Neetel Inside 文芸新都
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千年魔女と俺と…

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 零.

 『汝、汝の魂と引き換えに何を望む』
男とも女とも判らぬ声が、少女に問うた。それは、石造りの聖堂にこだまして消えた。
「…」
少女は、何も言わず目の前に掲げられた十字架―ほぼ半壊したキリストの石像―を見上げている。土と血で汚れた裸足が、ボロ布同然の衣服が、そして己のものではない血と肉片がこびり付いた頬が、彼女の置かれている状況を克明に表している。
 不意に、鍵の掛かった聖堂の扉が叩かれた。喧騒と隙間から覗く松明の光。この場所すら、もはや安息の時を与えてはくれない。
『もう一度訊こう。汝は何を望む、その魂を犠牲にして、何を』
声が問い掛けた。直後、扉に斧の刃が食い込む。二度、三度と切り刻まれ、閉鎖された空間が脅威に侵食され始める。少女は視線を落とし、足元の魔法陣をじっくりと見つめた。そして。
「…力を。全ての脅威、全ての敵を葬り、消滅せしめる力を」
彼女は答えた。斧を打ち付ける音が、一層大きくなる。
『良かろう。その望み、契約の元に叶えよう』
最後に、声はそう言って消えた。と同時に、魔方陣が禍々しい赤光を発し、彼女を包み込んだ。
 その数秒後、扉が打ち破られ、聖職者を騙る暴徒が聖堂内になだれ込んできた。先頭にいた一人が、例の光を見て仲間に注意を促した。彼らは静かに、かつ迅速に光の周囲を包囲し、それぞれ手にした武器を構える。
「いいか、俺が三つ数えたら一斉に飛び掛かれ」
そう言って、頭目らしき男は数え始めた。
「ひとーつ」
気のせいか、赤光が弱くなった。
「ふたーつ」
やはり弱まってきたらしく、光の中に小さな人影が見えた。その表面に、赤い紋章が走る。
「みーっつ」
男が言い終えたとき、誰もが飛び掛かろうとしていた。が、一歩踏み込んだところで仲間の気配が消えた。直後、パンッと何かが弾ける音とともに血飛沫が舞う。文字通り破裂した仲間達を目の当たりにし、頭目は初めて恐怖心を抱いた。
「『風船爆弾(バルーン・ボム)』…。なるほど、言い得て妙だ」
彼の眼前にいた人影が、少女の声で呟く。彼は、感情の一切篭っていない、その無機質な声に震えた。人影が、一歩歩み寄る。
「お前達は私の母を殺した。私の父を殺した。私の兄と弟を殺した。私の隣人を殺した。お前達は、私にとって大切な人達を全て殺した。そして、この村も」
彼をまっすぐに見下ろす赤き双眸が、彼には、自分の犯してきた罪を全て見通しているかのように見えた。男は後退りながら、できる限りの謝罪の言葉を、言い訳を叫ぶ。
「ゆ、許せ!許してくれ!…俺達だって殺(や)らなきゃ死ぬんだ。わかって…」
「それで?」
転がった松明に照らされた少女が、男の胸倉を掴む。そして、無表情のまま、彼を壁に押し付けた。彼の顔が、更に引き攣った表情へと変わる。
「ひいいっ」
「下らない。お前は殺すに値しない」
悲鳴を上げる男を見つめたまま、彼女はたった一言の呪文を紡いだ。
「『壊れろ(クラッシュ)』」
その瞬間、男の精神は破壊された。彼女は手を離し、焦点の定まらない瞳を宙に向けた彼がへたり込むのを見つめていた。
「脆い」
それが、自身の行動に対する彼女の感想だった。ほんの少し力を加えるだけで、いとも容易く人を殺せる。その事実を、彼女は驚きもせず、単なる事実として把握した。涎を垂らし、弛緩した表情で前上方を見つめたままの男を放置し、彼女は聖堂を出た。夜風が煙と血の臭いを運んでくるが、今の彼女にはそれすら気にならなかった。いや、感じなかったと言うべきか。

 それは、A.D.1000年。後に『最凶・最悪の魔女』として歴史に残る人物が、まさに生まれ出でた瞬間であった。

       

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