Neetel Inside 文芸新都
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夏の夜の夢の如し秋の風の夢
3月18日

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3月18日

智哉が目を覚ますと、そこはリビングのソファの上だった。

寝る前の記憶がぼんやりとしている。なんだか、白い、黒い、ピンクのもやがかかったような感じだった。目が覚めて何分かは、寝ころんだまま起き上がろうとはしなかった。体中が倦怠感に包まれている。頭もボーっとして、満足に働こうとしない。なぜこんなところで寝ていたんだろう・・。智哉は考えを巡らせた。確か昨日はバイトを終わらせて大学のサークルの追いコンに参加して・・あぁ。だからか。酔っていたのだ。部屋に帰るとすぐ寝たんだ。きっとそうだ。
ふと壁にかかった時計を見ると、昼の1時を少し過ぎていた。それを見ると、智哉は飛び跳ねるように体を起こし、洗面所へかけこんだ。電光石火の速さで着ていたスウェットを脱ぎ捨て、おしゃれな服に着替えた。鏡と向き合うと、そこにはピエロの出来そこないのような生き物が映っていた。
「あいつら・・・。」
清櫻大学観光サークルのみんなにうんざりしながら、智哉は洗顔をし始めた。なかなか落ちないピエロの出来そこないに憤りを覚えながら、少しずつ泡にインクを染み込ませていった。
インクによってすっかり黒く変色した泡が流れていくのを、智哉は見つめていた。
やがて、全部流れて元の白を輝かせる洗面台に口から、唾と歯磨き粉が混ざったものを吐き出し、うがいをし、リビングへ戻った。


窓からさんさんと降り注ぐ太陽の陽から推測できるほど、外は小春日和だった。まるで、円をびーどろの家に連れて行ったあの日のような。あの日と同じ、とても心地のいい風がセットしたての前髪を揺らした。
円との待ち合わせに間に合わないと思った智哉は、メールをした。

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3/18 13:27 
to: 円
title: 無題
本文:ごめん。遅れそう。
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メールを送ると、すぐにメール着信音が鳴り、円からの返事が返ってきた。

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3/18 13:28 
from: 円
title: Re:無題
本文:いぃよぉー(^^)
てゅかあたしも遅れそう(;ω;)
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よかった。智哉はほっと胸をなでおろした。こんなことを思うとダメな男なんだろうな。と思いながら、智哉は歩く速さをゆっくりとゆるめて行った。
あぁ、気持ちいい。清々しい。
二日酔いの為か、少し胃がむかむかしていたが、起きた直後に胃薬を飲み、今はもう何も感じなくなっていた。

円の目は見えるようになった。
医学的に見ると奇跡に等しいようだと、円の主治医は唇を尖らせて言った。円の目が良くなったと聞くと、智哉は大粒の涙を流した。まるで、目薬をぼとぼと落としているかのように、ただ泣いた。
一通り泣くと、円の様子を見に、円の入院している病院へ車を走らせた。部屋に入って何を言おう、何を伝えよう、何を見せよう。智哉はそんなことばかりを考えていた。
病院に着き、エレベーターに乗り、円の部屋まで歩いていると、何人かの人がハンカチで目を押さえながら、嬉しそうに歩いて行く。あぁ、本当だったんだ。智哉まで目頭が熱くなってくるのが本人にも分かった。
「円。」
部屋の扉を開けると、ベットの上で上半身を起こし、本を読んでいる円が目に入った。
「智哉。うれしそうね。」
「そう見える?」
「うん。」
智哉はただ嬉しかった。すぐに円に抱きついた。涙を隠すように。
「ばか。服が濡れる。」
円もうれしそうに智哉を抱き返した。二人は、泣きながら抱き合い、よかったという言葉を繰り返し、繰り返し言った。
それが、ちょうどおとついの3月16日のことだ。

今日は、円のリハビリも兼ねて、円にとっては久しぶりに街へ繰り出すという約束、いわゆるデートだ。智哉は今日の為に、円へのプレゼントを買った。追いコンの2,3時間前に。
智哉が集合場所である、赤津駅前の噴水に到着した。メールで伝えられた通り、円はまだ来ていなかった。
「よいしょ。」
智哉は近くのベンチにすわり、タバコに火をつけた。駅へ歩いて行く人、人、人。女子高生や、OL風の人や、スーツを着たサラリーマン風の人などが行きかっていた。よく見てみると、智哉たちと同じくらいの年代の顔立ちのスーツマンも多数いて、自分は遊んでていいのだろうかという焦燥感に駆られた。
タバコがもうすぐフィルターの辺りまで燃え尽きるというところで、ストレートのロングヘアーの女の子がこちらへ走ってくるのが見えた。
「円。」
「ごめん。待った?」
円だった。円は智哉のすぐそばまで走ってきて、まるで急ブレーキをかける電車のように目の前で止まった。少し息が切れていて、髪の乱れた円は、智哉の目にはより一層美しく見え、天使のように感じた。
智哉は女の子が円だと確認するや否や、吸い切り、葉の燃え尽きたタバコを地面に転がし、踏み付けて火を消した。タバコを踏んだ靴の裏とアスファルトの間からは少しの煙が上った。
「ちょっとだけな。」
「ごめん・・。髪の毛といてたら遅くなって・・。」
自分と会うためだけに自分を可愛くしようと考える円を感じて、智哉はうれしくなり、彼の頬はすこし口元を引っ張った。
「いこう。どこがいい?」
「109!春ものほしいんだぁ。」
ふたりは立ち上がり、春の風の中、アスファルトの上を歩きだした。

     

pm 3:14

 「これかわいいー。これ買って?あとこのキャミもっ。」
 久しぶりのお出かけで、円はとても上機嫌だった。目をキラキラさせ、レディースの服を漁っていた。円の笑顔はとても可愛らしく、目の見えにくかった時と比べると大分と元気を取り戻してくれたようだ。幸い、円は目の痛みを訴える事もなく、様子がおかしくなることも無かった。そのことは智哉をとても安心させ、智哉も口元をほころばせていた。
 「うーし。何でも買ってやる。退院祝い。」
 「やったー。」
 智哉は円の持つ服の山が高くなっていくことに少し不安を感じたが、財布の中をみてみると、少なくとも7、8万は入っていて、そのすべての金を円の服に費やしても後悔はないなと考えていた。
 しかし、なぜか変な感じがする。こんなに持ってたっけ。と。しかし、大して気にもせず、智哉ははしゃぐ円の後ろを子ペンギンのようについてまわった。
 ぐいっ。
 
 円が智哉の胸を急に押した。その衝撃に智哉はすこしよろめいたが、体勢を立て直し、円と向かい合った。
 「ばかっ。試着っ。これ持ってて。」
 どうやら、智哉はぼーっとしていたらしく、試着室の中まで円について行きそうになったようだ。円は左腕にかけていた服の山を智哉に預けてから、ミュールを脱ぎ、試着室に入って行った。見ないでね。と試着室の中から声がした。

 幸せというのは、こういうことなんだろうなと智哉は思った。
 しかし妙だ。
 休日というのにもかかわらず、店内の人はまばらで、店員もあまりいない。人ゴミを極端に嫌う智哉には喜ばしいことだが、なぜか妙な雰囲気なのだ。普段なら、歩いていると他の人の肩と自分の肩がぶつかるほどの人の多さで、こんな静まり返った店内は初めてだった。
 「どお?かわいい?」
 唐突にしゃっと試着室のカーテンが開き、中の円が姿見の前で智哉に尋ねた。春らしい、薄手のシャツで、非常に女の子らしい服を着た円の姿は、智哉の心を鷲掴みにした。
 「うん。かわいい。」
 「はい、じゃ次これね。」
 円は智哉の同意を確認すると、新しい服を智哉の腕から持っていき、カーテンを閉じた。智哉は円の試着した服を右腕に掛けた。ぱさっという服が床に落ちる音を智哉の耳が拾い、少し気恥ずかしくなった。
 こうやって、二人で出かけるのは何年振りだろうか。へたをすると初めてかもしれない。円の目がおかしくなり始めてから、智哉と円と、二人っきりなのはおそらくなかっただろう。いつだって、ひとみが一緒にいた。常に三人で歩いていた。昔のように。
 「かわいいっ?」
 「うん。はい、次。」
 円はしゃっとカーテンを開き、智哉の前でくるりと一回転した。長い髪が円に少し遅れて回り、まるで可愛らしい駒のようだった。
 円は、智哉に着ては見せ、着ては見せ、何度も何度もくるりと回った。やがて智哉の左腕の服がなくなり、円の選んだ服のすべてが智哉の右腕に移った。
 「はいっ。レジレジっ。」
 円は満面の笑みで試着室から出てきて、ミュールを履いた。円の細い足が、ミュールのフォルムによってよりきれいに見せる。智哉は円に腕を引っ張られ、レジへ進んだ。その間、智哉はいやな顔ひとつせず、円に寄り添って歩いた。
 「お会計4万1800円になります。」 
 智哉はジーンズのバックポケットから財布を取り出し、一万円札4枚と、千円札2枚を出した。智哉はおつりを受け取り、店員が袋に詰めた円の服を手に、歩き出した。
 「ありがとうねー。」
 円は本当にうれしそうに、手を後ろに組んだまま、智哉の顔を覗き込んだ。
 「おう。智哉にまっかせなさーい。」
 「頼もしーい。」
 二人は、店から出るまで、顔を合わせてにこにこと笑っていた。智哉は、ここに入る直前、雲が少し重たかったのを思い出した。雨が降りそうな天気だったのだ。降っていないでくれ。今日はせっかくの幸せなんだ。智哉は、自動ドアの前でそう願った。
 雨は降っていなかった。むしろ、一度降ったが、止んでいたというのが適当だろう。アスファルトは濡れて黒く変色していたし、植木の葉からは小さい雫がぽとぽとと落ちていた。つまり、二人が店を出る直前まで雨は降っていたことになる。すごい偶然だな。智哉は思った。
 降らないでくれと願っただけで、いきなり雨が止むことはあるのだろうか。
 「あるあr・・・・・ねーよwww」
 「ん?どしたの?」
 いや。考え事。そう言いたかった智哉は、急に口を閉じた。何かおかしい気がする。具体的には言い表せないが、違和感。非具体的な違和感は、どうも気持ちが悪い。
 「いこう。うちの家でも。」
 智哉は荷物で塞がった手の反対の方向の手で円の掌を捕まえ、少しうつむいたまま歩きだした。 

       

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