは そーだよ
 えっ
 うん
 マジで?
 そっかぁ 久しぶりに会えたのにねぇ
 ばーか そんなカオするもんじゃないよ
 そうそう
 今生の別れみたいに
 あはは この世にいるうちはまた会えるって
 でしょ?
 泣くなよもー
 ほら
 用事あるんでしょ
 さっさと終わらせてき
 うん
 またメールする
 あ
 今度ディナー付き合ってよ
 約束ね
 ん
 じゃ、またね
 
 「もう私は此の世にいないんだよ。ひとみ。」

 ***********************
 

 目が覚めると、仁美は堅いフローリングの上で横たわっていた。頬は少し濡れて、どうやら寝ながら泣いていたようだ。しかし、どんな夢を見たのか忘れてしまっていた。

 「円・・・。」
 
 そのままの格好で仁美は泣いた。

       

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