Neetel Inside 文芸新都
表紙

ごはんライダー
第三章 『君のご飯に、ライド、オンッッ!!』

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 「オレっちや他の奴らも中国製品にはうんざりしてンだ」
 ”国産特選丸大豆醤油”はほとほとと、話し始めた。
 「未亜っちを助けンのには、すげぇ力が必要だ。だから、オレっち達が集められたのは、むしろ逆に運命みたいなモンだと思う」
 「……? どういうこと?」
 「オレっち達は、選ばれてココにいる、ってこった。あの母ちゃん、いい目してんだな。まぁ、アイツらみたいに余計なモンも混じッちまったが、他のそれぞれの奴ぁ、それぞれン中で最高級の品質、それと栄養価をもってる」
 つまり、活きのいいモノだけがここにいる、ということか。
 だがそれはきっと、母親のいい目云々の問題とはすこし違うのだろう。
 未亜ちゃんを想う、母の愛。
 それが、きっと、未亜ちゃんを救うことが出来るモノを選んだんだ。
 「実際、オレっちも、オメェみてぇなアグレッシブな卵は、初めて見た。普通、悲痛な、この世の終わりみてぇな顔してんのにな。 オメェは違った。 だから、力を貸す気になったンだ。 オメェは、選ばれた卵だ。未亜っちを救うことが出来る」
 それは一体どうやって……?
 テーブルがカタカタ鳴る。
 未亜ちゃんの顔がすぐ横にあった。
 「次はぁ、赤ういんなー!すごい、朝から赤ういんなーだ!」
 「それも、シャウエッセンの高級な品なの」
 「あじ違う? うー、よくわかんない」
 確実に、食指はこちらに近づいてきている。
 事態は、刻一刻を争う。
 未亜ちゃんを、守りたいんだ。
 「いいか、よく聞け。いずれオメェが未亜っちに食われる番がくる。オメェが今その姿でこのテーブルの上にいる、そいで今は朝飯、ってことから察するに、オメェの末路は、ほぼ間違いなく、一つしか無ェ」
 ……ゴクリ。
 俺は黙って、その宣告を待つ。
 「いいか、オメェは、これから”卵かけご飯”になるンだ」
 卵かけ……ご飯……?
 「ある種、荊の道だが、逆にこれがいい。コイツが今のオレっち達にゃ、一等理想的な形なんだ。そこのフレンチトーストやゆで卵見たろ。アイツらは加熱された時点で、もう逝っちまってンだ。 オメェは、生のまま、生きたままで、未亜っちの胃まで行くチャンスがある。 そこに、ヤツらがいる」
 引っかかる言い方だ。チャンスがある、というのは、辿りつけない可能性がある時に使う言葉だからだ。
 「だが、……いいか、オメェがご飯にかけられる前に、避けて通れない関門がある。オメェは……”変身”しなくちゃならねェんだ」
 「銀シャリぃっ~、アツアツ~」
 突然フッと、体が持ち上がる。
 未亜ちゃんだ。
 未亜ちゃんが俺の体を持ち上げている!
 早い、少しだけ早かった。
 遂に、もう、この時が来てしまった……
 「やべッ!!いいか、絶対に意識を失うな!!それほどまでに、オメェの”変身”は……」
 そこから醤油の声は、遠く聞きとれなくなってしまった。
 「未亜って卵、もう、うまく割れるんだっけ?」
 ヒッ…!
 その醤油の声を遮るように、母親の声が、俺の死を表す言葉を紡いだ。
 分かっていても、恐ろしいものがあった。
 知っている、俺はこれからこの身を叩きつけられて……死んでしまう。
 未亜ちゃんの手に、声色に、俄かに力がこもる……!
 「こないだできるようになったじゃん!ぇい!」
 (ぐぎゃあああああ!!!)
 ピシィ、と俺の殻が、割れた。
 それは、俺に今の今まではあった”未来”が、確実に潰えた事を意味していた。
 それと共に襲い来る、信じられないほどの激痛。
 アアアゥッ……ウッ……ッ……。
 痛みに耐える俺の中身が、未亜ちゃんのまだ不器用な指に抉られながら、即座に、乱暴に冷たい器の皿に叩きつけられる!
 (あっ、あああぎぃいいあああァァァアッァァっ!!!)
 正視に耐えかねるほど凄惨に、ぶちまけられた俺の中身。
 「あ、ちょっとしっぱい」
 「んもぅ、黄身破れちゃってるじゃない、ママやろうか?」
 「いいのっ!」
 嗚咽が、止められない。
 だが、息つく間無く、柄にウサハナがプリントされた、可愛らしいピンクのプラスチック箸の先が、俺自身である黄身の中心を容赦なく突き刺した!!
 (いぎあァァァァ!!!!!!!)
 意識が飛びそうになる。
 ――いいか、絶対に意識を失うな!!
 蘇る醤油の声。
 ダメだダメだ、ダメだ!!!
 ここで途絶えたら、全て終わる。
 俺だけじゃない、この一家の”未来”までもが。
 ウォォオオオオ!!
 俺を貫いたピンク色の箸は、俺の薄皮の中身を更に抉り、中身を白身に溶かしている。
 なんだ、一体、何が始まるんだ……。
 「とくのは、ちょっとむずかしいんだよねー。なんか、いっつもこぼれる」
 俺を貫いたままの箸は、そのまま、高速で、無情に俺をかき混ぜ始めた!
 (うぎぐごごごぎゃあああああ!!!)
 あまりの激痛に混濁していく意識の中、さっきの醤油の声がまた、俺の頭に木霊していた。
 ――――荊の道だが
 ――――それほどまでに、オメェの”変身”は……
 激痛を伴う、か。
 人間が、例えば腹を割かれ腸を取りだされたとしたら、痛みで死ぬのだろうか。
 違う。
 その場合、訪れる死のほとんどは、心因性のショックによるものだ。
 そこで盲腸でも切り落とされようものなら、体に害は無いはずでも、自分の未来までもが腸と一緒に体から切りはなされたように感じるはずだ。
 しかし、俺は今、それを他の臓腑と、かき混ぜられている。
 だんだん白く濁っていく視界。
 冷蔵庫の俺なら、痛みに耐えることなく、意識を飛ばしていただろう、それほどまでに、痛い、痛すぎる。
 そしてそれを、だんだん感じなくなっていってしまう。
 俺を入れた茶碗が、未亜ちゃんの左手の上で揺れている。
 ――もう目も霞んで視界も覚束ない俺は、俺全体を揺らしている、この船上のような感覚に、ふと、生まれてすぐの記憶を思い出していた……。
 ――養鶏場の横の卵売り場で、俺を乗せて、最後まで運ばれなかったあのカゴ。
 最後まで俺を救わなかった、あの箱船。
 ……結局このまま”未来”は無いのか。
 ……そもそも、誰にも未来なんてないんじゃないのか。
 次に俺が揺られたのは、母親に買われたあとの、買い物袋の中だ、そうして俺はここへやってきた……。
 遠く彼方から、救急車のサイレンが聞こえてくる。
 俺は、だんだんと真っ白い光に包まれていった。
 気持ちいい……。
 そうだ……この光……結局、俺にとって光とは一体なんだったんだろう。
 生まれて、死ぬまで26時間。
 光を見たのは、数回しかない。
 それは、鶏小屋では自由の代名詞であり、また冷蔵庫の内側から見たときには、絶望の象徴であった。
 ただ……、だけど、それを目にしたとき、俺の中に生まれたのは、「自由を手にするんだ」、「人間に報いてやる」、「未亜ちゃんを助けたい」、良かれ悪かれ、そんな”決意”だった。
 決意とは、俺の”未来”を、俺のこの手で創り出そうとする意志のはずだ。
 救急車のサイレンが大きくなっていく。
 未亜ちゃんは、もうじき、あの箱船に乗って、死へと連れ去られる……、幸せと共に、誕生出来た”未来”が……、死へと……俺がやらなければ……俺がやらなければ!!!
 そうか! 箱船に揺られて”未来”へ着くのをただ待っていた、それが、それが俺の間違いだったんだ……!!
 最初から、"未来"なんて、なかったんだッ!!
 だから……創り出さなくちゃ、この手で俺の……俺の”未来”をぉっ!!!!
 「オオオオォォおぉぉォォォおおォォおオオオオ!!!」
 ここで負けるわけにはいかないっ!!!
 「こんなもんでいっかー」
 ピンク色の箸が抜き取られる。
 それは俺の変身の、終わりの合図だ。
 「おぅい、生きてっかぁ……」
 同時に未亜ちゃんに持ち上げられた”特選国産丸大豆醤油”が、俺の頭上からヒョイと顔を出した。
 「ああ!……なんとかな」
 「ひゅぅ、やっぱりオメェはすげぇわ。他のたまごなら、痛みで意識失ってそのまま消化されておしまい、ってなのにな」
 「危ないとこだったけどな」
 無事、変身が完了して、痛みも徐々に収まってきた。
 「ま、楽しいおしゃべりはあとだ、今から俺っちはオメェにユナイトするぜ、ごはんライダー!」
 未亜ちゃんの手が傾く。
 「フォーメーションG-ride! Go,Unit!!」
 俺の、黄身と白身の混ざった、変異した体に、黒い雨が降り注ぐ。
 ああ……、なんだろう、これは……すごい……。
 ぐんぐんと、俺の中で、うまみが増していくのがわかる。
 混ざり合うのが、心地いい……。
 「聞…こ……か……」
 ゆっくりと変化していく俺の意識に、直接、声が響いた。
 「聞こえるか?」
 この声、特選国産丸大豆醤油の声だ。
 「ああ、聞こえる」
 静かに意識の底から声を出す俺。今、二つの食材が一つとなった。
 「今、オレっちはオメェと融合した。もうオメェは、ただの有精卵じゃなくなっちまったわけだ。今はオレっちとオメェで一つの卵かけご飯の種、言うなれば”ごはんライダーRAN(卵)”だ」
 「ごはんライダーRAN……」
 それが、俺の名前……
 「今のこの状態が、RANの最も基本となる形、”モロミダイズド・フォーム(MollOnMe Dized・Form)”だ、よく覚えておけ」
 つまり今の俺は、卵かけご飯の最もベーシックな”醤油かけ”タイプ、というわけか。
 「それは、他にも色々なフォームになれる、ということなのか?」
 「まぁ、それは未亜っち次第なんだけドな、ただ、見る限りオレっち達に加勢する奴の方が多いことは間違いない。この勝負、勝てるぜ」
 「そうか」
 心強い言葉だ。
 仲間というにはこんなにも、俺を強くするのか。
 未亜ちゃん、待っててくれ、すぐ助ける。
 「と、おっと、そう、はやりなさんな。先に一つだけ注意事項があるからよく聞け」
 「あ、ああ…」
 「まず、オレっち達は食品として最高級だ、栄養価も高いが、反面、消化吸収も異常に早い。 食われた後、まともに戦えるのは……そうだな、5分強がいいとこだ。それがオレっち達の残り時間だ。 過ぎれば、腸へと流される。 それで、タイムオーバー」
 「5分か…」
 確かに短いな……、だが。
 「それまでに、おそらくまだ未亜っちの胃にいる、中国製品どもを追い出せなければ、未亜っちも死ぬ、わかるな」
 醤油が静かな声色で語りかける。
 「5分……ふっ、それだけあれば、充分だ!」
 「ひゅぅ、そうこなくっちゃな! じゃあ行くぜ!」
 ゴトッ、と俺を入れたお椀が持ち上がる!
 「やっぱり、日本の朝は、味噌汁とこれだよねー☆」
 「って未亜、あなたいくつ?」
 今俺の真下に未亜ちゃんの茶碗がある。
 座標のセット、完璧に完了だ。
 「わたしも今日でまたひとつ、としをとってしまいました……」
 「なぁ、国選特産丸大豆醤油?」
 「なんでぃ?」
 「どうやって未亜ちゃんの胃まで行くんだ」
 「それはなぁ、あれに乗るんだ!」
 ドボドボドボドボ。
 お椀が、返された。
 流れて、キラキラと光を反射しながら落ちていく、黄金と黒の俺。
 下にいた何かにぶつかった俺は、その熱々の何かにそのまま跨っていた。
 「これは…」
 飯粒の形をした銀色の自転車、まるで俺専用に誂えたようにしっくりくるそれに、俺は跨っていた。
 「”銀チャリ”、しかもこれまた最高級のシロモンだ!!これなら未亜っちの胃まで爆速だぜ!!」
 「いっただっきまーす」
 「未亜、3回目よ、それ」
 「おいしいものをたべるときの、かんしゃの気持ちのあらわれです」
 銀チャリに乗った俺が、箸という名のカタパルトに今、セットされた。
 目の前に、未亜ちゃんの大きな口の中の闇がある。
 ついに、ここまできた。
 「もう戻れねぇぜ、有精卵」
 醤油の声が響く。
 「ああ、そうだ、もう有精卵には戻れない。俺の命をかけた、生涯ただ一度きりの変身だ。」
 「……」
 「だから……最後の徒花、咲かせてやるさッ!」
 ――「俺なんかは即効性だからよ!!食って数時間で、ミア…ったけ?あれ、病院行きだぜ!!けっけけ!!」
 ――「ミアって子、10年くらいたってよ、気付いた頃にゃまともなガキつくれねぇ体になってるって訳!ひっひひ!!!」
 待っててくれ、未亜ちゃん。
 君の明日は、俺が守る!
 「行くぞ!ごはんライダー、GO!!!!」
 闇の中へ放り込まれていく。
 食道の蠕動に導かれ、深い深い闇の中、俺の最後の戦場へと、降下していく。
 滾る決意の中で――ふと、光漏れ出る入り口の方から、確かに「おいしい」という声が聞こえたのだ。
 未亜ちゃんの言葉、最後に聞けた、気持ち。
 「よかったな、オメェ」
 俺の頬を涙が伝って落ちた。
 俺は、俺は、泣いているのか?
 理由はわからないままに、しかし俺は、涙を止められないのだった。

     



 なんだろう……
 暗い……
 でも、とても暖かい……
 暖かいんだ…………

 そおっと、俺は、目を開いてみた。
 木で組まれた簡素な天井には、蜘蛛の巣が何張りもあって、捕まった虫がもがいていた。
 そこにゆっくりと、蜘蛛が近づいていって、獲物をこれまた緩慢な動作で、丁寧に糸でくるんでいく様が見えた。
 それを俺はじっと見ていた。
 コッコッコッ……
 どこかでめんどりの鳴く声がする。
 俺は、藁じきのチクチク刺さる感触を背中に感じながら、仰向けに寝そべっていて、動くことが出来ない。
 あれ……?
 俺……
 未亜ちゃんは……
 俺はその身を確かめた。
 確かに、俺の外側には、白くて固い殻があって、その中身もまだ外気に触れたことなく、だが、外気に触れるその日を、産まれてくる”未来”を待っていた。
 俺は……?
 突如、視界の全てが白くなる。
 そして真っ暗に。
 (うわっ!)
 一瞬、何が起こったのか、全くわからなかった。
 だけど、その闇の温もりに、俺をそっと慈しむように優しく包む、柔らかな圧迫感に、俺は即座に理解した。
 俺の上のその存在……まだ産まれていない俺に、いて当然の、一番俺に近い存在……
 (母さん……??)
 かあさん……本当に……母さんなんだ……
 俺の母さん……
 ねぇ、きいて、きいてよ母さん……
 ずっと悪い夢を見てたんだ……
 ずっと寒いところにいて……閉じこめられてて……
 イヤなことたくさんあって……痛くて……
 でも、少しだけ嬉しいこととかあって……
 ああ、あと、なんだったっけ……
 産まれたらいっぱい、いっぱい話すね……
 ああ、でも、それまでに…忘れちゃいそうなんだ……
 ここが、とても暖かいから……

 俺にのしかかる母さんが、ゆっくりと揺れる。
 波打つように、俺を押し出すように。

 なんだろう、それでは、母さんの下から、外れてしまう。
 俺の居場所はここなのに!
 ……いや、きっと、もう違うんだ。
 ここはもう、俺の居場所では、ないんだ。
 波打ち続ける母さんの腹。
 イヤだ! 辛い! ……だけど、俺は、やらなくちゃいけない。
 きっとこんなふうに幸せの中産まれてきた、あの子のために。
 母さんはだまって俺を押しだし続けた。
 そして遂に俺は、ぽっかりと広い空洞へと投げ出されてしまった。
 そこも確かに暖かかったが、漆黒の闇の中だった。


 「気がついたか!!」
 醤油の声が意識に響く。
 俺は……気を失っていた?
 「ああ、悪かった、醤油」
 何か、夢を見ていた気がする。
 ここがとても暖かいから、安らかな夢を見ていたみたいだ。
 それもそのはず、俺というのは先ほどまで、とどのつまり、”要冷蔵”だった訳で、この36.5度の世界は俺に初めての経験となるのだ。
 だが、しかし、あらゆる恒温動物にとって、寒いより暖かい温度が心地いいという事を、俺でさえ本能的に知っていたようだ。
 そうか、ここが、未亜ちゃんの胃の中か。
 遂にここまで来た、俺の命の、ファイナルステージへと。
 「忘れちゃいねぇよな? 時間は短い」
 「ああ、大丈夫だ!」
 もう消化は始まっていて、俺の外側は緩やかに溶け始めてきた。
 急いで”チュウゴクセイ”を探し出さなければ未亜ちゃんが危ない!!
 とは言え、狭い子供の胃の中だ。
 「よぉ、ぼんず。よく来たな」
 果たして、捜し物はすぐ見つかった。
 あの三体の魔物達は、今は、もはやどれがどれともつかないほどぐちゃぐちゃに混じり合い、一つの巨大な魔物となった。
 そいつが、俺に語りかけてくる。
 「お前も一緒にやるか?」
 魔物の先には、未亜ちゃんの胃壁があり、彼らが殴り続けた為に赤く爛れていた。
 「止めろォッ!!」
 俺は、躊躇うことなく怒号を投げつけた。
 「はぁ? ナニいってんの、オマエ?」
 「俺が間違っていたんだ。俺は、未亜ちゃんを助けるためにここにきた」
 「は? あははははははは!!! オマエが!? オマエになにができる? さっきまでブルブルブルブル、ちびりそうなぐれぇ震えていたオマエが!! それにオマエ、人間への憎みはどうした?」
 「確かに、人間は憎い。生態系の頂点で怠惰を貪る悪意以外の何者でもない」
 「では、何故救う?」
 「その一方で、純粋な善意、”決意”をもって動くことが出来るのもまた人間だ。彼らが生態系の頂点にいる今、人間を変えることは人間にしかできない。勝手な思い込み、だが、未亜ちゃんならきっと、それが出来ると信じた」
 すっ、と息を吸う。
 「だから俺は、お前らを倒す!」
 「ふっ面白い」
 吐き捨てるように言う”チュウゴクセイ”。
 「俺たちがうまれたのもまた、人間の”悪意”によるものだ。お前が憎む、己の利益のみを貪る、人間の純粋な悪意。善意と悪意、どちらが”未来”で人類を待つのか……」
 鋭い闘気を放ちながら。身を屈める、”チュウゴクセイ”!
 「それを今、ここで決めよう!!!」
 ”チュウゴクセイ”が、その巨躯からは想像もできない程のスピードで、俺に迫ってくる!!
 (危なっ!)
 ギリギリで身を反らしたが、相手の掠めたわき腹(っぽい部位)のタンパク質が、融解していた。
 「俺の濃縮苛性ソーダパンチ。食らえば一発であの世行きだぜ」
 まさか、これほどなんて……。
 ダメだ、性能差がありすぎる。
 工業用に強化された相手に、天然モノの俺たちがどうすれば通用するのか。
 今のままの力では、敵わない事は明白だ。
 「おぃ、ふた口目が来るぜ!」
 醤油の声に見上げると、分かたれた俺の分身が俺の体に降り注ぐ。
 「醤油! パワーアップは!?」
 「ダメだ、まだモロミダイズド・フォームのままだ!」
 くそ、このままでは、勝ち目はない!!
 俺はどうすれば……。
 「はっはっは、威勢がいいのは口先だけか! では、こちらから行くぞ!」
 ”チュウゴクセイ”の魔物は、俺の首根っこ(っぽい部位)を掴み、そのまま胃の出口へと俺を力で押し出していく!
 「お前、この、胃と十二指腸の境界、何て呼ばれてるか知ってっか? ここはな、”幽門”ってんだ、その名の通り、行ったら二度とこっちに逆流することはない、まさに黄泉の国への入り口さ!」
 すごい力で俺は未亜ちゃんの幽門に叩きつけられた!
 徐々に開いていく幽門。
 マズい! このままでは……!!
 「逝っちまいなァァァァァァ!!!」
 その時、微かにまた、頭上からの光が!
 「三口目っっ!」
 醤油の叫び声と同時に、”チュウゴクセイ”の魔物を切り裂いて、何かが落ちてきた!!
 「来たぞ、ユナイト&チェンジだ! ちょっと語呂が苦しいが叫べ!! ”チェンジ! カツオブセイズド・フォーム!”」
 俺の中に再び湧き起こる強烈なうま味!!
 融合によって今までの何倍にも、それが跳ね上がった!!
 これは……そうか、かつお節だ!!
 「ごはんライダーRAN・カツオブセイズド・フォーム(Cuts of sized・Form)はソード・フォームだ。職人の技が光る、薄さ10μ~30μの”カツオブセイバー”が容易く敵を切り裂く。おぉ、しかもだ」
 醤油は続けた。
 「スゲェ!! コイツぁ”枯節”だ!! 現存する食材の中で世界一硬いとされる、鹿児島枕崎産の最高級本枯節じゃねぇか!! いける!!! コイツぁいけるぜ!!」
 すごい!!
 すごいぞ!!
 これで俺は、間違いなく世界最強のソードフォームになっている!!
 少し離れた場所によろめいた”チュウゴクセイ”が体勢を立て直している!
 「貴様ら……! いくら足掻いたところで、この俺、人類の悪意の権化たる俺には勝てん!!」
 「畳み掛けるっ! いくぞっ、かつお節っ!!」
 かつお節にも協調を求める俺。
 だが!
 「……pataw……ako……ad……」
 な、何? 声が小さくて聞き取れない。
 「Patawad、Ako、a、ワタ、ワタシハ、KAGOSHIMA、Ipnanganak、ウマレデハ、ナイデス」
 こ、これはっ!!
 「タガログ語だっっっ!!!!」
 「なんだって! じゃあ、こいつはフィリピン産じゃないか!!」
 くそぉ!!
 こんなところにまで、食品偽装の波が来ているのか……!!!
 おのれぇ、何故だ、何故偽るんだ人間?!!
 「ふ、フハハハハ!! やはり、人間はこちら側の存在! 善意とは、駆逐され、悪意を満たす為だけに在るのだ!!」
 くそぉ……!
 「Akong may kasalanan……(私のせいで……ごめんなさい……)」
 「いや、君のせいじゃないさ、しかし……」
 その時、醤油が叫んだ。
 「そうさ、お前がカツオブセイズド・フォームであることに変わりは無ぇ! フィリピン産か……あまり使いたくなかったが、あの技がつかえる……行くぞ!」
 「あ、ああ!」
 醤油の後押しのまま、俺は”チュウゴクセイ”に突進していく!
 「無策での神風特攻か。フッ、どこまでもお前等は純日本製だな!!」
 「確かに、俺らは日本製だ。だが、無策ではないっ!!」
 油断した”チュウゴクセイ”の懐に、潜り込むッ!!
 輝きを放つカツオブセイバー!
 「アジアの力を今一つに! おおおおおおお!!」
 カツオブセイバーを、握る手にあらん限りの力を込める!!
 「食らえっ、”大東亜共栄剣”っっっっ!!!!!!!!!」
 懐から、斜め上へ、力の限りに剣を振りあげた!!
 「う、うあああぁぁっ!!」
 予想外の攻勢に、”チュウゴクセイ”はガードが間に合わず、横腹(っぽい部位)から肩(っぽい部位)まで一気に切り裂かれた。
 勝てるっ!! 勝てるぞ!!!
 「このまま一気に……」
 しかし、俺の気合いとは裏腹に、カツオブセイバーはその輝きを収束させていった。
 「なんだ! どうしたっ! どうなったんだ!」
 「無茶を言うなよ、ごはんライダー。あの必殺技は、そのネーミングのギリギリさ加減から、一度しか使えないんだ」
 くっ、醤油っ! そういう事は先にっ!
 「うっ、ううぅぅ……」
 ”チュウゴクセイ”は確実に弱っている。
 今、畳み掛ければ倒せる。俺だって……!!
 「うぉぉおおおおお!!」
 一気に”チュウゴクセイ”の巨躯のもとへ詰め寄る。
 「純正アミノパンチ!」
 俺の繰り出した拳(っぽい部位)がクリーンヒットする。
 だが、致命的な打撃には至らない。
 「ぐぅ、それしきの事なら、こうか!?」
 ぐあああっ!!
 これは、アミノパンチ!?
 「由来こそ違えど、組成自体はまごうことなくアミノ酸だからな!!」
 わかっているさ、だが、認めない、認められない!!
 結果、人体に害を及ぼす方法で、栄養素を作る、その行為に何の意味があるんだ!
 だが、強いっ……!
 抗えない。
 このままでは、人類は人類自身の手で、幕引きを行うことになる。
 「見たところ、かなり、ドロドロのようだな、ごはんライダー。その体、もって、あと一分ってところか」
 確か、俺の体はそのほとんどが既に消化されていた。
 ”チュウゴクセイ”の言うとおり、もう少しで、俺は動けなくなる……!!
 くう、最後、あと少しでいい、醤油……かつお節……そして……
 「未亜ちゃん……頼む、俺に、力を貸してくれ!!」
 その時、空から、また、一条の光が指す!
 「来たぞ、四口目だ!!」
 醤油が叫ぶ!
 だが、降ってくる食品は、俺ではない!!
 ”銀チャリ”に乗ってはいるが、分かたれた俺の分身ではない、まったくの別物だった! ダメだ、それではユナイトできない!!
 パワーアップが、間に合わない……!!
 「ふははは、カーテンコールだ!! 幽門の彼方へ消し飛……ぐああああ!!!」
 ”チュウゴクセイ”の後ろから、強烈な打突!!
 つんのめる”チュウゴクセイ”。
 これは、何だ! 強いぞ!!
 見るからに重たい一撃だ!!
 誰だっ?!
 「待たせたな、真打ち登場っ……」
 ふうっ、と体を起こす、新たなる勇者。
 「オメェは!!」
 醤油の、感嘆の声。
 新たなに登場した食品は、”チュウゴクセイ”に向けて威圧的なポーズを取りながら、叫んだ!!
 「ごはんライダーNATTOU、見参っ!!」
 見ると、彼も醤油の混じった”モロミダイズド・フォーム”を纏っている!!
 仲間だ!!!
 「醤油っ、彼も仲間か!?」
 「ああ、アイツも同じ、純国産ごはんライダー。しかも、オレらと同じ、いやそれ以上に強いかもしれない」
 な、なにっ!!
 それなら、間違いなくヤツを倒せるじゃないか!!
 「遅れて済まない、RAN!! グルタミン酸の熟成に、時間がかかってな」
 納豆は、よく混ぜることで納豆菌に酸素が行き渡り、グルタミン酸や、粘り気の元となるムチンの生成が活性化する。
 確かに、かなりよく混ざっているようだ!!
 「初めまして、NATTOU。だが、俺の体はもう完全に消化されてしまう……後を頼んだ」
 「まだだ、まだ早いぞRAN!! 耐えるんだ! 今、未亜ちゃんがあれを作っている!」
 「”あれ”?」
 「究極の”パーフェクト・ユナイト”……その繋ぎが」
 「えええい!! 小賢しいっ!!!」
 ”チュウゴクセイ”の起死回生の突進!
 俺とNATTOUは素早く左右へ飛び退く。
 しかし、……
 「ぐあああっ」
 俺の体は胃壁にぶつかり、思わぬダメージを受けてしまった!
 そこからドバッと出てくる大量の胃酸。
 「うわあああっ!!」
 ジュワワワと、俺の体から立ち上る水煙。
 もう、限界だぁぁぁ……!!
 「RAN!!見ろ、光だ!!」
 5口目……か……早く……消えてしまう……
 未亜ちゃん……俺は……君を……
 「終わりだァ!! 人間のちっぽけな善と共に、消え去れ! ごはんライダー!!」
 俺への”チュウゴクセイ”の突進と、”チュウゴクセイ”へのNATTOUの突進そして、6口目の食材が俺の体に降り注いだのは、全てが同時だった。
 全てがもみくちゃになり、一瞬目映い光に包まれた!!
 そこから吹き飛んだのは、”チュウゴクセイ”。
 間に……あったのか……?
 「き、貴様は……!!!!」
 俺は、まだ生きていた。
 「この力、”クサリダイズド・フォーム”か?!」
 ”チュウゴクセイ”の狼狽える声。
 だが―――
 「違う……俺は……」
 聞こえる……だが、静かに、力強く、醤油、納豆、様々な食材たちの声が、俺の意識の底、響いているッ!
 (ネギ・リエゾン、カツブシ・リエゾン、オンライン。今、二人のごはんライダーが一つに! もうオメェに敵うヤツぁいねぇ!!)
 そうだ。
 ――醤油。
 ――納豆。
 ――ネギ。
 ――かつお節。
 そして、俺、とき卵。
 全てが今、俺の力になった。
 そう、俺は……
 「アルティメットごはんライダー……」
 息を深く吸い、叫んだ!!
 「In Japanッ!!!!!!!」
 どぉ、と、衝撃に、全未亜ちゃんの胃が揺れた。
 「行くぞ”チュウゴクセイ”!!」
 「小癪な!! 来るがいい!! ファイナルラウンドだ!!」
 激しくぶつかり合う、俺と、”チュウゴクセイ”。
 だが先ほどの戦いで、”チュウゴクセイ”は疲弊の色を隠せない。
 確実に弱ってきている!!
 「うおおぉぉおおおおお! 様々なうまみパンチ!!」
 最早、単体の力ではない、グルタミン酸、アミノ酸、ナットウキナーゼ、タンパク質、様々な成分が相乗して爆発的に効果を上げている!!
 「ぐふぅ!!」
 ”チュウゴクセイ”は防戦一方だ!
 ガードを解く間もなく、連撃に連撃を重ねる!!
 「なぁ、醤油?!」
 「おぅ!!何だ!!」
 「この後、どうすればいい!!」
 「ありったけ、ヤツを弱らせろ!! そうすれば、ヤツはどんどん小さくなって、やがてヤツのコア、有毒成分のみに削り取られる。そいつに渾身の力でアッパーを決めろ! 食道弁あたりまで飛ぶくらいのな!!!」
 「OK!!」
 ラッシュを極め続ける俺。
 ”チュウゴクセイ”は手も足も出せないでいる!!
 そしてもう既に、”チュウゴクセイ”はかなり小さなサイズにまで縮んでいる!!
 「うおおおぉぉぉ!!」
 手を止めない俺。
 ”チュウゴクセイ”はひたすら避けようと、移動しつつ、ガードするのみ!!
 行ける、行けるぜ!!
 勝てる!
 もう、”チュウゴクセイ”は俺よりも小さかった!!
 今の俺の力なら、もうやれる。
 勝利への誘導灯が、未亜ちゃんの口、上の方へと点滅しているのだ!!
 今しかない!!
 フィニッシュブロウを極めるッ!!
 「これで……」
 最大限まで体をふりかぶり、拳に全エネルギーを込めた!!!
 「終わりだぁぁぁっ!!!!!!」
 渾身のアッパーが、”チュウゴクセイ”のジョー(っぽい部位)を捕らえた!!

 「ウグアアアアァァァァァァァッァ!!!!」

 完全にバラバラになりながら、遙か彼方まで破片を吹きとばしながら、砕け散る俺の拳……俺の拳!?
 痛みに叫んだのは俺の方だ。
 何故ッ!? まだ5分経っていないッ!!
 「ふふふ、ごふっ、ごはぁ」
 吐瀉物を吐きながらも、”チュウゴクセイ”は膝をつかずその場でニヤついている。
 「本当に本当に、お前は強かった。アルティメットごはんライダー。オレも危ない所だったよ」
 小さくなった”チュウゴクセイ”が、身を引きずりながらもこちらにすり寄ってくる。
 さっきまで、ガードのみに徹していたその体には、ギリギリ最低限の力がまだ残っているように見える。
 俺は、動けなかった。というより、体がいうことを聞かなくなっている……。
 「だがな、見てみろ、ごはんライダー。お前自身の体を。卵に、納豆に、醤油に、食われる前からぐちゃぐちゃじゃないか」
 ――はっ、まさか……
 「その体、さぞ、消化もいいんだろうなぁ!! 安物のオレと違ってよォ!!!ひっひっひっひっひいいい!!」
 ちくしょう、性能を見誤ったか!
 「『勝ったと思ったときに一番隙が出来る』、オレの国の策士の何とか子が言ってたが、本当みてぇだな!! 後ろを見てみな!」
 これは、幽門!?
 そうか、さっきから動き回っていたのは、攻撃を避ける為じゃなかった……オレをここにおびき寄せるために……?!
 「……そこをどけ、ごはんライダー。オレはその門をくぐり、ミアの体に吸収される。そして血液に運ばれ、ミアの全身へと繰り出していく」
 静かな声色で、言い放つ”チュウゴクセイ”。
 奴は、最後のエネルギーをかき集めて攻撃態勢へと移行している。
 「オレが全身に行き渡るんだ、そうしてミアは”人間自身”の悪意によって朽ちる」
 俺も、この体に残る最後の粘性を振り絞り、胃の蠕動に耐え、幽門にしがみつく!
 くそっ!!
 「させるか……!」
 「あ?」
 「俺は、最後の欠片が溶けるまで……」

 「ここから、一歩もさがらないッ!!」

 「おもしろい!! オレも限界、次に放つのが最後の一撃!!!! 残った者がこの戦いの勝者だ!!」

 未亜ちゃん!!未亜ちゃん!!

 「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」


 遠くから、歌が、静かに聞こえてきた。


 ―――ハッピ、バースデイ、トゥユー

 ―――ハッピ、バースデイ、トゥユー

 ―――ハッピ、バースデイ、ディア……………


 ……………
 …………
 ……






       

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