Neetel Inside 文芸新都
表紙

たゆたう
エピローグ

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エピローグ













※画面切り替わり、二つの絵が並ぶ。




彼女の描く彼、彼の描く彼女
絵の中で二人の姿は若返り…
二人幼少時代へ








※画面再び切り替わる。









無声映画〈ジィー、カタカタカタカタカタ〉
手をつないで歩く二人の姿
二人は手を離して…そしてそのまま離れていって…









「ほろ苦い、恋の味がする夢を見た。」






無声映画の中に響く彼と彼女二人の声









※画面フェードアウェイ。









映画を見ている二人。
ズレた世界。十九才の二入が映画館の両端に座っている。
二人の他には誰もいない。















                       「たゆたう」終わり














「おつかれ、佐々原さん。」
 編集室に入るなりそう声を掛けられた。
「何がおつかれなんですか?私は今来たとこですよ?」
 私は彼にそう言い返す。
「いや、昨日の握手会の話だよ。大変だったろ?」
 大変でないわけがないのだけれど、握手会という読者と会える機会を与えられたことは作家として光栄なことだとも思うので、素直にそう言うわけにもいかない。「ええ、まぁ。」と私はあやふやな返答をした。
「まぁ、君がこんなに有名になったって知ったら周一の奴も喜ぶだろう。」
 この編集の名前は木村慧という。私が出版業界に入ってから会った…というより再会した人だ。最初はお互い知り合いだと覚えていなかったのだけど、(何せ私の方はこの人の本名さえ知らなかったのだ。)仕事を通して故郷が同じと知り、さらに実は兄の昔馴染みだったと知ったのだった。その木村さんのコトバに対して私はこう答える。
「どうかな。私は勝手に兄の日記を使ってたりしますからね。案外すごく怒ってたりするかも。今回のは特にね、ケイさん。」
 ちなみに「ケイ」とは私が知っていた本名でないほうの木村さんの名前である。木村さんが兄の知り合いだとわかってから私は時々彼のことをそう呼んで楽しんでいるのだった。
「会社内では木村さんにしといてくれよ、あかりちゃん。会社の奴等まで俺の名前がケイだと思うんだから。」
 ケイさんは一応私にそう断ってから、
「でもまぁいいと思うよ?生きているものが死者をどう扱おうとさ。奴等は死んじまったんだから、生きている俺達に文句は言えないのさ。現実のこの世界を生きているのは俺達なんだ。」
と、そう言うのだった。彼の考えは私の考えとは違うけれど、でもケイさんにはケイさんの死者との対峙の仕方があるのだろうな、と思う。だけども私はケイさんの考えを否定する気もないので「そうですね。」とだけ答えた。
 ケイさんはそこで胸から取り出した煙草にカチッと火を点け「フー」と一服する。なんともこの業界の人らしい感じで。
「実は随分前…あかりちゃんが〈たゆたう〉を書き始めた頃かな…その頃に周一と神楽の出てくる夢を見たんだ。」
 煙草の煙でボーとしながらケイさんはそう言った。
「へー。どんな夢です?」
 ケイさんのその言葉に感情的になることなく私はそう尋ねる。そういったことに感情的になるには時が過ぎすぎてしまったから。
「成人式の夢だった。夢の中の成人式で俺は二人に再会するんだ。神楽の奴は振袖だったかな。キレイなもんだったよ。周一も背広でさ。でもあいつら中身は全然変わってなくってさ。」
 そう言ってケイさんは煙草を吹かし、そして目を細めた。
「フフ。ケイさんはどんな格好してたんですか?」
 その実際にはなかった夢の話を、私は聞く。
「俺も正装していたよ。現実に行った時の格好だった。で、まぁ式の時間になってさ、俺はそろそろ中に入ろうぜって二人に言うんだ。そしたらあいつら自分達はいいって言うんだよ。そんな格好までして行かないのかよって俺は言うんだけどさ。どうしても行けないって言うんだ。ケイを見に来ただけだからって。それでどうしても動かないからさ、俺は仕方がないなって、どうせ後で来るだろって思って、一人で行くことにしたんだ。そしたら二人が離れていってさ。」
 ああ…そうか、と話を聞きながら私は思う。
「そしてそこで目が覚めるんだ。目から覚めてさ。俺はあいつらと一緒にいたほうが楽しかったんじゃないかなって、ちょっと後悔していたのを覚えているよ。」
 この人もきっと兄や加奈さんのことが好きだったんだろうな。だから「死んでしまった人間が生きている人間に文句はいえない」ということを言ったのだろう。きっとどんな場合でも生きている人間のほうがすごいのだから。死者は死者だけでは存在しえないから。そうなのだから。



空気の言葉を捧げよう
嘆いても叫んでも届かない 重みがないからすぐに何処か遠くへ飛んでいってしまう  そんな言葉達
風船に包んでみよう
それも所詮は飛んでいってしまうものだけれど
形だけでもわかるように
誰かのもとへ届くように





 ケイさんと話を終え、そして出版社を後にした私は兄の日記帳にあった詩の一つを青空に向かって呟いた。作品のためではなく、繰り返し読んでいるうちに覚えてしまったものたちの一つ。第五章の中にも一つ登場させて、そして作品全体に散りばめようかとも思ったのだけれど、思っただけでそれは結局やめた。結果なんだか中途半端な感じになってしまったけれどまぁいいやと思う。読者には悪いけれど悔いはない。
 残された私にとってあるひとつの真実。あの人達は確かに存在した。けれどもういない。生きて、そして二十歳を超えあの人達より年をとってしまった私にとってたまに「あの人達が生きていた」ということは疑わしくなる事実だった。けれど確かにいたのだ。生きて、私とともにいたのだ。それを本当に証明するものは何もないけれど、私はそうした記憶を連綿と引き継いでここに生きているのだ。人は誰かの記憶に残る限り本当には死なないという。私は生きている。あの人達がいたという記憶を持って私はここに生きている。そう、だからあの人達は確かにいたのだと思う。
私は想いを包み続けようと思う。そして風船にして飛ばそう。兄のもとへ、加奈さんのもとへ届くように。私は生きているのだから。 




















タイトル たゆたう 

総ページ数 百三十七
                       

       

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Neetsha