ごはんライダー
第二章 『圧倒的恐怖、克服する勇気』
4
いつのまにか眠りに落ちていた。
幸い、固い殻に包まれている俺は、俺自身の内側にエネルギーが蓄えられているために、このような軟禁状態にあって飢えることはない。
ただ辛いことはといえば、たまに冷蔵庫を空けられたとき以外には、光を見る手段のないことだ。
不規則且つ一瞬で移り変わる暁と宵闇。
だから、俺は、時間の感覚を全く失ってしまった。
……否、今は恐らく朝だろう。
「牛乳、は……っと」
パジャマ姿の上機嫌な母親が、ガチャリと分厚く重い扉を開け、俺の目の前の巨大な真白い四角柱を持ち上げる。
そしてそのまま、光溢れる扉の外へと運び去った。
再び沈黙の闇が訪れる。
闇の中で俺は考える、という唯一できる作業を再び続行する。
あの時と同じだ。
あの時、産まれた直後と同じ様に、俺は扉の外、光の世界、自由な世界を牢獄の中から眺めている。
何も知らなかったあの頃は、自分の知らない世界、光こそ自由と希望の象徴だと、盲信していたものだ。
いや、実際産まれてすぐの、あの時だけはそうだったのだ。めんどり小屋から出た後、店頭に並ばず、係員によって別の場所へと持ち去られた二つのカゴ。
あの二つに入っていた兄弟たちは、今頃きっと暖かい孵化器の中で、まだ、形もできていないその目に光宿す時を待っている。
……今の俺にとっての光とは、ここを出る合図。
つまり、調理をされる前の、死の宣告に他ならない。
今、俺から見える光は全て、闇よりも深き絶望。
ふと昨日の言葉を思い出す。
―――「明日は未亜の誕生日」
―――「朝からフルコース」
賞味期限まで待たれることなく、では、俺の命は今日―――――
消費される。
ガチャリ。
重たい扉が開いた。
「あとは、食パン、お砂糖……」
大きな手が、伸びてくる。
ま、まって……まってくれ。
ウソだろ、早いって……。
悪夢なら、覚めてほしい。
しかし、痩せた手から伸びる爪の先端が、俺の視線を捉えて離さない……っ!!
イヤだ、イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだぁっ!!!
しかし、悪夢の吐息は俺たちの恐怖をまるで楽しんでいるかのごとく、耳元で弾むように囁いた。
「……そうそう、卵ねっ」
「ギャアあああああぁぁぁぁ!!!」
悪魔の手は俺の隣にいた兄弟を一人鷲掴みにすると、そのまま目が眩むほどの白い光の中へ、連れ出した。
「ヒイッ!!!!た、助け、たずげでくれぇ!!!死にたくない、じにだくないよぉぉぉ!!」
――がちゃん。
――――――
――――
――
彼の断末魔はそれが最後だった。
文字通り、手も足もでない。
圧倒的すぎる恐怖。
煮えたぎる怒りなど何にもならない。
大きかった。
物理的な大きさも、恐怖も、決まりきった現実も何もかも。
そして俺にできることといえば、小さくなって6個パックの隅っこで泣きながらカタカタ震えることだけだった。
……。
「呵哈。」
闇の向こう、奥の方で我慢できず吹き出した、そんなような笑い声がした。
「呵呵哈呵呵哈哈哈哈哈哈呵呵呵呵!! ??、常常怕太!! 呵哈哈哈、肚子痛!! 我没有肚子,不?!!
(訳:あはっははっはっはははっははっは!!!おまっ、お前らビビりすぎだよぉっ!!あははっは、腹いてぇ!腹無ぇけど!!)」
なに、何だ?
この闇の中で平然と笑ってのける奴がいる、そんな奴がいるのか。
俺には驚きだった。
冷蔵庫の中に入っている、それが即ち死を待っている事には疑いようもないというのに。
「呵ー呵ー。??,未熟者的孩子,?什?,那?做?人?方害怕?!!(訳:ひー、ひー。お前ら青坊主のガキどもはなんでそう人間相手にビクビクすんのかにぇ!!)」
ダメだ、なんとなくバカにされている様な気がするが、いかんせん言語が理解できない。
「なんだ、誰だ!、だれかそこにいるのか?!」
生まれて、いや、まだ生まれてはいないが、とにかく初めて俺は、他者に問いかけるということをした。
全てを吸い込みそうな暗黒の中へ、言葉を投げてみる。
「?、?然、?等?大的大?的?言、不能理解。(訳:おう、そうか、お前等は偉大なる大陸の言語も、理解できないんだったな)」
「コレならてめェにもワかるだろ」
荒っぽい、それでいて雑な喋り方。
いかにも、彼の粗野な性格が透けて見えるようだ。
「ふうぅ、何者だ、あんたは」
何故か不思議と、張りつめた糸が弛むような感覚を覚える。
それは、相手の出方如何ではなく、この「他者と話す」行為によって起こる、”感情の共有”を期待したからだった。
「俺は、いや、俺らはハ」
「ま、とりアえず」
「”中国製品”とだけ言っといてやる」
チュウゴク?それはなんだ?生まれた土地の名だろうか?
「すぐにわかるさ!」
「どうせすぐまた会うしな、あの女の胃の中で。キャヒキャヒ!」
なんなんだこいつら。
「あんたら、これから食われるんだぞ?怖くないのか?」
当然の疑問だった。
死が怖くない者などいるはずがない。
「ま、確かにそうなんだけどなー」
「俺たちゃ、ただ食われて、はいさようなら、ってわけじゃないんでぇ」
ケケケと甲高い笑いを発する”チュウゴクセイ”のモノ達。
「どういうことだ」
「お前さー、そこまで考える頭あるっちゃ、ただの無精卵じゃねぇだろぉ」
「お、もしかして有精卵?お、めずらしー?この冷蔵庫に有精卵さま入りましたぁー、おお?」
そうだ、俺は名もなき只の有精卵だ。何が悪い。
「お前、じゃーさぁ、悔しいだろ、ほっとかれりゃ、産まれてんのに、シシシ」
その一言に、俺はカチンときた。
「あ?ああ!そうだ!何が悪い!貴様に何がわかる!!俺の、俺のこの悲しみが……」
「おおっと、悪りぃ悪りぃ、そうカッカしなさんなって」
「ここにくるやつぁ、野菜にしろ肉にしろ、大方、刈り取られたり殺されたりしてから来る奴ばかりでなぁ。未来が無ェ。お前みたいな奴は逆に珍しいんだよ」
あ……そうか、確かにそうだ。
皆一度、今の俺のような恐怖を経験して、大抵の者はそれに抗うすべなく殺され……そして今ここにいるのだろう。
「すまない、熱くなりすぎた」
「そいつはいい。ここは頭冷やすにはもってこいだ」
「ははは、確かにな。」
しかしだ、俺はどうして、こいつらを好きになることができそうになかった。
何だろうかこの、軽薄極まる感覚。
それでいて畏れを知らない。
「なぁ、お前さ、さっきも言ったけど……悔しいだろ」
暗闇から彼らの表情を窺い知ることはできないが、おそらくはニヤついているに違いない。
そんな声色だ。
「俺らがさ、カタキ討ってやんよ」
な!!
一介の食べ物に過ぎない俺たちに、そんなことが可能だというのか!?
俺は自分の、ほぼタンパク質のみの体組成から言っても、にわかには信じられなかった。
そもそもそれでは、”食べた者の栄養となる”という食物の定義を、根本から外してしまう。
「俺なんかは即効性だからよ!!食って数時間で、ミア…ったけ?あれ、病院行きだぜ!!けっけけ!!2ヶ月はは軽く入院すんじゃね!?」
「そんで俺は遅効性。長年かけて体に堆積すんのよ。ひひひ。例のミアって子、10年くらいたってよ、気付いた頃にゃまともなガキつくれねぇ体になってるって訳!ひっひひ!!!やべぇマジやべぇ!!!!」
そんなことが可能なのか?!
……俺の願い、それは確かに彼らのそれと合致していた。
間違いなく先ほどまでの俺は、それを望んでいた。
人間なんて全て消えてしまえばいい。
俺の絶望を人間たちにも味わせてやる、と。
……本当に?
俺が望んでいたことは、正しいのか?
いや、正しいのだ……。
今も耳に残って離れない。
――――「ヒイッ!!!!た、助け、たずげでくれぇ!!!死にたくない、じにだくないよぉぉぉ!!」
あの時、俺の横にいた、兄弟の断末魔。
無慈悲な人間たちが、食物に対して感謝するでもなく淡々と行う”調理”という名の狂気が、俺の瞼の裏に焼きついて離れない。
今、これを逃すと、もう俺には報復の手段は残されてはいない。
しかし、その報復の成否に関わらず、俺が死ぬこともまた変わりはなかった。
イヤ、いや。それは関係ない……。
憎い憎い人間たちなど、俺の苦しみ以上の絶望を味わえばいい。
そう、俺が受けた以上の苦しみを……受ければいいんだ……。
………。
俺は、俺は……
「……頼んだ」
その一言を呟いていた。
いつのまにか眠りに落ちていた。
幸い、固い殻に包まれている俺は、俺自身の内側にエネルギーが蓄えられているために、このような軟禁状態にあって飢えることはない。
ただ辛いことはといえば、たまに冷蔵庫を空けられたとき以外には、光を見る手段のないことだ。
不規則且つ一瞬で移り変わる暁と宵闇。
だから、俺は、時間の感覚を全く失ってしまった。
……否、今は恐らく朝だろう。
「牛乳、は……っと」
パジャマ姿の上機嫌な母親が、ガチャリと分厚く重い扉を開け、俺の目の前の巨大な真白い四角柱を持ち上げる。
そしてそのまま、光溢れる扉の外へと運び去った。
再び沈黙の闇が訪れる。
闇の中で俺は考える、という唯一できる作業を再び続行する。
あの時と同じだ。
あの時、産まれた直後と同じ様に、俺は扉の外、光の世界、自由な世界を牢獄の中から眺めている。
何も知らなかったあの頃は、自分の知らない世界、光こそ自由と希望の象徴だと、盲信していたものだ。
いや、実際産まれてすぐの、あの時だけはそうだったのだ。めんどり小屋から出た後、店頭に並ばず、係員によって別の場所へと持ち去られた二つのカゴ。
あの二つに入っていた兄弟たちは、今頃きっと暖かい孵化器の中で、まだ、形もできていないその目に光宿す時を待っている。
……今の俺にとっての光とは、ここを出る合図。
つまり、調理をされる前の、死の宣告に他ならない。
今、俺から見える光は全て、闇よりも深き絶望。
ふと昨日の言葉を思い出す。
―――「明日は未亜の誕生日」
―――「朝からフルコース」
賞味期限まで待たれることなく、では、俺の命は今日―――――
消費される。
ガチャリ。
重たい扉が開いた。
「あとは、食パン、お砂糖……」
大きな手が、伸びてくる。
ま、まって……まってくれ。
ウソだろ、早いって……。
悪夢なら、覚めてほしい。
しかし、痩せた手から伸びる爪の先端が、俺の視線を捉えて離さない……っ!!
イヤだ、イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだぁっ!!!
しかし、悪夢の吐息は俺たちの恐怖をまるで楽しんでいるかのごとく、耳元で弾むように囁いた。
「……そうそう、卵ねっ」
「ギャアあああああぁぁぁぁ!!!」
悪魔の手は俺の隣にいた兄弟を一人鷲掴みにすると、そのまま目が眩むほどの白い光の中へ、連れ出した。
「ヒイッ!!!!た、助け、たずげでくれぇ!!!死にたくない、じにだくないよぉぉぉ!!」
――がちゃん。
――――――
――――
――
彼の断末魔はそれが最後だった。
文字通り、手も足もでない。
圧倒的すぎる恐怖。
煮えたぎる怒りなど何にもならない。
大きかった。
物理的な大きさも、恐怖も、決まりきった現実も何もかも。
そして俺にできることといえば、小さくなって6個パックの隅っこで泣きながらカタカタ震えることだけだった。
……。
「呵哈。」
闇の向こう、奥の方で我慢できず吹き出した、そんなような笑い声がした。
「呵呵哈呵呵哈哈哈哈哈哈呵呵呵呵!! ??、常常怕太!! 呵哈哈哈、肚子痛!! 我没有肚子,不?!!
(訳:あはっははっはっはははっははっは!!!おまっ、お前らビビりすぎだよぉっ!!あははっは、腹いてぇ!腹無ぇけど!!)」
なに、何だ?
この闇の中で平然と笑ってのける奴がいる、そんな奴がいるのか。
俺には驚きだった。
冷蔵庫の中に入っている、それが即ち死を待っている事には疑いようもないというのに。
「呵ー呵ー。??,未熟者的孩子,?什?,那?做?人?方害怕?!!(訳:ひー、ひー。お前ら青坊主のガキどもはなんでそう人間相手にビクビクすんのかにぇ!!)」
ダメだ、なんとなくバカにされている様な気がするが、いかんせん言語が理解できない。
「なんだ、誰だ!、だれかそこにいるのか?!」
生まれて、いや、まだ生まれてはいないが、とにかく初めて俺は、他者に問いかけるということをした。
全てを吸い込みそうな暗黒の中へ、言葉を投げてみる。
「?、?然、?等?大的大?的?言、不能理解。(訳:おう、そうか、お前等は偉大なる大陸の言語も、理解できないんだったな)」
「コレならてめェにもワかるだろ」
荒っぽい、それでいて雑な喋り方。
いかにも、彼の粗野な性格が透けて見えるようだ。
「ふうぅ、何者だ、あんたは」
何故か不思議と、張りつめた糸が弛むような感覚を覚える。
それは、相手の出方如何ではなく、この「他者と話す」行為によって起こる、”感情の共有”を期待したからだった。
「俺は、いや、俺らはハ」
「ま、とりアえず」
「”中国製品”とだけ言っといてやる」
チュウゴク?それはなんだ?生まれた土地の名だろうか?
「すぐにわかるさ!」
「どうせすぐまた会うしな、あの女の胃の中で。キャヒキャヒ!」
なんなんだこいつら。
「あんたら、これから食われるんだぞ?怖くないのか?」
当然の疑問だった。
死が怖くない者などいるはずがない。
「ま、確かにそうなんだけどなー」
「俺たちゃ、ただ食われて、はいさようなら、ってわけじゃないんでぇ」
ケケケと甲高い笑いを発する”チュウゴクセイ”のモノ達。
「どういうことだ」
「お前さー、そこまで考える頭あるっちゃ、ただの無精卵じゃねぇだろぉ」
「お、もしかして有精卵?お、めずらしー?この冷蔵庫に有精卵さま入りましたぁー、おお?」
そうだ、俺は名もなき只の有精卵だ。何が悪い。
「お前、じゃーさぁ、悔しいだろ、ほっとかれりゃ、産まれてんのに、シシシ」
その一言に、俺はカチンときた。
「あ?ああ!そうだ!何が悪い!貴様に何がわかる!!俺の、俺のこの悲しみが……」
「おおっと、悪りぃ悪りぃ、そうカッカしなさんなって」
「ここにくるやつぁ、野菜にしろ肉にしろ、大方、刈り取られたり殺されたりしてから来る奴ばかりでなぁ。未来が無ェ。お前みたいな奴は逆に珍しいんだよ」
あ……そうか、確かにそうだ。
皆一度、今の俺のような恐怖を経験して、大抵の者はそれに抗うすべなく殺され……そして今ここにいるのだろう。
「すまない、熱くなりすぎた」
「そいつはいい。ここは頭冷やすにはもってこいだ」
「ははは、確かにな。」
しかしだ、俺はどうして、こいつらを好きになることができそうになかった。
何だろうかこの、軽薄極まる感覚。
それでいて畏れを知らない。
「なぁ、お前さ、さっきも言ったけど……悔しいだろ」
暗闇から彼らの表情を窺い知ることはできないが、おそらくはニヤついているに違いない。
そんな声色だ。
「俺らがさ、カタキ討ってやんよ」
な!!
一介の食べ物に過ぎない俺たちに、そんなことが可能だというのか!?
俺は自分の、ほぼタンパク質のみの体組成から言っても、にわかには信じられなかった。
そもそもそれでは、”食べた者の栄養となる”という食物の定義を、根本から外してしまう。
「俺なんかは即効性だからよ!!食って数時間で、ミア…ったけ?あれ、病院行きだぜ!!けっけけ!!2ヶ月はは軽く入院すんじゃね!?」
「そんで俺は遅効性。長年かけて体に堆積すんのよ。ひひひ。例のミアって子、10年くらいたってよ、気付いた頃にゃまともなガキつくれねぇ体になってるって訳!ひっひひ!!!やべぇマジやべぇ!!!!」
そんなことが可能なのか?!
……俺の願い、それは確かに彼らのそれと合致していた。
間違いなく先ほどまでの俺は、それを望んでいた。
人間なんて全て消えてしまえばいい。
俺の絶望を人間たちにも味わせてやる、と。
……本当に?
俺が望んでいたことは、正しいのか?
いや、正しいのだ……。
今も耳に残って離れない。
――――「ヒイッ!!!!た、助け、たずげでくれぇ!!!死にたくない、じにだくないよぉぉぉ!!」
あの時、俺の横にいた、兄弟の断末魔。
無慈悲な人間たちが、食物に対して感謝するでもなく淡々と行う”調理”という名の狂気が、俺の瞼の裏に焼きついて離れない。
今、これを逃すと、もう俺には報復の手段は残されてはいない。
しかし、その報復の成否に関わらず、俺が死ぬこともまた変わりはなかった。
イヤ、いや。それは関係ない……。
憎い憎い人間たちなど、俺の苦しみ以上の絶望を味わえばいい。
そう、俺が受けた以上の苦しみを……受ければいいんだ……。
………。
俺は、俺は……
「……頼んだ」
その一言を呟いていた。
5
俺は今、最期の光に包まれている。
突然の、目も眩むような光の中では全てが真っ白になる。
目が慣れていくと、そこはキッチンという名の、笑顔溢れる場所だった。
食事というのは、生きている以上欠かせないものながら、同時に楽しいものでもある。
……なんて事を思えるのは、連鎖の頂点にいる人間どもだけの特権だ。
他の多くの、否、他の全ての動植物が、食われる事に怯えながら食っている。
明日の我が身を、その目に写し、その舌で感じながら。
”食”への畏怖、それを忘れた人間たち。
しかと思い出させてやる!
俺は今、満たされている!
死を意味する光の中運ばれていく俺は、三角コーナーの隅っこで息絶えた兄弟の亡殻を見つけた。
待っていろ、必ず報いる。
その時は、もう目の前だ。
時計は午前7時を指していた。
一般的な家庭ではそろそろ朝食となる時間のはず。
ただ、今日は、特別な日の、特別な”フルコース”。
少し準備に時間がかかっているようだ。
特別な日、”誕生”日の。
その間に未亜ちゃんが起きてきた。
「おはよぉー」
眠たそうに目を擦る、ピンク色のパジャマのそれは、可愛いらしく見えて、しかし大鎌を俺に振るい降ろす死神に他ならなかった。
「おはよう未亜、まっててね、もうちょっとで出来るから」
「うわぁ、すごい! 楽しみだなー。 あ、今日は先にハミガキしてくるっ! 味わいたいから! ごっちそー、ごっちそー……」
そういって未亜ちゃんは洗面台の方へと消えた。
俺がこんなに産まれたいのだ、人間だって同じように産まれてきた日を祝うのも、ある意味気持ちは分かる。
分かるからこそ、憎いのだ。
しかし、そんな特別な日に、未亜ちゃんは涙を流すことになる。
お腹を抱えて、冷たい床の上に頬を擦りうずくまる未亜ちゃんの姿が、ありありと頭に浮かんだ。
その滴る脂汗までも、鮮明に。
――そしてその像を、すぐに振り払った。
……何故?
俺があれほど望んだ、怒りの妄想を現実に出来る。
俺はその力を手に入れた。
ならば、行使するのは当然だ。
しかし、俺は不思議とその、俺の死後、来たる未亜ちゃんの姿を想像することを、嫌っているのだ。
ガチャリ。
冷たく分厚い扉の音に俺の思考は遮られた。
まだ、例の彼らの姿は見えなかった。
「後は、あれとあれをチンして……完成ね」
母親の握られた手の中から、ヒヒヒッ、と漏れ出る、下卑た笑い声。
俺の横、流しに置かれた彼らは、着くなり嬌声を上げた。
「ひゃぁはー!!!娑婆の空気うんめぇぇぇっー!!!!」
「たまんねぇ、これで極上の女でもいりゃ最高なんだけどなぁ!!」
「お、おれ、おれやべぇ!!!やべぇよこれマジ!!マジやべぇぇ!!!」
口々に喜びの声……?
ととれる声をあげる、”チュウゴクセイ”の奴ら。
やはり俺とはウマの合わなそうな奴らだが、そいつらはまた、俺の得た唯一の報復手段でもあった。
「へへ、よぉガキんちょ、久しぶりだな!」
「あ、ああ……」
闇の中では見えなかった彼らの姿が、今初めて光の中で明らかになった。
三人いる彼ら。
一人は黒い瓶につめられた液体。
一人は白くこんもりとした形の、人間の手のひらサイズのもの。
もう一人は、表面は白くつるんとしているが、端にひらひらのフリルがついた牡蠣、とでもいえばいいのか、妙な形をしていた。
いずれも、クスクスと、処刑場の上にいることを何ともしない、恐れを知らない態度だった。
態度こそそれだが、また別段、食べ物として遜色があるようにも見えない。
というより、どちらかと言えば美味しそうに見える部類なのではないか。
本当に人体にとって有毒なのだろうか?
そういえば俺は、具体的に彼らがどのように人間に報復を行うのかも、一切知ってはいなかった。
「なぁ、あんたら」
「んんー?なんだぁ?キヒヒ」
「あんたら一体、どうやってあのデカい人間たちをヤるんだ? どうみたって、普通の食い物にしか見えないんだが」
「ヒヒ、たりめぇだろ! オレら、そう作られてんだから」
こんもり白い奴がくぐもった笑いを漏らす。
「で、でもなぁ、ちっ、ち、違うんだなぁ!!」
「お前、知ってっか?」
黒い瓶の黒い液体が俺に向かって説明を始めた。
「人間がなぁ、うめぇと思う成分てなぁゴマンとある。オレでいやぁ、アミノ酸っつー成分がそれに当たる。分かるか?」
「あ、ああ、大体は」
「オレ作ったやつぁ、めんどくさがりでなぁ、パパッと薬品中和させてそれつくっちまった。で、名残がオレん中残っててもおかしくねぇんじゃね?ってこった。塩酸とか」
え、塩酸だとぉ?!
もしそれが本当なら、加熱調理しようものなら塩化水素が肺を犯すし、ましてや経口摂取などありえない。
「あと、なんか最近オレ、妙に体が鉛っぽくてなぁ!」
「ケケ、甘ぇよ!オレにゃあ、なんか段ボール?お?中に入ってる?マジ意味わかんねぇ!!しかも、苛性ソーダで溶けてる(笑)、超ウケるwwwww!! 肉とか一応入ってる?薬まみれのやつ!!しかも病気で死んだ奴な!!マジ超バカウケ!!」
か、かか、苛性ソーダ??!!!
苛性ソーダと言えば、「毒物及び劇物取締法」で規制され、体重60kgの人間なら1g以下で人体を死に至らしめるという、強力な劇薬ではないか!?
あり得ない!!
あり得ないだろう、普通!
なんだ、こいつら?!意味が分からないのはお前らのほうだ!
「お、おれ、適当に、な、生ゴミ…う、うへへ」
最後のは、色々と終わっていた。
いずれも食品とは名ばかりの、劇物ぞろいだった。
間違いない、彼らの申告が正しいのなら、一矢報いる以上の、食った人間の悶え苦しみぬく死に様が見られる。
憎い憎い、人間の……
「へっへっへ、わざわざ食材屋で、輸入モンの本場の品なんて選ばなきゃなぁ!!」
「それ、アダ、愛、あだ!ひひひ!」
そうだ、こいつらにまかせれば、未亜ちゃんも母親も、場合によっては病院送りでは済まされないのだ。
そして俺は、それを望み、頼んでいる。
「ママぁー!!歯磨き終わったー!!ぅわ!すごい、何皿あるの?」
キラキラ目を輝かせて並べられた皿を見つめる未亜ちゃん。
その目はともすれば、あと数時間で光を映さなくなる。
それは間違いなく、俺自身の願い……だ。
未来のない、俺の……
「じゃーん!!ママ特製スーパーフルコースです!まってね、あとこれレンジで蒸して、おしまいだから!!」
人間は俺を有精卵にした……。
どうせ産まれられない運命を知って……。
悲しみを感じさせる為に……。
空しさを覚えさせる為だけに……。
――それは、はたして、未亜ちゃんがやったのか?
この笑顔の溢れる幸せそうな家の人間たちの、業なのか?
もうじき、血を吐き、地を這う人間の所行なのか。
俺は正しいのか。
「完成!!ママスペシャル!和洋中全部よ!自分の料理の腕が恐ろしいわ!!」
たぶんフルコースの意味を間違っている。
「お誕生日おっめでっとー!未亜!さぁ食べましょう」
母親はこれから、仕事があるのだ。
だが俺は、冷蔵庫の中で、この人間が、朝4時30分から準備をしているのを知っている。
「わーい、お誕生日ー!!やったー!!」
誕生……!!!!
くっ……うぅ………うっ……。
俺だって……俺だってこんなに産まれたいッ!!
産まれたいさァッ……!!!
もし、ひよことして産まれることが出来たら、張り裂けそうな程、嬉しいッ!!!!!
決まっているっ!!
考えるだけで、わくわくするさ!!
想像するだけで……どれほど嬉しくて、どれほど幸せか…………。
………。
……。
……そして、それはきっと、人間も同じなんだ。
きっと、今日、未亜ちゃんは喜びと共に産まれた。
俺だからわかる、その喜び。
今、俺はそれを摘み取ろうとしている。
産まれて来ることが出来た”未来”を、閉ざそうとしている。
悶えそうな苦しみと、泣きじゃくる顔とを、いっしょに。
今日、とてもとても幸せな日に。
人間が憎い、どうしようもなく。
俺を有精卵にした人間たちが、……憎い!
平然と、利益のために同じ人間に”チュウゴクセイ”の劇物を売れるような人間たちが、憎い!!
それでも、それでも…だけど……俺は……
彼女の笑顔が浮かぶんだ……
俺は気づいた。
彼女のそれは、俺を絆し、俺が欲し、俺が得られなかった”愛”そして”未来”そのものだったんだ。
俺が絶つべき対象ではない。
「未亜ちゃんを……」
俺は……俺は……!!
「未亜ちゃんを……守りたい……!!!!」
ウオオオオオオオオオオオオオッ!!
三たび、一つの卵が震えた。
食卓に置かれた木のサラダボウルの上で、カタリ、と音がした。
俺は今、最期の光に包まれている。
突然の、目も眩むような光の中では全てが真っ白になる。
目が慣れていくと、そこはキッチンという名の、笑顔溢れる場所だった。
食事というのは、生きている以上欠かせないものながら、同時に楽しいものでもある。
……なんて事を思えるのは、連鎖の頂点にいる人間どもだけの特権だ。
他の多くの、否、他の全ての動植物が、食われる事に怯えながら食っている。
明日の我が身を、その目に写し、その舌で感じながら。
”食”への畏怖、それを忘れた人間たち。
しかと思い出させてやる!
俺は今、満たされている!
死を意味する光の中運ばれていく俺は、三角コーナーの隅っこで息絶えた兄弟の亡殻を見つけた。
待っていろ、必ず報いる。
その時は、もう目の前だ。
時計は午前7時を指していた。
一般的な家庭ではそろそろ朝食となる時間のはず。
ただ、今日は、特別な日の、特別な”フルコース”。
少し準備に時間がかかっているようだ。
特別な日、”誕生”日の。
その間に未亜ちゃんが起きてきた。
「おはよぉー」
眠たそうに目を擦る、ピンク色のパジャマのそれは、可愛いらしく見えて、しかし大鎌を俺に振るい降ろす死神に他ならなかった。
「おはよう未亜、まっててね、もうちょっとで出来るから」
「うわぁ、すごい! 楽しみだなー。 あ、今日は先にハミガキしてくるっ! 味わいたいから! ごっちそー、ごっちそー……」
そういって未亜ちゃんは洗面台の方へと消えた。
俺がこんなに産まれたいのだ、人間だって同じように産まれてきた日を祝うのも、ある意味気持ちは分かる。
分かるからこそ、憎いのだ。
しかし、そんな特別な日に、未亜ちゃんは涙を流すことになる。
お腹を抱えて、冷たい床の上に頬を擦りうずくまる未亜ちゃんの姿が、ありありと頭に浮かんだ。
その滴る脂汗までも、鮮明に。
――そしてその像を、すぐに振り払った。
……何故?
俺があれほど望んだ、怒りの妄想を現実に出来る。
俺はその力を手に入れた。
ならば、行使するのは当然だ。
しかし、俺は不思議とその、俺の死後、来たる未亜ちゃんの姿を想像することを、嫌っているのだ。
ガチャリ。
冷たく分厚い扉の音に俺の思考は遮られた。
まだ、例の彼らの姿は見えなかった。
「後は、あれとあれをチンして……完成ね」
母親の握られた手の中から、ヒヒヒッ、と漏れ出る、下卑た笑い声。
俺の横、流しに置かれた彼らは、着くなり嬌声を上げた。
「ひゃぁはー!!!娑婆の空気うんめぇぇぇっー!!!!」
「たまんねぇ、これで極上の女でもいりゃ最高なんだけどなぁ!!」
「お、おれ、おれやべぇ!!!やべぇよこれマジ!!マジやべぇぇ!!!」
口々に喜びの声……?
ととれる声をあげる、”チュウゴクセイ”の奴ら。
やはり俺とはウマの合わなそうな奴らだが、そいつらはまた、俺の得た唯一の報復手段でもあった。
「へへ、よぉガキんちょ、久しぶりだな!」
「あ、ああ……」
闇の中では見えなかった彼らの姿が、今初めて光の中で明らかになった。
三人いる彼ら。
一人は黒い瓶につめられた液体。
一人は白くこんもりとした形の、人間の手のひらサイズのもの。
もう一人は、表面は白くつるんとしているが、端にひらひらのフリルがついた牡蠣、とでもいえばいいのか、妙な形をしていた。
いずれも、クスクスと、処刑場の上にいることを何ともしない、恐れを知らない態度だった。
態度こそそれだが、また別段、食べ物として遜色があるようにも見えない。
というより、どちらかと言えば美味しそうに見える部類なのではないか。
本当に人体にとって有毒なのだろうか?
そういえば俺は、具体的に彼らがどのように人間に報復を行うのかも、一切知ってはいなかった。
「なぁ、あんたら」
「んんー?なんだぁ?キヒヒ」
「あんたら一体、どうやってあのデカい人間たちをヤるんだ? どうみたって、普通の食い物にしか見えないんだが」
「ヒヒ、たりめぇだろ! オレら、そう作られてんだから」
こんもり白い奴がくぐもった笑いを漏らす。
「で、でもなぁ、ちっ、ち、違うんだなぁ!!」
「お前、知ってっか?」
黒い瓶の黒い液体が俺に向かって説明を始めた。
「人間がなぁ、うめぇと思う成分てなぁゴマンとある。オレでいやぁ、アミノ酸っつー成分がそれに当たる。分かるか?」
「あ、ああ、大体は」
「オレ作ったやつぁ、めんどくさがりでなぁ、パパッと薬品中和させてそれつくっちまった。で、名残がオレん中残っててもおかしくねぇんじゃね?ってこった。塩酸とか」
え、塩酸だとぉ?!
もしそれが本当なら、加熱調理しようものなら塩化水素が肺を犯すし、ましてや経口摂取などありえない。
「あと、なんか最近オレ、妙に体が鉛っぽくてなぁ!」
「ケケ、甘ぇよ!オレにゃあ、なんか段ボール?お?中に入ってる?マジ意味わかんねぇ!!しかも、苛性ソーダで溶けてる(笑)、超ウケるwwwww!! 肉とか一応入ってる?薬まみれのやつ!!しかも病気で死んだ奴な!!マジ超バカウケ!!」
か、かか、苛性ソーダ??!!!
苛性ソーダと言えば、「毒物及び劇物取締法」で規制され、体重60kgの人間なら1g以下で人体を死に至らしめるという、強力な劇薬ではないか!?
あり得ない!!
あり得ないだろう、普通!
なんだ、こいつら?!意味が分からないのはお前らのほうだ!
「お、おれ、適当に、な、生ゴミ…う、うへへ」
最後のは、色々と終わっていた。
いずれも食品とは名ばかりの、劇物ぞろいだった。
間違いない、彼らの申告が正しいのなら、一矢報いる以上の、食った人間の悶え苦しみぬく死に様が見られる。
憎い憎い、人間の……
「へっへっへ、わざわざ食材屋で、輸入モンの本場の品なんて選ばなきゃなぁ!!」
「それ、アダ、愛、あだ!ひひひ!」
そうだ、こいつらにまかせれば、未亜ちゃんも母親も、場合によっては病院送りでは済まされないのだ。
そして俺は、それを望み、頼んでいる。
「ママぁー!!歯磨き終わったー!!ぅわ!すごい、何皿あるの?」
キラキラ目を輝かせて並べられた皿を見つめる未亜ちゃん。
その目はともすれば、あと数時間で光を映さなくなる。
それは間違いなく、俺自身の願い……だ。
未来のない、俺の……
「じゃーん!!ママ特製スーパーフルコースです!まってね、あとこれレンジで蒸して、おしまいだから!!」
人間は俺を有精卵にした……。
どうせ産まれられない運命を知って……。
悲しみを感じさせる為に……。
空しさを覚えさせる為だけに……。
――それは、はたして、未亜ちゃんがやったのか?
この笑顔の溢れる幸せそうな家の人間たちの、業なのか?
もうじき、血を吐き、地を這う人間の所行なのか。
俺は正しいのか。
「完成!!ママスペシャル!和洋中全部よ!自分の料理の腕が恐ろしいわ!!」
たぶんフルコースの意味を間違っている。
「お誕生日おっめでっとー!未亜!さぁ食べましょう」
母親はこれから、仕事があるのだ。
だが俺は、冷蔵庫の中で、この人間が、朝4時30分から準備をしているのを知っている。
「わーい、お誕生日ー!!やったー!!」
誕生……!!!!
くっ……うぅ………うっ……。
俺だって……俺だってこんなに産まれたいッ!!
産まれたいさァッ……!!!
もし、ひよことして産まれることが出来たら、張り裂けそうな程、嬉しいッ!!!!!
決まっているっ!!
考えるだけで、わくわくするさ!!
想像するだけで……どれほど嬉しくて、どれほど幸せか…………。
………。
……。
……そして、それはきっと、人間も同じなんだ。
きっと、今日、未亜ちゃんは喜びと共に産まれた。
俺だからわかる、その喜び。
今、俺はそれを摘み取ろうとしている。
産まれて来ることが出来た”未来”を、閉ざそうとしている。
悶えそうな苦しみと、泣きじゃくる顔とを、いっしょに。
今日、とてもとても幸せな日に。
人間が憎い、どうしようもなく。
俺を有精卵にした人間たちが、……憎い!
平然と、利益のために同じ人間に”チュウゴクセイ”の劇物を売れるような人間たちが、憎い!!
それでも、それでも…だけど……俺は……
彼女の笑顔が浮かぶんだ……
俺は気づいた。
彼女のそれは、俺を絆し、俺が欲し、俺が得られなかった”愛”そして”未来”そのものだったんだ。
俺が絶つべき対象ではない。
「未亜ちゃんを……」
俺は……俺は……!!
「未亜ちゃんを……守りたい……!!!!」
ウオオオオオオオオオオオオオッ!!
三たび、一つの卵が震えた。
食卓に置かれた木のサラダボウルの上で、カタリ、と音がした。
6
う……う……。
俺はバカだった……。
いや、泣いている場合などでは、ない。
時間がない。
もう、幸せな親子は食卓についていて、知らず訪れる恐怖の時を待っている。
急がなければ。
「さぁ、未亜、好きなものから食べていいのよ」
「うんっ!いっただっきまぁぁあす!!」
さっきまでの俺なら、獰猛且つ無邪気な獣の彷徨に、死を遊ぶ祭宴の始まりに、ただただ怯えていた。
しかし今の俺は、心の中が、清々しいほどに、闘志とやるべき使命に燃え盛っているのだ。
時間的にはもう余裕がない。
やるべき事をやれなければ、未亜ちゃんは、死ぬ……。
そういった意味では俺は幸運なのかもしれない。
どういう訳か、俺はまだ殻も無事な生のままで、食卓のボウルに置かれている。
当然意識も目的もはっきりとここにあった。
そういえば、つい先ほど、横に置かれた、兄弟の染み込んだフレンチトーストに呼びかけてみたのだが、一向に返事は返っては来なかった。
まだ産まれていない俺には、死の線引きも曖昧で、いつどの段階で意識を失うのかはわからない。
だから、とにかく早い内に”チュウゴクセイ”どもを何とかしなければ……。
テーブル上の配置上、俺からは”チュウゴクセイ”達は遠く、声の届く距離ではなかった。
「あ、これ、肉まん?あんまん?」
「ふふ、未亜の好きなのは、どっちだったかなぁ?」
「肉まんだっ!」
やりとりのあと、未亜ちゃんの小さな手に取られたソレは。まごうことなく”チュウゴクセイ”のアイツだった!
俺は声を張り上げ、叫ぶ!!
「未亜ちゃん!!ダメだ!!それを食べちゃいけない!!!段ボールが入ってるんだ!!未亜ちゃああん!!!」
ダメだ!やはり俺の声は生きた人間の耳には届かない…ッ!!
でも、今の俺には、それしかやれることがない……!!
未亜ちゃん!!未亜ちゃん!!!!
ダメだ、届かない声。
そのまま、未亜ちゃんは笑顔で、大きく口を開く。
ダメだ未亜ちゃん!!未亜ちゃん!!!!
それを食べたら君は……!!
未亜ちゃん、未亜ちゃん!!!
未…亜……ちゃ…
未……あ……
……ダメだぁぁあああアぁぁアアあぁぁぁあああああああああ!!!
「おいしー☆!!!!」
………………。
……ううっ………ぅぅ…………。
ああ……一体……。
俺になにか罪があるのか?
どうして、どうして俺は……こんなに……こんなに無力に作られたんだぁッ……!!
俺の存在に何の意味があるのか?
産まれることもなく、一人の少女に声を届けることもできず、このまま無様に死んでいくために俺がいるのかッ……。
何も残さず!
何も出来ず!
俺を血とし、肉とするその少女すら、すぐに死ぬ……。
一体誰に”未来”があるっ……!!!
何故、未来ある命を”選ぶ”……!!
無力。
無意味。
無駄。
無駄。
無駄。
全てが。
いいいいや!!!!違う!!
俺は未亜ちゃんを守るんだ。
俺の存在価値?
生まれてきた証として?
そうじゃない、そんなもんはクソ食らえだ。
未亜ちゃんは愛を知らない俺をすら、癒す力を持っている。
そんな、彼女を必要としている命が、輝く”未来”の先で待っているハズなんだ。
彼女の笑顔を守りたい……!!
「ちくしょう……」
しかし、以前として手段は見つからない。
無策という名の蹂躙。
「ちくしょうぉぉォっ……」
その侭に、未亜ちゃんに”ギョウザ”と呼ばれた”チュウゴクセイ”のやつが”ジョンユイスーヨー”と呼ばれる”チュウゴクセイ”のやつにひたされて、そのまま、また口の中へと吸い込まれていった。
「ちくしょうぉぉォォォォォォ!!!」
俺は、俺はどうすれば?
「おめぇか、さっきから熱ぁっつい奴ぁ」
「はっ!」
どこだ、新手の”チュウゴクセイ”か?
「こっちこっち、オレ、オレ」
食卓の上の小さな、”チュウゴクセイ”とよく似た、黒い液体から声がした。
「よォ」
何者か知らないが、俺は最大限の警戒体制をとった。
俺が生まれてからというもの、未亜ちゃん以外の他者というものには、いい思い出が全くない。
「おぃおぃ、そう強ばりなさんなってぇ」
「お前も”チュウゴクセイ”か?!!」
「はあ?あんなのと一緒にすんなや!」
怒ったふうに声を荒げる、黒い液体。
見た目はどうみても、”チュウゴクセイ”と変わらないのだが……。
食卓用の小さなプラスチック容器の中から、黒い液体が語りかけていた。
「オレっちはなぁ、最高級のだな、聞いて驚け、”国産特選丸大豆醤油”様よ!」
どん、と体を張る”国産特選丸大豆醤油”と名乗る漆黒の液体。透明な容器の中で、水面が揺らいだ。
「どう?ビビった?」
「名前が長くて、全く分からんッ!」
「だからぁ、そんなに気ぃ張るなっつの。オレっちも最近の中国製品の傍若無人にイラついてる、国産食品の一人なんだよ」
それは、俺と同じ志をもっている、ということだろうか?
では、俺とこの黒い液体は
「……そう、仲間だよ、仲間、分かる? 仲間」
「仲間……?」
概念だけはわかるが、如何せん、俺にとって”仲間”という存在は初めてなだけに、接し方を惑ってしまう。
「お前も”チュウゴクセイ”にイラついてるんだろ? オレっちもそうだよ、アイツら、人毛を塩酸で溶かしてオレっちの紛いモン作ってんだ。 確かに戦後の日本じゃあ、その手もアリだったらしいケド、今、アイツらがやっているのは、やっちゃいけないことだ」
そうだ、”チュウゴクセイ”は今、未亜ちゃんに対して、食べ物としてやってはいけないことをしようとしている。
「止めたいんだろ? オレっちも力を貸すぜ。たぶんな。」
な!そんなことが……
「出来るのか!?」
「ああ、さっきから叫んでんの、オメェだったんだろ。オレっち、オメェのその熱いパトス、気に入ったぜ!」
う……う……。
俺はバカだった……。
いや、泣いている場合などでは、ない。
時間がない。
もう、幸せな親子は食卓についていて、知らず訪れる恐怖の時を待っている。
急がなければ。
「さぁ、未亜、好きなものから食べていいのよ」
「うんっ!いっただっきまぁぁあす!!」
さっきまでの俺なら、獰猛且つ無邪気な獣の彷徨に、死を遊ぶ祭宴の始まりに、ただただ怯えていた。
しかし今の俺は、心の中が、清々しいほどに、闘志とやるべき使命に燃え盛っているのだ。
時間的にはもう余裕がない。
やるべき事をやれなければ、未亜ちゃんは、死ぬ……。
そういった意味では俺は幸運なのかもしれない。
どういう訳か、俺はまだ殻も無事な生のままで、食卓のボウルに置かれている。
当然意識も目的もはっきりとここにあった。
そういえば、つい先ほど、横に置かれた、兄弟の染み込んだフレンチトーストに呼びかけてみたのだが、一向に返事は返っては来なかった。
まだ産まれていない俺には、死の線引きも曖昧で、いつどの段階で意識を失うのかはわからない。
だから、とにかく早い内に”チュウゴクセイ”どもを何とかしなければ……。
テーブル上の配置上、俺からは”チュウゴクセイ”達は遠く、声の届く距離ではなかった。
「あ、これ、肉まん?あんまん?」
「ふふ、未亜の好きなのは、どっちだったかなぁ?」
「肉まんだっ!」
やりとりのあと、未亜ちゃんの小さな手に取られたソレは。まごうことなく”チュウゴクセイ”のアイツだった!
俺は声を張り上げ、叫ぶ!!
「未亜ちゃん!!ダメだ!!それを食べちゃいけない!!!段ボールが入ってるんだ!!未亜ちゃああん!!!」
ダメだ!やはり俺の声は生きた人間の耳には届かない…ッ!!
でも、今の俺には、それしかやれることがない……!!
未亜ちゃん!!未亜ちゃん!!!!
ダメだ、届かない声。
そのまま、未亜ちゃんは笑顔で、大きく口を開く。
ダメだ未亜ちゃん!!未亜ちゃん!!!!
それを食べたら君は……!!
未亜ちゃん、未亜ちゃん!!!
未…亜……ちゃ…
未……あ……
……ダメだぁぁあああアぁぁアアあぁぁぁあああああああああ!!!
「おいしー☆!!!!」
………………。
……ううっ………ぅぅ…………。
ああ……一体……。
俺になにか罪があるのか?
どうして、どうして俺は……こんなに……こんなに無力に作られたんだぁッ……!!
俺の存在に何の意味があるのか?
産まれることもなく、一人の少女に声を届けることもできず、このまま無様に死んでいくために俺がいるのかッ……。
何も残さず!
何も出来ず!
俺を血とし、肉とするその少女すら、すぐに死ぬ……。
一体誰に”未来”があるっ……!!!
何故、未来ある命を”選ぶ”……!!
無力。
無意味。
無駄。
無駄。
無駄。
全てが。
いいいいや!!!!違う!!
俺は未亜ちゃんを守るんだ。
俺の存在価値?
生まれてきた証として?
そうじゃない、そんなもんはクソ食らえだ。
未亜ちゃんは愛を知らない俺をすら、癒す力を持っている。
そんな、彼女を必要としている命が、輝く”未来”の先で待っているハズなんだ。
彼女の笑顔を守りたい……!!
「ちくしょう……」
しかし、以前として手段は見つからない。
無策という名の蹂躙。
「ちくしょうぉぉォっ……」
その侭に、未亜ちゃんに”ギョウザ”と呼ばれた”チュウゴクセイ”のやつが”ジョンユイスーヨー”と呼ばれる”チュウゴクセイ”のやつにひたされて、そのまま、また口の中へと吸い込まれていった。
「ちくしょうぉぉォォォォォォ!!!」
俺は、俺はどうすれば?
「おめぇか、さっきから熱ぁっつい奴ぁ」
「はっ!」
どこだ、新手の”チュウゴクセイ”か?
「こっちこっち、オレ、オレ」
食卓の上の小さな、”チュウゴクセイ”とよく似た、黒い液体から声がした。
「よォ」
何者か知らないが、俺は最大限の警戒体制をとった。
俺が生まれてからというもの、未亜ちゃん以外の他者というものには、いい思い出が全くない。
「おぃおぃ、そう強ばりなさんなってぇ」
「お前も”チュウゴクセイ”か?!!」
「はあ?あんなのと一緒にすんなや!」
怒ったふうに声を荒げる、黒い液体。
見た目はどうみても、”チュウゴクセイ”と変わらないのだが……。
食卓用の小さなプラスチック容器の中から、黒い液体が語りかけていた。
「オレっちはなぁ、最高級のだな、聞いて驚け、”国産特選丸大豆醤油”様よ!」
どん、と体を張る”国産特選丸大豆醤油”と名乗る漆黒の液体。透明な容器の中で、水面が揺らいだ。
「どう?ビビった?」
「名前が長くて、全く分からんッ!」
「だからぁ、そんなに気ぃ張るなっつの。オレっちも最近の中国製品の傍若無人にイラついてる、国産食品の一人なんだよ」
それは、俺と同じ志をもっている、ということだろうか?
では、俺とこの黒い液体は
「……そう、仲間だよ、仲間、分かる? 仲間」
「仲間……?」
概念だけはわかるが、如何せん、俺にとって”仲間”という存在は初めてなだけに、接し方を惑ってしまう。
「お前も”チュウゴクセイ”にイラついてるんだろ? オレっちもそうだよ、アイツら、人毛を塩酸で溶かしてオレっちの紛いモン作ってんだ。 確かに戦後の日本じゃあ、その手もアリだったらしいケド、今、アイツらがやっているのは、やっちゃいけないことだ」
そうだ、”チュウゴクセイ”は今、未亜ちゃんに対して、食べ物としてやってはいけないことをしようとしている。
「止めたいんだろ? オレっちも力を貸すぜ。たぶんな。」
な!そんなことが……
「出来るのか!?」
「ああ、さっきから叫んでんの、オメェだったんだろ。オレっち、オメェのその熱いパトス、気に入ったぜ!」