掘ーリーランド
第七掘「強肉弱食」
手段は何でもよかった。
その目的に至れば、その手段は、空手でも、古武術でも、ボクシングでも、レスリングでも、柔術でも、何でもよかったのだ。
その手段が、たまたま「巻嶋村流」という古武術であっただけだ。
手段は問題ではない。
「奴らを葬る」というその目的を達する事さえ出来れば。
残る標的は三つ。
村井、久坂。 そして、松野。
確信と共に言える事がある。
一対一ならば、巻島村流は奴らと互角以上に戦える。
狂犬・江川と尾藤の二人を危なげなく倒した事で、ススムは幾許かの自信をつけていた。
しかし、油断は出来ない。
体格に恵まれた素人に格闘技経験者が敗れるのはよくある事だ。
現に、空手の黒帯持ちである久坂さえも、松野の軍門に下っているのだ。
――――――やはりまず、潰すべきは村井だ。
「ベーコンレタス・バーガーを二つ」
駅前のマクドナルドで村井はそれを注文する。
時刻は夕刻。
ちょうど学校帰りで、村井は取り巻き四人とダベりに来たのだった。
ここのところ、江川・尾藤が立て続けに闇討ちに遭っている。
一人になるのは極力避けた方がいいだろう。
そうしてハンバーガーが出てくるまでの間、適当にダベっていると、同じ店内に見知った集団を見つける。
同じく学年の不良派閥の一つ、水島派だった。
数だけならば松野派を上回り、トップの水島速人は、学校でも松野・久坂に並ぶ武闘派だ。
それ故、水島は自分達よりも上に立っている松野派を疎ましく思っている。
水島は村井の姿を見つけると、ニヤニヤと顔を歪ませながら歩み寄ってくる。
「よぉ、村井じゃん。 いいのかよ、こんな所をうろついてて?」
「ああ? どういう意味だ?」
「知ってるぜ。 お前ら、妙な奴に狙われてんだろう? ウチらのグループにも、例の写メールが送られてきた奴がいるんだよ。 笑わせて貰ったぜ。 あんな生き恥晒したら、そりゃあ転校するしかねーわなー。 松野について無茶苦茶やってたツケが、ようやく回ってきたって訳だ」
そう言って、水島は仲間と共に哄笑した。
「お前の心配する事じゃねぇよ、水島」
「あん? 誰に向かってタメ口利いてんの、お前? あんまチョーシこいてっと、通り魔野郎の前に俺がヤっちまうぞ?」
「上等だ、表に出ろ」
村井は、注文をおっぽって、水島達に外に出るよう促した。
水島一派は顔を見合わせて困惑する。
まさか、松野と久坂のいない状態で挑発に乗ってくるなどと思っていなかったのだ。
だが、不良も面子の商売だ。
自分が格下と断ずる相手に喧嘩を売られて買わない訳にはいかない。
「……後悔すんなよ……」
水島は意を決すると、仲間を引き連れて外に出た。
高架塔下の、人通りの少ない路地裏。
ウォールアートと卑猥な落書きで埋め尽くされた壁の前に立つと、水島はおもむろに村井の方を振り返る。
「よぉ、この辺でいいんじゃ――――――――――」
振り返ったその瞬間。
水島は、目の前が真っ暗になるような重い衝撃に見舞われる。
ゴッ
気づいた時、水島は鈍い痛みと共に高架を見上げていた。
顔面を熱い粘液が覆っている。
それは、血液だった。
水島の顔が、真っ赤な血でぐちゃぐちゃになっていた。
額が割れているようだった。
見ると、村井は血に濡れた麻袋を手に握って立っていた。
どうやら、アレで振り向きざまの所を殴られたらしかった。
「おいおい、顔面修羅場じゃん、水島ちゃんよー?」
「て……めぇ…」
「コレ知ってる? 『ブラックジャック』とか『サップ』とか言うんだけどさ、コインとか砂利とか麻袋の中に詰めてぶん殴るの。 女々しいみたいだけど、これが結構効くんだよ」
「く………」
実際、水島は完全に足にきていた。
膝が笑って、立ち上がる事もかなわない。
完全に脳震盪を起こしていた。
「まー、普通は外傷を残さないようにする為の得物なんだけど、さすがに中身がビー玉じゃあ額も割れちまうか」
そう呟くと、村井は麻袋の中身を――――――大量のビー玉を水島に向かって投げつけた。
それを合図に、村井とその取り巻きは一斉に水島に襲い掛かった。
蹴打。 蹴打。 蹴打。 蹴打。 蹴打。 蹴打。 蹴打。 蹴打。
背に。 腹に。 顔に。 脇に。 腕に。
立ち上がる事の出来ない水島を、獲物に群がるピラニアの様に袋叩きにする。
水島一派は、思わぬ不意打ちに、完全に泡を食っていた。
反応する間も赦さず、水島は地面に転がっていた。
リーダーを潰されて統制を失った水島一派を、村井達はそのまま掃討に入る。
水島さえいなくなれば、あとは烏合の衆だ。
内二人がやられたところで、あとの連中は一目散に退散していった。
村井は、鞄の中からコーラの入ったペットボトルを取り出すと、キャップを外し、気絶した水島の上にどぼどぼとかけた。
コーラと血で凄惨な顔になった水島が目を覚ます。
「よぉ、お目覚めかい、水島ちゃあん?」
村井が嘲笑する。
「クソが……汚ねぇぞ、てめぇ……」
「馬鹿か、テメーは? 自分より強い奴に、真正面から行く馬鹿が何処にいる?」
「何……」
その開き直った言動に、水島は虚を突かれる。
「いいか、水島。 ハッキリ言ってやるぜ。 俺は弱っちい。 まともに喧嘩すりゃ、松野どころか尾藤や江川にも負けちまう。 当然、お前にもな。 だが、俺は松野派のナンバー2だ。 なんでだか、分かるか?」
「――――――」
「俺が、勝つ為に手段を選ばないからだ。 どんな手を使ってでも勝つ。 何をしてでも勝つ。 そうとも、俺は最弱だからこそ最強だ。 どんなド汚い手段だろうと、プライドなんか関係なく、躊躇無しに使えるからなぁ?」
村井は、犬歯を剥き出しにして笑った。
「オイ。 こいつの制服脱がして、駅の便所に捨てちまえ」
村井がぱちんと指を鳴らすと、取り巻き達は一斉に水島の服を脱がしにかかった。
水島は、必死の抵抗虚しく服を剥ぎ取られ、全裸になる。
村井の取り巻き達は、笑いながらその姿を写メールに収めた。
完全に晒し物だった。
「村井……てめぇ、殺す……! 必ず、ぶっ殺してやるからな……!」
涙交じりに水島は呪詛を吐いた。
彼とて一グループの頭目なのだ。
これほどの屈辱は、生まれてこの方味わった事がないのに違いない。
「おお、怖い怖い。 そうか、俺をぶっ殺すのか。 じゃあ―――――」
云って、村井は自分のショルダーバッグを漁りだした。
「もう二度と復讐しようなんて気が起こらないようにしてやらないとな?」
取りだされたものを目にして、水島は凍りついた。
これから自身に降りかかる災禍について、言い知れぬ恐怖を覚えた。
「言ったはずだ。 俺は弱い。 また一人の時を狙われたらたまらない。 追い込みも徹底的にやっておかないとな」
「ま、待て……! 俺が悪かった……もうお前に手を出そうなんて思わない…だから、だから勘弁してくれ………!」
「もう遅ぇよ。 お前、俺を必ずぶっ殺すって言ったよな? 吐いた唾は飲み込めないぜ―――――」
路傍に屍のように投げ出された水島を見下ろしながら、村井は自分の力を実感する。
そうとも。 そうとも。
俺は、最弱だからこそ最強だ。
俺は、矜持も躊躇も持ち合わせていない。
たとえ相手が誰だろうと、負ける道理はない。
次は、お前の番だ、堀ススム。