Neetel Inside 文芸新都
表紙

ホーの解
「白崎 思織の夕食」

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日曜日だからといってとくにやることはない。時間と暇を持て余してずっと布団の上で寝ている。ただそれだけでもお腹はすくというものだ。

平日の今頃なら学食が開いているが休みの日はそう言ってられない。学食は開いているもののそこで働いているおばちゃんたちは学校にまで来ていないのだ。

だから夕食を食べたいのなら自分たちで何とかしなければいけない。ただしここで働いているおばちゃんというエキスパートは助けに来てくれない。ようは自分たちでなんとかしなければいけない。それを例えるなら鍵のささったままの車が放置されていて私たちにそれを運転しろと強要しているようなものだ。

じりじりと照りつける日差しに背中が痛いほどに焼かれているようだ。うっすらと額ににじむ汗を拭い、私は食堂へと目指す。夏でもないのにどうして太陽は頑張っているのだろう。いい加減地平線に沈んで欲しい。あまり威勢のよくない掛け声と共に私は持っているものを持ち直す。

両手を占拠しているビニール袋の中には袋が今にもはちきれようとするほどに大量の食材が入ってある。その重さが私にずしりとのしかかってくるけど私はその重みに満足して学生食堂の厨房に入っていく。

厨房は壁が白い色であることと、棚の取っ手が黒いことであることの他は完全に銀色で彩られていた。銀色の調理場に映る自分の顔の歪さが面白い。空いている場所に持ってきた材料を置いておくと私は準備と気分を入れ替えるために手を洗う。

厨房に備われている炊飯器、シンク、鍋。業務用とでもいうべきかそれらは私の家に会ったものより一回りも二回りも大きい。一人で扱うには力と体の大きさが必要だが不幸にも私にはどちらも不足している。

こうやって厨房をお借りすることも三回目だ。私には経験も不足しているらしい。だから私は顔つきは余裕さを強調しているものの内心ものすごくはらはらしている。

さて、私が今から作る夕食は私だけが食べるものではない。その根拠になるかは分からないけど私はちらりと後ろを見る。ビニール袋に入ったままの食材はそのままだ。窓から入る風がビニール袋の持ち手を揺らしてはビニール袋は変な音を鳴らしている。

数にして四つのビニール袋は容量の問題でかなり膨らんでいる。あれだけの量を買ってきて一人で食べる人間がいたらそれはもう人間ではない。

私が今から作る夕食は寮で住んでいる人たちの分まで用意するつもりだ。人気がない女子寮とはいえその人数は両手では数え切れない。結構骨が折れる仕事だ。でも仕方がないといえば仕方がない。

この時間はまだ部活を行っているのでそれに専念している人は夕食の用意をすることができない。結局のところ暇な人間数人の間でシフトをローテーションしている。そして私はその暇な人間の中の一人に扱われている。休みの日にずっと寝ていることしかできないのなら反論する余地は残されていない。

幸いにも女子寮にいる全員分を作ればいいということはない。買い置きでこの日をしのぐ人間もいて、そういう人はあらかじめいらないとことわってくれる。それを差し引いて平均十人弱の人数分だけを作ればいいので何とかならない仕事ではない。そらに夕食の用意を手伝ってくれる人はいる。

学食に設置されている時計が鳴り響く。規則正しく六つの鐘の音を鳴らして、それで満足したのか時計は黙ってしまった。私は厨房の中に私以外の気配を感じて振り向いた。入り口付近で肩をびくつかせた彼女は私だと気づくとおずおずと挨拶してくれた。めがねの淵に囲まれている彼女の瞳はまだ怯えの色を見せているがそれが薄まっているのが目に見えて分かる。

「大都井さん。こんちは」

私はビニール袋の中からキャベツを抱えられるだけ抱えて、それを水場で洗う。ついでのようなかんじになってしまった私の挨拶を受けて大都井さんは入り口の淵を掴みながらまだもじもじしている。

大都井さんはどこか人見知りするたちであることはつきあってみてすぐに分かることができた。彼女とはこうやって夕食の準備のときに一緒になる場合が多い。それとは別に私と同じクラスであるのだけどそのときにはあまり会話はしたことがない。

だから大都井さんと私をくっつけるのりしろといえばこの調理場しかなかった。大都井さんは私よりも一年長く寮に住んでいるので勝手をよく理解している。夕食の手伝いに関していえば私よりも数段手際がいい。

だから私は大都井さんを何時も歓迎していた。大都井さんも夕食を作る側に回ることが多いのだけど、こうやって自分の番ではないのに作りに来てくれるのは彼女しかいなかった。

あまり自己表現をする性格ではないらしく、彼女のことはまだ表面だけしか知っていないかもしれないが大都井さんは少なくともいい人の部類に入っていることは理解できる。

ただ今日の大都井さんは入り口でなぜかしり込みしている。白いワンピースの上から黒いカーディガンを羽織っている彼女らしい服装もどこかずれているような感覚を私に与えてくる。私が知らぬ間に何か彼女を傷つけてしまったのだろうか。だけど心当たりは少しもない。

「どしたの?はいらないの?」

その辺にかけてある共用のエプロンをつけ、私は首をかしげる。今日はカレーとその日の気分で盛り付けるサラダでも作ろうということを話すつもりだったけど私は大都井さんの様子に話せなかった。どこか思いつめているように大都井さんは手を後ろに回し私の視線を避けるようにしている。

気のせいか顔色がおかしい。青いのではなく赤い。何かをこらえているのだろうか。いまだに原因が分からない私の前で大都井さんは何度も口を開き、何かをしゃべろうとする。

二人とも硬直したまま時計の針だけが動いている。無機質なこの一瞬を私は無感情で立っていた。この沈黙を切り裂いたのは大都井さんの方だった。

「思織さん」

唇が白くなるほどにかみ締めていたけど、そこには真剣な大都井さんがいる。私はこのような表情をする大都井さんを見たことがなかったのでその表情に感化されて自分の肌が引き締まったような気がした。

「こんなこと相談できるのは思織さんぐらいしかいなくて。迷惑だとは思うのですけど聞いてもらえないでしょうか」

蛇口から勢いよく水が出ているのにその音が聞こえなかった。黒淵のめがねの向こうで大都井さんの目が涙ぐんでいる。私は包丁を持っていることも忘れて彼女と数秒間何も変化がない時間を過ごした。

     

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暗くなり始めた外では光る石のような梟の瞳がこちらを見ている。同じ寮に住む人たちが私たちの料理を全て平らげ残ったものは大量の食器と私、そして大都井さんだけだった。

あれほどがやがやしていた食堂にぽつりと残されると食堂が何倍にも広く感じられる。

「兵どもが夢の後みたいなかんじかしら」

同じ形をしている食器を水にどんどん浸していき、私は着ている服の袖を捲り上げる。食器洗いもここに来てからやり始めたことだが幸い人並みにこなせるようでまだ一枚も割ったことはない。

「今日のカレーは少し甘かったですね」

エプロンをつけて大都井さんがやってくる。厨房に水場は二つ用意されていて、調理場の端に向かい合うかのように設置されている。大都井さんは私と同じように服の袖を捲ると使っていない水場の蛇口を捻る。自然と私と大都井さんが向かい合うようになって、蛇口から流れる水が何か会話をすることを促しているように聞こえてくる。

「なんかこの前みんなが辛口カレーばっかりじゃなくてたまには違うのがいいって言ってた気がするから今回は甘口にしてみた」

私は別に可笑しなことを言っていたつもりではないのに大都井さんはくすくすと笑い始める。小動物を連想させるその笑い方は大都井さんのためにあるような笑い方だった。

私もつられて笑いをこぼす。二人で気の済むまで笑った後に私たちは皿を洗うことに専念した。換気扇のまわる音が響いている。私は皿を洗いながら大都井さんの様子が気になる。皿だけに集中していると彼女の手先しか見えない。

そしてその動きが何時も以上に機械的でかつ高速だった。驚きに任せて私は顔を上げる。私はそれを後悔した。大都井さんの顔を見てしまったから、私の口からこのことを話さなければいけないと思ってしまう。

「それで。相談事って?」

この和やかな空気を壊すことはやってはいけないことをしているようだった。知恵の実を食べた人間の気持ちが今は痛いほどに分かるような気がする。大都井さんは皿を擦る手を止めると、両手を包んでいた泡を水で流す。

ごくりとつばを飲み込んで私は身構える。大都井さんがこのような話をしてくることは始めてでだからこそ大都井さんが何に悩んでいるのかが分からなかった。大都井さんは胸元を両手で握り締める。

光の関係上彼女の眼鏡が反射して、その輝きは私に対する警戒を示しているようにも取れた。けど大都井さんは小さな唇を開く。

「好きな人ができたんです。そのことでどうすればいいのか分からなくて」

大都井さんはそこまで言うのが精一杯だったらしくくしゃみをする。かわいらしい彼女の仕草に私は雷にでも打たれたかのような衝撃が全身を襲った。彼女が断崖絶壁の淵に立っていて私はそこから落とされているような気分。

人として私よりも違うということを見せ付けられた気がした。大都井さんが私に何かを求めている。私はそれが分かっているけど頭には何も浮んでいなかった。口から空気が漏れ、言葉にもならない呻きを出しているだけだった。

「えぇっと。そういえばーどうして私にそんな大切なことを相談したの?」

時間を稼ぐために私は微妙に論点を変えた話題で大都井さんを攻める。大都井さんは顔を真っ赤にさせながら蚊の泣くような声で説明してくれた。手は震えているのに皿洗いの手を休めないあたりはさすがだということだろうか。

「思織さんは行動力と発言力があるし、思織さんなりの意見を包み隠さず話してくれると考えたからです」

少し照れくさくて私は頬をかく。でも悪い気分ではない。それはあながち間違っていないからだ。他の友達からも言葉は違えど同じような評価をもらったこともある。大都井さんが私のそのような性格を長所として見てくれていると感じて私はちょっぴりうれしかった。

大都井さんは私がすこしいい気分でいることを読み取ったらしくさらに自分の考えを継ぎ足す。しかしそれは私にとっては完全に蛇足だった。

「それに思織さんは以前つきあっていた人がいると小耳に挟んだので」

「ぶっ。誰からそんなことを聞いたのさ」

私がいきなり大声を上げたので大都井さんがそれが禁句だったことをやっと理解したようだ。目を空中に泳がせながらあたふたと自分の記憶を必死に辿っている。

「さぁ、今となっては風の噂で伝わってきたとしか言いようがないですね」

「そう」

人の口にとは立てられないと知っていたがまさか大都井さんの耳にまで入ってくるとは思わなかった。私は洗い終わった皿の水気を取るためにふきんでそれらを拭いていたが、
最後に拭いた皿が少しかけてしまった。

かけ落ちた欠片をそっと元のさらに合わせてぱっと手を離す。欠片はまた空中を一瞬浮び、そして床へと落ちていく。依然付き合っていた人がいる。大都井さんの言葉がいやらしく蘇ってしまい、私は衝動に任せて床に落ちた欠片を踏み潰す。

その感触がなんだかむなしかった。

     

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とりあえず夕食の片付けは全部終わったものの私は途方にくれていた。大都井さんには何も話していないからだ。正直何を話したらいいのか分からない。過去に付き合っていたという話に偽りはないけど、告白したのはこっちからではないからだ。

大都井さんは同輩の私を教えを請う教師のような目つきで見ている。厨房の床に正座をして、きちんと両手をひざに置いている。対する私は調理場に腰を下ろし、そして生意気にも脚を組んでいる。まるで舎弟のような大都井さんの姿勢が作り出した雰囲気に推されて私はえらそうな態度をとっているわけだ。

自分で言うのもなんだけどこれはただの虚勢を張っているだけだ。私の頭は今も真っ白で何も思いつかない。大都井さんの輝く視線にその白さがより鮮明に映し出される。自分の頭を撫で回し大きくうなだれて脚を組みなおす。その動作をするのも何回目だろう。

だがいつまでも黙っているわけにはいかない。何も思いつかないのならば私の体験談を適当に脚色して話すべきだろうか。それが一番いいアドバイスになるかもしれない。あまり話したくないというのが本音なのだけど大都井さんにいい加減な助言をするのも許し難いことだった。

私は演技でもなくうなだれる。まだ多少抵抗はあるのだけどこうなったら腹をくくるしかないだろう。

「とりあえずね。私に告白してきてくれた野郎のケースだとね。なんというか人目の届かない場所に来たかと思うと有無を言わせずにいきなり叫び出したのよ。おまえと付き合いたいみたいなことを言ってた気がする。まっまぁ私が受けた告白というものはそのような感じだったわ。なんていうのだっけ?絶対あたる撃ち方?」

「零距離射撃ですか?」

「そう零距離射撃よ」

私はそう叫ぶと同時に立ち上がり拳を握る。そして大都井さんの肩を掴むとぐいとひっぱり立ち上がらせた。もっとも大都井さんのほうが背が高かったので最後は彼女が自分から立ち上がっていたが私は別に気にしない。

大都井さんはまだ私の言うことの真意を読み取れてないのかきょとんと目を丸くしている。それとも単に私のテンションについてこれないだけかもしれない。

「気になる彼氏の目の前で叫べばいいのよ。あまり難しく考えることなくて勢いで相手をぶった押せばいいの。神風特攻。竹やり部隊。下手な小細工も覚えた手の変化球もいらない。力任せの剛速球こそが至高。自信がないとかそういうのは関係ない。とにかくあたって砕ければいいの。そうすれば相手も砕けるから。そして動かなくなったところを狙って縄でも持ってきて縛り上げればいいの。それで彼氏は大都井さんのものよ」

自分でも何を言っているのか分からなくなってきたけど大都井さんは私を小ばかにするように鼻で笑うことはしない。それどころか視線だけで大木を一刀両断できるような真剣なまなざしをしていた。

「思織さんはそれでその告白を受け止めたのですね」

直球過ぎる大都井さんの言葉に私は言うべきことを忘れてからくり人形のように刻々とうなずいた。彼女は唇をへの字に曲げて渋面を作ったのだけれどすぐにおしとやかな笑顔に変わった。

大都井さんの悩みについてはそれで完結した。私はこんなことで解決していいのだろうかと疑問に感じてしまったが当の本人が満足げな顔つきをしているので、その疑問はすぐに消える。

彼女は私にしつこいぐらいにお礼とお辞儀を繰り返すと足早に去っていった。パタパタという彼女の足音が聞こえなくなると私は緊張の糸を一気に切り離す。

とりあえずを乗り越えたということか。これでもう少し野次馬根性があるなら告白する時を覗き見るということもできたがそれをする気は微塵にも起きなかった。もう色恋沙汰はこりごりだ。

でも一つ気になることがあるとすると、大都井さんの気になる人とは一体誰のことだったのだろう。それを聞き逃して私の中の好奇心が少しだけ燃えカスとなって残る。だけど同時に安心もしていた。私が以前付き合っていた人のことを聞かれるようなことがなかったからだ。

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鼻歌で昔流行したミュージシャンの曲である「理想」を口ずさみながら自分の部屋に戻る。偶然七子と女子寮の入り口で鉢合わせた。七子のために残してあるカレーを両手でもちながら私は肩で七子の肩を小突く。

七子はぐらりと揺れてすぐに体勢を立て直したけど、その拍子に七子のお腹がなった。私は笑ったけど七子は笑わなかった。七子は滅多に夕食のときに顔を出さないから私が七子の分を残している。それが私と七子との間で通例になっていた。

それはそれでいいのだが七子はどこに行っていたのだろう。

「コーヒーが欲しかった」

確かに七子のポケットにはコーヒーが入っていて頭を覗かせている。私は気のない返事をして先に女子寮に入ろうとした。だけど目の端に何かを捕らえる。私の肌をつっつくようなかゆい感覚にひかれて私は横を向く。私は女子寮の角で誰かの視線を感じたような気がした。

けど誰も居ない。近くに立っている木には梟もとまっていない。そして後ろでは七子が首をかしげている。七子に言おうかとも思ったけど別に七子との関連性はなさそうだから黙っておいた。何より私の気のせいである可能性のほうが大きいかもしれない。

苦笑いをして私は中に入る。

「思織」

七子が私を呼び止める。暗闇の中で光る七子の瞳は梟のそれとそっくりだった。風もないのに七子のスカートがゆらゆらと揺れている。私は七子が何を望んでいるのか手に取るように分かってしまった。

七子が近づいてくる。細い彼女の足からは形容できない畏怖の念を感じて、私は後ずさりしたくなる。七子が怖い。七子から離れたい。だけどそう感じてしまう自分が嫌だ。七子の中で何かが変わっているように、私の中でも何かが変わっているような気がした。

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■人物

○大都井 瑞句 おおとい みずく ♀

思織の夕食仲間であり、クラスメートでも在る高校二年生。ただ思織と積極的に話すことはこの夕食の準備以外ではほとんどない。
人見知りする性質なのだが友達になった人とは交流をより深めていく。どちらかというと狭く深い人間関係を好んでいる。
おっとりとした雰囲気が男子にとって人気があるらしい。だがほとんど高嶺の花のような存在になっている。
黒淵の大きな眼鏡がトレードマーク。

       

表紙

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Neetsha